七つの悪と深紅の姫Ⅹ
『お兄ちゃん達の邪魔はさせないっ!!』
「邪魔なのは…………あなた達よ」
箒に跨るベファーナは追いかけてくるシャーリーへと指を振ると、周りの鉄骨は空中で浮遊し、一直線にシャーリーへと飛来する。
鋭い爪に腕を振れば、風は鎌鼬となり鉄骨を一刀両断する。
『そんなのじゃ、シャーリーの事は止められないからねっ!!』
「そんな事…………わかってるわ」
移動速度はより一層に速まり、二人の軌跡は横から上下へと変化する。移動する度に飛来する鉄骨は幾重にもシャーリーを襲うも寸断されていき、二人が出たのは工場の屋上。
屋上には蛍光灯はなく、月光に照らされ、薄暗い空間が広がる。
呼吸を荒くせず、フードの奥で笑みを浮かべるベファーナとは裏腹に、シャーリーは肩で呼吸するように荒々しい。
「そんな体力を使って…………大丈夫なの?」
人差し指をシャーリーへと向け、あざ笑うかのように横に振る仕草。それと同時に工場の内部から耳を劈くほどの金属音は幾百と地面の振動が生じる。勢いよく屋上へと噴火するように出てくる鉄骨群は浮遊するベファーナを囲い、形を変化させていった。
それはまるで巨大な鉄人のようにシャーリーの目の前に具現化する。
オグレスよりも大きく、それは10mを優に超える大きさとなっていた。
『そんなのでシャーリーをどうにかできると思ってるの?』
「まだまだ…………経験が少ないわね」
『っ!!』
「少しでも…………油断したらダメ」
鉄人の心臓部から覗き込むベファーナは指を動かせば、シャーリーの動きを止め、巨大な腕は振り下ろされる。腕の所々からハリネズミのように細い鉄パイプが剥き出しにシャーリーを襲う。
『同じ手は喰らわないよっ!!』
再び前方へと竜巻を放つと、竜巻は幾千の鎌鼬となり、鉄人の腕を粉々に切り刻んでいく。
紙切れのように切れていく鉄骨だが、切られていく度に一瞬にして再生を始める。そして、もう一方の腕で竜巻を叩きつぶす。
「同じ手は…………喰らいません」
口元を綻ばせたベファーナは鉄人の両腕をシャーリーへと振り下ろす。逆立つパイプは近くの鉄柱を掠めれば、容易に抉り取る。
「これで…………お終い」
『終わらせないっ!!』
喰いしばるように犬歯を剥き出しにしたシャーリーは自分の周りを鎌鼬で取り囲めば、自分めがけて竜巻を放つ。
振り下ろされる鉄腕はシャーリーの鎌鼬によって寸断され、竜巻はシャーリーを夜空へと吹き飛ばす。あまりの勢いに空高く巻き上げられたシャーリーは自分の足元に小さな竜巻を発生させ、一気にベファーナへと距離を詰める。
全身を取り囲む鎌鼬はベファーナへと近づくと鉄人を木っ端微塵に切り刻む。
即座に鉄人から降りたベファーナは再び指を振り、地面へと箒から降りる。
『地面に降りるなんて、バカなのっ!?』
「いいえ…………私の勝ちだから、降りただけ」
『何言ってるのっ!!』
鉄人は一瞬にして細切れとなり、ベファーナ目掛けて飛翔するシャーリー。全てを切り裂く鎌鼬が幾重にも連なり、シャーリーを守り攻撃の壁となす。
シャーリーは腕を振り上げ、首元を切り落とそうとする素振りと殺気を放ち、ベファーナへと飛び掛かろうとする。だが、それは再び阻止された。
「だから…………甘いわ」
飛びかかるシャーリーへと振られる左右の人差し指。
空中で固定されるシャーリーの腕はベファーナへと振り切られる途中。そして、シャーリーの周りで渦巻いていた鎌鼬も同じようにその場に留められる。
目視できるほどに凝縮された空気の圧である鎌鼬を指で弾くようにベファーナは触れる。その度に鎌鼬は霧散し、シャーリーへと一歩一歩近づいていく。
さっきと同じようにシャーリーは自分の周囲の空気を操作しようとするも、空気の流れが一切変わらない。
「無駄よ…………動かないから」
鎌鼬の障壁は徐々に破られ、目前まで近づくベファーナはフードを脱ぐ。
露わになるベファーナの素顔はまるで骸骨のように骨ぼねしく、鼻が高いものだった。目の下には恐ろしいほどの隈ができ、すぐにでも倒れてしまうのではないかと思える状態だった。
「私は魔女に生まれたばかりの息子を殺された。魔術の実験の為にって」
獣のシャーリーの顎へと手を触れ、撫でるように毛を梳かす。
「夫も、子供が生まれる直前に交通事故で死んで、最後の希望だった息子まで魔女に奪われた私の苦しみ…………あなたに分かる?」
悲しみに暮れるベファーナの目尻には大粒の涙が浮かび上がる。
シャーリーの目を覗き込むように近づく顔にシャーリーの全身の毛が逆立ち、冷や汗を流させる。
「カーティス様は家族を取り戻すと言ってくれたの。死んだ家族を取り戻すって。私にとって、最後の希望を邪魔しないで」
切実な気持ちと絶望に囚われた彼女の言葉と共にシャーリーは瞼は徐々に閉じていく。
「今は眠って私たちの邪魔をしないで…………私だって本当は殺したくないの」
そう口にしたベファーナはシャーリーへと再び指を振る。
『何、した…………の』
「大丈夫…………眠るだけよ」
最後に見えたベファーナの表情は悲しくも優しさが感じられるものだった。