選ぶ者・選ばれる者ⅩⅡ
これは十年以上前の話。
物心ついた頃から薄暗く、湿気が多い地下室の中で生活。
周りには守護と同じ年代の子供が多くおり、それぞれがナンバリングで呼ばれている。
「No.4、今度はお前の番だ。今日も我々の為に頑張るんだ」
No.4、それが守護の名前だった。
この施設に来た時の記憶はない、いつから生活しているのかもわからない。それほどの時間が経過していくと同時に守護の感情は平坦になっていた。
守護が周りを見渡せば十人以上の少年少女がいるが、怯えるように部屋の隅に座り込んでいる。まだ、感情が残っている彼らが呼び出された先では、常に悲鳴が響き渡る。
「わかりました」
「No4は流石だ」
素直について行く守護に対する組織の評価は高かった。
「では、これから実験を始める」
手術台のような所へと寝転び、天井を見つめる。
カビが生えているような汚い部屋、壁には赤黒い斑点が飛び散り、それが血だということには直ぐに気がつく。
手足に首と五ヶ所を固定されれば、静脈へと針が刺され、何かが流し込まれる。視界の隅に映る注射器の中には青い液体が入っていた。
それが何なのかという疑問はなるが、そこから先は考えることをやめる。
考えれば考えるほど、恐怖がやってくるということが分かっているから。
血管を通して入ってくる、それは体に入って来た途端に守護を苦しませる。
手術台の上でのたうち回る小柄な守護。手術台を壊すのではないかという程の力と手足を固定している金具が金属音を激しく立て、一部は破損する。
この時の記憶はない。ただ、死ぬという恐怖だけが守護を支配していた。
時間が経てば、痛みは治まり息も落ち着く。
「No4、もう一度入れる」
胃の中から臓物が出てくるのではないか。そう思わせる苦しみは間髪入れずに再び訪れ、そして守護は意識を失った。
その後も同じことを何度も繰り返される。
ただ、その結果として手に入れた力もあった。
「やっと……成功した」
守護の視線の先、顔がマスクで覆われた男は驚愕する声を出し、何処かへと連絡を入れていた。
「実験がやっと成功しました……能力自体は攻撃性はありませんが」
受話器越しの声は聞こえない。ただ、男が大きく頷く様子だけはボヤけた視界でも見て取れる。
『実験成功体第一号、No4。これからのお前に期待する』
耳へと当てられる受話器の先、そこから聞こえる重苦しい声に寒気を感じる。
物静かな部屋の中、男は守護の枷を外すと強く抱きしめた。
鼻を啜る目の前の男は更に守護を強く抱きしめ、守護も理由はわからないが小さな体で彼を抱きしめた。
その後、守護は手に入れた力、千里眼をコントロールできるようにマスクの男と違う人間から指導を受ける。
身長が高く、細身の女性。足音を一つも立てずに近づく彼女は次の瞬間、守護の前へと移動し、屈み込む。
「私が……能力を教える」
冷たく、冷淡な声が耳を突き刺す。
彼女が視線を向けた場所、そこにある物は石へと変化する。
「集中して……目を凝らして」
何も考えず、指示通りに何度も反復して行う。同じことの繰り返しを何度も行うことで、千里眼も少しずつ安定し始めている事を実感する。
一定期間が過ぎれば、
「もう、実用できるわ……」
そう言い残した女は部屋から消え、次には大柄の男が守護の前へと現れた。2mはあるであろう巨漢が守護へと近づくと、地面へと拳を振り下ろす。
凄まじい衝撃と地響きが施設を揺るがし、地面にはヒビを蜘蛛の巣状に広がっていた。
「お前には戦闘ができるようになってもらう」
淡々と口にする男は実戦形式で守護は避けながら、近接戦の訓練をさせられる。
殴られる度に骨は折れ、血反吐を吐く。
死ぬような訓練は毎日のように続けられた。
擦り切った心は感情と呼べる物は、守護の中にはなくなりかけていた。ただ、唯一彼を支えてくれるものがあった。
「頑張ったね」
地下施設にいる他の少年少女たちだった。
友達とは言えない、歪な彼らとの関係。
彼らは未だに手術台のある部屋へと連れて行かれ、悲鳴は施設内に反響していた。ただ、お互いを支え合うように声を掛け合う。
その中でも守護へと積極的に話しかける長い黒髪の少女。
彼女の眼差しは守護を尊敬するように見つめ、この薄暗い世界の中で笑みを浮かべていた。
「君って凄いね。あれだけの訓練に耐えてるなんて」
響かないよう、小さな声で話しかけてくる少女は笑みを浮かべながら守護へと話しかけていた。その姿は守護には理解できなかったが、ただ居心地がいいことだけは理解できた。
「そうしないと……生きていけない」
「でも、凄いと思う。私、ここでNo.7っていうけど、元の名前は???っていうの。君の元の名前はなんていうの?」
「僕に名前なんてない……No4。これが名前だよ」
「ここに来る前の名前はないの?」
「ここに来る前の名前?」
「そう、名前」
「……………………わからない。物心ついた時からここにいるから」
「じゃぁ…………名前がないってこと?」
「No4だよ」
真顔で返事をする守護に少女は首を傾げる。
「なら、私が名前つけてあげるよ」
守護の肩へと手をのせる彼女は一直線に見つめ、
「守護」
と口にした。
「私達が生きてられるのも、守護が実験に成功したから。まだ、私達も希望があると思えるの。私たちの希望を守ってくれてるから守護」
「守護……か、僕がみんなを守ってるのかな?」
「守護がいるから、次に繋がってるんだよ。私たちは孤児だから、いつ死んでもおかしくないもん、こうやって生きてられるのも守護が成功したからだよ。私達にとって、守護は希望なんだ」
そう口にする少女に同調する様に、周りの子供達は視線を守護へと向ける。
みんなを守ってる……。
そんな自覚は守護にはなかった。
ただ、生きていくために何も考えず、何も感じずに熟す。
死ぬという恐怖から目を逸らすために、何も考えなかった。
それが、周りの希望になっていたことなんて露しらず。
擦り切れかけていた心に温もりを感じた瞬間だ。
それからというもの、守護は訓練が終わる度に彼女と話すようになっていた。彼女と話をする度に、切れかかっていた心が取り戻せるような気がしていた。
「…………………………」
そんな二人の光景を画面越しに見ていた男は不敵な笑みを浮かべた。