闘技の街の赤竜編~孤児院と竜の姐さん~
シーラと共に宿屋のある中心部に向かうと、大通りの脇にある路地から声が聞こえてくるのをシーラが捉えた。
案内され、中を見てみると、どうやら人相が悪い男が二人と女性が対立しており、その後ろに小さな女の子が女性の背中に隠れるように立っていた。
「いい加減にしてください!」
「おいおい、人様の商会に金を借りてといてそんな態度をとるのかよ?」
「まったく酷い奴だな。借りた金は返すってのは当たり前の話だろ。それを払わないってはおかしいんじゃねぇのか?」
「ですから、今月返済する分はもう支払ったはずですよ!今月はこれ以上払えませんって言っているじゃないですか!」
またベタな小悪党がいる。
どうやら借金関係の問題のようだが、見る限り取り立て側に問題があるようだ。
どうも取り立て側が違法な取り立てをしているみたいだ。
あのままだとあの二人が男達に暴力を振るわれる可能性があるので俺はシーラにそこで待っている様に指示して割って入ることにした。
不満を言われると思ったが、さっきの事もあるのですんなり言うことを聞いてくれた。
「あの~、男の人が二人で女性と子供に何をしているんですか?」
「なんだよてめぇ!関係ないやつは帰りな!」
「そうだそうだ!じゃねぇと痛い目見ることになるぞ?」
思ってた通りの返答が返ってくる。
二番目に喋ってきた男が腰に掛けていたナイフを鞘から抜き、切っ先をこちらに向ける。
「そんな物だしちゃ危ないですよ。声が大通りまで聞こえてきたので気になって見に来たんです。話しを聞くに借金関係ですよね?何があったんですか?」
「どうとこうもねぇよ。この女がうちの商会から借りた金を返さねぇから言ってやってんだ!」
ナイフを持った男はナイフを鞘に戻しながら返答する。
すると今度は後ろにいた女性が大きな声をあげた。
「そんなことありません!契約書に書いてある通りの金額は既に払ってます!」
後ろを振り返り、女性を見てみる。
茶髪のおさげ髪にそばかすのある俺より少し歳上っぽい女性が二人に向けて、声を荒くしていい放つ。
その様子を見て、その女性の後ろに隠れていた緑の髪をした小学生くらいの女の子も怯えていた。
「まぁまぁ、落ち着いて。えぇと、まず契約書にはなんて書いていたんですか?」
「毎月の初めに銀貨一枚を納めることだけです。それ以外には書いていません。今までは何も言ってこなかったのに、それなのにこの人達は追加で半銀貨三枚寄越せって言ってくるんです!」
「なるほど……じゃあ、貴方達はなぜ追加の請求をしたんですか?」
大方、余分に取り上げて自分の懐に入れるのが目的だろう。
「借りたからには利子がついてくるが当たり前だろう?それを追求しただけだ」
「契約書には記載されていない様みたいですが?」
「か、書いてなくても払うのが筋だろうが!」
「そ、そうだ!」
見るからに動揺している。
これは予想が当たったみたいだな。
「なるほど。貴方達がどこの商会か知りませんが事実確認する必要がありますね。もし違法に取り上げるような行為があったなら領主様も黙ってなさそうですし」
「「なっ!?」」
そんなことも考えて無かったのか二人は驚き、顔が青ざめていく。
もし違法が発覚したなら、この二人を雇っている商会に問題がないか侯爵家からの手が入る。
そうなれば商会に問題がなかろうがどの道この二人は商会から排除されるのは間違えないだろう。
「ち、ちくしょうめが!そんなことさせる前に殺してやる!!」
先程のナイフの男がまたナイフを抜いて、俺の心臓目掛けて突き刺そうとしてくる。
普段なら回避した後に一撃をいれるのだが、今回は後ろに人がいる。
もし俺が避けてしまえば後ろにいる女性が刺されて殺されてしまうため、回避したすることが出来ない。
かといって、対処方が無いわけでもない。
男の突進する速度は早いがシーラの速度に比べれば遅い。
これぐらいなら普通になんとかなるが念のために疾風を使用し、体感速度、行動速度を早めておく。
本の少し遅くなった世界で俺は男の持っているナイフを腕ごと小手のつけた腕で払いのけ、隙がある顎に目掛けて攻撃する。
流石に強化されているこの身体で全力を出せば顎どころか首ごと吹き飛びかねないので、ある程度手加減する。
上手いこと効いたのか殴られた男は脳が揺れて脳震盪が起きて倒れてしまった。
「ひ、ひぃぃぃ」
もう一人の男が仲間を見捨てて逃げていこうとする。
この路地の入り口にはシーラがいるため逃げれるとは思っていなかった。
しかし、路地入り口から出てきたのはシーラより大きな身体の人だった。
背中に巨大な剣を背負い、薄汚れたローブで顔まで隠れているので、一体誰だかわからない。
「どけぇ!」
男がその人を突き飛ばそうとするが、その人は意図も容易く片手で止めてしまい、今度は男の胸倉を掴んで持ち上げる。
「おい、今のが商会からの正式な取り立てなのか?衛兵に知らされたくなければ、そこの奴を連れて帰って、会頭を連れて孤児院まで来るよう伝えろ」
小さく脅し掛けるようにローブの人は言う。
少し低く聞こえるが、声から察するに女性のようだ。
ローブの人が男の胸倉から手を離すと、男は急いで置いてくはずだった仲間を連れて、逃げていった。
それを確認したあと、ローブの人はこちらに向かい歩いてくる。
改めて、近くで見るとものすごい大きい。
背は俺より少し高い。
だがそれよりも目に入ったのはローブで隠しきれていない胸だった。
アラクトのメリアさんにも劣らないサイズが目の前にあった。
「私の知人が世話になったようだな。感謝する。レシア、マイア怪我はないか?」
「え、ええ。この人が守ってくれたお陰で大丈夫よ。えぇと、危ないところを助けてくれてどうもありがとうございました」
「ありがとうございました」
レシアと呼ばれた女性はローブの女性に返答すると俺の方を向き、マイアと呼ばれる少女と一緒に頭を下げてきた。
「レンリ~、終わった?」
声のする方を見てみると路地の入り口からシーラがこっちを覗いていた。
「あぁ、もう大丈夫だぞ。こっちに来てくれ」
そういうとシーラはこちらに向かい歩いてくる。
早く声を掛けなかったのは、決して忘れてた訳じゃない。
ただ呼ぶタイミングを無くしただけだ。
本当にな!
「あら、彼女さんですか?」
「ち、違いますよ!旅の仲間ですよ!」
「そ、そこまで否定しなくても……」
レシアと呼ばれた女性にシーラとの関係性を聞かれたが、即答で否定する。
するとシーラはなんだかよくわからないが落ち込んでいた。
「改めて、レンリ・キリュウといいます。今日この街に来たばかりなので宿を探していたら、この子が二人を見つけたんです」
「シーラ・ウルフィスです。白狼の獣人なので嗅覚と聴覚には少し自信があるんです」
「ご丁寧にありがとうございます。私はこの近くの孤児院を経営しているレシア・カノラフィスです。この子はうちで預かっているマイアちゃんです」
「よ、よろしくお願いしましゅ」
恥ずかしそうにもじもじしながら噛んだマイアちゃんは言う。
その光景に俺達はつい和んでしまう。
「最後は私だな。クローディア・ドラゴニスだ。竜人族だ。気軽にディアとでも呼んでくれ。あぁ、それと敬語はいらない。別に私は貴族ではないし、むしろ敬語で話される方が苦手だからな」
ディアはフードの部分を脱ぎ、顔を露出させ中に収めていた髪も外に出す。
燃えるような赤い髪は後ろで縛られてポニーテールの様になっており金色の瞳は薄暗い路地の中でも光って見えた。
それにさっきまではフードで隠れて見えていなかったがディアの素顔はかなり整っている。
シーラが可愛い系であるならばディアは美人系である。
パッと見た感じ歳は俺より少し歳上にみえるぐらいだが以前シーラに聞いた時に竜人はエルフに並ぶ長寿の種族であり、身体の成長するも緩やかである為、見た目通りの年齢では無いらしい。
「そういえば宿を探していたそうだが、たぶんこの街の宿は三日後の大会に向けての参加者、観客達が既に確保しているから空きはないと思うぞ」
「「えぇ!?」」
予想していなかった訳ではなかったがそこまでとは思っていなかった。
宿が取れないとするとこの街にいる間の宿をどうするか考える必要がある。
最悪の場合は侯爵家にお願いして泊めてもらってもいいが、それは俺もシーラも気疲れしそうなので遠慮しておきたい。
「なら大会が終わるまでの間、うちの孤児院で泊まっていきませんか?空き部屋がひとつあって狭くて質素ですが、助けられたお礼もしていませんし、それぐらいさせてください!」
レシアさんはこちらに向き、言ってくる。
「シーラはどうする?」
「私はレンリが良ければそれでいいと思うよ。せっかくの好意だから甘えちゃお!」
「そうだな。それじゃあレシアさん。短い間ですがよろしくお願いします」
シーラからの許可も出たので遠慮なく甘えることにする。
「そうなるとあの部屋には私の私物も置いてあったから取りに行かないといけないな。私は先に行って片付けてくるから案内を頼む」
そう言うとディアはフードを被り直し、路地から出ていった。
それを見送った俺達もあとを追うように歩き始める。
道ながらどうして借金が出来たか聞いてみると、どうやら先代の孤児院を経営していた男が色々と人に騙されたしく、金貨十枚の借金を背負ってしまい、本人は少しずつ返済して残り金貨六枚程になっていたが一年前に事故でなくなった為、その借金は娘であるレシアさんに引き継がれたらしい。
返済方法がなくなり、途方に暮れていたところをディアに出会い、孤児院の一室を貸すことを条件に借金返済を手伝ってもらっているそうだ。
ちなみにそのお金を借りたところが、さっき絡まれたレノード商会だそうだ。
そうしていると孤児院に到着する。
外見で言えば教会のような感じに見えるが、それより少し小さく古びていた。
「借金のこともあり改装に回すお金がないんです」
少し恥ずかしそうにレシアさんは言う。
「おぉ、来たか。部屋の方は片付けておいたぞ」
孤児院の中からディアが顔をだし、こちらに声をかけてくる。
「レシアお姉ちゃん帰ってきたの?」
「ディアお姉ちゃん、あの人達誰~?」
「わぁ、知らない人がいる~!」
ディアの後ろから六歳位の子供達がワラワラと出てくる。
「こらー!ターナ、ラノ、デノン!お客様なのよ!中でおとなしくしてなさーい!」
「「「キャーー!」」」
レシアさんの声に子供達は孤児院の中に逃げていった。
「ごめんなさいね。普段あまりお客さんが来ないから気になっちゃったみたいで」
「いえいえ、大丈夫ですよ。可愛らしいじゃないですか」
「だよね。癒されるよね~」
シーラは尻尾をブンブン振りながらにやにやしている。
気持ちはわからなくはない。
前からわかっていたがシーラはけっこう子供好きだ。
ナラ村のサシャちゃんの時はナラ村との確執があったので最初はあまり接することができなかったが打ち解けた後や事件後は姉妹のように仲良くしていた。
ここに来る前にも小さく子を見て嬉しそうしている所もよく見ていた。
「そういって貰えるとあの子達も喜ぶと思います。大人は私とディアしかいないので小さい子達が騒がしいと思いますがゆっくりしていってくださいね」
俺達はレシアさんの案内を受け、孤児院の中に入ると通路の脇から何人かの子供がこちらをみている。
歳は大体先程の六歳から十二歳位の子供がいる。
年長らしき子供、とりわけ男の子はシーラと目が合うと顔を真っ赤にし、どこかにいってしまった。
「レンリ、私何かしたのかな?」
シーラが不安そうに聞いてくる。
「いや、あれくらいの男の子ならよくあることさ。気にしなくていい」
「ふーん?」
「ハルヴェがすいません。あぁ、ここがお二人のお部屋です。一応ベッドを二つ用意しましたが大丈夫でしたか?」
「えっ、それってどういう…あ、え、だ、大丈夫に決まってるじゃないですか!なんの心配してるんですか!」
シーラは顔を真っ赤にして抗議する。
さっきからシーラはレシアさんに遊ばれてばかりだな。
このままだとキリがなさそうだし助け船を出すか。
「まぁまぁ、シーラも落ち着いて。レシアさん、これ少ないですが宿泊代金の代わりに受け取ってください」
俺はレシアさんに半銀貨五枚ほど渡す。
通常の宿泊費が大体一日銅貨二枚なのだが、今は武闘大会の兼ね合いで値上がりするで余分に払い、大会が終わる六日分を纏めて払う。
「こ、こんなにも貰いすぎですよ!普通ならこの時期であっても高くて半銀貨二枚程ですよ!?」
「宿を取れなかった可能性もありましたし、野宿を回避出来たんです。これぐらいの払うべきですよ。それにさっきの話や子供達の人数をみる限り多くもらって損はない筈です」
シーラも最初は支払う金額に驚いていたが、後半の言葉を聞き、納得してくれたようだ。
実際に金額的にキツい訳ではない。
元々アラクトいる時からある程度貯金はしてたし、ナラ村の人から貰ったお金も道中の宿泊費にしか使ってない。
その他にも道中の多少ながらもゴブリン等の魔物がいた為、魔石や討伐部位提出で稼げるので無駄遣いして良いわけではないが、多少なり懐には余裕があるのだ。
打算的なことをいえば多少なく多く払うことで信用してもらえるならそれにこしたことはないし、もちろん孤児院のことも考えて、このお金が役に立つならうれしい。
「そうですか?ありがとうございます。大切に使わせて貰いますね」
レシアさんならたぶん任せても大丈夫だろう。
すると外から声が聞こえた。
どうやら先程のレノード商会の人が来たようだ。




