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七つの悪と深紅の姫ⅩⅡ

 目を覚ましたシャーリーの周囲からは再び風が吹き荒れ始める。固定されていたはずの空間は、内側から無理やりこじ開けられるかのように何かを破る音を立てた。


『お姉さん…………もう、嫌な事なんかしなくていいよ。旦那さんも、お子さんも…………お姉さんにそんな事してほしいって思ってない』


 瞳を緑色に輝かせ、金色と緑色が混ざっていた体毛は自ら輝くように発光する。その輝きは夢の中で渡された光のように、優しく周りを包み込むように輝く。

 その輝きに照らされるベファーナは一歩後ろへと後ずさる。。


「私は…………家族に会いたいの!! どんな手を使ってもっ!!」


 再び指を振るベファーナの後ろには甲冑を装備した人と同じ大きさの鉄人アイアンドールが作られていく。その手には様々な武器を携え、静かにベファーナへと跪く。


「最後のヴァンパイアを殺せば、家族と会えるっ!! だから、こうするしかないのっ!!」


 静かに流れる風がベファーナを撫でるように優しく吹いて行く。

 線状に一本一本の風が光を放ちながら、屋上の周囲を優しく包み込む。

 ドーム状に包まれた屋上の光り輝く風の中、ベファーナとシャーリーは対峙する。


「私にこれ以上、殺させないでっ!!」


 心から叫ぶように、金切り声を発すると鉄人アイアンドール達は一気に距離を詰めに行く。連携を取りながら追い詰める勢いと動きにベファーナの指。まるで音楽団の指揮者のように的確な動きだった。


「私は家族のために、妖魔を多く殺したっ!! 家族に会うため、沢山殺したのよっ!!」


 指を激しく振るうと同時に鉄人アイアンドール達も休憩を与える事なく、斬撃が幾重にも繰り返しシャーリーを襲う。


『でも、やめたいんでしょっ!?』


 繰り広げられる斬撃の隙間をかいくぐる様にシャーリーは避けながら、鎌鼬で幾度となく切り刻むが、その度に鉄人は再構築されて行く。

 何度も振りかざされる剣は掠れ、体からシャーリは血を流す。追随するように槍に短剣が連続してシャーリーを襲って行く。

 切られる度に歪む表情を浮かべれば、全身に力を込め、空高く浮遊した。


『嫌な事はしなくていいじゃんかっ!! 大変だと思うよっ!! 家族がいなくなった時の気持ち、シャーリーもわかるからっ!!』


「妖魔に同情なんかされたくないっ!!」


 指を振るとシャーリーの動きは再び空中で止まり、身動きが取れなくなる。


『そのからくりも、もう分かってるよっ!!』


 再びシャーリーは自身の周囲へと光る風を吹かせる。その一本一本の風はシャーリーへと近づこうとするが、何かに阻まれる様に流れを変えて行く。光る風によって見えてくる立体的な空間、シャーリーを囲う様に現れた立方体にシャーリーの体は嵌められていた。

 大きな雄叫びをあげるシャーリーは口から小さな竜巻と鎌鼬を放ち、立方体を切り刻んで行く。内側から放たれた竜巻によって周囲のパイプは切り刻まれ、噴水の様に地面には大量の水が流れていき、水たまりを作って行く。

 眼下にいるベファーナへと送る視線は揺らぐ事なく、一直線に向けられる。


『いい加減、現実に向き合ってあげなよっ!! 家族のためにもっ!! 自分のためにもっ!!』


 放った竜巻はシャーリーを弾丸の様にベファーナへと吹き飛ばす。

 一瞬にして近づいたシャーリーは人型になり、ベファーナの顔を殴り飛ばす。


『辛くても、前に進むしかないんだよっ!! シャーリーよりも大変だったと思うっ!! けど、それでも前に進まなきゃダメだったんだよっ!! そんな姿にまでなって、家族に会った時、なんて言うつもりなのっ!!』


 力強い放たれる言葉。

 心の奥底で痛み出す何かが、地面へ伏せるベファーナを水溜りに映る自分の顔を見つめさせる。

 骸骨の様に骨張った顔、英気が感じられない表情、絶望を浮かべている瞳、それらが映る自分の顔をまじまじと見つめる。

 数秒もの間、眺めていたベファーナは一言。


「…………こんな顔してたの?」


 悲しげに口にした。

 さっきまで声を張り上げていたとは思えないほど、か細く、悲しげに口にした表情には涙が浮かび上がる。


『今のお姉さんを見て、旦那さんは喜ぶのかな? 赤ちゃんは笑顔で見てくれるかな? 今の自分をゆっくり見てあげてよっ!! 今の自分を家族になんて言うつもりなのっ!!』


 シャーリーの瞳は色を変え、ベファーナへと向く。

 金と緑のオッドアイ、金髪にメッシュの様に入った淡く光る緑がシャーリーの印象を優しくさせた。


『私に優しい夢を見せたお姉さんは今っ!! どこにいるのっ!!』


 ベファーナの前に膝をつき、両肩を力強く掴むシャーリーは真っ直ぐに瞳を見つめる。一切揺れることのない視線に痛みを伴うほどに込められる力、そしてシャーリーの頬を伝う涙にベファーナは驚く。


 何で、この子は泣いてるの……。


 頭に疑問符が浮かび、涙を流しているシャーリーを見つめているベファーナの奥底では何かが揺らいで行く。

 揺らぐそれは、まるでコップから水が溢れる様に心を騒つかせる。


「何を…………言ってるの」


 力なく垂れている手は拳を握り、手の平から滴る血は水溜りへと落ちる。滲む様に広がる血の色は黒く、人のものではなかった。だが、それは数滴と落ちて行くと、徐々に色を変え、赤黒く変色していく。


『殺したくないってっ!! お姉さん、さっき言ってたっ!! シャーリーも本当は殺したくないよっ!! 悪い奴だったら、しょうがないって思ってたっ!! でも、お姉さんが見せてくれた夢は凄く優しかったよ? そんな夢を見せてくれたお姉さんが悪い人には見えないよっ!!』


 涙を流し続けるシャーリーの周りは残像の様に光る風が優しく靡き、それはベファーナをも包み込む。その光はまるで蛍の儚く尊い光の様に舞い、二人を照らし出す。


『お姉さん、もう無理しなくていいんだよ? 無理に殺さなくたっていいんだよ…………苦しい思いをするのも、旦那さんも、赤ちゃんも望んでないよ…………』


 項垂れる様に顔を俯かせるシャーリーは嗚咽を漏らし続けた。力強く持っていた肩からも手を離し、涙を拭う。


「私のために…………泣いてる、の?」


『そうだよ…………優しいお姉さんが苦しんでるのを見てて…………辛いの。殺したくないって言ってるお姉さんの顔、凄く苦しそうなんだよ? 自分で見たこと…………ある?』


 俯いていた顔を上げるシャーリーは目尻を腫らし、潤ませた瞳から溢れようとする涙を拭う。真剣な眼差しで見つめて来るシャーリーの表情にベファーナの心のそれは溢れ始める。


「さっき、初めて見たわ…………凄く苦しいわ。とても、くるし…………いの。こんなに苦しかったなんて…………知らなかったわっ」


 最後の言葉を口にした途端、両目から溢れ始めたベファーナの感情は勢いが止まらない。


「事故で夫も死んで…………魔女に息子も殺されて…………絶望しかなかったの。どうしようもなかったの…………目の前が真っ暗になって、何も考えられなくて」


 顔を手で覆い、嗚咽を漏らすベファーナの手は骨ばって、指の隙間からは涙が地面へと落ちて行く。


「カーティス様が仇を取って、家族を取り戻そうって言ってくれた時は希望にしか見えなかった。でも、仇を取っても息子は取り戻せなかった…………そこからはカーティス様の指示通りに妖魔を狩って、家族に会えるって信じて、頑張った。でも、子供がいる妖魔も…………殺した時、気づいたの…………恨んでた魔女に自分がなってるって」


 指の隙間から見える瞳は絶望に染め上げられ、シャーリーを見つめる。

 ただ、頬は少しだけ緩み、顔を隠していた手をシャーリーの頭へと乗せる。


「最後のあなたは殺さずにいたいって、心の中で思ったの。もう、殺すのは…………嫌なの」


 ゴツゴツとしていた手には肉が戻り、骸骨の様に痩せこけていた顔も少しずつ張りを取り戻して行く。

 絶望の瞳の側には微かに光が宿り、シャーリーの頭を撫でるベファーナの体は過去の、人の姿であったベファーナへと戻って行く。


「もう、殺さないわ」


《あぁ、俺たちもお前に苦しんで欲しくないよ》


 二人を包む光の外から聞こえる男の声。そして、そこから聞こえてくる産声は二人へと近づき、光の中へと入って来る。


《もう…………いいんだよ、ベファーナ。無理をさせてごめんな》


 優しく微笑む男性が赤子を腕にベファーナへと近づく。


《頑張ってくれて、ありがとう。でも…………もういいんだ。お前が苦しむのが、一番辛いよ》


「アレク…………それに、ホープまで…………何で」


《あぁ、少しだけお前に会える状況になったから…………狼のお嬢さん、ベファーナがすまなかった》


 深々と頭を下げるアレクと呼ばれた男性はベファーナへと近寄り、


《ホープを抱いてやってくれ、最後だから》


 アレクの腕で泣くホープはベファーナへと抱かれると、笑みを浮かべ手を顔へと伸ばす。その小さな手は顔に触れると何度も柔らかな頬を押し、声をあげて笑う。


《っ!! ホープっ!!》


 抱きかかえるホープの顔へと自分の顔をすり寄せるベファーナの目尻には涙が流れる。ただ、それはさっき流れていた涙とは違う優しいものだった。


「逢いたかったっ!! 二人に逢いたかったの…………ごめん、ごめんね。ママ、ホープに何もしてあげられなかったっ」


《でも、俺たちの為に頑張ってたじゃないか。ただ、それは悪いことだったけど》


 ベファーナとホープを包み込む様に抱き締めるアレクも瞳に涙を浮かべ、シャーリーへと顔を向けた。


《ベファーナもしたくてしたわけじゃないんだ…………どうか、彼女の事を助けてやってくれないか》


 申し訳なさそうに口にするアレクはベファーナをより強く抱き締める。


《元はと言えば、俺が先に死んだことが一番悪いんだ。ベファーナも、ホープも俺のせいでこうなったんだ。お願いだ…………ベファーナを助けてくれ》


「私も…………もう、妖魔を殺さない。これからは助けていくから」


 ホープへと微笑みかけるベファーナの顔は母親の様に慈愛に満ち溢れていた。


『シャーリーもお姉さんのこと、助けてあげるよ。お兄ちゃんにお願いして、みんなで助けてあげるから』


 満面の笑みを浮かべるシャーリーは目の前に広がる光景に心が満たされ、涙は自然と止まっていた。

 シャーリーの言葉を聞いたアレクは大きく息を吸い、再びベファーナを優しく包み込む。


《もう、俺たちは行かないといけない…………ベファーナ、これまで頑張ってくれてありがとう。もう、無理はしないでくれ》


 ホープを胸に抱き締めるアレクはベファーナから距離を取ると、その姿は徐々に透き通りはじめる。


《お前と少しでも話せてよかった。ホープを抱かせてやれてよかった…………お前と出会えて、俺の人生は本当に幸せだった。本当にありがとう》


 涙を流しながら満面の笑みを浮かべるアレクと手を振るホープの姿は消えて行く。


「私も…………あなたと出会えて幸せだった。ホープを産ませてくれて、ありがとう…………二人とも…………愛してるわ」


 涙と嗚咽を漏らしながらも、笑みを浮かべるベファーナの視線の先、二人がいた場所には誰もいない。

 静かになる屋上の二人は再び向き合えば、目尻を腫らした二人は笑顔を浮かべ、手を取り合う。


『お兄ちゃんにはシャーリーから伝えるから、安心して』


「ありがと…………う」


 手を取っていたはずのベファーナの手から力が抜け、シャーリーの手から滑り落ちる。そして、ベファーナの胸を貫く腕には鼓動する心臓が握られる。

 笑みを浮かべていたはずのベファーナの表情は暗く、口元からは血が流れて行き、ベファーナの後ろ、そこから聞こえてくる女の声は妖美なものだった。


《なんて羨ましい光景なんでしょう…………素敵な光景過ぎて嫉妬してしまいます》


 そして、ベファーナの心臓は握り潰された。


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