波乱万丈
昨日の一件から翌日。亮人の身の回りでは大変な出来事が起きていた。
『…………うぅぅん』
寝返りを打った金髪の少女が亮人の横で寝息を立てていたのだ。亮人としてはそれだけなら普通に仕方がないと思えていたが、亮人がベッドから出ようとして布団を退けた時だ。
「……………………………………」
亮人の視線は横で眠っていたシャーリー自体に向けられた。
そこには煌びやかな金髪が肩まで伸びた可愛らしい寝顔がそこにはある。
『お兄ちゃん……大好きだよ……』
寝言を呟いた時に見える人よりも少し長い犬歯がキラリと太陽の陽を反射して、彼女が普通の人ではないことを思い出す。
だが、それは肩から上の部分だけを言っているのであって、その肩から下の部分。亮人はそこを直視できなかった。
「なんでシャーリーは裸なんだろう……」
いつの間にか亮人のベッドに潜り込んできたシャーリーは一糸纏わぬ体で亮人の横で寝息を立てていたのだ。それが意味することを考えれば、亮人は頭を抱えたくなる。
「昨日はそんなことしてないはずだよね……ちゃんと俺は寝てたし、そんな嬉しい出来事があったらちゃんと起きてるはず……」
自分でおかしな事を口走っていることに気付いていない亮人だが、この状況を目の当たりにした自分がシャーリーと子作りをしてしまったのではないかと心配になった。
目の前にいる全裸の少女。その少女の目的は亮人と子供を作ること。それは彼女たち妖魔にとっては非常に大切なことで急がないといけないのかもしれないが、亮人にはまだそんな度胸も覚悟もない。
『うぅぅん? お兄ちゃん、起きるの早いね……まだ朝の五時だよ?』
そして亮人が起きたのを感じたのか、シャーリーは目を片手で擦りながら亮人の事を見つめて来ていた。そして、それは体を起こして。
布団が掛かっていないシャーリーの体は太陽の陽によって、はっきりと体のラインを見せられる。
彼女の体には無駄な脂肪は無く、それでもつくべき所にはついている。そんな身体で、それは綺麗なラインとなって亮人の視界に入る。
「――――っ!」
流石の亮人もその光景には耐性が無く、太陽が顔を出している窓の方へと体を向け、
「シャーリー……早く服を来てくれないかな? その……目のやり場に困るんだよね」
『……? 目のやり場に困るって何で? いずれは見るんだから、今から見たっていいと思うよ? それにお兄ちゃんにだったら全部見せてあげてもいいもん』
魅力的な誘惑。
亮人はそんな誘惑が耳に入ってくれば一度振り返りそうになる。だが、そこはやはりちゃんとケジメをつけた亮人。シャーリーの体が視界に入らない様に不恰好に蟹歩きで廊下への扉まで行けば、
「ちゃんと服を着ないと朝ごはん抜きにするけどいいの?」
ちょっとした脅しをシャーリーへとしたのだ。
少なくても亮人は彼女に少女らしい恥じらいを持った方がいいと感じた。だから、それを感じさせるためにも、そして自分の身を守る意味でも小さな脅しをしたのだ。
『もう……お兄ちゃんの為にこうやってるのになぁ。でも、お兄ちゃんがそう言うなら仕方がないからちゃんと明日からは着てくるから』
「そうしてくれると嬉しいよ。なら、まだもう少しだけ寝てていいよ? 俺は二人の朝ごはん作って来るから」
『わかった。ありがとうね、お兄ちゃん。朝ごはん楽しみにしてる』
満面の笑みが亮人の方へと向けられれば、シャーリーは布団を体に掛けてもう一度深く眠りに就く。
それは体を横にしてすぐに寝息が聞こえてきたから分かった。
俺を探して疲れてるんだろうな……シャーリーはアメリカから来たんだから、休む暇なんかなかったんだろうし……ゆっくり休ませてあげないと。
亮人は家に増えた住人へと優しく微笑みながら階段を降りていく。
一階のリビングには、珍しく亮人よりも先に起きていたクロが亮人の足元へとやってきては、「ニャアァ」と頬擦りをしてくる。
普通の猫にしては珍しく、人に懐っこい。猫なら普通に人が来たならどこかへと一人でふらっと行ってしまったりするものだがクロは亮人が学校から帰ってくるなり、犬のように亮人の元へと駆け寄ってくるのだ。
そんなクロは亮人の足をぽんぽんと柔らかな肉球で叩くと自分の食器のところまで行き、これまた「ニャア」と鳴いて金属の食器に爪を立てて叩く。カンカンといった金属音が亮人に届き、
「ご飯が欲しいのか……あと二時間もすればみんなでご飯食べるからそれまでクロは待てる?」
「ニャァァァァ……」
クロのその鳴き声はまるで「仕方がないなぁ……」といった感じで、自分の寝床であるはずの場所には戻らずに、二階への階段を上って行く。
「あぁ……俺のベッドで眠るわけね。あとでシャーリーを起こしに行くついでにクロも連れて来よう」
亮人はその後に一度テレビを点けては天気予報やニュースを見て、料理を作り始める。
「シャーリーも来たことだし、今日の朝はスクランブルエッグにしようかな。ちょうど食パンもあるし、これで洋食らしい朝ごはんが作れる。けど、やっぱりベーコンが無いのがちょっと悲しいかな。スクランブルエッグにはベーコンが一緒じゃないと」
食材が足りないことに残念と思う亮人だが、それでも朝食はスクランブルエッグに食パン。それにシーザーサラダで色を足せば十分、朝食にしては豪華なものかもしれない。
冷蔵庫の中を確認しながら亮人は食器などを一度水洗いして、机の上へと置く。
それから食材を刻んだり、炒めたりとする。
スクランブルエッグだけでは流石に少ないと思った亮人は冷蔵庫にあった魚を焼いて、ついでにソテーまで作った。
これだけでも十分な朝食。そして、サラダをそこに足せば色鮮やかで体に優しい朝食の出来上がり。
料理をしていると時間はあっという間に過ぎてしまう。
「もうこんな時間だ……早く起こしに行かないと」
黒のエプロンをつけたまま二階へと上がって先に氷華の部屋へといった亮人だが、氷華の部屋には氷華の姿は無く、仕方なく自分の部屋で寝ているシャーリーとクロを起こしに行く。
自分の部屋だけど、今は中に女の子がいるんだ。ちゃんとノックしないと……。
亮人は自分の部屋のドアを二回ノックして足を踏み入れた。
ただ、自分の部屋だというのに、亮人は何故だか心臓の脈が速くなり緊張していた。
さっきもそうだけど、シャーリーは服を着てないんだよね……どうやって起こせばいいんだろう……。
本当だったら氷華に頼んで起こして貰いたいところだが、その氷華が部屋に居なかったのだ。だから、亮人は仕方が無く自分で起こすことにしたのだが。
『シャーリー……もうそろそろ起きないと亮人のご飯食べられないわよ?』
亮人がドアを開くとそこには腰まで伸びる白い髪を持った氷華が、まるでお姉さんのようにシャーリーを起こしに来ていたのだ。
長い髪を後ろで結わいだ彼女の後ろ姿は本当にお姉さんのようで、亮人自身も居もしない姉を思わせるほどだ。
『お姉ちゃん……お兄ちゃんの朝ごはん出来たの?』
『もう出来上がってるわよ。いつもならこの時間には作り終わってるから。ほらっ、シャーリーも早く起きて下に行くわよ』
『はぁーい』
『ほら、クロも一緒に下に行くわよ。早く起きなさい』
「ミャァァ……」
クロは氷華に起こされ、欠伸をしながら一階へと降りて行った。そして、そんなクロを目で追っていた氷華は亮人が部屋に来ていることに気が付くと、
『もう料理できたの?』
「料理はもう出来てるよ。それでシャーリーたちを起こしに来たんだけど……それで、ついでに氷華に頼みたいことがあるんだけどいい?」
亮人は氷華へ手招きをすると、氷華は不思議そうに亮人のところへと近づいて来る。そして、そんな氷華の耳へと耳打ちで、
「シャーリーに服を着させてやってくれないか? シャーリーの奴、何かに襲われたらしくて、左肩が上がらないらしいんだよ」
『何かに追われた……? それってどういうことなの?』
氷華は変なところで突っかかるが、亮人が「分からない」と答えればすぐにシャーリーの元へと行って、服を着させてやっていた。
「それじゃあ、着替え終わったら下に来て一緒に朝ごはん食べような」
亮人はそう言って一階へと降り、クロがまた食器の前でカンカンと朝ごはんの要求をしていたので、先にペットフードを入れて「あと少しでみんな来るから、もうちょっとだけ頑張って」と、クロには本当に申し訳なかったがお願いした。そんな亮人に対してクロも「ミャア」と返事をしていて、その態度と返事の仕方から「もう……」といった感じにじれったい様で、目の前に朝ごはんがあるというのにちゃんとシャーリーたちが下に降りてくるまで待っていた。
クロはそこら辺の犬なんかよりもよっぽど頭がいい。もしかしたら、馬鹿な人間よりも頭がいいのかもしれない。
『今日は洋食なのね。それにサラダまでついて豪華になってるわね』
「シャーリーが来たからね。だから今日は、洋食の朝食にさせてもらったよ。でも、お昼は和風にするから」
『ありがとうね、亮人。シャーリーは和食、食べられるの?』
『シャーリーは食べられるものなら何でも食べるよ? それにお兄ちゃんが作ってくれたごはんなら尚更だよ。お兄ちゃんの作ったご飯は絶対に美味しいって私の中では決まってるんだから』
シャーリーが笑顔で亮人の方を見つめれば、そんな言葉に視線を受けた亮人は微笑むことしか出来なかった。
素直に美味しいって言って貰えることが嬉しい亮人はシャーリーに微笑み、そしてシャーリーは目の前の料理へとフォークを刺して美味しそうにご飯を食べる。
料理を作った側からしたら、これ以上嬉しいことはない。亮人は嬉しさが強かったあまりに、朝食を食べている最中はずっと微笑んでいた。
もしこの光景を他人が見ていたなら、気持ち悪いと言われていたかもしれない。
『ロリコン……』
そして、この場所で不適切な言葉が亮人には聞こえ、それを言ったであろう人物へと視線を向ける。
『何かしら? 私は何も言ってないわよ? ただ、私の近くに自分よりも年下の女の子に微笑んでる如何わしい人がいたと思っただけよ』
「それって完全に俺の事じゃないか?」
目を細くして氷華を見つめれば、『さぁ?』と誤魔化されてしまう。それでもここまで楽しい食事ができている亮人はそんなことは些細なことだと思って、続けて自分が作った朝食を口に運んで行った。