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Doll.13  伯爵と人形

「メリル!」

 声を荒げ扉をぞんざいに開け放ったネリはその人形をみつけると同時に眉をひそめた。


「どうして術具で人形をシバッテるんだ。そこまでこれは強力だったか?」

 追いついたセオが呼吸を整えながらその問いに応える。

「私が本来の所有者なので効力も桁違いになりますね。それは人の精気を奪う代わりに願いと所有を叶える魔法人形。生命(いのち)を削り取られる割合が大きいのが所有者にとっては大きな悩みです」

 小男が話している間にもリチャルドが人形に近づき、色々な角度からそれをまじまじと観察する。みたことのない術式系のこととなると途端に好奇心を発揮するこの困った後輩は、ネリが心配したような行動は一切起こさずただ黙ってみつめていた。

 遠くから眺めながら、非常に珍しい術具だとリチャルドより遥かに生きながらえている魔術師は感じていた。外界との遮断の機能のみ働かせる硝子箱。サンディも昔話で箱の存在を語っていた。これと同じ術具だったのなら彼の両親もまたオルリアンの出だったのか、それともセオの入れ知恵か。


「伯爵ならこんな人形に頼らなくたって何でも好き放題できるはずだろ」ひと通りみて興味をなくした後輩くんが戻ってきながら肩をすくめる。

「私も別段強く所有したいと思っていたわけではありませんが、ケリーとの約束は絶対なのでね……」

「「約束?」」

「所有者は次の所有者を指定できるんですよ。ケリー夫妻が競売でこれをモノにするときに『僕らが死んだあと唯一君に遺せるものだ。そのときがきたら受け取ってくれ』といわれてしまった。他に蒐集物はあったけれどそれはきっと売り払って子どもの為にしろということだったのだと思います。サンディに出禁にされてしまい、それは叶わなかったのですが……」

 ケリーのことを話すとき、セオは心なしかさみしそうに微笑む。大分密な関係だったと言外にいわれている気がしてネリは押し黙った。縁談をことごとく断り美男子ばかり連れ込む噂がささやかれはじめた頃と、ケリー夫妻が死んだ時期とはぴったり一致している。


「所有する者が死んだとき予め指定していた場合は次の者へと継承され、そうでない場合は所有者未定のまま、やがては危険な魔法物と成り果てる。サンディには私が死んだのち渡るよう整えていました」

「じゃあ遅かれ早かれ結局あいつのもんになるんじゃねえか。あれって必ず所有者が持ってないといけないのか」

「人形の外見保持は周りから得る微量の生命で何とかなると思いますが、全機能を保たせるにはやはり効力の範囲内で長期的に所有者がいないと意味がないようです。現にあの人形は長く起きていることが出来なくてほとんど寝たきりの状態なのです」

「所有権をサンディに移すとかは」

「私が死ななければ、不可能です。それに低年齢での所有はあまり……願いごとと継承には寿命を使うのですよ。下手をすれば即死です。全ては彼の身を案じてのこと。黙って持ち去ったのも納得して貰えないと分かっているからです。それでも君たちは私から人形を取り返したいのですか」

 あいつはなん歳っていってたっけ。ネリはこれまでのサンディの話を思い返しながらセオの話に耳を傾けていたのだが、ふとなにかに思い当たってハッとし伯爵をみあげた。

「――あの、ヒョッとしたら、あいつ……もう、メリルに願ってた、かも、しんナイ」

「それは、どういうことですか」

 静かだと思っていた青年が急に青ざめたどたどしく入ってきたため、セオは怪訝そうな顔で続きを促した。見た目は大人でも中身が子どものままなので魔術師だと知らない人間でなくとも違和感が半端でない。ネリはできる限りサンディの話した内容を正確に伝えようと頑張った。

 ききおわると伯爵はため息をつき、人形をそっと硝子箱から取り出し持ち上げ、そのまま胸にぎゅっと抱きしめた。

「……あの日、目的の館で先に降りると幾ばくもしないうちに馬車が暴走したんです。契約したケリーとあのご婦人(ひと)を乗せたまま――転落して、即死だった。それを知ると同時に激痛が走りあの人形の術具が壊れたのを悟ったのです。どうやって壊れたのかそこがとても不思議だった、人形があの子を唆したのですね。ああ、何てことを…………」

「人形が生命を吸うのを塞きとめていたってわけか、あの術具(シロモノ)。じゃああいつは自分で両親を」

 回転の早いチャドがいいかけたことばをセオがさえぎる。

「いいえ。何十年分もの生命を奪うのに、無関係な夫人まで巻き込む方法をとったのはあの人形です。よほど立腹だったのでしょう。あの子は寂しさのあまり親の代わりとして人形を欲したけれどその人形が親を殺したと知ったら……」

 その場面を想像したのか表情が僅かに曇る。



 それでもサンディはメリルを求めるだろう、ネリは下唇を噛む。どんな理由があったとしてもあいつにとって両親はちっとも構ってくれなかった存在だ。実はこっそり想っていたんだよときいたところでそう信じるやつではない。メリルと通じあえればいいと嬉しそうに話す子どもだ。

 ネリはサンディと約束していた。絶対にメリルを連れて戻ると。それを思い出すと青年はやるせない気持ちでセオの抱える人形をみつめた。





「……この硝子箱から取り出さないと固く誓ってくれるのなら返します」


 長く引きとめてしまったからと伯爵のふるまう夕飯をごちそうになり、日が変わりそうな頃合いになってとうとうネリたちに人形が渡された。セオによって丁重に硝子箱に戻され心なしか人形の瞳の色が翳っている。あんなに渋っていたのにイイのかと二人して驚いていると「返さない方が早く死んでしまうかもしれない」と哀しく笑った。彼は誰がとはいわなかったしこちらも追及しなかった。分かっている。あいつのことだ。どのみち近いうち死ぬであろうと予感しているようだった。不十分とはいえ願ったからには普通の人に比べて短命になっているはずだ。このことを帰ったらサンディに伝えなくてはならない…………。



「オレはもうついていかなくて大丈夫か?」

 ソニアンに転送する直前で奇妙なことにリチャルドが優しく手をさしのべてきた。こいつがそんな役回りに転じるとは驚きだ。常に自分と民のこと中心に考えているやつで仲間内のいざこざなんかにはほとんど介入してこないような、ちょっかいをかけたとしてもすぐいなくなるような、そんな男だ。

 青年魔術師は内心の動揺と不安を押し隠し笑ってその男の目の前からいなくなる。ここで後輩の手を借りたら本当に情けない先輩だと思ったからだった。

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