Doll.6 対立
「ふう、今度は何年後かなあ」
サンディは戸の鍵を閉めもせず席につくとメリルを脇に座らせた。セオが最後に来たのは一昨年だった。次相まみえるのは再来年とかそのくらいになるかもしれない。
「おい、きいてんのか。おまえ、ホントによくわかんないなあ。おかしいだろ! メリルは――……」
ちいさくて威勢のいい子どもが不機嫌そうに吼えている。原因は分からない。
「事実をいってくれよ。ボクにタクサン隠しゴトがあるはずだ。……全て話してくれないか?」
「なにが? そんなことはないよ。きみには全部、ちゃんと話した」
鍵を掛けないと泥棒が入ってきてしまう。
少年はネコの黄色い目をちらとみる。頑張れば誤魔化せるだろうか。そうして、ちがう話にすり替えて――。
「はん! トボケようっていうんだな。この……」
その心中をはかってネコは小動物のように目を光らせた。今日のネコはすこぶる機嫌が悪い。
あんなに気に食わないでいたはずなのに、少年の横をすり抜けてメリルの方へ近づいた。彼女の頬にもみじの手を触れる。
「! 触るなっ」
少年がネコの腕をギリ、と掴む。その額に汗がびっしり浮いていた。それなのに顔や手がひどく冷たい。唇をわなわな震わせ必死の表情でいる。
その顔をたっぷりみつめ、ややあってネコは口を開いた。
「……彼女は、本当におまえのいう少女なのか?」
「…………」
少年は耳脇の少し長い、自分の髪の房の先っちょをただみつめて立っている。
ネコは無言でメリルの肩を強めに小突いた。少年がそれはたいそう大切にしているメリルは、きしきしといって椅子からコトン、軽い音をたてて崩れ落ちた。瑠璃色のくりくりした目がいつものように開いていて、瞬きもしない。声をあげない。指一本動かすことなく、ただその空虚な瞳がなにもいわずに物語る。
ソレは、生きていない。
「……そうだよ。メリルは――」
少年は紫の瞳を伏せて暗い表情で、愛しいメリルの許へゆく。洋服の襞にくっついている埃や糸くずを取り払って拾い上げた。いいづらそうに口の端を引きつらせる。
「彼女は、確かに人形だ」
「……だよな。ボクはハジメテおまえの部屋にきてからずうっと気になってしかたなかった。ソレをヒトのように扱うどころか、ホントウにヒトと思い込んでいやしないかと」
「僕は……僕はそれでもメリルを、愛しているんだ」
そういってメリルの頬を撫ぜる。
「――何故にそこに至ったのかはボクにも話せないのか。ヤツ……セオは知っているのか」
「ううん、おじさんも知らないこと。君にだって、まだ、いえないよ」
重苦しい空気が流れた。ピリリと通電でもしそうな乾き。
「そう。じゃあボクは降りる。留守役なんて名ばかりだったし、ボクには帰る家がある」
「……!」
少年ははっとしたように急いでネコをみようとした。ネコはムッとした面持ちで身を翻して消える。
そうだ。彼には鍵が開いてようと閉じていようとさほどの意味はないのだ。魔法があるから。
残された、少年と一体の人形。
「――いっちゃった。なにがいけなかったんだろうね……メリル」
――でもそろそろきみも心を開いてくれていいんじゃないかな? 僕にくらい……。
少年は大きくて精巧に作られた人形を抱きかかえ、耳元にそっと語りかけた。ちょっと前まではよくやっていたことである。黒猫がきてからは視線が痛くてなかなかしないでいたけれど。
「今日は疲れちゃった。色々――整理しないと頭が破裂しちゃう」
「おやすみ」
人形を寝台まで運んで抱き下ろしてやる。
名残惜しいように紅くつややかな口元をみつめ、わずかな、本当にごくごくわずかな、期待をかけ、なにごとかが起こるのを待った。
が、メリルは相変わらずの表情、笑っているような、悲しんでいるような顔をしている。
「――はあ……」
一つため息めいて寂しげに笑った。瞳に透明な星がきらきらと瞬いていた。しかし零れ落ちることはなかった。