クエストに出よう
もう、わけわからん!
でも、一つだけわかること。俺の趣味が出てるな!
キマイラ。元はライオンの頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つギリシャ神話に登場する怪物である。
これから挑む相手のことなので少しは調べたのだが、なかなか勝てる気がしない。
ただでさえ、強靭な肉体をもつ、炎を操るモンスターなのに、魔力を増幅させるSランク級の武器を体内に収めている。
ちなみにこの世界での防具は、魔力耐性を高めるためのものである。
この世界ではモンスターにしろ、人間にしろ基本、魔力を使って戦う。それに対する防具なのだから、魔力耐性を高めるものであればどのようなデザインでもいいのだ。
例えば、エリーゼは肩をがっつり出した真っ白いふわっとしたワンピースをまとっている。
魔導師は後衛につくことが多いので本当に魔力戦にしかならない。
逆に前衛につくものは多少の物理耐性をもったものをまとうものが多い。
昨日のあの剣士も胴と腕と足に金属の強固そうな防具をつけていた。
つまり、防具といっても、普通にファッションのように様々なものから選んで楽しめるという面白さもあるのだ。
そんな中、俺はどのようなものを選んだかというとだ。
こちらの世界に来た時の服装は白いTシャツに短パン。現世で死んだ時の服装だった。
さすがにこのままでは少し恥ずかしいので、昨日、剣士と別れた後に服を買った。
動きやすさを重視して上下ジャージ、そして、魔力耐性は全くあげていないものだ。
防具としての力を発揮しないこの服装で俺は初の討伐に挑もうとしている。
武器もDランク、魔力の増幅作用がほとんどない。でも、これが一番正しいと思う。
さて、クエストに出るわけだが、初めてのクエスト、さすがに1人は心細い。
手頃にクエストに同行してくれそうな人……。
……いた! 可愛らしいシャツの上に胴だけに金属の鎧をつけ、下はミニスカートで髪型はツインテール。エリーゼよりは歳は上に見えるけど、それでもロリっ子に見える。
クエストが貼り出されてるボードを隅から隅まであたふたしながら見ている。
そっと近寄って声をかけてみる。
「あのー、よければ俺とパーティ組んでくれませんか?」
「パーティはさすがに……」
「じゃあ、クエストに一回だけ」
「でも、私、初めてのクエストでどーゆーのがいいか全然わからなくて……」
しゅんと下を向く女の子。俺も初めてなんだけどな。
過大要求法がこのレベルでダメならもう少し下げよう。
「じゃあ、採取クエストに一回だけ。この辺ならそう強いモンスターもいないし」
そう言ってさしたクエスト。それはある特定の場所にしか生えていない薬草を採取するクエストなのだが……。
その特定の場所というのが、キマイラが封印されている洞窟の近くなのだ。
「さ、採取くらいなら……。あのー、でも、私なんかでいいんですか?」
正直誰でもいいのだが、できるだけ魔力値が低い人がいい。
「ああ」
「あ、有難うございます! 私、クラリス=ラヴランと言います」
たどたどしい態度で言葉を紡ぐように丁寧に自己紹介をする女の子。
「クラリス……か。俺は……名前をよく覚えてないんだ。好きに呼んでくれたらいいよ」
「え?名前わからないんですか? あ!じゃあ、私が勝手につけちゃっていいですか?」
「は?」
急な申し出に驚きを隠せない。確かに名前がないのは不便だが、そこでとっさに名前をつけようとなるのはおかしくないか?
「うーん……。私が昔飼ってたペットの目に似てるんですよねー」
俺の思考を無視し、顔を覗き込みながら真剣に考えているクラリス。
その表情はエリーゼと違って等身大の幼女って感じがした。
ん? 俺って……ロリコン?
「じゃあ、マルク! 私の家に昔いた犬と同じ名前で呼んじゃいますね!」
ずかずかと決めていく幼女の活発なイメージを与えてくれる笑顔に思わず笑みを返した。
「ああ、そう呼んでくれ」
「じゃあ、よろしく!マルクさん」
最初はたどたどしかったのに、一気に距離を詰めてこられて逆にこちらが困惑している。
エリーゼの時はストーカー未遂から始まった会話だったので、ある意味では勢いでどうにでもなったが、今回は純粋な幼女に見つめられ、少し、ドキドキしてしまう。
「あ、うん。じゃあ、行こうか」
ぎこちなくないだろうか?いや、自分でわかる。十分ぎこちないと。
でも、俺がいくらぎこちない態度でも彼女には一緒にクエストに来てくれないと困る。
「はい!」
幼女の純粋無垢な笑顔が俺のハートを打ち抜……きかけたがあと少しのところでどうにか耐えた。
街の外は人の手が全く及んでない、空気が澄んでいて気持ちの良い空間であった。
生きてることは見たこともないような大きな木やちょっとした丘。山もあっちこっちに見え、洞窟のようなものもたくさんあるように感じられた。
さて、今回のクエストはちょっと特殊な草の採取。
特定の数カ所でしか採取されないのに回復薬を作るには絶対に欠かせない、魔力を帯びた草。マジックグラスとか呼ばれてるらしいが直訳して魔法の草。
それ以上の名前もそれ以下の名前もないらしい。
で、その魔法の草がある場所なのだが……。
「結構、歩くんですねー」
クラリスがそういった。
「そうだな」
簡単に相槌を打つ。でも、確かに思ったより歩く。
30分くらいで着くだろうって見積もってたのだが、もう、歩き始めて1時間ちょい。
同じような草が茂っていて、周りには似たような木がたくさん生えている。
全く景色が変わらないまま1時間も歩き続けてると退屈で仕方がない。
クラリスとたわいのない話をしていたのだが、それももうネタが尽きてきた。
「暇ですし、しりとりでもしませんか?」
横を歩くクラリスがニコッと顔を傾けて微笑みかけてきた。
可愛い。落ちそう。恋に。
「ああ、い、いいぞ」
必死に動揺を隠すためにイエスという返事しかできない。
「じゃあ、私から行きますね! しりとりのりだから……。リニアモーターカー!」
うぉっ!一発目にそれ?
りから始まるからリンゴとかリスとかそんな可愛い単語を並べてくるのかと思ったら、まさかのそれ。
木とか草とか茂ってる中だからなおさら裏切られた感があるが、なんか、一周回って逆に可愛い。
「じゃあ、あ、だな……。んー。悪徳商法」
「え!?」
あ、瞬発的に出た言葉がこれだったからなんか、しまった。
悪徳商法にはゆうに5回はかかったからな。
「あ、からなんですか? か、からじゃないんですか?」
その辺の細かいところの話かよ!
てか、悪徳商法に驚けよ!
「あー。ごめんごめん。じゃあ、かたり詐欺」
「ん? なんですかそれ?」
驚いた、というよりも純粋に興味があるみたいな目で見つめてくるクラリス。
ダメだ、俺がこの目を汚してはいけない。
「ごめん! 間違えた。かりんとう」
これは本当ならクラリスちゃんにいってほしいかったものランキングベスト50には入ってるものだ。
「私、かりんとうあんまり好きじゃないんですよねー……」
なんか、しょぼんとしたような表情になっちゃう幼女。
なんか、俺、どの選択をしても正解にはたどり着けない気がしてきた。
「う、ですね……。んー、馬!」
「マルチ商法」
条件反射だった。自分の瞬発力に感動してしまうほどさらっと口からこぼれた言葉。
そして、言ってしまってから気づく。さっきと同じ過ちをしていると。
「今のなし! 眉毛」
「えー、なんで私のコンプレックスついてくるんですかー」
今度は頬を膨らませながら目の上の部分を必死に手で隠すクラリス。
もう、なにこの天使。
と、まあ、こんな感じで詐欺の名前を挙げてはそれを訂正して、ことごとくクラリスの弱点を突きを繰り返してたらあっという間に時間が過ぎ、魔法の草が採れる地点に着いていた。
「じゃあ、採取を始めましょう! 2人でバラバラに集めてササっと済ませちゃいましょうね」
というとすぐに走り出した、クラリス。その後ろ姿をしばらく眺めたあと、よし始めるかと草の採集を始めた。
魔法の草は普通の雑草よりもかなり深い緑色をしている。
だから、見つけるのはすごく簡単で、しかも、このあたりはそれが大量に生えていた。
これならあっという間に終わりそうだなとあっちに行ったりこっちに行ったりしてる中で……。
「なんですかね。ここ……」
クラリスの不安げな表情の理由はその洞窟を見てすぐにわかった。
他の洞窟とはあからさまに違うおぞましい雰囲気を放っていた。
「ここ……か」
「え?何がですか?」
俺はクラリスの言葉を半分無視して洞窟に近づいた。
結界。間違いなくそれが張られていた。
つまり、ここの中にキマイラが封印されている。
普通の人間やモンスターであれば、ここへの出入りは不可能。
だが、俺の立てた仮説が正しければ、この中に俺は入れるはずだ。
俺が魔力値が0の理由。それはもしかしたらこの世界の魔王の力に影響を受けていないからかもしれない。
この世界の人々は多いか少ないかは別としてほとんどが魔力を扱っている。その魔力が元は魔王のもので、魔王の魔力の影響を受けて、魔法を使えるのではないか?
もし、そうだとしたならば、俺は魔王の力に影響されない。つまり、魔力に影響されない人ということになる。
そして、それが正しいのであれば、魔力によって作られたこの結界は俺には影響しないはずだと。
俺は結界の中に一歩、足を踏み出した。
すると、何事もなかったかのように俺は結界内に侵入することができた。
「ちょ、マルクさん! 危ないですよ」
と、言ってこちらにかけてきたクラリスが結界の力によって弾かれた。
「きゃっ!」
小さく悲鳴をあげ、尻餅をつく。
でも、それに構ってる暇はない。俺だって目的があってこの中に入ったのだから。
「ごめん、クラリス」
俺はそうとだけ言って、洞窟の中へと足を進めた。
ジメジメした雰囲気、そして、薄暗くて。
しばらく進むと奥からグルルル……と聞いたこともない生き物の声が聞こえてくる。
キマイラ……。
少し怖かったが、俺の足は進むことをやめなかった。
そして、その怪物が姿を現した。
聞いていた通り、ライオンの頭に山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持った化け物だった。サイズは5mくらい。
しかし、その化け物は何か見えない力に縛られているようで、その場から一歩も動くことはなかった。
だが、その力に抗おうとしてるのは見て取れる。
いつ、このバインドの効果が切れるかもわからない。
俺はキマイラの口を探した。すぐに見つかったその口には炎がボウボウときらめいていた。
俺は迷わず、剣を抜き、ふうと一つ呼吸を置くとその口めがけて放り投げた。
本来、この世界の人間が剣を投げる場合、少なからず魔力をこめてしまう。そのつもりがなくてもそうなってしまうのだ。
それが熱に対する耐性を持たせ、さらにそれは物理攻撃ではなく、魔法攻撃として相手に対処されてしまう。
だが、この攻撃は違う。正真正銘の物理攻撃。
まっすぐに飛んでいった剣はキマイラの口に入るとすぐ、そこできらめく炎によって溶かされてしまった。
しかし、これが狙い通りだった。ギリシャ神話でも、キマイラはこのように倒されたという。
キマイラの口の中で溶けた金属は喉に詰まり、キマイラを苦しませた。
擬音語に直すことができない、不気味な咆哮を上げてもがき苦しみ、そして、その場に倒れた。
キマイラは窒息したのである。魔力値0のやつでしか使うことができない、完全な物理攻撃によって。
「勝った……?」
あまりにも、あっさりとした勝ち方だったので、本当にこれで終わったのかと疑問を抱いている。
でも、さっきまでそこにいた、モンスターの姿がすっかり消え失せ、そこにキラキラ輝く剣がささっていた。
この洞窟に先ほどまで漂っていたおぞましい雰囲気は一気に消え失せ、結界も消えたようだ。
俺はその剣を拾って洞窟から出た。
すると、入り口でクラリスが眠っていた。
その寝顔が本当に天使だった。
「ご、ごめん、待っててくれたのか?」
そう声をかけると、ん?と目をこすって、こちらを向いた。
「あ、マルクさん……。だ、大丈夫でした?」
本気で心配してくれてる表情だ。
やはり、この世界は俺に優しい気がする。
名声の高い剣士が倒すことができなかったモンスターを倒したのだ。
少し胸を張ることができた。
「ごめん、ありがとう」
そして、優しく迎えてくれたクラリスにもう一度謝り、お礼を言って街へ歩き出した。
その横を追いかけて一緒に歩き出す、クラリス。
2人は1時間以上かかる帰り道をテクテクと歩き始めた。