宇宙的恐怖
「カインが旧約聖書の人物だって?!」
「嘘ではない。あれ程強力な才能がそう簡単に他人に移る筈がない。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ふと、緋乃が言った。
「じゃあ、何で高橋はその才能を持ってるのよ?」
「・・・確かに簡単に移らないなら、どうして高橋先輩が・・・?」
「その事を今から説明する。」
江戸川は二人をなだめるように言った。
「カインは最期、とある才能開花者に殺された。だが、彼には子供がいたんだ。」
「まさかその子供って・・・」
「そう、高橋駿!お前だ!」
「!!俺が?!」
「そうだ。・・・だが、お前はまだその力の半分も使えていない。当分は二回目の世界崩壊はないだろう。」
「は、半分も使えていないだって?」
「フン、証拠を教えてやろう。」
そう言って彼は自分の才能に使った万年筆を見せた。
「才能は何もないとこから出せる訳ではない。必ずしもその才能の“核”となる物がある。例えば私なら万年筆、二方なら筆といった具合に。」
「それがどうした?俺だってこのナイフが・・」
そう言って高橋は赤黒く光るナイフを出した。彼が才能を使う時に必ずある物である。
「勘違いしてるようだがそれはカインの才能“the man who kill breath《息を殺す者》”の核ではない。あくまで才能の一部だ。」
「な、なに?!」
「緋乃崇乃君、君は自分の才能の核を持っているだろう?」
「良く知ってますね。」
「緋乃君は自分の才能を完璧に引き出している。だから我々も負けたのだ。だが高橋駿、
君は自分の才能を引き出せていない。今の君などただのザコだ。」
「な、何だと!・・・だったら試してやろうじゃんか!!」
彼は赤黒く光るナイフを取り出して言った。
「“選別殺人鬼”!」
ナイフが鉄パイプに変わる。
「お前の才能よりかは強いんだよ!」
「全く・・・これだから最近の若いのは・・・“真実の結末への鍵”。」
高橋が勢い良く振り下ろした鉄パイプ、それに当たれば江戸川は必ず死ぬ、筈だったのだが。
「な、何?」
才能によって生み出されたその鉄パイプはあっさりと空振りに終わった。
「な、何故?」
「お前の才能は“対象を撲殺か絞殺で必ず殺す”才能。だがそんな才能は当たらなければ意味が無い。」
「ま、まさか・・・。」
「素早く軌道を予知すれば何の問題も無い。安直な攻撃程見えやすいものだ。」
「くそったれ・・・。」
「はあ・・・お二人さん熱くなってるとこ悪いけどさっさと話に戻らない?また洗脳しますよ?」
「やってみろ緋乃。やろうものなら俺が必ず殺してやる。」
「二方さんも落ち着いて。まあ、部下殺したのは悪かったけど先に襲いかかってきたのはソッチだし、それに洗脳もちゃんと解いたじゃん。」
「・・・さて、なら教えてやろう。お前のそのカインの“才能”とはどんな才能なのか。」
一呼吸置いて江戸川乱歩は言い始めた。
「カインの才能。それは・・・」
誰もが静まり返った、その時、
『そこまでだよ、江戸川乱歩。』
「「「「!!」」」」
突如として部屋に響いた声に全員が驚く。ただ一人、乱歩のみがその声の主を知っていた。
「ま、まさかその声は!!」
「だ、誰なんですか?乱歩さん。」
「昔俺と同じ部隊だった開花者殺し、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト!!」
『久しぶりだね。乱歩。』
「ラブクラフト、どうしてお前が・・・」
『カインの才能の真実、それは決して教えてはならない最重要機密。それはお前が一番良く知っているだろう。何故教えようとした?」
「・・・こいつ等が来る前。私の才能がある事を教えてくれた。内容はこうだ。
『高橋駿達は決して世界を滅ぼす破壊者ではない。むしろこれからこの世界を救う可能性が高い。』。」
『そんな戯れ言を信じるのか?』
「私の才能は必ず真実を告げる。彼等は確かに人を殺すが、それは我々も同じ事。」
二方はずっと奇妙に思っていた。乱歩さんは高橋達のいいなりになりすぎじゃないか、と。だがこれではっきりした。
「乱歩さんはそれですんなりと高橋達の条件を呑んだのか。」
二方が少し納得したかの様に言う。
『乱歩。命令だよ。今すぐあいつ等を殺せ。』
「・・・ダメだね。私は私の才能を信じる。当分彼等には生きてもらわねばならない。」
『そうか・・・なら。』
「殺しに来るんだろ?俺たちを。」
『殺しに来る?何を言ってるんだ?』
声の主、ラブクラフトは少し笑いながら、言った。
『予定通りにするだけだ。』
「!!」
「お、おいどうしたんだ!山咲!」
「!どうしたんだ、二方!」
「ら、乱歩さん!山咲の様子が!」
見ると、山咲と呼ばれた寝ているはずの開花者殺しの一人がうつむいたまま、起き上がっていた。
「や、山咲・・・?」
何故か小刻みに震えながら。
「危ない!みんな離れろ!!」
その瞬間、まるで乱歩の声が合図だったかのように山咲の腹から何かが飛び出てき、
「な、何だ!!」
目に見えないほどの勢いで、真っ直ぐ乱歩へと飛んで行った。
「乱歩さん!!」
「ッ!」
その飛びかかってきた"何か"が乱歩に迫った、その瞬間、
「“選別殺人鬼”!!」
『なに?!』
高橋のハンマーがその化物をぶっ飛ばした。
「乱歩さん、あんたにはまだ生きてもらわなきゃね。」
「高橋駿・・・」
「た、高橋先輩!あ、あの怪物、まだ生きてます!」
「「!!」」
再び声が響く。
『貴様らごときにそいつは倒せん。アイホートの雛よ!こいつらを喰いつくせ!』
「あ、アイホート?何なのよそれ!?」
「・・・確か架空の神話、クトゥルフ神話に出てくる邪神、アイホートの雛じゃ?」
「・・・アイホートってどんな奴なんですか・・・?」
「人間と契約を結び、身体に雛を植え付け雛の苗床にする奴だっけか?何でそんな奴が?」
「それこそラブクラフトの才能だ。」
「?乱歩さん、それはつまり?」
「奴の才能は“Cosmic Horror《宇宙的恐怖》”。“クトゥルフ神話内の非現実の出来事”を才能にして射程内で発現させる才能だ!」
「つまりあの怪物はクトゥルフの邪神そのものって事か?!」
「確か邪神は死なないんでしょ? そんなの戦いようがないじゃない!」
「いや、新たな才能の発現には宿主、つまり新しい才能開花者が必要だ。そいつを叩けばこの才能も消える。」
「つ、つまり宿主を殺せばいいのね!・・・て、場所わからないじゃない!!」
「いや私の才能で既に場所は特定した。」
「なら、倒しに行けば・・・」
「いや、残念ながら・・・」
『残念ながらそれは無理だね。』
「ラブクラフト!それは何で!?」
『乱歩に聞いてごらん。』
「宿主の場所は・・・ミレニアムタワーの最上階だ。」
「ミレニアムタワーって・・・この街の中心にあるあの高いビルのことじゃ・・・。」
「無理だ!ここから街の中心まで三十分は掛かる。その前に・・・。」
『その前に高橋駿、君が気絶させたアイホートの雛が目覚めるだろう。』
「そんなのまた気絶させれば・・・」
高橋がハンマーを握りしめて言う。
「無理だ、一度は成功しても、二度も邪神を傷つけることはできないだろう。」
「じゃ、じゃあ今のうちに逃げれは・・・」
少し焦り気味に暁が言う。
「邪神から逃げれても奴、ラブクラフトからは逃げれない。今のうちに奴のオフェンスを潰しとかないと結果は対して変わらない。」
『だから言っただろう?貴様らごときにそいつは倒せん。とっとと死ね。』
「いや、私達は死なないわ。」
『?・・・緋乃崇乃、何を言っている?』
「場所が解れば対した事ないわ。」
『な、何?』
ニヤリ、と緋乃が笑う。見ると、いつの間にか彼女の手に軍帽が、
「あ、あれが緋乃君の“才能の核”・・・!」
真ん中に黒光りするハーケンクロイツの飾りが付いた帽子が、あった。
それを頭に被り、緋乃は高らかに宣言した。
「ラブクラフト、宣言するわ。今から五分後、私は宿主を処分する。」