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童話パロ

姫は人魚に酔い痴れる

作者: 葡萄鼠

久しぶりの童話パロディ作品です。原作はシンデレラです。人生初のヤンデレです。ヤンデレになってるはず。

 ※ヤンデレですが、規制するほどのものではないと判断して『R15』も『残酷描写』もつけていません。もし、読んだ方で付けたほうが良いと判断された場合は、お伝え頂ければ変更します。

 ある国のそれなりに多く存在する貴族。その貴族の中でも、未婚の10歳~22歳までの娘がいる貴族の屋敷では姦しい声が響いていた。そんな貴族のうちの一つが所有する屋敷では、娘二人と母の三人がキャーキャー声を上げて小躍りしていた。


「王城で、舞踏会ですか?」

「ええ、そうよ。王子様の花嫁候補を決めるために開かれるんですって! 貴族であれば下っ端でも招待状が届くらしいのよ!」

「では、我が家にも届くと言うのですね!」

「そうよ、そうなのよ!!」


 再婚相手の夫を亡くし、浪費が絶えない母娘三人の所為で貯蓄があと少し……というところに舞い込んだ美味しすぎる話。幸いなことにここには三人の未婚の、条件に適う年齢の娘がいる。母娘三人は王子の花嫁、という誰もが夢見る玉の輿に既に乗った気で色々話し合いを進める。舞踏会は一月後、母娘は色めきながらも舞踏会に着て行くドレスやアクセサリー靴などを手配するため慌ただしくでかけていった。

 そんな光景を尻目に黙って自分の部屋で読書をしている、ここのもう一人の娘。


(――舞踏会、ねぇ)


 関心なさそうな冷めた目をしながら、黙々と目の前の本に集中する。

 窓から差し込む陽の光に照らされてまるで宝石のように輝く紅い髪、春の優しい碧を思い浮かばせる黄緑の瞳。美しい真紅の髪は母親から、煌めく瞳は父親からそれぞれ授かったもの。娘は母を亡くし父が再婚をするまでは年相応に愛らしく、笑顔の絶えない娘であった。だが、父親が連れてきた再婚相手とそのコブ。それらがろくでもない人間であると瞬時に悟り大好きな父親に進言するも聞き入れてもらえず、心は冷え切りあんなにも好きだった父親の死にも涙一つ流す事さえできないほど己の殻を硬く作っていた。表面上は継母や義理の姉二人に虐げられ、健気にも仕事をこなす「灰かぶり(シンデレラ)」としての仮面をつけて過ごす。そんな日々を送っていた。


 だが、その仮面の裏に隠された真実があった。



 シンデレラは夜中にこっそりと家を抜け出し、息を潜めながらも出来うる限り早足で森の中へと入って行った。彼女が辿りついたのは、森の中に取り残されたようにポツンとある小さな泉。


「――いるの?」


 恐る恐る泉に向って、小さな声でそう問いかけると、綺麗な透き通った声が聞こえてきた。


「ここ。ここ」


 その声を聞いたシンデレラは、満面の笑みを浮かべて声のした方へ小走りで向かう。


「ああ、私のマーフォ。元気にしていた?」

「元気にしていたよ。ここは時折寂しくなるほど静かで、清い水があり続けるからね。元気でなくなる理由がないよ」


 ふふふ、と微笑む人魚のなんと愛らしいことか。

 家、というかココ以外ではもう魅せることのなくなった柔らかい笑みを浮かべホッと安堵の息をもらすシンデレラ。


「良かったわ」

「相変わらずの心配性は健在みたいだね」

「あら、あなたのことを想わない日なんてないわよ」


 そんな、泉の人魚。シンデレラが名づけた「マーフォ」というその人魚との逢瀬を楽しんだ翌日のこと。いつも通り適当に掃除をしていると、部屋の中から義姉たちの声が漏れ聞こえてきた。


「ああ、王子様に見初められたら何でも我が儘言いたい放題で、叶えてもらい放題になるのよね―――」

「毎日違うドレスやアクセサリーを付けて、それもすっごく高価なの」


 義姉たちが着々とドレスなどが仕上がり、そんなこと言いながら浮かれているのを聞きながらシンデレラはそれはそれは「ニヤリ…」と効果音が付きそうな笑みを浮かべた。


(―――なんでも、ねぇ……)


 シンデレラはこれをきっかけにいつもの代わり映えのしない日常にあることを加えるようになった。



 そんなある日。シンデレラがいつもより少し早い時間に市に買い出しにきていた時、前の方から歩いてきていった人とぶつかり、転んでしまった。


「きゃっ!?」

「あ、も、もうしわけありません」


 転んだ拍子に、買ったばかりの野菜が籠から零れ落ちる。それを慌てて拾い集めながら、ぶつかった人に謝罪を返す。


「こちらこそすみません。前をちゃんとみていなかったので」


 そう謝りつつ、急いで駄目にならない前に野菜を拾い集める。


「こちらこそ周囲に気を配っておらず、女性にこのような目に合わせてしまい本当に申し訳ありません」


 と、ぶつかった男性も一緒になって零れ落ちた野菜を拾い、立ち上がる時にシンデレラに手を差し伸べてきた。そんなことを幼い頃、父親してもらった記憶しなかいシンデレラは戸惑いながら手をとり立ちあがった。


「あ、ありがとうございます」

「いえ、怪我などは大丈夫でしょうか?」

「あ、は、はい! 大丈夫です!!」


 と、恥ずかしくてあげられなかった顔をあげて、何でもないと伝える。その時自然と相手の顔を直視し、その目の前に佇む太陽さえも霞ませてしまうほどの美貌に唖然とした。


「良かった。ぶつかってしまったお詫びにお手伝いさせていただけないでしょうか?」

「そそそそそ、そんな! だ、大丈夫ですのでお気になさらずっ。では、私はこれで!!!」


 と、プチパニック状態のままそう言い置きダッシュでその場から離れた。


「ああ、ビックリした。まるで義姉《〇ズ》がたわごとに叫ぶ理想の王子様そのものみたいな人だったわね、あんな外見重視いるのね」


 と、変な所に感心しながらどうせもう会うことはないとこの日あったことはすぐに忘れていた。

 しかし、思いもよらぬ偶然・・は何故か偶発することがある。


「あ……」

「また、お会いできましたね」


 同じ場所で、シンデレラはあの時ぶつかった男性と偶然にも再会した。

 彼は名前こそ教えてくれなかたったが、さる貴族の息子でお忍びで遊びにきているのだとシンデレラに教えてくれた。話しは自然と今度城で開かれる舞踏会のことに触れた。


「あなたは今度城で開かれる舞踏会に参加されるのですか?」


 当然の疑問にシンデレラは少しだけ眉を下げ、いつもとは違い元気のない声で答える。


「い、いいえ。私見たいな人間は相応しくありませんし、せっかくの素敵な時間に水を差してしまいますので参加するつもりはありません」

「そんなことありません。あなたは私の知る女性の中で、一番素敵な方と思います」

「ありがとうございます。でも、お恥ずかしい話。ご覧の通り私は美しく着飾ることもできない、ただの庶民です。私のとっておきの服でも、道端に転がる石ころのような仕上がりにしかなりません。折角の夢のような一時に、私のような者が参加しては皆様いい気分にならないでしょうから」

「シディ……」


 シディ、ことシンデレラの言葉に彼もその美しい顔を辛そうに歪める。


「私はいつも通りの日々を過ごせればそれだけで十分なんです。父も母もなく、二人が遺してくれた家を守ることが私の役目。華やかな舞踏会に憧れる想いがない、といえば嘘になりますが。憧れるだけで十分なんです」


 その言葉を最後に空気が重くなったのを感じながら二人は別れ。その日から彼に会うことはできなくなった。

 


 そして月日が経つのは早いもので、あの招待状が届いた日から早一月が経ち。とうとう明日が舞踏会当日。義母娘たちはあちこちに借金を作ってまで資金をつぎ込んだドレスやアクセサリーなどを手に、明日の舞踏会を心待ちにしていた。しかも何を考えているのか、もう王子に選ばれるのは私たち! 決まったかのようなお祭り騒ぎでお酒を飲み散らかしている。


(――あの量を飲めば完全に明日は二日酔いになるわね)


 下種なものをみる目で三人を見た後、シンデレラは己の部屋に温かな湯気が漂うカップを手に戻った。

 イスに座りながら一口温めたミルクティーをのみ、机にカップを置いたあとベッドの下から大きさの違う箱を四つ取り出した。

 その箱は今日届いた物で、差出人はなかったがシンデレラ宛てになっていた。そしてシンデレラが義母娘たちに見つからないように部屋に運びこんでいたのだ。見慣れた大きさの箱たちに、何となく中に入っている物がなにかわかりながらそっと箱を開けていく。するとそこには予想通りの物たちが収められていた。一番大きな箱には淡いブルーと見紛うほど繊細なホワイトシルバーのドレス、一番厚みのある箱には見たことのない美しさのガラスの靴、一番浅い箱には見事な輝きを秘めたシンデレラの瞳と同じ黄緑色の宝石をあしらったネックレスと同じデザインのイヤリング。そして一番小さな箱にはあらゆる種類のメイク道具が入ったメイクボックスが入っていた。


 誰が。


 少なくともシンデレラの父親が生きていた時には、貴族同士の付き合いでそこそこ交流もあったが。父親が亡くなり浪費しかしない義母娘三人となったとき、親戚はもちろんのこと交流のあった貴族との付き合いはプッツリと途絶えた。そんな中で可能性があるとすれば、偶然出会った「彼」だけ。

 一枚だけ添えられていた手紙には、『 当日、馬車であなたを迎えに行かせます 』とだけ書かれていた。


 そしてその言葉通り、いつの間にか手配されていた豪華な馬車に乗って城へ行くことができた。正門で招待状を確認した後、馬車のまま会場の入り口まで通される。正門で招待状と交換で渡された仮面をつけ、馬車を降りて会場へと向かった。


「―――とうとう、この日がきたのね」


 そう誰に聞かせるわけでもなく、小さく呟いたシンデレラは意を決してまっすぐ前をみて会場へと入って行った。会場には既に多くの女性たちが集まっており、また同じくらい正装に身を包んだ男性もいた。

 とりあえず目立たないだろう壁際に移動し、手に取ったグラス片手にぼんやりと会場を眺めていた。

 すると壇上に国王夫妻が現れ簡単な挨拶をしたあと、影から現れた王子に会場中の女性たちが色めきたった。だが、参加者は全員仮面を着用しているが当の王子本人も仮面を着用しておりその顔を見ることは叶わなかった。



 とりあえず来てみたはいいものの、特になにもする気がないシンデレラは舞踏会の会場の隅っこで、使用人となり壁の花となっている。そんな彼女の目の前に一人の影が近づいてきた。僅かに落としていた視線をゆっくりと顔を上げ影の正体を上目づかいで伺うと、そこには仮面をつけていてもわかるほどキラキラと眩い笑顔を浮かべた王子の姿があった。


「――――やっと、見つけた」


 そう呟いた王子は一層、笑みを深くしその場に跪きシンデレラに向って手をさし出した。


「もしよろしければ私と一曲踊っていただけないでしょうか」

「え、あ、はっはい!」


 シンデレラは目の前で起こったことが理解できず頭の中が真っ白になったが、王子の言葉と目の前に差し出された手に慌てて返事をしてその手をとる。

 小さな時に踊って以来で、ダンスには不安しかなかったが王子のリードがあまりにも巧くシンデレラは自然と体が動いていた。



 踊り終わった後、王子はシンデレラの手をとったままその場に跪き己の顔を隠していた仮面を取った。


「あなたと偶然出会ったあの日、二人で過ごしたあの時間が私はずっと忘れられませんでした。あなたのことを思い出さない日はなかった。もう一度、もう一度だけでもあなたに会いたいと願い、こうして舞踏会を開いたかいがありました」


 驚きに固まるシンデレラを変わらぬ優しい眼差しで見つめながら、王子はシンデレラに


「私の妃になって下さいますか?」

「はい、喜んで……」


 シンデレラのその返答に王子は満面の笑みを浮かべ、シンデレラは王子がそっと指に嵌めた指輪を嬉しそうに微笑みながら見つめていた。




 そうして王子とシンデレラは結ばれ、国民中から祝福される結婚式を挙げたのでした。


 新婚生活が始まり、優しくシンデレラを気づかう王子。王子が慣れない環境で、不安だろうシンデレラを少しでも安心させたくてこんなことを訊いた。


「何か欲しい物はありませんか?」


 その問い掛けに、最初は「何も不便はありません。皆様、本当に良くして頂いております」とやんわりと断っていたのだが。何度も続き、シンデレラは一つだけ叶えて欲しいと願い続けていた想いを打ち明けることにした。


「―― 一つだけ、お願いが」

「何でしょう。何でもおっしゃって下さい」


 我が儘一つ言わない妻からの、初めてのお願いに王子は満面の笑みで答える。


「――人魚を。私の唯一の親友で、父が亡くなった後もずっと心の支えになってくれていた人魚がいるのです。私の部屋に、人魚と共に暮らす許可を頂けないでしょうか」

「人魚、ですか?」


 シンデレラの思いもよらぬ願い、「人魚」という幻の存在に驚き声を失う。

 そんな王子の反応もわかっていたのだろう、シンデレラは必死で願いを聞き届けてもらえるように更に言い募る。


「はい。姿を見せることを厭う美しい種族です。その人魚はどういった経緯なのかは教えて頂いておりませんが、ある泉に暮らしていて。私が父を亡くし落ちこんでいる時に出会い、慰めてくれました。昔から今も変わらず心の支えとなってくれている大切な親友なのです」


 人魚のことを話すシンデレラは、今まで見てきた中で一番楽しそうに、嬉しそうに少し幼くも見える笑みを浮かべていた。

 しかし、突然その顔色を曇らせた。


「――ですが、近年その泉の水位が下がってきていて。あと数年もすれば、いいえ、早ければ一、二年以内に干上がってしまう可能性があるのです。そのことを本人は、仕方がないことだと割り切っているのです。でも私は、私が助けて欲しい時に手を差しだし、今まで支え続けてくれた大切な親友を護りたいのです」


 シンデレラは縋るように王子の腕をとり、自分よりも幾分高いところにある王子の目を上目づかいに見つめる。


「身勝手なお願いであることは重々承知です。それでもどうか、どうか、私の唯一無二の親友を護ってはいただけないでしょうか」


 両の瞳から、まるで真珠のような美しい涙を次から次へと零すシンデレラを見、王子はニッコリと優しい笑みを浮かべてシンデレラをその腕に抱きこんだ。


「――泣かないで、私の愛しい人。あなたの心の支えとなり、今まであなたを私の代わりに救ってくれた恩人を無下には扱えない。明日、早速人魚があなたの部屋でともに過ごせるように大きな水槽を用意させよう。準備が整い次第、人魚をわが城に迎え入れよう」

「あ、ありがとうございます!!」


 王子の思わぬ快い返事に、シンデレラは喜びのあまり王子に抱き付いた。

 彼女の満面の笑みと、抱擁に珍しくその顔を赤くさせ誰もが見惚れるほどの甘い笑顔を浮かべる王子。

 そんな二人の仲睦まじさは何年経って変わらず、国中の人々の憧れと幸せの的となっていった。



        ☽✿✝



 そしてシンデレラが王子に願ったあの日から半月が経った。

 人魚が狭苦しく感じないようにと作られた大きな、大きな水槽を前にシンデレラは明日ここにやってくる人魚に想いを馳せていた。


「――――これで、あなたは私から一生逃げることはできない」


 シンデレラは愛おしい宝物に触れるように、大きな大きな、広い今はまだ空っぽの水槽に指を這わす。

 優しい君が気づいても逃れられない真綿の様に柔らかで蜜のように甘い広い広い、自由の錯覚に陥るほど広い檻を捧げよう。


「ああ、愛しい私だけの人魚。もうすぐで夢にまでみた、あなたと二人っきりの生活が始まる。あなたと過ごすためならば、この身を男に捧げることぐらい厭わない」

 

 そう。全ては計画通り。王子との出会いの時から、全てシンデレラの緻密な計画通りだったのだ。

 シンデレラ。貴族の娘として生まれ、何不自由ない生活を約束されていたのに。母親の死が全てを狂わすきっかけとなり、父親の現実逃避が追い打ちをかけ、義母娘がトドメを刺した。まだ幼い少女は与えられるべき愛を失い、自由を奪われ、己を守るため性格が歪んだ。

 幼いころに与えられた愛が、与えられぬことを憎み、己を歪ませた環境を嫌悪し、シンデレラは己の全てを受け入れてくれる人魚に依存した。


 悲劇のヒロインは、愛を渇望し、愛を何よりも憎悪する。


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