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七つの悪と深紅の姫Ⅴ

「なかなか、想像以上に強い妖魔のようですね」


「今度は…………俺がいく」


 巨漢のオグレスは一歩、地面を踏みしめれば床は割れ、一瞬にしてマリーの目の前に立ち塞がる。大きな拳が振り下ろされれば、六人は後ろへと飛び下がる。

 たった一つの拳はコンクリートを粉砕した。


「まだまだ…………フンッ!!」


 地面へと埋まるオグレスの腕の血管は一瞬にして浮かび上がり、力が込められた。何かが剥がれるような音が工場内から聞こえる。


『みんなっ、避けなさいっ!!』


 咄嗟に叫ぶ燈はオーガへ巨大な蒼炎を放つと同時に地中へと大量の爆炎を吹き入れる。

 オグレスが剥がそうとするコンクリートの一部は爆炎によってオグレスの方へと吹き飛ぶが、動じないオグレスは手に持ったコンクリートを投げ飛ばす。投擲されるコンクリート片は一辺2メートル以上の大きさを保ったまま、マリーと礼火へと飛んでいく。


『氷華っ!! 止めなさいっ』


『いちいち指図しなくてもわかってるわよっ!!』


 マリーたちの前に幾重にも重なり連なる氷壁を砕いていくコンクリートは最後の一枚で勢いを殺した。


「バレた…………でも、無駄」


 最後の氷壁の前に飛んでくるオグレスはコンクリートを氷壁と共に粉砕し、不気味に映る相貌がフード越しに見える。

 顔面の所々に凹凸と傷、縫い合わされたような術痕が残り、片方の目は抉り取られたような痕跡を残していた。


『離れなさいっ!!』


 人の姿となって燈はオグレスを爆炎と爆風で吹き飛ばす。

 ヘイグの元へと戻るオグレスのフードは焦げ、オグレスの顔が露わとなった。

 そこにいるのは人間ではなかった。人間の形をかたどる様に異形の姿になった人の成れの果て。

 悍ましさを感じさせるオグレスの顔に亮人達の動きは一度止まった。


「動きを止めるなんて、何を考えているんですか」


 ヘイグは勢いよく腕をマリーへと伸ばしていく。空中で形を変えながら伸ばされる腕はネットの様に広がる。それはマリーだけでなく、礼火と守護を捕縛する様に大きく広がる。


『守護は私が守りますわっ!!』


 足元の影を一気に拡大させ、ヘイグのネットを飲み込ませる。


「あわよくば…………と思ったのですが、そう簡単には行きませんね。それと、No.4…………君はなんでそちらにいるのですか?」


「僕は…………」


「君がそちらにいられると思ってるんですか?」


『それは守護が決める事ですわ。あなたがどうこういう権利はないですわよ』


 守護の前に立ち、両翼を目一杯に広げるマリーは影から一本のレイピアを抜き出す。


「そうだね、あんたが決める事じゃない。決めるのは守護だ」


「うん、なんだって自分で決めて行かなくちゃいけないんだよっ!! 自分の人生なんだからね」


 マリーと同じ様にヘイグ達へと立ち塞がる亮人と礼火は守護へと振り向く。

 尻餅をついていた守護へと差し伸べられた二人の手を両手で握り、立ち上がる守護はヘイグと対峙する。


「僕は…………組織を抜けるっ!! もう、人を殺したくないんだっ!!」


 力強く、一直線にヘイグへと向けられた眼差しは一片の曇りもない。

 以前の様な思考の靄はない。


「そうですか…………それはとても残念です」


 落胆する素振りをするが、指先を勢いよく振ると一滴の粘液が形を変えて守護のこめかみを掠って行った。後ろから響く甲高い金属音と一本の棒はドロッと音を立てながら、ヘイグの元へゆっくりと戻っていく。

 銀色に輝く水滴は徐々に速度をあげて、ヘイグの体の一部に戻る。

 守護のこめかみからは血が滴り、マリーの影へと血は吸い込まれる。

 マリーの体の中を巡る守護の血。たった一滴の血はマリーに劇的な変化を齎した。


『殺しますっ!!』


 血眼となったマリーは我を忘れるかの様にヘイグへと飛びかかる。静止する礼火や亮人の声は一切入らない後ろ姿。


「これはこれは……想定外の動きですね」


『カーティスッ!! 絶対に殺すっ!!』


 心から叫ぶマリーは地面から夥しい量の蔦をヘイグへとうねらせながら、棘からレイピアを幾重にも飛ばし、ヘイグを無視し工場の奥へと翼を羽ばたかせ、飛んで行った。


『マリーはどうしたの!?』


『私もわからないわよっ!!』


「急に怒った感じだったな」


「なんで急に…………」


「考える前にマリーを追いかけなきゃっ!! マリー1人じゃ殺されちゃうよっ!!」


 礼火はマリーを追うように翼を生やし、後を追いかけていく。


「これは好都合ですね。作戦変更ということで、あなた方をここから通すことができなくなってしまいました」


 マリーの蔦とレイピアに突き刺され、締め上げられていたヘイグは蔦の隙間から液体となって姿を現わす。なくなっていた服も再生されるが露わとなったヘイグの顔。それはオグレスとはまた違った意味で悍ましいものだった。

 常に顔の原型を留めるのが難しいかの様に、顔は爛れる様に地面へと落ちていく。そして、眼球すらも顔の中から流れる様に落ちる。


「おっとっと、私としたことが…………紳士たるもの、目を落としてはいけませんね」


 首を傾げながら微笑むヘイグの異様な光景に亮人達の背筋は凍り、冷や汗を滴らせた。


「そんなに驚くことでしょうか? 人という形が崩れたり、形を変えているだけではありませんか。私もオグレス然り、ベファーナ然り。私たちは人間ですよ…………妖魔を食べた、ね」


 最後に口角を上げ、顔面が剥がれ落ちる様に笑うヘイグ。


「私たちは妖魔に大切な人を殺されてしまった可哀想な人間なんです。そんな時に出会ったのがカーティス様でした。あのかたは私たちの夢を叶えてくださると約束して下さったのです。大切な人と合わせてあげよう。その言葉を聞いた時に教えてもらったんですよ。は殺した妖魔を食べることで妖魔の力を得られると…………そして、夢に一歩近づけると」


 両手を見るヘイグは手の形を刀のように鋭くさせ、銀色へと変化させる。


「妖魔というのはとても便利です。私が想定していた以上に応用が効くものが多い」


 真横にある鉄パイプへ振りかざされる腕はいとも簡単に、まるで紙を切るかの様に鉄パイプを切断した。


「オグレス…………いつまで休憩しているんですか? 私のおしゃべりも終わりますよ」


「あぁ…………次は、殺す」


「そうです、ヴァンパイアの姫以外は殺して構いません。私たちが憎んでいる妖魔と連んでいるのですからっ!!」


 亮人達へと薙ぎ払われたヘイグの腕は細く、糸の様に直接首を狙う。


『殺させないっ!!』


「っち」


 燈が放つ白い炎によって、伸ばされていた腕は蒸発する。


『あなたの天敵は私のようですね』


 笑みを浮かべながら、ヘイグへと歩み寄る九尾、くすのきあかり

 その姿は氷華と同じ様に白色の装束を身に纏い、手には錫杖しゃくじょうを携える。後ろにいる亮人達へと吹かれる爆炎は亮人達を燃やさず、暖かな光となって包み込む。


「炎ですか…………私がどんな妖魔を食べたのか、わかっているようですね」


『えぇ、ヒントが多すぎますから』


 歩く度に響く錫杖の鈴。地面へと叩きつけるように何度も響く鈴と共に現れる、光り輝く小狐達が亮人達の周りを取り囲む。


『亮人さん、マリーのことを追いかけて上げてください。麗夜も、礼火も、それに守護さんも一緒にマリーを助けて上げて下さい。貴方達なら出来ますから』


 微笑みかける燈だが、次の瞬間にはオグレスの拳が横から襲いかかる。


『っ!!』


 白い炎を一点に集中させ、オグレスの拳へと放つも溶ける事なく燈の眼前へと大きな腕が近づいていく。


『全く、油断しないでよね』


 燈の後ろ、全てを凍てつかせる冷気を放つ氷華が、振り下ろされるオグレスの腕ごと地面から天井にかけて一本の氷柱に閉じ込める。


『ごめんなさいね、助かったわ』


『本当よ、もう…………』


 ため息交じりに氷華は亮人達へと振り返れば、


『亮人達はマリーを先に追いかけて。燈と私はこいつらを倒してから、追いかけるから』


「でもっ!!」


『大丈夫ですよ、亮人さん。私たちも簡単には負けませんよ』


『急がないと、マリーのこと助けられないわよ? ここは私たちに任せて、みんなは先に行って』


 腰から抜く氷刀と空中へと浮かぶ小刀をヘイグ達へと向ける。


「行かせ…………ない」


 氷柱に凍らされた腕を引き抜いたオグレスは亮人の目の前まで移動し、再び拳を振り下ろす。しかし、それは光り輝く二匹の小狐によって防がれる。

 拳へと飛びかかった一匹の小狐は振り下ろされた拳へと体当たりすれば、障壁を展開しはじき返す。

 亮人を守った小狐は亮人の方へと振り向き、「コンっ!!」と一鳴きすれば、光となって消え去っていく。それはまるで、


「役目は終わりました」


 とでも言ったかのように。


『その子達は役目を終えたら、いなくなるの。ただ、防御力は一級品ですよ』


「ありがとうっ!!」


「あいつ、俺が知らないうちにこんな能力持ってたのかよ」


『私も麗夜に隠し事くらいあるわ』


 慈愛に満ちた笑みを麗夜へと向ける燈はヘイグへと視線を向ける。


「氷華っ、燈さんっ!! ここは頼んだよっ!!」


『任せてください、必ず麗夜の元に帰らないといけないいけないので』


『マリーのこと、絶対助けて上げなさいよっ!!』


 二人を後に、亮人達はマリーが進んで行った通路を走り抜けていく。


「二人とも、ありがとうございますっ!!」


 横目に守護は声をかける。

 二人が向ける笑顔に、守護の心には一抹の不安さえなかった。


「亮人っ!! マリーはこの先だよっ!!」


 千里眼で認識したマリーと共に他二つの存在を見つける。


「カーティスと、もう一人誰かいる」


「お父さんなんじゃないっ!?」


「レグルスっ!!」


 麗夜の呼応と共にレグルスは麗夜の身へと纏われる。王子を彷彿させる風貌と荒々しさがあった炎は消え、静かに燃える白炎が麗夜の動きを一気に加速させる。


「亮人っ!! マリーがっ!!」


 麗夜の眼前に広がっている異質な光景に全員が驚きを隠せない。


「どうなってんだよ、これ」


 目の前に広がるマリーの夥しい死体。荒く息をしているマリーの姿。そして、静かに佇むカーティスがそこにはいた。


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