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七つの悪と深紅の姫Ⅸ

『ガルルルゥゥゥゥ』


 鋭く放たれた一突きは妖狐の尻尾から放たれた爆炎によって天上へと軌道を変えて、突き刺さる。銀色に輝く鋭いそれは、地面へと水滴を垂らしながら格子蓋へと戻って行く。

 小さなスライムは銀色の光沢を持ちながら、再び燈の顔へと一直線に棘は飛んで行く。

 妖狐と共に白炎を再び灯せば、伸びて来る棘を迎え撃つ。


「甘いですねぇ」


『っ!!』


 溶解し、蒸発するはずの棘は溶けることなく、燈の顔を横切って行く。銀色の棘は氷華がいる天井へと伸ばされると、切り刻まれたオグレスの元へと着地した。


「なんてことでしょうか…………オグレスがこんな姿に」


 言葉は悲しみを演じるも、抑揚と高く発せられる声は、今の現状を楽しんでいる様に思わせる。


『殺したんじゃなかったのっ!?』


『殺したと思ったんですけど…………しぶとかったみたいです』


 氷華の横へと着地した燈の表情は険しく、睨みつける様にヘイグへと視線を飛ばす。

 氷刀を構え、無数の小刀を空中に展開する氷華の横、後から追いかけてきた妖狐は氷華を一瞥すれば、頭を垂れる。そして、ヘイグへと向き直す妖狐は牙を剥き出し、うなり始める。


「油断してはいけませんよ……私は簡単には死にませんから」


 オグレスの死体の中、淀めくような空気を醸し出し、目に見えるほどの妖気が死体を覆い尽くす。


「あなたの無念…………私が晴らして差し上げますから」


 沼に嵌るような音と共に切り刻まれた死体は溶け出し、大きな液体と化す。

 巨大な水滴の表面には人とは思えない顔が浮かび上がる。何人もの顔が水面に浮かび上がれば、悲痛な表情を浮かべる人達。

 そこに映る女性に男に二人は見覚えがあった。


『あれって、私が殺した男よね』


『あそこに映ってるのは、スライムの彼女ね』


 その他にも、無数に浮かび上がる顔は声を上げるように水面に口を開いていた。


「まったく…………誰が表に出ていいと言いましたか?」


 顔だけでなく、スライムから出ようとする手が蠢く様子は二人の心に恐怖を感じさせる。

 巨大なスライムは徐々に縮まって行くと、表面に這い出て来ていた人達は鼓膜を破るほどの悲鳴をあげ、消えて行く。


『なんなのよ…………こいつ』


『本当に…………人間なんですか?』


 人の形を象るスライムは天井へと伸びをすれば、満面の笑顔を燈達へと向けた。


「えぇ、私は人間ですよ。ただ単に、人が踠き苦しみ、詫び諂い、悲鳴を上げる姿をみて、楽しいと思ってしまうだけの、人間なんです」


 爛れていた顔は張り艶を取り戻したように、外見は二十代のような男性へと若返っていた。


「一時的とは言え、やはり若返るのは気分が良いものですね。それが仲間の死体を糧としても…………ハハ!」


 異常に釣り上がる口角は笑みとは呼べない表情が浮かび上がり、姿を消す。


『どこに行ったのっ!?』


『上よっ!!』


「遅いですよっ!!」


 巨大化した右腕を振り下ろすヘイグ、その姿と腕のサイズは同等のものだが、恐ろしい程の速度で二人を襲う。

 間一髪のところで横へと飛び出すように避けた二人の視線の先、オグレスが振り下ろした時以上に抉られ、割れる地面。そして、埋もれている腕は銀色に光沢を放っている。連続するように腕は小さく縮められ、燈へと飛び掛るヘイグは口角から涎を垂らす。

 血走る瞳で燈へと襲いかかっているヘイグ、その様子はオグレスを彷彿とさせ、氷華の心は締め付けられる。


『まだ…………そこにいるのね』


 オグレスの魂は未だに生きている。

 ヘイグから抜け出そうと踠き苦しんでいた姿。


『今度こそ…………助けて上げるわ』


 背中に六本の氷刀を携え、氷華はヘイグへと肉薄する。


「邪魔だっ!!」


『あんたこそ、邪魔よっ!!』


 絶対零度から作り出された氷刀はヘイグを連続して切りつける。ヘイグの腕は所々は凍りつくが切り落とすこともできず、反響する金属音だけが響いていく。

 目にも止まらぬ速さで繰り返される斬撃を的確に弾き返すヘイグは、楽しげに笑みを浮かべ続ける。息も荒くすることなく、目の前で苦しむ燈達を想像しながら、余裕を見せるように吐息を吐く。


「楽しみで仕方がありません…………早く、あなた方の悲鳴を、聞かせろ」


『あなたの敵は私ですよっ!!』


『ガルルルウルウウウァアアアアア』


 妖狐は口から爆炎、燈は白炎を最大出力で解き放つ。


『ちょっ、私がいるのにっ!!』


『避けなさいっ!!』


『まっ!!』


「ハハっ!!」


 工場一面を白い爆発が包み込むと同時に広がる衝撃は、散乱していた鉄骨やパイプを吹き飛ばし、壁へと突き刺して行く。

 不気味な笑みを浮かべるヘイグの体は衝撃と熱量によって吹き飛び、霧散していった。

 燈の視線の先、氷華とヘイグが戦っていた場所には表面に水滴を浮かばせている分厚い氷のドームだけが存在する。


『本当に何してんのよっ!!』


 中から小さく聞こえてくる氷華の表情は透明度の高い氷の外側からも見える。顔を赤くし、怒っている彼女の体には傷はなく、微笑みかける燈がそこにいた。


『自分の事くらい、あなたなら守れると信じたんですよ。それはそうと、スライムにトドメをさしますよ』


 錫杖を手にヘイグが吹き飛んで行った壁へと飛んで行く。

 周囲を見渡しながら、再び白炎を壁一帯に放ち続ける燈の後ろには、爆炎を放射しようと待ち構える妖狐。


「まったく…………何回も私の体を壊さないでください」


『ガルルルラアアア』


 壁から聞こえてくる不気味な声へと放たれる妖狐の爆炎はヘイグの声を掻き消す。爆発して行く炎の中、そこに佇むヘイグの体は一瞬にして妖狐の前へと移動し、壁へと殴り飛ばしていた。

 ヘイグの体は炎によって燃え盛り、壁と同じように熱を放つ程に赤く染め上げられている。


「そんな弱い攻撃で私は死なない」


 ゆっくりと燈へ歩み寄るヘイグの体は徐々に放熱すると所々にヒビが入るが、再び銀色の光沢を取り戻す。

 燈へと近づくに連れて、ヘイグの瞳は血走っていき、呼吸も荒々しくなって行く。


「私の体はタングステン…………簡単には壊れないんだよぉぉおおお!!」


『っ!!』


 燈へと近寄っていたヘイグは一気に距離を詰めれば、腕を刃へと変化させ、幾度となく切りつけて行く。一振り一振りが鋭く、燈の白装束へと肉薄し、肌が少しずつ露わになっていく。


「私に悲鳴をっ!! 悦をっ!! 私を気持ちよくさせてくれェェェエエエ!!」


 瞳の色は赤黒く染まり、顔の原型は留められずに皮膚は地面へと落ちていく。ただ、引きつったような笑みと狂気じみた声に含まれる殺気は、燈の肌を突き刺すように放たれ続ける。

 錫杖と豪炎を放つ燈の体に少しずつ付いていく生傷からは血が滴り、一瞬にして蒸発する。


「もっとっ、もっとっ、もっとぉぉぉぉおおおおお」


 発狂するかのように叫ぶヘイグは体の所々は人間とタングステンを行き来するように変化が生じていく。そして、体の中から響き渡る悲鳴と共に腕や顔、そこら中に浮き上がる顔。

 正気を失い、目の前の快楽へと溺れるヘイグの姿は徐々に人の形を捨て、オグレスのような巨体へと変化していく。巨体はタングステンで作られ、歩くたびに地響きを鳴らす。


『体が制御しきれてないですよっ!!』


『燈っ、避けなさいよっっ!!』


『仕返しってわけっ!!』


 ヘイグの足元を凍らせる氷華は氷刀を地面へと突き刺し、ヘイグへと視線を向ける。


『氷の失楽園コキュートスっ!!』


 瞳を淡く空色へと輝かせる氷華。

 ヘイグの足元に浮かぶ水仙の紋様を中心に、一瞬にして凍土と化す工場内。放熱していた地面を一瞬にして凍らせていくと同時に爆発を起こしながらヘイグの動きは止まる。

 氷の失楽園コキュートスから逃げるように、妖狐の元へと駆け寄る燈は最大出力で自分を包み込むように白炎を放つ。

 近寄ってくる凍土は白炎によって阻まれ、燈のいる場所だけが灼熱の地面となっていた。


『二人とも、大丈夫?』


『私は大丈夫よ…………ただ、この子は動けないかも知れないわ』


 地面へと倒れる妖狐は口から血を吐き出すと、悲しげな鳴き声をあげ、燈へと頬ずりをする。

 弱々と両足で立とうとする妖狐だが、足で踏ん張ることができずにその場で崩れてしまう。

 顔を横に振る妖狐だが、踏ん張ろうとする度に口から多くの血が吐き出される。


『今は無理しなくていいですよ』


 頭を撫でながら二人はヘイグへと視線を向ける。

 全身が氷に覆われ、身動きができずにいるヘイグの血走っている瞳は未だに動き、二人を見下ろすように認識していた。


『まだ…………終わってませんね』


『これでも死なないって…………どんな体してるのよ』


 束の間の休息。

 二人は息を整えながら、ヘイグを見据える。

 身動きが取れず、視線だけ動くヘイグの相貌に寒気を感じる二人。目の前にいる金属の巨体が氷漬けの中、笑みを浮かべた瞬間、戦闘が再び始まる。

 体を発熱させたヘイグは溶けた氷へと硫酸を流すと爆発を起こし、氷は砕け飛ぶ。同時にヘイグは二人へと飛びかかるように接敵した。


「悲鳴ぃぃぃぃいいいいい」


 金属と皮膚のちぐはぐな身体の一部は爛れるように落ちていき、地面に落ちた身体は一瞬にして凍らせる。だが、足元をタングステンへと変化させたヘイグは、凍ることなく凍土の中を縦横無尽に動き回る。


『止まりなさいよっ!!』


 振り下ろされるヘイグの巨大な拳を氷刀で受け流しながら、生身の箇所へと斬撃を入れる。吹き出る血は異臭を放ちながら、地面へと飛び散るも、傷は一瞬にして塞がれていく。


『どうすればいいのよっ!!』


『考えるしかないですよっ!!』


 白炎を放ち、ヘイグの足元を溶かすと同時に爆発が巻き起こる。飛び散る氷はヘイグの顔めがけて飛散する。


「っ!!」


 鋭く尖った氷の破片が顔へ突き刺さろうとした瞬間、顔を庇うように手で防ぐヘイグは氷華を睨みつける。

 腕をボウガンへと変化させ、放たれる矢は氷華を通り過ぎれば方向を変えて襲いかかる。


『無駄よっ!!』


 氷壁を建て、矢を防ぐ氷華はヘイグの顔めがけて浮遊させている小刀を放つ。

 そして同じように燈も同じように白炎を矢のように変化させ、ヘイグの顔へと一直線に撃ち出す。

 顔を守るように両腕で防ぐヘイグはその場でたじろぎ、素早い動きは止まった。


『燈っ!!』


『わかってますよっ!!』


 動きを止めたヘイグへと立て続けに撃ち放つ二人の攻撃。腕へと当たり傷をつけ、攻撃同士が衝突すれば爆発を起こし、ヘイグを怯ませる。

 動けなくなるヘイグの体は徐々に足元から凍りつき始め、氷華の瞳は強く輝く。

 水仙の紋様がヘイグの足元へと浮かび上がれば、一瞬にしてヘイグの体は凍りつく。


『スライムの本体は恐らく眼ですっ!! 私が倒そうとした時に、眼を落としてましたっ!!』


 燈と妖狐との戦闘で笑みを浮かべながら落としていった眼球。それ以外は消滅していた。


『眼を壊しますっ!!』


『わかったわっ!!』


 燈の瞳は紫へと淡く輝かせ、白炎を大きく膨れ上がらせる。白炎は徐々に色が透き通るような色へと変色し、ヘイグへと向けて解き放つ。

そして、氷華は氷刀を鞘の中へと納め、大きく息を吸う。

 氷華を中心に再び広がる水仙の紋様。それは強く白い輝きを放ち、徐々に鞘の中へと吸い込まれていく。

 ヘイグへと近づく白炎は氷を溶かし、一瞬にしてヘイグの体は赤くなり、熱を放つ。


「ぁぁぁぁぁぁああああああ」


 燈へと手を伸ばしながら、近寄ろうとするヘイグの顔には幾つもの顔が再び浮かび上がる。そして、体にも現れる人の腕や足は踠き苦しむように蠢く。


『助けるから…………』


 氷華は光り輝く氷刀を鞘から神速の如く速さで抜刀し、ヘイグの顔を一刀両断する。

 急激な熱の変化にタングステンの眼球はヒビが入ると同時に鋭い一刀によって、脆く切られる。


『ガルルルルァァァアアア!!』


 そして、追い打ちを掛けるように伏せていた妖狐は爆炎をヘイグの顔めがけて放つと、淡く光を放ち、姿を消す。

 全ての攻撃に眼球は溶け、ヘイグの体は水となり蒸発した。

 燈と氷華は亮人達が向かっていった通路へと一直線に歩き出す。


『あなたの敗因は味方を糧にした事です。思考が単純になったのが、負けた原因ですよ』


『仲間を大切にしない奴に負けるわけないわよ』


 静かとなった工場を二人は地面を踏み締め、亮人たちを追いかける。


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