戦争の幕開け
「ラブクラフト、宣言するわ。今から五分後、私は宿主を処分する。」
そういった直後、緋乃は座り込んで動かなくなった。
「お、おい!緋乃崇乃!何をやっているんだ!倒すんじゃないのか?」
二方は叫んだ。しかし、緋乃は何も言わなかった。
「おい!緋乃!」
「まてよ。二方。」
「貴様には危機感というものがないのか、高橋!あと数分で俺たちは死ぬんだぞ!」
「あんたこそ落ち着きっていうものがないんですか?あれだけ自信たっぷりに宣言してるんですよ?何か策があるとは思いませんか?」
「じゃあ高橋!貴様はその“策”とやらを当然知っているんだろうな?!」
「いや、知りません。アイツ、戦闘要員じゃないので。」
「な、なに?!」
「・・・少し静かにしてくれませんか、二方芭蕉さん?・・・これだから開花者殺しは・・・。」
「なんだその言い方は!!大体、どうせ貴様も知らないのだろう?!緋乃の“策”とやらを!!」
「知ってますよ。」
「やっぱりな!これだから若造は・・・って、え?」
「知ってんの、暁?」
「はい、一度だけ見たことが・・・。」
「そ、それはどんなものなんだ?」
「・・・そうですね・・・国一つは消せます。」
「国を!?・・・一国を滅ぼす程の力が・・・。」
「・・・違いますよ。」
「?」
「滅ぼす、ではなく消す、です。本気を出せば物理的にも、ましてや記録、人々の記憶からも消えます。
無かった事になるんです。」
「な、なんだと?!」
「・・・ま、当然手加減するはずですけどね・・・。」
「や、奴はどんな力を秘めているんだ・・・?」
二方の視線の先の緋乃が、微かに笑った。
「なに!私を処分するですって?」
『冗談ではない。奴は何らかの策を持っているぞ。気をつけるんだ、“アイホート”』
“アイホートの宿主”はミレニアムタワーの屋上、展望台から街を眺めていた。
この辺の地域は富裕層が住んでいて、比較的治安も安定している。実際、今も彼の周りをミレニアムタワーからの景色を楽しもうと来た富裕層の住民が歩き回っている。
彼らには、この開花者殺しが一人の電話している男にしか見えていない。
「大丈夫ですよ、ラブクラフト様。奴は私をどうやって殺すのです?ミサイルでも撃たない限りこの私は死にませんよ。」
『わかっている。ただ・・・』
『“もし仮にミサイルを撃って来たら”?』
「!!誰だ!」
突如、彼の後ろから声が聞こえてくる。
『なに・・・が・・た!アイホ・・・応答し・・。』
「どうしたんです?!ラブクラフト様!!」
突如、ラブクラフトとの電話が途切れる。
「・・・その声、緋乃だな・・だが・・・どうやって?」
彼の目の前には確かに緋乃の声を発する人物がいる。
しかし、その人物はさっきまで彼の近くで双眼鏡を覗いていた若者だった。
俯いている。恐らく操られている。
『調べなかったの? 私の才能。』
「“我が闘争”顔と名前を知っている人物の洗脳・・・だったな。」
『ちょっと違うかなー。』
「なっ!!」
『私が自分の才能の情報をみすみす与えると思った?』
「な、なんだと!!」
『見せてあげようか?私の真の力を!』
緋乃に操られている若者が顔をあげた。
左の目が、無かった。
「!!」
『WELCOME TO MY Millenarianism!!』
若者の目が、光る。
「な、何なんだ!この光は!!」
彼の眼が突然光でおおわれる。まるでカメラのフラッシュを直にくらったかのように。
しかし、彼は同時に奇妙な不快感を味わった。
(何なんだ・・・この光は・・・?)
彼は意識が遠のくのを感じた。
(意識が・・・かき乱されて・・・)
彼は、意識を失った。
「・・・はっ!!」
目が覚めると、彼は気が付いた。
両腕、両足が縛られて、横たえられている。
『動くな。』
「!!」
声が聞こえた方向を向くとそこには銃をこちらに向けている人物がいた。
さっき景色を眺めていた富裕層の男性であった。
それだけではない。
周りにいた観光客全員が、彼に対して銃を向けていた。
「どういう・・・事だ・・・?」
ふと前を見ると、あの時の若者が目の前にいた。左目が義眼になっていた。
偉そうにどこから持ってきたかも解らない高級そうなソファーに座っていた。
黒光りするハーケンクロイツの飾りがついた軍帽を被りながら。
『ようこそ、私の千年王国へ。』
「なに?!」
「なに?!緋乃の真の能力は“人格交代”の才能だと!!」
「・・・大声出さないで下さい、二方さん。」
「じ、人格のコピー・・・」
「・・・その顔だとスケールが壮大過ぎて理解できてない、て顔ですね・・・これだから開花者殺しは・・・」
「だからそういう言い方をするな!・・・で要はどんな才能なんだ?」
「ハア・・・人間をパソコンで例えるなら、先輩の才能はウイルスです。ウイルスはパソコンをハッキングして自分も操作出来るようにバックドアをしかけるんです。
対象者は通常時は普通です。しかしひとたび先輩が命令すれば人格が先輩に変わるんです。
要は他人を洗脳する才能ではなく他人に“自分がなりかわる”才能なんです。」
「それは・・・他人に植え付けた人格が反乱とか起こさないのか?」
「・・・システムが自分の意思で動くことがありますか?自分のコピーを作るのではないんです。
他人の人格そのものになる才能なんですよ。」
「なあ、暁君。ひとつ聞いていいかい?」
「何ですか?江戸川乱歩さん。」
「そんな重要な事を我々に言ってもいいのかい?」
「それは・・・」
「それについては問題ないわ。ご心配ありがとうございますね、江戸川乱歩さん。貴方の記憶如きいつでも消せるもの。」
「き、貴様は、緋乃崇乃!!」
「・・・アンタっていつもいつも叫ぶけど、なんか意味あるの?それ。」
「貴様が起きたということは・・」
「そう、アイホートなら体がバラバラになって死んでるわ。」
確かに、周りを見渡してもアイホートの雛は何処にもいない。
「どんな殺し方したんだよ・・・、流石緋乃だな。・・・俺お前の真の才能ずっと知らないでここまで付き合ってきたのかよ・・・そんなに強いならちょっとくらい手伝えよ、俺の汚れ仕事。」
「秘密は女を女にするってどっかの偉い人が言ってたわよ、高橋?」
「お前は秘密の規模が大きいんだよ・・・」
その時、ラブクラフトの声が響いた。
『馬鹿な!!どうやって!!』
「どうしたの?ラブクラフトさん。部下と連絡が取れないとか?」
『馬鹿な・・・仮にでも邪神使いの才能を持っている奴が・・・ミサイルでも撃ったとでもいうのか?!』
「大正解!!」
『な、何だと?!緋乃・・・貴様・・・一体・・・』
「私の真の才能は敵意を持たない人物の“人格を乗っ取る”才能よ?」
『そんな事は分かっている。だが・・・!!緋乃・・・貴様・・・まさか』
「理解したようね、ラブクラフト。」
「なに?!どういう事だ?!」
「要は私は顔と名前さえ知っていればほぼ誰でも乗っ取れるのよ。例えばこの国の軍隊とか」
「ま、待て!・・・緋乃!貴様どうやって軍隊の隊員全員の顔と名前を知った?!」
「・・・人の話聞いてた?」
「恐らく名前と顔が公表されている上官を乗っ取ったんだろう。」
「はい江戸川さん正解。」
『・・・』
「どうしたの?怖くて声も出ない?」
『今回は私の負けだ。』
「そうそう、解ってるじゃない。」
『だが逃げ切れると思うな!次は殺す。必ず殺す・・・』
そう言って、ラブクラフトは何も言わなくなった。
「ひとまず逃げたようだな。」
「流石先輩です。」
「まあね~。で、それはともかく・・・江戸川さん、話の続きをしましょう。」
「そういえば俺の才能の真実、まだ聞いてなかったな。」
「・・・わかった、教えてやろう。高橋、お前の才能は・・・」
「“死人の怨念の才能を取り込む才能”・・・この真実だけは漏らしたくなかったが・・・仕方ない。」
暗い部屋の中、ラブクラフトは考え込む。
そんな中、突如彼の携帯が鳴る。
番号に見覚えがある。
「アイホート!!生きていたのか!!」
『申し訳ございません・・・高橋達を・・・見失いました・・・。』
「もういい・・・お前が生きていただけでも幸いだ・・・。」
『ミサイルを撃たれる直前、雛を戻して自分の体に纏ったんです。邪神を盾にして助かりました。』
「よし。直ぐに回収に向かわせる。安心して・・・」
待っていろ、その続きの言葉は出なかった。
何故なら、
『な、何なんだお前は!!グ、グアアアアアッッ!!・・・・・・・・』
「どうしたんだアイホート!!応答しろ!!」
彼との連絡は、途切れた。
緋乃が撃ったミサイルのせいでミレニアムタワーは崩壊、付近の建物も瓦礫と化した。
電灯すら壊れ辺りは月の光だけが頼りの暗闇だった。
周りにも生きている人は人っこ一人いない。
そんな中、一人の男が逃げ回っていた。
「な、何なんだお前は!!!」
床を這いずり逃げながらその男、アイホートは叫ぶ。彼の右足は折れていた。
ガシャリ、という音と共に携帯が壊される。
携帯の残骸の横には、バラバラに引き裂かれた“アイホートの雛”があった。
「来るな・・・来るなあああああああ!!」
『いや~、ごめんね。こんな目に合わせちゃって。でもほら、仕事だから。』
目の前の彼は、少年だった。
少年の声は妙にくぐもっており、途中でノイズの様なものが混ざる。
まるで機械で録音した物を流してるかの様な。
「誰だ!!お前は、誰なんだ!!」
彼の顔は陰になっていてちょうどアイホートからは見えなかった。
それが彼の恐怖心を余計に駆り立てる。
彼はとっさに拳銃を取り出し、少年に対して乱射した。
「死ね!死ね!」
が、弾は一発も、当たらない。
そしてついに、
「死ね!死ね!し・・クソッ!!」
弾が切れる。
『大丈夫、痛くないから、一瞬で・・・』
少年は両手を振りかざして言った。
『消えるだけだから』
「クソがああああああああああああああああああ!!!!」
少年はその様子を見て少し笑いながら、自分の才能を宣言した。
『才能名“THE ORDER”』
その瞬間、
彼の背後に二つの大きな手が現れる。
真っ白い、何の模様も凹凸もないマネキンのような手。
その手がゆっくりとアイホートに近づいてき・・・・
「やめろ・・・・やめてくれ・・・。」
次の瞬間、アイホートは消えていた。
少年は満足げに空を見上げて言った。
『これでまた“ストーリー”は変わった。全ては“ハッピーエンド”の為にね・・・。』
月が雲に覆われ、少年のいる場所が真っ暗闇になる。
そして次に雲が晴れた時には、
彼はもう、いなかった。
才能解説コーナー
高橋駿
才能名.:息を殺す者
“The person who kill breath”
あらゆる怨念の才能を取り込み、発現させる才能
説明:過去の才能開花者の才能のなかで才能に絶望を抱いた才能開花者の才能を自由に発現させ、操れる。
性質上、“狂人”と呼ばれる者の才能を発現させることが多い。
この才能はカインと呼ばれる者にしか扱うことができなかったが、彼はカインの子供なのでその才能を受け継いでる。
補足:高橋と言う名前はカインが付けたものではない
その他高橋が使った才能
選別殺人鬼
“serial killer”
条件にあった人物を対象とした殺人を撲殺か絞殺で成功させる才能。
説明:罪人、テッド・バンディの才能。
当たれば必ず殺せるが裏を返せば当てなければ何の意味もない才能。
高橋が好きだから使ってただけ。
緋乃崇乃
才能名:我が闘争
“mein kampf”
自分に敵意のない人間の人格を乗っ取る才能
説明:自分に敵意を抱いておらず、また自分が顔と名前を知っている人物なら誰でも対象に出来る。
射程距離は世界中。
暁深夜
才能名:銀か鉛か
“plata o plomo”
相手を麻薬中毒にする才能
説明:正確には麻薬中毒の症状を強化、弱体化、一点集中など色々変化させた状態で射程圏内の生物にその症状を発症させる才能。強みはその扱い易さ、射程圏内にいればどんな生物でも対象に出来る。
また個人に集中してかけることも可能。弱点は直接物理的ダメージを与えられない事、細かい操作が出来ない事。
二方芭蕉
才能名:花曇り
“The clouds of flowers”
筆で触れたあらゆる空間、物質を短冊に封印する才能
説明:才能の使用を宣言しながら筆で触れた空間、物体を短冊の中に封印できる。
空間を封印する際は自分が見ている景色をなぞると封印できる。
その性質上、応用性が高い。
江戸川乱歩
才能名:真実の結末への鍵
“Key to the true ending”
知りたい真実の一端を知る事ができる才能
説明:一端だけならどんな真実でも知ることができる、予言と言うより自動書記。
しかし、一端しか知る事ができないため、正しく解釈できるかは本人次第。
備考:江戸川乱歩はコードネームであり本名ではない。
ハワード・フィリップス・ラブクラフト
才能名:宇宙的恐怖
“cosmic horror”
“クトゥルフ神話内の非現実の出来事”を才能にして射程内で発現させる才能
説明:クトゥルフ系統の小説に出てくるものなら何でも才能に出来る。
いわば“才能を与える才能”。しかし、射程圏内を出たら与えられた才能は使用できなくなる。
また既に才能開花している人間には与えられない。
謎の少年
才能名:ジ オーダー
“the order”
説明:謎の才能。人一人を一瞬で消す程度の力はある。