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四条学園新聞部



「ちわーっす」

「八雲ーっ!十分遅刻!」


わざとらしく目じりを吊り上げてそういうのは、幼馴染の森舞乃だった。保育園のころから見知った仲で、家もそう遠くない位置にある。

八雲が新聞部に入部する原因となったのも、実は彼女だったりする。


「わるい。寝過ごしちゃって」

「まぁ、舞乃ちゃんが言うほど遅れてないから大丈夫よ」

「用事があったならまだしも、寝過ごすとはね…。少しは部員らしく振舞ってみたらどうだ?」


フォローに回ってくれたのが柳田部長で、嫌味たっぷりな物言いは先輩の河上だった。

同じような四角い黒縁の眼鏡をかけているのに、八雲が抱いている印象は正反対のものだった。


「先輩。部員らしい振る舞いって何ですかー?」

「どんな情報も聞き逃さず、それとなく知性を感じさせるような振る舞いだよ」


そういいながら、河上はしたり顔で、中指で眼鏡をくいっと押し上げた。

八雲は常々『この人は馬鹿だ』と思いながらも、言っていることは一理あると感じている。

―眼鏡に頼らない方向で、知的な振る舞いについて研究してみようか。


「そんなこといったら、うちの部でそれができてるのって四分の一ぐらいよねー?」

「つまり、河上先輩一人ってことですよね」

「…少しはがんばってくださいよ」


それとなーく、部長がフォローになっていないフォローをしながら、舞乃が直球を投げ込む。

新聞部は大体いつもそんな感じだった。

八雲が所属する『四条学園新聞部』は、今のところ部員がたったの四人しかいない。

原因の大多数は河上にあるようだが、それはまた別の話。


「まぁ、それはいいとして夏の特集記事について考えましょう」


柳田部長も眼鏡をかけているが、柔和な顔つきと穏やかな物腰のおかげか、知性というよりはむしろ母性・父性に近いものを感じさせる。

先陣きってバンバンやるよりかは、全体の和を重視するタイプのリーダーだった。


「エアコンの使用についての注意とかを書いたらどうでしょうか?外気があまりに暑すぎると、エアコンって効果ないんですよ」

「夏場のバラエティでよくやる話だな。どうせなら、二番煎じならないものが…」


八雲が意見を出したが、河上が即座に否定する。

こういう議論における河上は目が本気なので、八雲は何も言い返せない。

仮に言い返したところで火に油。去年一年間を通して、八雲は彼がそういう人間だと認識していた。


「じゃぁじゃぁ、夏服の涼しい着こなしとかってどうかな?一昨年はウケてたし」

「部長が書きたいだけでしょう?コラムでやる分にはいいと思いますけど、メインに置くには少し…」

「じゃぁ、そういう河上君は何がいいと思うの?」


誰だって否定されればいい気はしない。穏健派筆頭の部長だって、口を尖らせて河上に聞き返す。

すると、待ってましたといわんばかりに眼鏡を整えて、


「僕はですね。最近国会で可決された法案について、正しい認識を持ってもらうために―」

「「「却下」」」


―それこそ、コラムでやればいい話だ。

コトの重大さはさておいて、そんな話―単に週刊誌の写しか、一般学生Aが書いた意見文―がメインの記事に注意を向けるような人物は、この学校にそう多くはないだろう。

というか、それこそ自分が書きたいだけじゃないか。


八雲にはいいたいことが山ほどあったが、どれから言い出していいかわからず、ただ憤然と睨むだけだった。


「なぜですか!不正確な認識は、無用なパニックを生むだけ―」

「あ、そうだそうだ!二番煎じじゃない話なら、いいネタありますよー!」


人の意見は簡単に却下するくせに、いざ自分となるとどこまでも押し通そうとする。

この部が人数を大きく減らした遠因となった、河上の悪癖だった。

だからこそ舞乃が論を無理やりさえぎり、別の話題を提示したのはナイスな判断だったといえる。


「名づけて!『失踪少年の謎に迫るっ!』どうですこれ!?いけそうじゃありません!?」

「「「失踪少年?」」」


舞乃は人をひきつけるのがうまい。

実際アレだけうるさかった河上までもが一転、彼女の話を聞く姿勢をとっていた。


「そうです!しかも現場は市内なので、現地調査なんかもイケちゃいます!」

「市内って…そんなの話題になるだろフツー?」

「でも、失踪少年の話なんて聞いたことないわよ?」

「そりゃそうですよ。だって失踪したの少年じゃなくて中年ですから」


…全員そろってずっこけたのを、舞乃は不思議そうに見つめていた。


「?」

「あ、あのねぇっ!失踪少年ならゴシップ記事程度にはなるだろうけど、失踪中年ってただの人生の負け犬じゃないの!」

「え、でも少年の心をもった中年かもしれません!少なくとも私はそう感じましたけど!」

「ややこしいわっ!だったら最初から中年っていえ!」


前々から、舞乃はネタ・記事両方に誇大広告的な虚飾がある。だが、これはいつにもましてひどいものだった。

そして必ず、河上と衝突してしまうのだが、本人はどこ吹く風でそのまんま掲載させてしまう。

八雲はそのことに空恐ろしさすら感じていた。


「ま、まぁ、虚飾はともかくとして、話だけでも聞いてみましょうか」

「ありがとうございます」


で、舞乃は失踪少年―もとい、少年の心を持つ失踪中年の話を始める。


~市内で弁護士をやっていた、マンション暮らしの男性(42)が失踪した。

発覚の切っ掛けは、離婚した奥さんが子供の養育費がこなくてブチ切れてマンションに押しかけたからとか、結婚時代の浮気相手と修羅場になって二人で押しかけたとか、いろいろと説がある。

とりあえずそのことで警察に捜索願を出したんだけど、よくあることだからってあんまり見向きもされなかったらしい。

結局奥さんの方もあきらめることにしたそうだ。


「…それ、ただの夜逃げじゃん」

「ちなみに、奥さんはどうなったんだ?」

「別にどうともなかったみたい。表面上では」


八雲は『表面上』という言葉がちょっと気になったが、とりあえず突っ込まない。

話の腰を折りたくはない一心だった。


「うーん。ただの哀れなおとなの末路で、話のネタにはならなそうね」


いえいえ、話には続きがあるんですよ。そういって舞乃は続きを話し出す。


~失踪しただけならまだ良かったのだが、状況が不自然だった。

男性は一月ほど前にマンションに入ったきり、一度も外に出ていなかったらしい。

管理人の人も不思議に思ってたけど、所詮他人事と干渉まではしなかったそうだ。


「目を盗んで出て行けるんじゃないの?」

「いえいえ。腐っても弁護士、超高級マンションで玄関口はおろか、各フロアの全部の玄関が確認できるような位置にまで監視カメラがあったそうですよ」

「…俺、そんなとこ住みたくないなぁ」


八雲はそうぼやき


「窓からでるのは?」

「その部屋、六階にあったんですよ。ベランダとかもちゃんとありましたけど、非常階段とかには接続されていないそうです」

「ふーん…」


部長は突っ込み


「…」


河上は押し黙ったまま


三者三様な反応に満足そうにしながら、舞乃は続ける。


~その後、押し入ったときには見つからなかったのだが、引き払いのために家具整理をしていたときに手記が見つかった。

奥さんが中を確認したところ、最初のころは創作の苦労談のようにしか見えなかったそうだ。


「創作?って、物語みたいな感じ?」

「そうそう。それも、カルトじみた話だったそうですよ。『魔道書』とか『祭壇』とか『大いなるもの』とか『救済』とか、そんな感じ」

「あぁ、そういう意味で《少年の心を持った中年》って思ったわけか」

「そうそう。さすが八雲、わかってるー」


―具体的には14歳―中学二年生の心を持っているらしい。


「具体的にはどういう感じの内容だったの?」

「さすがにそこまで深くは聞いてないですけど、奥さんの言い分や字面から考えて、《魔道書の呪文を唱えると、大いなるものが異世界に連れてってくれるんだー》的な話と推理できますね」

「…それマジでヤバイヤツじゃねぇか」

「…」


~ところが、読み進めていくうちにだんだんと毛色が変わってきて、終いには意味不明、少なくとも奥さんには読めない文字列が殴り書きされていたらしい。

さすがに怖気が襲ってきて、黙ってそれをしまったんだけど、いよいよ家具整理も大詰めってところで、あるものを見つけてしまったそうだ。


「あるものって?」

「《祭壇》ですよ。小さなものだけど、かなり本格的なヤツ。ベッドの下に隠されてたそうです」

「なんでそんなの分かったの?」

「たまたまベッド下を隠すための板の隙間に、ペンのキャップが転がったとか。で、そのときに覗き込んでみたら、奥に何かあるぞってことで引っぺがしたら…」

「…」


~いかにもホンモノっぽい祭壇見つけちゃったものだから、奥さんは半狂乱になって警察に飛び込んだ。

しかしまぁ当然というか、《夫が連れて行かれた!》という奥さんの通報はまったく相手にさなかったそうだ。


「その文言なら少しぐらい捜査してくれたっていいだろうに」

「監視カメラによる記録的にも、電気水道その他諸々の設備的においても弁護士は一ヶ月間外出せず、しかも誰も部屋に上げなかったというのは間違いないようなんです」

「誰かに拉致られた可能性は無いってことか?」

「少なくとも、人に連れ去られたということはありえないみたい」

「……」


河上の呼吸がやけに荒くなっていた


~とにかく不可解な失踪で、難事件に巻き込まれたか、あるいは…


と、意味深な感じで舞乃は言葉を切った。


「ばかばかしい。何かに取り付かれたとでも言いたいのか?」

「で、でも河上先輩が皆却下しちゃったから、もうネタもないですし…」

「うっ」

「まぁ、しょうがないよな。『二番煎じは却下』だもんな」

「ううぅっ」


墓穴を掘ったとはまさにこのこと。妙な話に臆したのか、河上はさっきから妙に落ち着きがない。

その様子を見て、八雲はある結論にたどり着いていた。


「そうなんですかぁー。いやー、河上先輩にもニガテなことがあったんですねー」

「べ、別にビビッてなんかないさ!こんな話、調べるだけ無駄だといいたいだけだ!」

「俺、別にビビッてるとかそういう話してないんですけど」

「なっ・・・い、泉ぃ!」


顔を赤くしてまくし立てる河上に対して、八雲は底意地の悪い笑みを浮かべている。

さすがの部長も黙っていられず、机をバン!と叩いて、二人を止めにかかる。


「河上君!八雲君も、そうからかわない。誰にだってニガテなものくらいあるわよ」

「だ、誰もニガテなわけじゃないですよ!ただ無駄だって…」

「それは、調べてからでも遅くはないでしょ?たとえ何もなかったとしても『納涼!地域の怪談』とでもゴシップ書いとけば、スミを埋めるネタにはなるわ」

「し、しかし…」

「怖くないっていうなら、軽い下調べぐらいはいいわよね?時間もそんなに使わないだろうし」


河上の顔から血の気が引いていく。

いつにもましてらしくない彼を、柳田は心のそこでは面白がっていたのだった。


「わ、分かりましたよ!やってやりますとも!どうせ無駄ですけどね!」


半ば自棄気味にそう言い放った。河上の言質がとられた今、賛成四名反対ゼロ。

とりあえず調べるという方向で落ちついた。


「で、そんな話を出すってことは奥さんの居場所は分かってるんでしょ?」

「うぅん」


一同はまたしてもずっこけた。


「じゃぁ、探して、話を聞くとか…」

「それは無駄だと思います。だって、奥さんも一週間くらい前に失踪しちゃってますから」

「「「…は?」」」

「私が調べたいのは、この夫婦失踪の関連性なんですよねー。特に奥さんの方なんですよねー」


―ミイラ取りがミイラ

そんな単語が頭をよぎったとき、三人の顔にはいやな汗が浮かんだ。

そして、そんな三人の様子はどこ吹く風で楽しそうに話している舞乃が少し恨めしくもあった。

※2014年3月に改訂しました。

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