七つの悪と深紅の姫ⅩⅣ
殺意で染められていたマリーの思考は徐々に収まり、目の前でカーティスと対峙する守護の眼差しに頬を赤く染める。体から流れ出ていた血は鮮血となり、赤く染め上がられていた髪も金髪へと戻った。
『おっ!! 下ろしなさいよっ、バカッ!! 私を抱き上げるなんて、100年早いですわっ!!』
「馬鹿でも、100年早くてもいいよ。マリーと一緒にいられるなら」
『――――――っ!!』
微笑む守護の顔にリンゴのように真っ赤となった顔を俯かせる。
「みんな…………倒すよ」
「誰も死ぬなよ?」
「帰ったら、美味しいご飯作るからねっ!!」
鞘から抜かれた氷刀、身に纏う炎のマント、影から作る苦無。
それらを携えた亮人たちの視線はカーティスへと向く。
「有象無象が集まったところで、私に勝てるわけがない…………ケルベロス、ベズドナを見張っておけ」
『指図をするな、人間がっ!!』
怒りで三つの残像を見せるケルベロスは横たわるベズドナを踏みつける。
『お父様っ!!』
「マリーの家族に何してるのよっ!!」
ケルベロスへ投げられる苦無はケルベロスの一蹴りよって霧散する。
『我に牙を向けるか…………人間風情がっ!!』
「させるかよっ!!」
黒い炎がケルベロスから溢れるように漏れ出れば、影で染められていた地面を波のように広がっていく。だが、強く地面を踏みしめた麗夜からも同様に白炎が広がっていった。
相対する炎はお互いに衝突すれば、拮抗するように爆発する。
『っち、我の炎と同等の炎を持つか…………小癪な』
「悪いなっ!! 炎はお前だけの力じゃないみたいだわっ!! 俺はアイツを相手にするっ!!」
勢いよく飛び出していった麗夜はケルベロスと激突した。
「ケルベロスが負ける事はない…………私はお前たちを殺すことにしよう」
握っていた拳銃を再びホルスターへと戻したカーティスは、影を工場よりも大きく広げていく。
「なんで、ヴァンパイアの能力を使えるのっ!?」
「さぁ、それは弱い頭で考えてみろっ!!」
「私の頭は弱くないよっ!!」
真紅の隻眼と片翼の翼と共に飛翔する礼火は無限に増殖する苦無を放つ。
投げられた苦無は距離が近づくにつれ、分散し極小の苦無となりカーティスを襲う。
「考えが浅いぞ、小娘っ!!」
「っ!!」
礼火の足元、その影から現れたもう一人のカーティスは礼火を掴めば壁へと投げつける。
「おじさんこそ、私がヴァンパイアだっていうこと、分かってないよねっ!!」
その言葉と同時に、放たれた極小の苦無は姿を変え、分身の礼火を模る。
投げつけられた礼火は自分の影の中へと潜るように沈み、反動を用いたかのように、更に加速した状態で影の中から一直線にカーティスへと向かう。
肉薄する礼火の分身は苦無に撒菱を撒き散らす。
応戦する度に足を動かすカーティスの足には無数の穴が開き、血を流させる。
「亮人っ!!」
「分かってるっ!!」
一瞬にして距離を詰める亮人は二本の氷刀でカーティスの首を斬りつける。
「それでも、まだまだだ」
「っ!!」
体から溢れ出す黒炎は礼火の分身を塵にし、亮人を燃やさんとする。
「亮人っ!!」
礼火の分身が亮人を投げ飛ばし事無く得るものの、亮人たちの視線の先には汗一つ掻くことなく、静かに佇むカーティスがいる。
「そんなもので私に戦おうと思ったのか? お前たちが守ろうとしている存在のことを理解もせず、行動に移しているのは愚行でしかない」
コートについた埃を落とすように肩を叩く様子は、亮人たちに落胆するようだった。
「お前たちはなぜ、このヴァンパイアたちを助けようとする? この化け物達は悪だ、絶対なる悪だ。人間にとって害にしかならない存在だと、なぜ思わない。人を脅かし、殺し、糧とする、この化け物どもを」
視線をマリーへと向け、殺気を放つカーティス。
その殺気の威圧感にマリーは固唾を飲み、息を忘れるほどに。
ただ、マリーを抱きかかえ戦場から離れた守護はカーティスを睨みつけ返すように佇み、マリーへと再び笑みを浮かべた。
「そんなの決まってるじゃないっ!! 友達だからだよっ!! 友達が助けてって言ったら、助けるのが友達じゃないの? 私達はマリーとあって間もないけど、それでもお互いを分かろうとした!! した結果、私達は友達になって、助け合ってるのっ!! それ以外に答えなんかないよっ!!」
「友達だから? それが人を殺すような一族だとしてもなのか? 私はヴァンパイア(こいつら)に家族を殺された。理由を聞いたら、何と言ったかわかるか? 腹が減ったからだそうだ。そんなことで人を殺すような化け物が蔓延っていていい世界ではない」
「確かに、家族を殺されたのは残念だと思う。ただ、それにマリー達は関係ない。ヴァンパイアっていう種族の一人が、あなたの家族を殺した。それ自体にマリーやマリーのお父さんが関わっていたわけじゃない」
「カーティス様がやろうとしているのは、単なる復讐、エゴです。僕はマリーと少しだけでも話して分かりました。ヴァンパイアだからとか、妖魔だからとか、そんな事は関係ないです。妖魔にだっていい存在はいます。人間にだって善人や悪人がいるように…………カーティス様は今、悪です」
静かに口にする守護。
それは昔の人形のような、指示に従うだけのものではなかった。
「僕は無力です。だけど、こうやって誰かの役に立てる事があった、誰かと側にいてもいいって思える、この時間が掛け替えのないものだって理解しました。それを邪魔するカーティス様…………貴方は僕たちにとっての、いや。全ての妖魔達にとっての悪です」
淡々と口にする守護はマリーを地面へと下ろす。
傷ついた体を影の中へと入り、治したマリー。その瞳に映る守護の後ろ姿は、自分が思っていた以上に大きなものだった。
「私が守ろうと思ってましたのに…………」
マリーへと跪く守護は顔をあげ、真っ直ぐに口にした。
「僕だって…………君を守りたい」
「恥ずかしいですわね…………初めて言われましたわ」
「僕だって初めて言ったよ…………」
「なら、任せましたわ…………私の騎士さま」
静かにマリーからされる口づけ。
それは優しく、そっと触れるようなものだった。ただ、そこからのほんの数秒は大人のキスとなった。
お互いの愛を確かめるように、その短いキスと同時に守護の瞳に変化が生じる。
礼火やマリーと同じように鋭い虹彩に赤く染まった瞳、尖った八重歯が現れる。
マリーを抱きかかえた守護は背中から生える両翼は大きく羽ばたかせ、亮人達の元へと移動する。着地と同時に、影から作り出した大剣を握りしめる。
「今から僕は、いや僕たちは…………あなたを倒します」
『私の眷属達は強いですわよ?』
「俺は眷属じゃないからね?」
『わかってますわよっ!! 今は格好つけさせなさいっ!!』
カーティスへと対峙する4人は各々の武器を構える。
しかし、対峙しているカーティスはゆっくりと視線を守護へと向け、不気味な笑みを浮かべた。
「よく言うようになったものだな、No.4。私の分身だと言うのに、私とは似ても似つかないものだな。これも育成環境が私とは異なることによる副産物なのか」
その笑みと共に発せられた言葉に背筋を凍らせた。