Doll.16 メリル
中に閉じこもったきり一向に静かな扉の反対側に、ネリはしっかりへばりついていた。静かといっても沈黙ではない。時折何かが落ちたような音が響くのでそのたびネリの心に悪いヨカンめいたものがわだかまる。
ズボンにしまっていた懐中時計を取り出し確認する……もう十五分は経っているゾ。と同時にどすんとひと際重い音がし、続け様に吐いている声がきこえた。
慌ててサンディ?と呼びかけるも返答が返ってこない。仕方なく最終手段の魔法で開錠したが、部屋に入った途端血の匂いが鼻先をかすめた。目線をやや下に向けると赤い海が見事に広がっており、その中心にそいつはいた。サンディはぐったりと横たえている。すぐ傍にあの人形も倒れている……こちらは振動で台から落ちただけか。硝子箱に入っていない。よく見るとメリルの服にも擦れたような血のシミがついている。崩れたサンディの片手はメリルの方を向いていて、やはりそちらの手にも擦れたような血が残っていた。
「……呪われた人形なんかの為にオマエがこんなになる必要ナンテ」
その子どもが風のともしび同然に弱弱しい呼吸をしているのを確認して、ネリは人形を拾い上げる。忌々しいことにソレは、奪ったかの少年の魔力に満ち満ちていた。
「契約の重ねがけはボクら魔術師ですら慎重にならざるを得ない行為だゾ。ナア、オマエ。なんでこいつに教えた? 死んだあとどうするつもりダッタ?」
彼が何を行ったのかわかってしまったネリは下唇を噛み、掴んだまま人形の返しを待つ。答える気などないとばかりに人形はそっぽを向いた。
「ネコ」
バラバラに壊して使えなくしてやろうかと思ったとき、ネリを呼ぶ声がサンディの口から飛び出した。「ネコ……この子は、わるくない。彼女は選択肢を挙げただけで、決めたのは僕、なんだ。だから責めないでやって」
「サンディ、だとしてもボクは納得なんて――」
「約束。僕が死んだら君がメリ、ルを、大事にしてあげ、て…………」
「オイまてッ、逝くな――……ッ」
*****
その日は早朝からとても騒がしいものだった。普段は人っ子一人通らぬ十字路に大人子ども関係なく集まっており、ざわついた空気が漂っていた。
どうやら亡き有名収集家夫婦の息子がここでそのままひっそりと暮らしていて、それが今朝方亡くなったらしい。野次馬がわいわい家に入ろうとするのを役人たちが阻止しようと必死になっている。死因等は現在調査中。だが「第一発見者はかの国の魔術師だ」だの、「大量の出血と魔力欠乏が」だのと何処から聞いたのか、大人たちが口々に情報を伝播してゆく。
その野次馬の中には遠方からの旅行者や研究者めいた人物もちらほら混じっており、少なくとも午前いっぱいは民衆のお喋りで大変に盛り上がっていた。
了
これでやっと「メリル」が終わりました。ここまでお付き合い下さり、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。