Doll.12 伯爵の館
一通り少年の話をきいた魔術師は「それじゃあ、取り戻してくるから大人しくしとけよっ」と念押しをして家を飛び出した。
ネコは少年の視界に入らないところまでくるとピタッと足をとめ、なにごとかもごもごと呟く。すると鈍い光とともにその姿が揺らいだかと思うと霧散し、たちまち青年が現れた。黄色い目とくせっ毛のこげ茶髪はそのままに、背が倍ほど高くなっている。変化を解いたのは何十年ぶりか。この身体に馴染むために暫しその場で跳躍などする。
「…………こんなものか」
低めの声がひとつ、がらんとした路地に広がる。ネコ――”ネリ”はひとしきり試し納得するとズボンのポケットから石灰の棒を取り出しその場にかがんで術式を描いた。完成した術式の中心に立ち謎の粉をまきちらすと、また鈍い光が発現し青年を包み込んで消えた。
長距離用の術式で飛ぶと、サンディのときに使ったものと比べて酔いは少ないが疲労感がとてつもない。目的の国に無事到着、このままセオのところへ行こうとしていたネリだったが、そのまま壁に凭れ目を閉じた。
――ボク、いつ気を失ったんだ。サンディが待っているのに。
着いたときは風が涼しい朝方だったと記憶しているが、体力を回復する間に日が暮れてしまったようだった。たまたま転移した先が人通りのない地区で助かった。セオの家まではあと少し。ネリは重い腰を上げ早足でゆく。時間が惜しい。
「思ってたよりデカ……」
サンディから彼がお貴族様でそれなりに大きな屋敷を所有していると聞かされていたが、正直なところ、実際目にするまでは信じていなかった。彼も遊びに行ったことはないといっていたので、セオの虚言説を推していたのだが……真なり。どこから入ったものか。ここまでバカ広いと下手すればあっという間にみつかってしまう。使用人もたくさん配置されているだろうし、魔術もこの国の人間ならば探探知機くらいは用意しているだろう。無難に監視の目をかいくぐり忍び込むことしかネリの頭に浮かばない。
「ひとつくらい開いている窓があれば、楽なんだが」
「おまえ、何やってんの」耳なじみのある声が横できこえる。
「ゲッ。チャド……どうして」
「ここに向かうトコから追ってたぞ、不用心にも程がある。それより何で元の姿でコソ泥みたいなことしてんのってきいてるんだけどオレ」
「うっ」
ネリの後輩でちょっと問題の多い優秀な少年、リチャルドがうろんげにみている。しどろもどろ事情を話すとリチャルドは呆れた声をあげた。
「そんなもん、フツーに入口から入れよ」
「できないって。追い返されるよ」
「色んなヤバい噂を漂わせてるアイツでもオレが付いてるって分かれば、手出ししないし素直に返してくれんだろ」
「うう、そうかな」(ヤバいうわさ??)
そういえば彼はこの街が初任地だった。もしかすると今でもここを管轄しているのかもしれない。そう考えるとやはり大人しく彼に従って正面から対決するのが得策か。
「ボク魔力の性質上戦闘向きじゃないから、リチャルドに全任せするからな」
「ああ、ほら行くぞ」
――正面玄関、半開きの扉、ニコニコ笑って手をもみもみする中年の小男。
「……な、この方が良いって。お見通しってやつだぜ」
上機嫌なセオを指さしリチャルドは呆気にとられたネリの肩を叩く。
「どういうことだよ」
「お貴族様だかんな。侵入者対策に関しては専門家」
用心に用心を重ね二人して不可視の布をまとってきた。探知に引っかかることもない道具なんだぞ。それがこんなあっさりと。
依然行動を起こさない彼らを代わりばんこに眺めてはニコニコする小男。
「こんな時刻に立ち話は風邪をこじらせかねない。中でゆっくり聞こうじゃないか? ちいさな魔術師さんたち」
「ここぞとばかりにべたべた触んな」
サンディの前にいたセオはもう少し落ち着いてしっかりした人間にみえていた。いないとただのおじさんなのかもしれない。
「……隣の、そのお仲間は名は何というのかな」
どうやら、セオに正体を気づかれていなかったらしい。ネリはなるべく目を合わせずあいさつした。
「サンディと一緒のときに仮の姿で一度会ってますけど」
「ではこれが本来の姿というわけか。リチャルドくんとまではいかないが君も随分若いね――そして君が直々に来るということは、アレを私が持っていることがバレてしまったのかな」
「あいつから取り上げた。半狂乱するって知ってて、どうして」
「私が、元々所有するはずのものだった。アレが普通の人形で無いことは君たちも気づいているだろうが、あの子には危険すぎるシロモノだ。手放してもらう機会を狙っていたところにネコくんが現れた。君がいるなら人形の役目も終わったと思ってね」
「オレが見たのは僅かだったけどアレ、そんなに危険な道具か」
「とても危険だよ。命だって簡単に奪えてしまう」
リチャルドくんもアレを見たか。そういい、小男はネリの細腕を掴み折る動作をした。ネリは内心ぎょっとした。肝が冷える。
「おい、やめろやめろ――中で話すんじゃなかったのかよ」
「そうだったね」
セオの屋敷内には装飾品の類も使用人もほとんどなく、三人の歩く音がただっ広い廊下に大きく響いていた。向かうはメリルのある部屋。
「質素すぎねえか、どこに金使ってんのオルターさん」
「ふふふ。ケリーがいた頃は大分遊んだね。あの人が亡くなってからは何も」
「少年を連れ込んでるって噂はどうなの。通報受けて来てみても証拠も何も挙がんないからオレ困ってるんだけどさあ?」
「噂は所詮噂ですよ」
「フン、どうだか」
ちょっかいをかける後輩とセオの会話をきき流しネリはスタスタと先を急ぐ。メリルの独特な気配を探るため神経をとがらせて。
「ああ、突き当りのそこですね」
そのことばをきくより前にネリはその部屋に入り、サンディの付けた名を叫ぶ。
「メリル!」