取り返しのつかない【ショートショート】
あまり実のある内容は書きません。拙作の極みで御座います。お時間に隙間が空いた際などにご覧頂ければ幸いです。
一人の男が、勢いよく家のドアを開けて転がるように入ってきた。その拍子に、あとで読もうと思っていた次元転移に関する本が暖炉に飛び込んで激しく燃えてしまった。おかまいなしに、その若い男は口を開いた。
「あなたを殺しに来ました」
なんの冗談かと思った。でも青年の熱を帯びた眼差しと右手に持った拳銃が、わたしの考えをすぐに改めさせた。
「まあ。落ち着きなさい」
意味のない言葉だった。青年は既に怖いほどに落ち着き払っている。命乞いをする代わりに、わたしは話を途切れさせないように喋り続けた。
「なぜわたしを殺そうと思うんだ」
わたしはこの男を知らない。見知らぬやつに殺されるほど誰かに恨みを買った覚えもないのだ。となると、
「強盗かね」
「とんでもない」
青年は目をパチクリさせた。
「科学実験だ」
今度はこちらがパチクリさせる番である。男はそのまま話し続ける。
「僕は未来から来ました」
「なんだって」
こいつは狂人か。わたしの右手がポケットにある携帯電話に伸びた。
「あなたが作ったタイムマシンに乗ってきました。いいえ、乗ってきてしまったんです。これは不幸な事故だ。そして帰りの燃料が尽きてしまったのです。いまは草むらにタイムマシンを隠してあります。どれもこれも、元を辿ればすべてあなたのせいです」
「本気で言っているのか」
「本気です。そして本当です」
わたしは一旦ポケットに入れた手を抜いた。
「確かにわたしは科学者だが……」
未来の行いを過去に持って来られても困る。わたしはまだタイムマシンなど作ってもいないのだ。殺されてしまってはたまったものではない。
「いいかね。仮に君の話をすべて信じたとしよう。しかし、君がわたしを殺したら大変なことになる」
「どういうことだ」
「君はタイムマシンに乗ってやって来た。その創製者を殺したらどうなる。タイムマシンは存在しなくなる。つまり、君はここに来られなくなってしまう」
「願ったりだ。僕はこんなところに来たくはなかった」
わたしは思わず嘆息する。できの悪い生徒を諭すようになる。
「四次元的にものを考えたまえ。タイムマシンが消失すれば、今ここにいる君という存在も、リップル効果で消えることになる。歴史は繋がっているのだよ」
「なんだと、それは困る」
「そうだろう」
わたしは左のポケットから煙草を取り出した。火をつけ煙を吐くくらいの余裕ができた。
男は高く上って行く灰色の輪を眺めていると、消沈した声で呟いた。
「じゃあタイムマシンを見てくれないか。あなたなら未来へ帰る方法を考え付くかもしれない。場所はこの近くなんだ」
短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「いいだろう」
小走りに家を飛び出した青年の背中を追っていく。未来のわたしが作ったものを、過去のわたしが見ることになろうとは。正にタイムマシンがもたらす、ならではの展開だ。
既に夕刻を過ぎたところだ。周りはもう暗い。近くの雑木林にわたしたちは到着していた。
青年は草を掻き分けわたしを誘導する。しかし、ある程度進んだところで背中があちらこちらに向きを変えた。終いにはくるりと一回転し、まるでホラー映画に出てくるオバケのように青い顔でわたしに言い放った。
「なんてことだ。タイムマシンがなくなってしまった!」
私が「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を初めて見たのが8歳のころでした。そのときの衝撃は忘れられません。
宜しければ他の短編、あるいは長編も御座いますのでご清覧下さいませ。