選ぶ者・選ばれる者ⅩⅦ
『礼火、すごく怖かったね…………』
『多分、怒らせないほうがいいわね…………私たちも勝てないかも』
鬼の形相で佇む礼火の雰囲気は憑依化させた氷華や戦闘中のマリーの不気味さよりも恐ろしいものがあった。
「亮人たちなんかあったのか?」
『シャーリーが誘ったら、その気になったんだけど…………バレちゃって』
『礼火が怒ったわけですわね…………あの子、怒ったら恐ろしいですわ…………』
両手で肩を抱えるように小さく身震いをするマリー。
「あいつがそんな怖いか? 単にチンチクリンにしか見えねぇけどな」
『本気で怒ったあの子を知らないからですわ…………私のほうが強いから何とかなってますけど、あの子が私
より強くなんてなった時には…………考えたくもありませんわ』
何を想像しているのか、マリーの顔色は血色を悪くしていく。
『なら、今度麗夜が怒らせてみたらどう?』
ワインを嗜みながら麗夜を抱きしめる燈は頬へとキスをする。
「んなっ、こいつらの前でそういうことすんなよっ!! 恥ずかしいだろうがっ」
『いいじゃないの…………私たちだって、パートナーなのよ?』
麗夜を燈へと向き直せば、豊満な胸で麗夜の顔を埋めさせた。
胸の中で悶え苦しむように手をバタつかせる麗夜は一分程度で手足から力が抜けていた。
「本当に…………賑やかだね」
『えぇ、守護? でいいのよね?』
「うん、守護って呼んで」
『亮人の周りはいつもこんな感じになるわよ。私とシャーリーも最初は殺し合おうとしてたくらいだから』
『シャーリーはお姉ちゃんのこと、本気で殺そうと思ってたからねっ!!』
満面の笑みを向けているシャーリーの無邪気さとは裏腹に、言葉は物騒なもの。
一瞬だけ睨み合う二人だが、数秒後には笑みを浮かべ、声を出して笑い出す。
『でも、今じゃ家族だし、』
『お兄ちゃんの事が好きだから』
お互いを認め合っているよう笑う二人の姿に守護も微笑んでいた。
『守護の事も受け入れてくれてるんですわ。私も同じ感じで受け入れてもらえましたの』
「亮人って…………何者?」
「さぁな、単に頭のネジが少しズレてるってだけじゃねぇのか? まぁ、そんな亮人だから、俺もこうやって安心してられるんだけどな」
さっきまで燈の胸の中で力尽きていた麗夜は鼻血を拭きながらソファに座る。
「時々、亮人の中から不気味な感じがする時があるんだけどな。色々と調べてみたけど、普通の高校生だ。ただ、一つだけおかしい点も見つかったわけだが」
『お兄ちゃんの秘密ならシャーリー知りたいなっ!!』
『私も知っておくべきね、亮人の正妻になるんだから』
「なら、ここにいる奴等にだけ伝えておいてやる…………」
固唾を飲むように前のめりになっている氷華とシャーリー。
そして、麗夜が口にした言葉を耳にした二人は言葉を失くした。
「相馬神一郎…………亮人の親は存在しないかもしれない」
『どういう事よ、それ』
「亮人の父親について調べた限り、情報がないんだ。コネを使って調べて貰っても出てこないのが不自然すぎる」
『でも、それって仮説にすぎないじゃない』
『嘘ついたらダメだよ、麗夜くんっ!! シャーリー、昔にお兄ちゃんのお父さんにあったことあるよっ!!』
「ほ、ほんとかっ!! どんな人だったんだ? 自分を褒めるのも何だけどよ、情報収集はお手の物だと思ってきたんだが。手に入らないからどうしょうもなくてよ、困ってたんだ」
『う〜ん、なんて言うんだろう。凄く静かな人だったと思う。アメリカのお兄ちゃんの別荘で一瞬だけあっただけだから、よく覚えてないや』
「そうなのか…………国籍が違うのか?」
ぶつくさと小声で独り言を口にする麗夜をよそに、
『シャーリー、あんた亮人のお父さんにあったことあったのね』
『うんっ!! お母さんがまだ一緒に居てくれた時に連れてって貰ったの。お母さんとお兄ちゃんのお父さんも面識があったみたいだよ?』
『亮人のお父さまに会ってみたいものですわね…………あんな特異な人の親がどんなものなのか、気になりますわ』
「亮人って普通じゃない感じするからね」
『えぇ…………亮人は普通じゃないですわ、あの目』
玄関外で話をした時の目。
瞳の奥にある、その何かがマリーを静かに覗き込むかの様な錯覚は、マリーに身震いをさせた。
『正直、気味が悪いところがありますわ』
肩を抱き震えるマリーの手へそっと触れる守護は微笑み、
「大丈夫だよ」
と優しく喋り掛ける。
その微笑みを見た途端に、マリーの顔は赤面し、
『あっ、当たり前ですわよっ!! 私を誰だと思ってるんですのっ!! ヴァンパイアの姫ですわよ? 喧嘩売ってますのっ!?』
「えっ、何で怒ってるの?」
『怒ってないですわよっ!!』
マリーに羽交い締めにされる守護は抵抗虚しく、意識を飛ばし、氷華たちは笑い声をあげる。
『でも、お兄ちゃんのお父さんはお兄ちゃんのこと、どう思ってるんだろう…………』
「どう言うことだ?」
『お兄ちゃん…………事故に遭ってからお父さんたちと遭ってないんだって。お見舞いにも来なかったって悲しんでたんだよ? お兄ちゃんが可愛そうだよ』
『確かに、普通だったら見舞いに来ますよね…………家族なら尚更』
「『『『『…………………………』』』』」
五人は二階へと視線を向ける。
ここにいる全員を大切に思っている亮人の人柄や懐の広さ、なぜ妖魔を受け入れるのか。
「考えても無駄だ。気になるなら、本人に直接聞くしかねぇ。聞きたい奴は直接聞いてこい。俺は亮人とお前らといるだけで楽しいから、それで十分だ。それ以外はいらねぇ」
ぶっきら棒に口にした麗夜はテレビへと視線を向け、ワインを嗜む燈は麗夜を見つめながら際限なく微笑む。そして、マリーは弄ぶように気絶している守護の頭を優しく撫でていた。
静寂が包み込む部屋の中、静寂は唐突に破られた。
室内に鳴り響く、甲高い着信音。
守護のズボンから鳴る携帯の着信音は、その場にいた全員に緊張を走らせる。
『守護…………』
頭を撫でていたマリーの表情は険しいものに一瞬にして変化し、微笑んでいた燈、麗夜も表情は真剣なものになる。
携帯の着信音で目が覚めた守護は麗夜と目を合わせれば、携帯を耳に当てる。
受話器越しに聞こえてくる声はガスマスクの男だった。
「No.4…………ヴァンパイアは弱っているんだな?」
「はい…………今は回復する為に隠れている状態です」
「私たち三人でヴァンパイアを追い込むことになった…………ヴァンパイアの位置を教えろ。今日の夜が最後の仕事になる。我々の悲願が達成される」
「了解しました。正確な位置を送ります」
「失敗は許されない…………カーティス様もいらっしゃっている。絶対に成功させなければならない、我々のためにも」
「はい…………」
「怪物どもに地獄の栄光を」
電話越しに聞こえてくる男の声と共に女と巨漢の男の声も薄っすらと聞こえる。
切られた通話。
守護は周りを見渡す。
「今日の夜か…………急だが、やるしかないな」
『大丈夫よ、私たちがついてるから』
『私が守護のことを守ってあげますわ。これからもっと楽しい事を教えてあげますから。それに、お父様達を助けますから』
『私達も二人のこと、守ってみせるから』
『シャーリー達だって強くなったんだから。お兄ちゃんもマリーも、守護くんも守ってみせるよっ!!』
守護を囲うように集まった五人は笑みと力強い言葉を各々が口にする。
初めて出来た仲間。
その面々へと向ける視線は揺らぐ、まるで水の中にいるかのように視界はボヤけていく。
「ありがとう…………ございます」
『なんで敬語なんですのよ!! 敬語なんて要りませんわっ!! ありがとう…………それだけで十分ですのよ』
「そうだ、俺たちに敬語はいらねぇ」
『私達はチームですから。助け合っていきましょう』
『敬語だと調子狂うからやめなさいよ。私達、同い年なんだから』
『シャーリーも、もっと守護くんと仲良くなりたいから敬語はいらないよっ!!』
暖かい言葉。
守護が知らなかった感情。
目を瞑った瞬間に思い出す少女。
「守護は希望なんだ」
脳裏に映る黒髪の彼女が放つ言葉が守護の心をより暖かくしていく。
胸が締め付けられるような感覚と思い出す手に付いた夥しい血。
心の奥底。
今度こそ…………助けてみせる。
自分のせいで死なせてしまった彼女。
同じ顛末にはさせないと心で自分へと約束する守護はマリーの手を握る。
『なっ、何ですの?』
生きているかもしれないマリーの父親を助ける。
自分を助けてくれた彼女を、今度は自分が助けたい。
「ありがとう…………弱いけど、僕も出来る事は全力でするから」
目尻に涙を溜めながら笑みを浮かべた。
『あっ、当たり前じゃないですのっ!! 私の為に働きなさいっ!!』
頬を赤く染める小柄なマリーは腕を小さな胸の前で組みながらそっぽを向いていた。
『まだまだ子供ね』
「礼火と同じくらいなんじゃねぇか?」
微笑ましい光景に燈は恍惚とした表情を浮かべ、ワインを更に口に含んでいく。
「なら、作戦会議をしないとだね」
「マリーの家族を取り戻さなくっちゃっ!!」
階段から降りてくる亮人と礼火。
意気揚々と降りてくる礼火は亮人を引っ張る。引っ張られている亮人は意気消沈気味な雰囲気を醸しながらも何時ものような微笑みを浮かべていた。
全員がリビングに揃う。
「マリーのお父さんを助けるよ、みんな。絶対に誰もいなくなったらダメだからね」
「取り敢えず、作戦を考えようぜ。こっちは情報が不足してるからな、安全にいくなら作戦は重要だぞ」
「そういうのは、麗夜君に任せるよ。情報とか作戦考えるの得意でしょ? これも適材適所だね」
「そう言ってくれるなら、作戦は考えてあるぞ」
事前に考えていた作戦内容を麗夜は全員へと伝える。
本当の殺し合い。
それを意識させる麗夜の真剣な口調。
聞いているだけで冷や汗をかく亮人だが、その手を優しく握る小さな手が不安を小さくする。
「みんなのこと…………私が守ってみせるから」
ぎこちなく微笑む礼火の手にも汗が滲む。
小刻みに震える礼火の手を握り返せば、震えは治まる。
「この作戦の肝は、マリー…………お前に掛かってるからな」
『分かってますわ。名演技、見せてあげますわよ』
小柄な体で胸を張るマリーは心配そうに見つめる守護の頭を撫でる。
まるで親が子供をあやすかのように。
『私を誰だと思ってますの? ヴァンパイア王の娘ですわよ? 簡単に負けるわけがないじゃないですの』
「分かってる…………僕も頑張るから」
『えぇ、お互いに頑張りますわよ』
マリーは一人、家から出るとコウモリに姿を変え、深夜の街へと飛んでいく。
「俺たちは俺たちの役割をやるぞ」
麗夜の言葉によって作戦は決行された。