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七つの悪と深紅の姫Ⅷ

「それにしても大きい狐ですね」


 燈のふた回り以上大きい妖狐はヘイグを睨みつければ、一瞬にして距離を詰めて彼を殴り飛ばす。

 可愛らしい容姿から突然変貌した妖狐の異様な力にヘイグの体は衝撃と共に弾け飛ぶ。


「「「痛いじゃないですか。死にはしませんが、痛みはあるんですよ?」」」


 天井、地面、壁とあらゆる所に飛び散った水滴から発せられる声はやまびこのように、燈の耳へと不快に響く。

 みるみる内に集まっていく水滴は人型へと形を変えていき、呆れているような身振りをするヘイグが再び佇んでいた。

 無傷とも言える状態で二人を一瞥するヘイグは手を拳銃のように構え、


「バンッ」


 と口にし、指先を跳ね上げる。

 指先が向いていた方向、燈の頭へと向けられた指先から放たれた液体は、本物の弾丸のように一直線に飛ぶ。


『っ!!』


 半身で辛うじて交わした燈の視線の先、頭と同じ位置の壁は徐々に溶け出していく。


「今のも避けますか…………流石ですね」


『もっと速い子と戦ってますから…………まだまだ遅く感じますよ』


「そうなんですね。拳銃と同じ速度で撃っているんですが…………これよりも速いとなると、私もどうしたものか」


 顎に指を当てながら考える素ぶりを見せるヘイグは、何か閃めいたかのよう手と手を合わせ、不気味な笑みを浮かべた。


「では、これでどうでしょうか?」


 次の瞬間、燈の後ろに飛んでいた弾丸は鋭く尖り、燈の心臓めがけて伸びていく。


『ガルルルゥゥウゥゥ』


 燈へと伸びていた弾丸も妖狐の爆炎によって蒸発し、燈を包み込むように座り込む。血走っていた瞳は優しく、燈の頬を舐めるその姿は小さな小狐そのものだった。


『大丈夫、私の事は守らなくて…………私たちで、あいつを倒すの』


 頬ずりをする妖狐の顔を両手で優しく撫でる燈は錫杖を握り締め、ヘイグと相対する。


「うーん、私の体も無限じゃないんですから労って下さいませんか? そして、彼女の時のように、私に素敵な悲鳴を聞かせてくれませんか? あの悲鳴を聞くだけで、私の心は満たされるんです。私のために、私の心を満たすためだけに、殺されてくれませんか?」


 視線は恍惚と歪んたヘイグの微笑みから逸らさず、一直線に見つめる。


『私には帰らないといけない場所があります。あなたのような殺人鬼とは違って、真っ当に生きているんです。あなたが殺してきたであろう人達も、妖魔たちも、決して殺してもいい命ではなかったはずです』


 燈の紫色の瞳は淡く輝かせ、


『何があっても、あなたを倒しますっ!!』


 と言い放つと同時に豪炎を迸らせた。

 燈が佇んでいる場所から後ろは灼熱の海と化し、地面を溶解させていた。空気が吹き出るように泡となった地面は弾けていく。

 溶岩の上に佇む妖狐は再びヘイグへと態勢を低くすれば、姿が消える。同時に燈の姿もヘイグの視線から消えた。


「両側から来るのはわかってますよっ!!」


 爛れた顔から落ちていく眼球や皮膚は地面の格子蓋へと落ち、顕となる筋肉が楽しげに笑みを浮かべている。


『読まれているのもわかってますよ』


「っ!!」


 妖狐と同時に挟み込むように白炎を解き放つ。

 一瞬にして全てを蒸発させる白炎に捕縛されるように包み込まれると、一気に体は焼却される。

 静かに燃やされるヘイグの体からは悲鳴が発せられ、その体は揮発していく。そして、その場に残されたものは一切ない。

 静寂の中で聞こえて来る溶岩の軽い破裂音が燈と妖狐の耳を支配する。

 他には雑音がない溶岩の上、二人が佇む場所には他の存在は生存していない。


『呆気ないですね』


 ヘイグがいた場所へと歩み寄り、溶解した地面の上に佇めば再び白炎を放つ。幾度となく無情に放たれる炎は地面を更に溶かしていく。


『終わりましたね』


 ご満悦な表情を浮かべる妖狐と安堵する燈は視線を氷華へと向ける。

 一面が雪国のように白く染め上げられた工場に白装束の少女が一人、天井を仰ぐように佇んでいた。

 その表情は苦しげに唇を噛み締め、涙を溜めている目尻から流すまいと我慢をしている。その彼女の姿に優しく微笑みを浮かべる。


『初めて人を殺したんです…………私たちみたいに、その感覚に慣れないで下さい』


 過去の自分を見ているかのような既視感に懐かしさを感じれば、氷の失楽園コキュートスを閉じた氷華へと手を振る。


『そっちも終わったみたいね』


『えぇ、ちょっと嫌な気分になってるけどね…………』


 目尻を少し赤く腫らす氷華は気丈に振る舞うも、放つ言葉は揺らぎ、燈へと向けられていた視線は泳いでいく。


 まったく…………まだまだ子供ね。


『その気持ち…………絶対に忘れたらダメよ』


『わかってるわよ…………できれば、もう感じたくないくらいよ』


 そう言い放つと氷華は腕を組み、そっぽを向いてしまう。ただ、そっぽを向いた氷華の肩は小刻みに震え、小さな嗚咽が漏れていた。


『氷華…………泣いてる暇はないわよ。私たちは麗夜たちの所に急がないと』


『わかってるわよ…………それに、私泣いてないからっ!!』


『ふふふ…………泣いてる所も可愛いわね』


『だから、泣いてないって言ってるでしょうがっ!!』


 怒りながら振り向く氷華と微笑む燈だけがいる工場。

 氷と炎、それぞれ二極する世界の二人は和やかに笑みを浮かべ、声を出して笑う。


『それじゃぁ、急ぎましょうか』


『えぇ、亮人達の加勢に行くわよっ!!』


 二人は亮人達が走って行った通路へと視線を向け、地面を蹴り出そうと構えた瞬間、


「ダメじゃないですか…………私に悲鳴を聞かせてくれないと」


 燈の後ろから聞こえた不気味な声。


『燈っ!! 後ろっ!!』


『っ!!』


 燈の後ろ、格子蓋から聞こえてくるヘイグの声と共に鋭い一突きが燈を襲った。

 


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