森の白狼編~幼女を助けよう~
突然の悲鳴に俺は辺りを見渡す。
「どうやら近くの村の子供が森の中に迷いこんだようですね。それにこの匂い……ゴブリンもいるみたいですね」
シーラさんが耳をピコピコ動かしながら、周囲の匂いを嗅いでいる。
この人、本当に狼と言うより犬みたいだな。
「助けに行きましょう。今ならまだ間に合うと思います」
「そうですね。ここから少し北に行った所から匂いがします。付いてきてください」
シーラさんは玄関に立て掛けてあった剣を持ちだすと走り出し、俺も慌ててシーラさんを追いかける。
シーラさんの家からすぐの所で悲鳴をあげた子供の元にたどり着いた。
見た感じだと6歳ぐらいの栗色の髪をした女の子だった。
そしてその周囲には女の子と同じくらいの大きさの棍棒のような物を持った緑色の小鬼が7匹程いる。
恐らくあれがゴブリンなのだろう。
「レンリさん、あれがゴブリンです。私がゴブリン達を引き付けるのでレンリさんは女の子をお願いしてもいいですか?」
シーラさんが剣を抜き、尋ねてくる。
「わかりました。くれぐれも無理しないでくださいね」
「大丈夫ですよ。ゴブリンなら何度も倒したことがありますし、ユニークスキルももうちょっとだけ使うことが出来ますから。それでは…………いきます!」
次の瞬間、シーラさんはまた『疾風』を使って瞬く間に距離を詰め、近くにいたゴブリンの首を切り落とす。
「ギャッ!?」
出遅れながらもシーラさんのお陰で気を取られていたゴブリン達の間をすり抜け、俺は急いで女の子の元に行き、抱きかかえその場を離れる。
途中追いかけて来た奴もいたが一度止まり振り返って回し蹴りを加えると身体能力向上のお陰か面白いぐらい吹き飛んでいった。
そうしているうちにもシーラさんは2匹、3匹と仕留めていく。
俺はある程度ゴブリン達から離れたのを確認して女の子を降ろし、残りのゴブリンに向かって走る。
半分以上シーラさんが倒してくれたので残りはもう3匹しかいない。
「ギャッギッ!!」
近寄るとゴブリンが棍棒のようなもので殴り掛かってくるが、さっきシーラさんより遅い攻撃など俺には当たらない。
カウンターの要領でゴブリンの頭を思いきり蹴るとメキャッという音と共にゴブリンの頭蓋骨が陥没する感触が足に伝ってくる。
これ人間に絶対しちゃダメなやつだ。
加減しないと人死んじゃうよこれ……
「そっちも片付いたみたいですね」
後ろから残り2匹のゴブリンを仕留めたシーラさんが声をかけてくる。
「えぇ、1匹だけですが…………ッ!?」
振り返るとゴブリンの返り血で服から綺麗な真っ白な髪までの至るところが真っ赤に染まっているシーラさんがいた。
剣からも血が垂れていて、血濡れの美少女なんてもはやホラーだよ。
後ろでは助けた女の子がシーラさんの姿に怯え、俺の腰を掴み震えている。
「えぇと、怪我はない?」
震えてる女の子の頭を優しく撫でながら聞いてみる。
女の子は震えながらも頷く。
「あなたはナラ村の子?」
「ひっ……」
血まみれのシーラさんが女の子に近付く、心なし表情が硬い。
そんなシーラさんに怯え、女の子は腰を掴む力が強くなる。
「あの……シーラさん。血まみれのままじゃ怖がられますよ。1度家に戻り、状況を整理しましょう」
「……そうですね。じゃあ私は近くの川で血を落としてくるので先に行ってください」
シーラさんはゴブリンの着ていたボロ布を破り、剣の血を拭ってから鞘に納め、川に向かった。
「さて、もう大丈夫だよ。怖がらせちゃってごめんね」
女の子の背に合わせ屈み、さっきのように頭を撫でる。
すると安心したのか今度は泣き出してしまう。
それからしばらく泣き続け、今度は落ち着いたのか今度は寝てしまった。
仕方がないので抱きかかえ、家に連れていくことにする。
「レンリさん、その子寝ちゃったんですか?」
血を洗い流し、家に着いていたシーラさんが抱きかかえられた女の子を見て言う。
「えぇ、きっと疲れてたんでしょうね。それよりシーラさん、さっきは一体どうしたんですか?なんだかシーラさんらしくないと言うか……この子となにかあったんですか?」
「……いえ、その子とは何もないですよ。どちらかというとその子が近くの村の出身だと言うのが問題なので……」
シーラさんはなにかを思い出してるのかまた表情が硬くなる。
「……そうですか」
なにか事情があるのだろうと俺はそれ以上聞くをやめた。
そのあと女の子をベットに寝かせ、シーラさんは簡単な料理を作りに台所に向かった。
俺は特にすることもないのでベッドの隣にある椅子に座ることにした。
そしてしばらくすると女の子が目を覚ました。
「ここ……どこ?」
体を起こし、女の子は周りをキョロキョロと見渡す。
「さっきのお姉ちゃんの家だよ。君の名前は?」
「サシャ……」
シーラさんのことを思い出したのかサシャちゃんは周りを警戒しながら名前を教えてくれた。
「あら、起きたんですね」
タイミングが良いか悪いのかシーラさんがスープを持ってきて部屋に入ってくる。
サシャちゃんはシーラさんを見るなりベットにから抜け出し俺の後ろに隠れる。
これは流石に傷ついたのかシーラさんの耳もペタンと倒れ、尻尾もシュンとなっている。
「サシャちゃん、大丈夫だよ。このお姉ちゃんはいい人だからね。ほら、サシャちゃんの為にもスープを作ってきてくれたんだよ」
俺はシーラさんからスープの皿を受取り、サシャに渡してみる。
すると、きゅ~っと可愛らしいお腹の虫が鳴いた。
「あはは、遠慮しなくていいんだよ?」
そう言ってみると、サシャちゃんは恐る恐るスープを飲み、具の肉を食べる。
「……!?おいしい!」
サシャちゃんはお気に召したのか具を平らげ、スープも残さず飲み干した。
その食べっぷりと笑顔に俺やシーラさんもついなごんでしまう。
「ねぇ、サシャちゃんはどうしてあんな所でゴブリンに襲われてたの?お父さん達は?」
「お父さん……病気なの。治すのにこれと同じ葉っぱ探しに来たの……」
サシャちゃんはポケットから紫蘇のような葉っぱ取り出した。
「ソシの葉ですね。主に解熱等に使われる薬草です。確かにこれは森の中にしか自生しませんから、ギルドでも常に依頼されている部類ですね」
「それなら大人の人に頼めなかったの?」
「お母さん達、森は恐ろしい化け物がいるから取りいけないし、行っちゃダメって言われたの……けどサシャはお父さんに元気になってほしいの!」
サシャちゃんは小さな手に力を入れながら言う。
あぁ、握ってたソシの葉がくしゃくしゃになってる。
すると、シーラさんがなにを思ったのかおもむろに棚の中を漁る。
「あった。……これだけあれば足りる?」
シーラさんの手には10枚ほど重ねられたソシの葉が握られていて、それをサシャちゃんに渡す。
「その薬草どうしたんですか?」
急なことに戸惑い驚くサシャちゃんに代わり俺は聞いてみる。
「元々なにかあった時の為に薬草関係はある程度ストックがあるんです。べ、別にこの子の家族愛に心打たれた訳じゃないですからね!」
シーラさんが顔を真っ赤にして、プイッとそっぽを向く。
何故そんなツンデレ風に言うのだろうか。
「あー、そうですかー」
つい棒読みで言ってしまった。
サシャちゃんの方を見てみると状況が飲み込めないみたいでぽかんとしている。
「サシャちゃん、良かったね。お姉ちゃんがお薬くれるって」
「いいの!?ありがとーお姉ちゃん!」
そう言うとサシャちゃんは笑顔になり、両手をあげて喜ぶ。
さっきまでシーラさんに怯えていたのが嘘かのような反応だ。
「えぇ、その代わり3つほど約束してくれる?」
「約束?」
「えぇ、もう1人で森に来ない事、ここの事は誰にも言わないこと、これを渡したのが私と言わない事の3つさえ守ってもらえるならこれをあげるけど守れる?」
「うん!サシャ絶対に言わない!約束守る!」
「ありがとう」
シーラさんはサシャちゃんの頭を撫でる。
サシャちゃんは嬉しそうに目を細め、シーラさんも耳がピコピコ動いている。
「それじゃレンリさん、今から村近くの森の入り口まで行きますので付いてきてもらえますか?」
そう言われ俺はシーラさん、サシャちゃんと3人で森の入り口向かう。
移動途中ではサシャちゃんが転びそうになったり、俺が余所見してて木にぶつかったりなどしたがなんとか目的の村近くの入り口に着いた。
「私が行けるのはここまでです。村まではレンリさんが連れていってあげてください。ソシの葉の件に関してはレンリさんが採ってきたことにして私との関係は黙っててください」
「それはなんで……」
「行けば分かりますよ」
言葉を途中で遮ったシーラさんの表情はどこか辛そうだった。
そして俺はシーラさんに言われた通りサシャちゃんと手を繋ぎ、連れて村の中に向かった。
「ちょっと待ってくれるかい?」
村の前で門番らしき人に止められた。
見た感じ20代後半ぐらいで人の良さそうな顔つきをしている。
「あー、マイセルのおじちゃんだー。こんにちはー!」
「はい、こんにちは。サシャちゃん、どこ行ってたんだい?トッティさんが心配してたじゃないか」
挨拶を返し、マイセルと呼ばれた門番はサシャちゃんを叱り、こちら見る。
「あんた、見ない顔だがどうしてこの子といたのか説明してもらうか?」
怪しむような視線がこちら向けられる。
「森で偶然その子を見つけて、森の中は危ないから送りに来ただけですよ」
嘘は言ってない。
実際にこの子がゴブリンに襲われて危なかったし、こんな小さな子がシーラさんの家から帰れると思わないしな。
「……そうかい。悪かったな。どうも最近怪しい奴らが多くてな」
「いえ、身元不明の男を入れるわけには行けませんからね」
これ以上警戒されないようにこやかに話してみる。
そうしていると後ろから声が聞こえてくる。
「サシャ!?あなたどこに行ってたの!?心配したのよ!」
サシャちゃんと同じ栗色の髪をした女性が駆け寄りサシャちゃんを叱りつける。
「貴方が娘を連れて来てくれたんですね……サシャの母のカリタです。ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず。サシャちゃんから聞いたのですがお父さんが病気らしいのですが必要な薬草はこれで良かったでしょうか?」
シーラさんから渡されたソシの葉を見せる。
「まぁ、ソシの葉じゃないですか。えぇ、確かにうちの亭主は病気で寝込んでいますが……生憎、私達にそれを支払える程のお金は……」
「いえ、お金はいりません。その代わりと言ってはなんですが俺はこの辺りに来たばかりなのでこの周辺の事を教えてもらえないでしょうか?」
シーラさんが言ってた事も気になるのでこの村で情報を集めるみようと思う。
「その程度でよければ、ここではなんですからどうぞうちに来てください」
そう言われるが勝手に入ると問題になるので門番のマイセルさんに視線を向けてみる。
「カリタさんが言ってる以上俺は止めねぇよ」
と言われたのでカリタさんの後を付いていくことにした。
村の中を見ると幾つかの畑や家畜小屋が見える。
大きくはないがそれなりの大きさの村のようだ。
「あの、それで聞きたいこととはなんでしょうか?」
家に帰り、旦那さんのトッティさんに薬を飲ませたカリタさんが席につき俺に聞いてくる。
「敬語無しで大丈夫ですよ。俺の方が年下のはずなのでお気になさらず」
カリタさんの見た目はまだ10代に見えるが、サシャちゃんを見る限り多分20代だろう。
「そうなの?確かに貴方って少し幼く見えるけど……」
「あはは、よく言われます」
どうやら俺の日本人顔は確かにこの世界の人には幼い印象を受けるらしい。
「サシャちゃんに聞いたのですがこの村の近くで化け物が出るらしいですけど、それについて教えてもらっても?」
カリタさんは呆気に取られた顔をし、少し考えた後で少しずつ話始めた。
「……白髪の獣人のせいよ。彼らによって村の人間が殺されたのよ」
衝撃的な一言に俺は驚きを隠せなかった。