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つくばとやくもと


「…あれ?皆さんどうしたんです?」


しばらく後になって、舞乃は三人が絶句していることに気がついた。

彼女の不思議そうな顔つきは、いかにもわざとらしいものだと八雲は感じた。


「あのさぁ舞乃。一応調べるつもりはあるんだけどさ?いくらなんでも手がかりがないとなぁ?」

「だよねー。一番関係しているはずの奥さんから話し聞きたかったなぁ」


そういう八雲と柳田に舞乃は何だそんなことですかと、そういってから


「大丈夫です。ちゃんと関係のありそうな人を抑えていますよ。多分二番目ぐらいに関係があります」


そんな感じのことをしたり顔で言った。


「なら、最初からそういってくれよな…」

「だったら週末にその人のところに伺いを立てましょう。河上君、いいよね?」

「あ、あぁ…」


その後の議論は、河上の勢いがそがれていたためか、さまざまな案をスムーズにまとめることができていた。





「…おまえ、わざとだろ」

「は?」


八雲が何の前フリもなく言い出すものだから、舞乃は一瞬思考が停止した。

時刻はすでに空が茜色に染まるころで、部活動は終わっている。帰宅のため、二人はバス停に向かう最中だった。


「とぼけんなよ。あの話題、どう考えても通す気だったろ?」

「あぁ、あれね…。うん。まぁそうだね。部長も結構野次馬根性あるから、ああいう語りすれば、食いついてくれるかなーって」

「河上なんかは、完全にビビッてたけどなー」


そういって、八雲はふと思いついたことを口にしてみた。


「なぁ、もしも柳田部長が河上みたいにビビッて、調査しないって言ってたらどうしたんだ」

「でも部長はファッションと不可思議なことには積極的に首突っ込む人だから、それはないでしょ」

「だから、《もしも》って言ってるだろ?」

「…多分、八雲が何とかしてくれたと思う」


―つまり、特に考えてなかったというわけか。

たいした役者だとは思いつつも、八雲は頭をかいた。


「どうせなら、その辺まで煮詰めておけよ」

「いやぁね、私だってこの話聞いたの昨日だったし、しかも『忘れないうちに書きたい』って頼まれちゃってさ。甘いところは許してよ」

「それ、ひょっとして―」


言いかけたところで、後ろから息を荒くしながらかけてくる音が聞こえる。

振り返るとそこには、部活も終わったというのに汗だくのつくばがいた。


「ぜぇ…ぜぇ…。ようお二人さん。お疲れ」

「つくばくん、どうしたの?」

「いやぁ、どーしたもこーしたも、部活に遅れ、部長にしごかれ、おまけにバスまで逃せるかっての」


つくばは結局部活に遅れたらしい。

八雲でさえもいくらか遅れていたのだから、着替え等々の準備のある運動部なら、遅れてしまうのは当然といえば当然のことだった。


「…悪いな。俺のせいで」

「いやいや、俺が勝手にやったことなんだからお前が謝る必要はねーだろ」

「そうか。ならいいや」

「切り替え早いなー…。そーいや舞乃ちゃん、部活のときの八雲はどーだった?」


半ば呆れたようになりながらも、つくばは舞乃に話を振る。

舞乃は質問の意図が分からずに少しだけ考えたが、一応答えた。


「普通だった」

「いつもと変わらない?」

「うん。何だってそんなこと聞くの?」

「いやなー、実はコイツー」

「言うなよ」

「えー…なにそれ気になるー」

「気になるとかそういう問題じゃないんだよ。ったく…さっさと行くぞ」

「あ、まってよ!」


八雲は一人歩調を速め先に行こうとするのを、舞乃が止める。

それで、左肘に軽くぶつかったときだった。


「っ!いってぇ!?」

「八雲!?どうしたの?!」


突然刺すような痛みを感じて、八雲はその場にうずくまる。

慌てて舞乃が駆け寄り、シャツの左腕をまくってみる。


「おいおい。擦りむいてんじゃねーか」

「…マジで?」


後についてきたつくばが言ったことに、八雲の背筋に悪寒が走った。


「でももうかさぶた張ってるし…ぶつかったとき、めくっちゃったみたいだね」

「そ、そうか」


―本当にそれだけなのか?そんな生易しい痛みじゃなかったような…

八雲の中で、さまざまな考えが巡る。そして、ある一つの、恐ろしい結論が浮かび上がる。


「…あの夢」


擦りむいた痛み、饐えた臭い、足にまとわりつくあの感覚…

夢にしてはやけに生々しかったような気がしなくもない。


「? あの夢って?」

「いや、なんでもない。それより、そろそろバスの時間じゃないか?」

「え?…あ、やべぇ!八雲、舞乃ちゃん!走んねーとやばいぞ!」

「あ、ちょっと待ってよつくばくーん!あー、いっちゃった…」


時計を見るなり、二人を置いてつくばは走り出す。

しごきを受けていたはずなのに、見事なスプリントだった。


「さ、八雲、私達も行かないと!」

「…俺はいいや。走んの面倒臭ぇし」

「なに言ってるの!次って、一時間半も待つ気なの!?」


八雲たちが暮らす《恵登(けいと)市》は、町の規模こそ小さくはないものの十分な田舎で、バスの往来は大体一時間から一時間半おきぐらいにしかない。

最近では地理条件からなのか地下鉄の運行も始まるようなのだが、登下校に関しては特に意味のないものだった。


「あー、その辺で食って帰るから。金もあるしさ」

「またそんなこと言って…しょーがないなぁ」


舞乃はおもむろに自身のケータイを取り出し、いじりだす。


「あ、かあさん?今日私食べて帰るから、晩御飯いらないよ。…はぁ!?そんなんじゃないって!じゃあね!」


顔を紅潮させ、乱暴な扱いでケータイをしまう。

えらく短いやり取りだったが、八雲には母親がなんていっていたか手に取るように分かった。


「…またからかわれたのか?『彼氏か!』ってかんじで」

「んーっ!いいから、はやくいこ!」


八雲の問いかけに、舞乃はムキになったように声を張り上げる。図星のようだった。

彼女の母親は、もういい年だというのに心は17歳級で、とにかく『コイバナ』の類の話をしたがる。

八雲は呆れながらも、舞乃に言った。


「はいはい…。で、俺はどこでもいいケド、なんか食べたいのとかある?」

「八雲が先に食べるって言ったんだから、八雲にあわせるよ」


八雲は困惑した。

バスを一時間半も待つことにしたのは、夢のことを追及されたくなくて、二人といたくなかっただけだった。

だから、その辺のコンビニでおにぎりでも買ってすごそうと考えていたから、どこに行くかとか当てはなかった。

とりあえず、それらしいことを言って逃れることにした。


「同行者のことも考えなきゃいけないだろ。いやー、俺ってなんて紳士的」

「何馬鹿なこと言ってんの」


手厳しいものだ。


「…でもまぁ、そういうなら…そうだなぁ……そうだ!あそこ行こうよ!」


舞乃はしばらく考えをめぐらせた後、思いついたようにそういった。

大体こうなったときに舞乃が思いつく店はタカが知れている。

八雲は経験則と思い付きから、その店の名前を言った。


「『仙寿庵』だろ?」

「そうそう!あそこのきつねうどんおいしいから」

「でもなー。時間的にアレじゃね?」


『仙寿庵』はもともとは割烹、つまりは居酒屋である。

そこに酒の肴として出されていた一品料理が絶品と評判になり、客にせっつかれてランチもやるようになった経緯がある。

今から向かえば、大体居酒屋として営業を始めているころだ。


「いいのいいの。なんだかんだいって入れてくれるから!」


そういって、舞乃は『仙寿庵』の方に足を向けた。

八雲は時間が気にならないわけではなかったが、上機嫌な舞乃に従うことにした。

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