七つの悪と深紅の姫ⅩⅢ
『カーティスッ!! 絶対に殺すっ!!』
頭の中を支配する思考、抑えられない怒りはカーティスのいる場所へとマリーを奔らせる。
後ろから聞こえてくる亮人達の言葉は耳には届かない。
頭の中で煮え繰り返る怒りそのものの言葉に誘導されるように、マリーは疾走する。
開けた空間、視線の先にいるカーティス。
我が物顔で佇む男はベズドナを踏みつけながらマリーへと視線を向けた。
「さっきのは分身で、お前は本体か?」
『来るんじゃないっ!!』
『カーティスゥゥゥウウッ!!』
その場で咆哮を放つマリーの姿。
「…………暴走か?」
獲物を見つけた獣のように息を荒く、距離を一瞬にして詰めた。
「さっきよりも速いな」
『絶対に殺すッ!!』
「ハッ!! 面白いっ!! やってみろ」
血眼のマリーが放つ闇は地面を支配し、床から現れる蔦は意志があるようにカーティスを捕縛する。節々の棘はカーティスを引き裂きながら、締め上げていく。その様は大蛇に締め上げられるように、体からは骨が折れる音が響く。
「これがどうしたっ!! 私は死なないぞ」
黒炎を放ち、蔦を焼き切るカーティスはマリーの体を殴り飛ばす。
地面を跳ねる体は受け身を取りながら、再びカーティスを睨む。
細く赤い虹彩に血走る瞳の輝きは濁り、額に浮かぶ血管は今にも破ける程に怒張し、悪魔のような形相は普段のマリーから逸脱していた。
『殺すっ!!』
工場内へ敷きつめるように広がる荊、無数の分身はこれまでの形を逸脱し、異形と思える程に姿を変化させていく。荊から伸びていたレイピアは牙を生やした大蛇へと変わり、数百、数千の蛇はカーティスを襲う。
「素晴らしいっ!! 暴走してもなお、能力の底上げをするか!!」
『我の加勢はいるか?』
「必要ないっ!! ベズドナの前で苦しむ姿を見せてくれっ!!」
狂うように笑みを浮かべるカーティスの全身から溢れ出る黒炎は襲い掛かる大蛇を消し去りながら、マリーへと肉薄する。
連続する打撃は工場内を震わせる。
『お前だけは絶対に殺すっ!!』
「お前では私に勝てないっ!!」
『うるさぁぁぁあいっ!!』
無数の分身も本体と連続するように襲いかかる。
その相貌は美しいマリーの顔とは似ても似つかない、おぞましいものに成り果てていた。
口から見える牙は歪むように生え、眼球は黒く変色し、唾液を垂らす姿。
それら全てがカーティスへと覆い被さるようにのしかかる。
中から聞こえる肉を千切る音や骨が折れる音。
「それでも私は…………死なない」
黒い火柱が上がる。
同時にマリーの分身は全て、悲鳴を上げながら消し炭へと変わっていく。
「こんなものか? 私はまだまだ戦えるぞ」
黒炎からゆっくりと歩みを進めるカーティス。
服は真新しく、体に一切の傷も付いていない、その姿を見たマリーは再び襲いかかる。
地面から襲い続ける大蛇と分身は何度消されようとも、際限なくカーティスの体を殴り飛ばし続ける。締め上げられ、殴られ続け、刺され続ける。
何度も死んでいるはずのカーティスだが、常に笑みを浮かべていた。
「なぁ、ベズドナっ!! 目の前でお前の娘を殺すことがこんなに楽しいとは思いもしなかったぞ!! その娘はお前に目もくれず、俺を殺すことだけに執着してるようだぞ!! 面白いと思わないかっ!?」
『どうしたというんだ…………マリー』
驚愕するように目を見開き、マリーを見つめるベズドナ。
異形の分身を携えているマリー自身の体も変化していく。
金髪は赤黒く変色し、瞳の色も鮮やかな赤から分身と同じような黒へと変化していく。怒張する血管から徐々に流れる血の色も黒くなる。
「悍ましい、悍ましいじゃないかっ!! それでこそ、怪物だっ!! さながら、私は怪物を退治する英雄だなっ!!」
自我を無くしているように、焦点が合わないマリーの視点はカーティスへと向く。
そして、分身と同じような相貌へと変化し始める。
「…………本当に、化け物になっているな。化け物になる前に、私が殺してやる」
全身から溢れ出る殺気と黒炎は分身を薙ぎ払いながら、マリーを吹き飛ばす。
荊から這い出る大蛇がクッションのようにマリーを包み込み、再び戦闘は激化した。
「これがお前の本気なのか?」
『ヴルザイッ!!』
「見苦しいな、お前の姿は」
『オドウザマノカタキッ!!』
吹き出る血飛沫は漆黒となり、地面へ付着した血からは異臭が漂う。
『始祖の娘は暴走しているな』
『……………………』
『なぜ黙り込む。貴様は我らが神によって作られたではないか。貴様も我も言ってしまえば親戚なのだからな』
紳士を装うケルベロスの表情は笑みを浮かべると、三つの残像を作り出す。
『貴様も血は薄いが、『悪魔』だ。それも、本来であれば神を守る僕だったはず……それがどうだ、貴様が裏切ったが故に神は閉じ込められてしまった』
静かに口にするケルベロスだが、その瞳と額に浮かぶ青筋が怒りを露わにする。
『だが、今日で終わりだ。我々の神が再び、鍵である貴様たちを殺し、蘇る』
『そうはさせるものか…………我が盟友との約束、命に代えてでも守る。貴様たちのせいで、幾つもの命が消えていった…………私の娘は絶対に守ってみせる』
弱り切っている体、だがその瞳に宿る確固たる意志は強く輝きを放つ。
『…………時期に終わる。貴様の命もだ』
口から黒炎を溢れ出させるケルベロス。その視線はカーティスへと向けられた。
「もっと抗えっ!! もっと怒れっ!! お前の悍ましい姿を父親に見せてやれ、そして私に殺されろっ!! 私の家族の恨みはこんなもので晴れないぞっ!!」
無限に再生するカーティスへ襲い掛かるマリーの数は数え切れない程に膨れ上がる。
そして繰り返される結果。
「無駄だ、何度やっても同じ結果だ」
身体中から吹き出す血と息を切らし地面に伏せるマリー。
そんな彼女とは正反対の無傷で幾度となく影の中から現れるカーティスは懐から拳銃を取り出し、ゆっくりとマリーの頭へと構える。
「これはサミュエル・コルト自身が作った特別製の拳銃だ。妖魔でも、悪魔でも殺せる。不死のヴァンパイアも当然、殺せる代物だ。あと数発しか残ってないが、記念に使ってやる」
『やめろっ!!』
ベズドナの声と共に放たれた銃声、そして大きな爆発がカーティスを襲った。
爆炎と共に現れた小狐はコルトの弾丸を受け、爆炎を放ち、カーティスを壁へと吹き飛ばす。
「邪魔が入るか…………」
ゆっくりと立ち上がるカーティスは全身から爆発させるように黒炎を噴き出させ、マリーの方向を睨みつける。
「マリー…………遅くなってごめんね」
「お父さんも生きててよかったっ!!」
「ここからは全員でアイツを倒すぞ」
睨み付けてくるカーティスへと立ち塞がるように佇む三人。
「みんなで……君のことを守るからっ!!」
倒れていた体を抱き上げ、力強く抱きしめる守護がそこにいた。