基本設定を抑えよう
俺は驚いた表情を隠すことができなかった。
それを見て、何かを感じたエリはイアサントを帰して、2人だけの空間を作った。
「……大丈夫?」
そっと、心配する声をかけてくれるエリだった。
しかし、この記事を見て冷静でいられなかった俺は何一つその声に反応を示すことができなかった。
「出会った日の約束通り、現世でのことを知りたかったのだけど……。無理よね……この様子じゃ」
そう言って、俺の持ってる新聞をバッととりあげた。
「えーと……」
俺の見つめていた記事の場所を探しているようだった。
そうしてる中でも、俺は頭の中の整理が全くついてなかった。
「クラリス=ラヴラン」
その名前にピクッと反応を示す俺。
「ビンゴね。彼女はね、凶悪犯罪者……ってことになってるわ」
「あの、クラリスが?」
「あんた、この子と接触したようね」
俺はこくりと頷いた。
一緒にクエストに出たあの子が。しりとりをしながら森の中を歩いたあの子が。無垢にスヤスヤと眠っていたあの子が。
凶悪犯罪者なんて信じたくなかった。
「んー、この世界の基本設定を教えてあげる」
そこから、エリの少し長い話が始まった。
俺はうつむきながらもその話をしっかりと聞いた。
だって、この文脈で基本設定の話をしだすなんておかしいから。
きっと、何かの理由があるから。
エリによるとこの世界は死後の世界。天国と地獄、そして、神様が気まぐれで作ったもう一つの世界。
何のために作られたかなんて誰も知らない。
この世界には天国に行くはずだったもの、地獄に行くはずだったもの、そして、この世界で産まれたものが暮らしている。
この世界で生まれた人と現世で死んでここに来た人の違いは一つ。
歳をとるかとらないか。
「あんたが出会ったクラリスって子、8年の禁固刑の割には相当若く見えたんじゃない?」
エリがそう聞いてきた。
つまり、クラリスは歳をとっていない。
かくいう私も同じだと言ってきた。
そして、俺も同じなんだと。
「で、この世界での犯罪」
そう繋いで話を続けるエリ。
この世界では大きくは現世と同じ基準で犯罪は定められているらしい。
ただ、詐欺は働きやすい空間になってるとか。
ものを得る方法として、4つ方法がある。
まず、クエストでの報酬。街から出て外で拾ったもの、モンスターからドロップしたものは無条件でその人のものになる。
そして、二つ目に、購入。これは普通にお金を利用して、ものを買う、何ら不思議のないシステムだ。
三つ目に、デュエル。欲しいものを誰かが持っていた場合、その人にもしくはパーティに決闘を挑み、勝てば貰えるという仕組みだ。
で、最後が……
「等価交換よ」
文字通り、等しい価値と認めたもの同士の交換。お互いがお互いに等価だと認めた場合のみ成立する。
そして、一度成立させたらそれを取り消すことは不可能だとか。
「つまり、これが詐欺を働きやすい理由。ただ……」
ただ?
「あんたには向いてないわよ」
え!?
なんか、最大の武器をポッキリと簡単におられたような気分になった。
どう説明しよう。例えば、ゲームでやっとの事でに入れた伝説の剣を友達の手によってあっさり消されたと言おうか。
まあ、とりあえず衝撃的だった。
「あんた、おそらく前世では詐欺に遭う側だったんじゃないかしら? で、その真似事をしてどうにか生きていこうとしてたんでしょ?」
俺の顔が少し引きつった。その瞬間をエリが見逃すはずがなかった。
「図星ね。あのね、私が現世でたまたま多少の心理学の知識があったから良かったものの、他の人にやってたらどうなってたか……」
それだけ、俺の話術がなってなかったと言いたいらしい。
本当にこの知識を使えば何とか生きていけると思ってたのに。
「って、話が本題から逸れてないか?」
「あ、そうね。でも、どうしても言っておきたかったから……」
え?そんなに俺下手でしたか? もう、心のヒットポイントがマイナスに傾きそうなくらい傷ついてるんですけど。
本当に本題に戻ってくれよ。
そう思っていると、エリは突然人差し指をピシッと立てて俺を指差した。
「よし、じゃあ、一つ質問。あんた、もし、私に出会うことなくずっと空腹だったら、最終手段でどうしてたと思う?」
本当に唐突すぎる質問に少し焦ったが、すぐに考える体制に入り、答えを導き出した。
「……盗み……かな?」
すると、彼女は満足気に微笑んだ。
「そう。クラリス=ラヴランは最初、窃盗の罪をはたらいたと言われているわ」
「つまり……」
「彼女は8年前にこの世界に来て、誰にも救われることがなかったから、空腹の中最後の気力を振り絞って盗みをした」
その罪を犯してしまう理由は納得がいく。
だって、俺だって空腹で死にそうでそんな状態で街一番の魔法使いを探していたのだから。
でも、そうであったとしても……。
「殺人を犯す理由はどこにもなくないか?」
「さあ、私も直接見たわけじゃないし……」
そう言ってエリは何かを考え始めた。
俺はそんな、無言の時間でまたクラリスのあの涙を思い出し、少し不安になった。
「じゃあ、明日、その事件を目撃した人のところに行きましょ」
エリのテンションが少し上がったように口調から感じられた。
こんな時にテンションを上げるなんて少し不謹慎じゃないか?
「誰なんだよ、目撃者って」
少しぶっきらぼうにそう吐く。
すると、エリはこちらを見つめながら軽く笑みを浮かべて言った。
「私の先生よ!」
それが彼女の気持ちをハイにさせている理由だったようだ。