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Doll.2  少年とネコ

――なんかやけに騒がしいな……。まるで市みたいだ。


「おーい、しっかりしろよお。ついたんだよ」

 ? “ネコ”の声がする。一体なんだっていうんだ。あんなに乱暴に人の腕掴んどいて。

  

「……っなバカな。僕、目がおかしくなったのかな」

 少年の目に映ったもの、それは。

「はーい。ここは市場だよ。ボクのおかげだから感謝してほしいなっ」

「どうやってこんな? ここは都市だ。それにさっきまでいたのは国のはずれで、どうやったってつきっこ…………」

 行き交う人々。競り(せり)の掛け声。そこには賑わいがあった。国一の規模をもつ市場。少年が馬車をひろって行こうかどうしようか迷っていた場所である。各国の珍しい食材を豊富に取り揃えているだけではなく、鮮度や衛生面もしっかりと管理されている。

 馬車賃をかけても行くべき価値があるといわれるほどの評判をあげているこの市を前にして少年は胸を躍らせた。訪れたのは数える程度、しかもうんと小さい頃の話だ。

 あのメリルだって流石に喜びそうだ……。あそこの星の形をした果物なんて飾って遊びそう。あれなんかはほんとに食べられるのかきいてきそうだな。蜂の巣、美味しいけどめったに口にできないシロモノ。

 

「まあ、ウン、買い物すれば? ボク勝手についてくから気にしないでさ」

「あ、ありがとう。そうするよ」

 相も変わらず“ネコ”は得意げだが、あたりをめまぐるしく眺めながら少年は圧倒されたままの声で礼をいった。

 



「……なあ、そんなに買ってどうするんだよ。一人じゃ食いきれないんじゃないのか、これ」

 

 “ネコ”は心配そうに押し付けられた買い物袋の数々をみやった。きかなかったふりをして少年は買い物を続ける。二週間は外に出なくてもいいくらい買うんだ。この量は普通だろう。そういっても“ネコ”は「そうだけどさあーおおくない?」と納得しきれずブツブツ抗議してくるのだった。


「それに僕、一人暮らしじゃないよ。二人だ」

「え」

「『え』ってなに? 意外だったかな」

 そんなにショックを受けるほどのことだろうか。首を傾げて“ネコ”をみる。

「おんなあ? おとこお?」

「女の子だよ。メリルっていうんだ。可愛い名前でしょ」

「うそ……。おまえ一人じゃないのかよ。だとしたら普通――」

 少年はにっこり笑っていった。


「うち、親が両方とももういないんだけど、家計に困るほど貧乏じゃなかったから」


 しばしの沈黙。

 ややあって、“ネコ”は口を開いた。

「――いいとこの坊ちゃんだった、ってことか。おまえ」

「そうだね。普通だったら共倒れしててもおかしくないんだろうね。感謝しなくちゃ」

 少年はメリルの顔を思い浮かべながらそういって微笑んだ。両親の顔はすでに忘れていた。どんな人たちだったのか、どんな会話をしたのかも覚えていない。彼らに対する気持ちさえもあやふやだった。


「そういえば……終わったよ、買い物」

 

「おまえんちどこ?」

「なんで」

「え? だって帰るでしょー。場所わかんないと」

 買い物が終わり“ネコ”が少年に尋ねる。ぶらぶらと手を振り回して。半分、持ってくれたっていいのに。

「東部のはずれ。さっきの店じまいしたところからは徒歩一時間、かな」

「そ、じゃあ、うで掴んでねー」

 また瞬間移動をするんですか……そう思うと少年は気がめいりそうになった。あんなに衝撃が強いのでは気絶するのも仕方ないだろう。もう少し優しく移動してほしい。


「……あ、ボク行ったことない場所へは移動できないんだー。だから、徒歩だね」


 “ネコ”と今朝会った場所につくと少年は改めて案内してもらったことの感謝を口にした。相手はふふん、とまんざらでもないふうで「ほめてもなにもでないぞ」といった。


「あ、そう。じゃあね、猫さん」

 すたすたと歩き出すと背後から何度もおい、とかおまえ、と呼ばれた。さすがにもう日暮れ時で人通りが少なくなったとはいえ大声でそう叫ばれるのは恥ずかしいので少年はくるり、振り返ってかえした。

「なに? もう帰りたいんだけど」

「おまえ、名前なんていうの」

「どうしてそんなこと知りたいの、猫さん。僕確かに今日のことは感謝しているけれど、別にこれからも、とか考えてないんだけど」

 なんだかいやな展開になってきたな、と感じそうかえすと“ネコ”はあっけらかんとして次いで声をたてて笑った。猫っぽくない。

「どーしてわかったのさ。そうだよ。これからも話したいからにきまってるだろ。名前くらい教えてくれたっていいじゃんか。ボクはまんま“ネコ”だけどな」

 名前。名前。ひょっとして悪用されるかもしれないしな……。

 あらゆる可能性が浮かびだんまりしていると、ネコは目の前に踊り出てくるくる回転しながらニヤついてみせた。

「最初案内するっていったとき、魚の骨あるトコとか想像してたんだろ? ヒドイよなー。せめて家まで送らせてよ」

「……サンディ」

 住所と名前とを天秤にかけたら明らかに名前をいう方がましだ。そう思い、少年――アレキサンダーは自分の愛称を口にした。それをきいた“ネコ”はにんまりとして「じゃ」と、今までのしつこさが嘘のようにあっさり少年から離れてゆく。 

 彼はそのことに拍子抜けしてしまったものの、ほっとした面持ちで家路に沿って歩き出した。

――なんだか、誰かにつけられているような……。

 気のせいだ。

 (かぶり)を振ってサンディはその考えを打ち消した。

 そんなことあるはずないじゃないか。過剰に反応しすぎなんだ。ただ、予想外のことがありすぎておかしくなってるんだろう。大丈夫のはずだ。さっきもこの速度で歩く僕に追いつけなかったほどあいつはチビなんだから。演技でもない限り。




 家に入り一息ついたころにはもう外は真っ暗になっていた。少々買い出しと要らないことに手間取りすぎた。

 少年は一旦買い物袋を玄関口に置くと、買ったものの中から電球を取り出した。そして長いこと使われていなかった居間の照明の命を灯す。分厚く積もった埃が食卓台にはらはらと落ちてしまう。

「ああ、僕って本当にぶきっちょだな」

 メリルはずっと彼の帰りを待っていたかのように椅子に座ったままだった。少年は彼女にうすく笑いかけ呟いた。

「……メリル、ただいま。今日は変なヤツに会ったんだよ。そいつは魔法が使えるんだけどさ、子どもだし猫だし、色々変なんだ」

 彼女の肩へ体を預け、時折その髪を指で梳きながら今日あったことを語る少年。そのきき役はやはり表情をぴくりとも変えなかった。けれど。

「――でもさ、メリル以外と話すのって久々だったけど面白くてね、退屈はしなかったよ」

 少年はかえす相手もなく話し続けた。思い出してはくすり、笑みがこぼれる。

「そういえば、留守番頼める人みつけるの忘れてたなあ。ま、いっか。次の機会で」


「ボクとかその留守番役ぴったりだよねー」


「そうそう、嘘はつかないし、魔法も使えるし……ええ、え?! 猫さんどこから」

 どこからやってきたのか、つい先ほど別れたばかりの黒猫が人の姿でちょうど反対側のメリルの傍でしゃがんでこちらをみていた。

――やっぱり、つけられていたのって気のせいじゃなかったのか。バテてたのもフリだったと。

 そのままぼけっとしていると“ネコ”はあきれたようにいった。

「じゃあさー、どうやって今日一日移動してたっていうんだよ。魔法だろー壁とか通り抜けるのなんてちょちょいのちょいだぞ」

「気絶してたからその」

「おまえ、さっきボクのこといいヤツっていっただろ! ボクなら安心だぞ。その留守番役、引き受けてやるよ」

「…………」

 ふむ。少年はもう一度彼について洗いざらい思い返してみた。

「なあなあーどうなんだよー」

 相変わらずその手はメリルの栗色の髪を梳いてやりながら、じっくり考えてみる。

「おーい、サンディ?だっけ。なあ、」

「……ええっと」

 少年にしてみれば二人暮らしの期間のほうが圧倒的に長く、それなのにもう一人加わるなんて考えると……ストレスが増えるだけなのだ。家なしっ子なら本当に面倒。そんなことは避けるべきだ。しかし撃退魔法を使えるかもしれない、これは強力な守り…………。


「――……いいよ」


「ええっ いいの! よっしゃーこれで寝る場所が確保できるぜー」

 ぱああと明るい表情になる“ネコ”に少年は続けてこういった。


「ただし、メリルには手を出すなよ」

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