過去の光景
番外編その3 セルシィ=アズ=ドラゴニクスの馬鹿の理由
手錠が重い、首輪が重い、身体が重い、全身が痛い。
自分の価値が分からない、人の価値が分からない、生きる価値が分からない、相手の言う事が分からない、なにもかも分からない。
謝れば爪を抉られる、黙りこめば焼印を押される、反抗すれば殺される。
隣の牢から苦痛と嫌悪で響いていた悲鳴も、いつの間にか嬌声となっていた。苦痛から逃れるのは、現実逃避するのが一番だからだろう。
自分の初めてを奪う相手が、獣であったらそれは尚更だ。
隣の牢で悪趣味な見世物をしているというのなら、次はきっとアタシの番だ。
不思議と悲しみも恐怖も感じない、半開きの口内と瞳はカラカラに乾き切り悲鳴の一つもあげる事が出来ない。
だからといって、水も食糧も欲しいとは思えない。アタシが知らずに食べていた肉が、実はケーナ=ハーツ=ドラゴニクスだと知ってしまってからだ。
昔みた悲しい恋愛物語で『貴方は私の心の中にいる』という台詞があったな、悲しい美談物語だ。
一方アタシの身体の中には、小さい頃から一緒に育ち遊んだ親友の血肉が存在している。美談になんてなりゃしない。
ごめんねケーナ、久々のお肉は美味しいと感じてしまったよ。あれケーナの尻尾とかお腹のお肉だったなんて知らなかったんだよ。
次の食事には誰の肉が混ざっているのか、考えただけで食欲なんて吹き飛んだ。
ここで死ぬ定めなら、アタシはそれで大歓迎だ。でも出来るなら、アイツ等に殺される前に死にたいな。
まあ、無理だろうな。ここではアタシのお願いなんて、誰も聞いちゃくれないんだから。蜥蜴の神様さえ聞いちゃくれないんだ。
……あ、隣の嬌声が悲鳴になった。獣欲を満たした獣に食べられてるんだな。
『食べないで』っていう悲鳴が聞こえる。
アタシに関してかせられた拷問が、主に同胞の死にざまを延々と見せられ続けたり、顔を隠された捕虜を殺せと命じられる心を壊す類だった。だからアタシは、もう悲鳴だけでその人が何時死ぬのか分かる。
悲鳴や涙は、アイツ等を喜ばせる。せめてアタシは、悲鳴を上げずに死にたいな。
……?
別の悲鳴が聞こえる。拷問にしてはおかしい、悲鳴をあげた瞬間その者は絶命していた。
「な、なんだ貴様は!いけ、食い殺せ!」
アタシの牢の前を、二頭のサーベルタイガー達が走っていく。
その内の一体は陰茎をテラテラと濡れていて、なにやら糸を引いていた、どうでも良いが何故かアタシはそれがはっきりと分かった。
牙や口元も赤く塗れており、隣の女性の物であろう臓物の破片が口元から零れ落ちている。
二頭のタイガーが、獲物を襲うように跳ねた瞬間、二頭の頭が熟れすぎた果実のようにハゼ割れた。
ハルベルトの先端で、ヒクヒクと蠢く胴体を貫きゆっくりと持ち上げる。
「ヒッ!?」
ハルベルトの持ち主が牢の前を横切った瞬間、摩耗して擦り切れたと思っていた感情が爆発するように蘇った。
白髪に少し水色を混ぜたような青年。その表情は鬼が笑っているように見えたからだ。
返り血で顔は朱に染まっており、腰には幾つもの首を紐で結び括りつけている。どれもこれもが苦痛に表情を歪めており、中には両目をくり抜かれている首があった。
「撃て!このイカレた男をち、近ずけるな!」
単発の銃声が連続で響いたが、男はタイガーの死体を盾にして突き進む。
アタシの視界からいなくなる直前、ハルベルトを振り回しサーベルの死体を捨ててた。その時に偶然、アタシの牢の錠にハルベルトが当たったのだろう。アタシの牢の扉が勢い良く開いた。
短い悲鳴が二つ、銃声もやんだ。
「お前…なんなんだ!?」
恐怖の色を含んだ、男の問いかけが響く。
「クハッ」
「なんなんだ!?なんなんだよぉ化け物!」
「ハハハッ」
「ア゛ア゛アアアアアア!?腕!腕が!腕がアああああ!?」
「カハハハハ!クヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハハハハハハハハハ!」
血肉が飛び散る音、なにかが引きずり出される音、濃厚な血の匂い。
男が再度戻って来た。首元に新たな中年男性の首を吊して。アタシには視線も向けなければ注意も払わない。
あの新しい顔は、よく防弾硝子ごしにアタシを眺めて笑っていたうちの一人だ。
アタシは部屋の隅で震え恐怖していた。だがしかし、それ以上に、なんといえば良いのか、よく分からない感情が胸の中で駆け巡った。
「フ…フフ」
圧倒的な虐殺現場を目の前に、この世の真理を見た気がした。結局、なにかをあてにするより直接的な暴力が一番力が強く、手っ取り早く、カッコイイ。
思えばアタシ達も、力で抑え込められていたのだ。何故もっと早く気づかなかったのだろう。
今すぐ今の人を追いかけたい、この感情の渦巻く身体の全てを捧げたい、死ねと命令されても、この世の真理を気づかせてくれたあの人に感謝して死のう。
これはどういう感情なのだろうか?文学の授業で習った、『赤い身弾けた』という奴なのだろうか?まあどうでも良いが。
うん、どうでも良い。楽しい事以外どうでも良い、あの人の事以外どうでも良い、考えるのはどうでも良い、なにが悪いかなんてどうでもいい。
会いたい会いたい会いたい、今すぐあの人を追いかけたい。でも待て、やっぱり少しだけ考えろ。
でも今のアタシは無力な小娘だ。なんの特技もない変哲もない小娘にすぎない。
恒久的にあの人に寄り添うにはどうしたら良い?どれだけ頑張ればあの人のようになれる?
フラフラと牢を這い出る。どうすればどうすればどうすればどうすればどうすれば…あ。
朱に染まっている牢獄通路、バラバラに裂かれたオーバーキルの死体、それを見てアタシは納得した。アタシが暴力装置になれば良い、あの人のそばにおいておいてもらえる便利な道具になれば良い。
壁を流れる血液を手に付着させ、顔に塗りつけてみる。
通路にそなえつけられていた鏡を見つけ、自分の笑顔を鏡に向けてみた。
「うん、我ながら少しは可愛いかな?あの人が鬼の笑みなら、アタシは可愛く馬鹿みたいに笑おう!そうしよう!
なら、アタシはまず力をつけなくちゃね!殺す経験だけじゃ絶対あの人は近くにおいてくれないだろうしね!
アタシは強くなる!あの人の役に立つ!目の前に立てて、死ねと言われたら死ぬ!なるべく馬鹿みたいに可愛い笑顔でね!」
アタシは壊れていた。壊れたアタシは更に壊れる事にしよう。
多分あの人も、壊れて、更に壊された人なのだろうから。
あれ?壊れた生物同士、もしかしたら最高のコンビになれるかもしれないぞ!?成程!そうだとしたらそこはアタシの楽園じゃないか!
生きる目標が出来た、地獄から抜け出せた、アタシの人生はここから始まるのだ。セルシィ=アズ=ドラゴニクスの人生は、たった今始まったといえよう。
「待っててください!アタシはやりますよー!」
全力で笑い、全力で元気良く、全力で殺し尽くそう。それがアタシの存在意義なのだから。
□ □ □
狂笑のセルシィという名を、ランザ=ランテが聞いたのはその日から三年半後だ。
そしてまた幾年か過ぎ戦争終結後、彼の事務所をセルシィが尋ねて来た時、セルシィは笑顔で涙を流しながらお辞儀をした。
そして二丁の拳銃を向け、憧れの相手の前に立つ。
「おいおい、泣き笑いで銃口を向けられるなんて、俺にも初めての経験なんだが。
もしかして、君の両親を気づかずに殺してしまったとか、そういう感じ?」
やや困ったような笑顔で、彼は無精髭を撫でながら語りかけてきた。幸せに卒倒しそうだが、私の全てはこの時の為にあったのだ。
「アタシはセルシィ=アズ=ドラゴニクスというッス!
ランザ=ランテさん!アタシの貴方の事務所においてはくれないッスか!?」
「いやいや、銃口向けながら言う台詞じゃないよな。面接の案内も出した覚えないんだが」
「いいえ!アタシは役に立つッスよ!どんな弾嵐風刃からも貴方を御守りするッス!そしてこの無礼は、アタシが口先だけじゃない事を見てもらいたいからッス!よろしくお願いします!」
「……お前さん、馬鹿なのか?」
ランザさんがハルベルトを武器ケースから取り出した。あの時に見た、アタシの脳裏に焼き付くあの武器をだ。
さあ、テストが始まるぞ。なるべく可愛く馬鹿みたいに元気よく笑え、自分の存在意義と利用価値をあの人に示せ。
「全力で…よろしくお願いするッス!」
セルシィ=アズ=ドラゴニクス。今日はきっと、アタシという存在の記念日になるだろう。




