逃走劇
優れた擬人は、少し観察したくらいであれば人間とは区別がつかない。
情報を集め、よくよく観察すればその類ではないのだろうが、街中ですれ違う人間が擬人だとしても気づけないだろう。
規則として、認識番号を額に掲載し、知能指数と筋力指数を一定以下に運用することで、人は相手を擬人と認識が出来る。
現に、案内されたカフェでは擬人の存在を自分自身認識が出来なかった。
認めたくはないが、街中にでも出て人混みに紛れて奇襲でもされたら、対処が困難だった筈だ。
裏路地を走り、前方を警戒する。
後に続くセルシィは後方を警戒。
ソードオフの取り回しの良い散弾銃を両手に、こまめにクリアリングをしてくれている。
何時襲撃をしてくるかは分からない、生き物以外の気配が三つ感じる。
かすかな物音や影が、つかず離れずの距離でこちらの隙を伺い襲いかかるタイミングを計っている。
現在の擬人技術やAIでは、複雑な襲撃の支持プログラムの組み込みや相手の出方を想定した状況判断能力は、法律で規制されているうえに技術的にも不可能である。
ならば、無線で裏で糸を操る存在がいる。
黒幕といって良いものやら、既にセルシィから聞かされている、地下で襲われた異形の集団の容貌から考え犯人は割れている。
「先輩、ひとまずどこを目指すんです?」
「人混みは避ける。
大衆用のモノレールやエレベーターを避けつつ裏のルートを通りつつ下層を目指すのが先決だ。
幸い装備は…」
言いかけた瞬間、セルシィがなにかを期待するように見上げて来た。
こんな事態にも関わらず、翡翠色の瞳は待てを言われた犬のようにジーッと見つめている。
「……幸い装備はお前のお蔭で揃ってるんだ。
補給はなしで良いから、とにかくリドバルドを目指して突き進むことにしよう」
「誰かに助けを求めるのはどうッスか?」
「生憎それを頼める相手は存在しない、あんまりお友達が多くないからな。
まあ…お前がいれば大丈夫だろう」
「お、お任せくださいッス!必ず背中は死守するッスよ!」
セルシィの士気が良い具合に上昇したところで、改めて前を向き突き進む。
先程の動揺も、今は命を狙われている状況だと気づいてくれさえすれば、戦士として現状を冷静に理解してくれる。
「こっちも読まれてたか」
下層への近道のルートの先、人影が漂うようにユラユラと揺れていた。
「前方に敵対象AB確認した。回り道もしてられん、強硬突破するぞ」
向かって右側の疑人、Aと仮定した疑人が長い棒状の武器を掲げる。
Bの擬人は、二丁の銃を握りしめ水平に向けて来た。
「趣味が良いこって」
鼻で笑いそうになるが、武装の種類を見ると敵の考えがよく分かる。
「うは、身長まで似せてる感じッスか。顔はどう考えても似てないッスけどね」
「顔すら作られていない、手抜きと似ている人間がいたらそいつは能面くらいだ」
「尻尾もないッスしね。これがどれだけ戦闘で有効なのか知らないんスかねぇ」
擬人B、セルシィがモデルとして造られただろう人形が前に出て銃口を向ける。
本物の尻尾を地面に突き刺し、コンクリートを抉る勢いで素早くバネの勢いで飛び上がる。
襟元を掴みセルシィと共に跳躍、擬人のセルシィが銃口を追いかけるように向けてくるが、砲火があがる前に、セルシィが持ってきた装備の中から煙幕缶を投げる。
カメラアイが熱探知機をつけているとしたら、この方法では敵の攻撃を防げない。
局地的にでも、電磁パルスを巻ける装備でもあれば良いが流石にそこまで都合良く物がある訳ではない。
「追撃は!?」
「こな…来るッス!」
煙幕を切り裂き突き進む敵A、自分の似姿。
ソードオフの散弾銃を射撃。ハルベルトの斧、面の広い部分で迫る銃弾を防御をした。
セルシィ、本物のセルシィが俺の背を蹴り、勢いをつけて急降下する。
上段から叩きつけるようなハルベルトの一撃を繰り出す。
柄で防がれる。筋力と人口筋肉は均衡しているのか、ギチギチと金属がこすりあう音を出しながら場が拮抗する。
だがこのままお行儀よく鍔迫り合いを続けるつもりはない。
軽く身体を丸めると、背後からセルシィがその背中に足をつけ最低限の動作で、擬人Aの反対側へ回り込む。
未だ晴れぬ煙幕の向こう側へ向け、持ち替えた二丁のサブマシンガンを乱射し制圧射撃を繰り出す。
擬人Aが鍔迫り合いから離れるように、腹に向け蹴りを繰り出してきた。
だがその蹴りは途中で停止する。
擬人Aの腹部には、巨大な尾が貫かれていた。
筋力の束のような尾は、先端が細く鱗にも巻かれた頑強なものである。
槍のように鋭く鞭のようにしなるそれは、人工筋肉や人工骨格を貫くことは容易い。
擬人Aの体制が崩れたところで、Aの頭部を掴みコンクリートに叩きつける。
一時的な無力化を確認したところで、一歩踏み出し、斜め上にやり投げをするようハルベルトを投擲する。
煙幕から飛び出してきたBの擬人、セルシィの似姿にハルベルトが突き刺さる。
重力に従い落下する擬人に、サブマシンガンの残弾を全て叩きつけるよう乱射をする。
穴が増えていく擬人は、もう動けない程にはガタガタになっていくが、更にセルシィは前に出てサブマシンガンをしまい、素早く散弾銃に弾を装填する。
落下地点に近づき散弾銃を前に構え、射撃。
零距離からの射撃に、擬人の頭部が砕け吹き飛んでいく。
「ジャンプ力だけは、尻尾の自分となかなかタメはるッスね」
ため息をつきつつ、銃弾を装填し散弾銃を腰に戻す。
サブマシンガンのマガジンをとりかえながら、太い尻尾で、押さえつけていたもがく擬人Aを首元に一撃を叩き込む。
「むふぅ。抜群のコンビネーション、愛の勝利ってやつッスかねぇ」
「易く愛とか使わん方が良い。普段の訓練の賜物だ」
偽物が使っていたハルベルトを掲げる。
重量は本物に近いが、流石に牙狼の戦斧に支給された正式採用品とは違い機械部品はほどこされていないようだった。
質は良いものではあるが、さして珍しいものでもないだろう。
「敵は、金や技術はあるよだが、戦闘に対してはそこそこな知識しかなさそうだな」
「なんで分かるッスか?」
「筋力や行動力は確かに俺達に近づけているが、コンビネーションはイマイチだ。
こいつも、確かに物は良い物を選んでいるが、本当に牙狼の戦斧で選ばれた実戦向けの武装を前提にしたものを再現している訳ではない。
確かに重さをほぼ同一することには成功しているが、本物と比べると機械部品がないせいで、ただただ重いだけのハルベルトだ。
わざわざ性能を似せたものを作る凝り性かと思ったら、どことなく手抜きが多いし、コンビネーションも三流だ。
……やれやれ、あの女」
擬人に趣味の悪い人形に、もう本当に思い当たるふしというか、犯人は一人しか出てこない。
伊達に広域犯罪指名手配されておきながら、追跡の手を逃れてきた訳ではないという訳だ。
「まーここまで情報というか、物証が揃えば確かにアタシでも犯人が分かりそうなものッスよ。
でもどーして彼女なんスか、結構上手く付き合えていたと思ってたッスけど」
「まあ、今回ばかりはどう考えてもセルシィ、お前を巻き込んでしまった形になるかもな。
確証はないが予感が一つある、馬鹿馬鹿しくはあるが…これが当たってるなら、くだらないことに命をかけることになるかもしれない」
セルシィが唇をへの字に曲げ。片手で散弾銃を弄びながら前に出る。
「アタシ等の仕事で馬鹿馬鹿しくない仕事なんてあるッスか?」
散弾銃を軽く投げ、キャッチ。
欠伸でもしそうな表情で、呆れたように言葉を続けた。
「どんな大金だろうと、考えだろうと、命をかけるとなれば二束三文のはしがねに、つり合いがとれないくだらない思考じゃないッスか。
でもどんな理由だろうが因縁だろが、構わないッスよ。
先輩がアタシを使ってくれるなら、それがアタシが戦う理由ッスよ。
気兼ねなく巻き込んでくださいッス、相棒じゃないッスか」
拳骨。
良いことを言ったつもりのセルシィは、『ええー』と言いたげな顔をしんがら頭を抱えてかがみこんでしまった。
「相棒じゃなくて、共同経営者だ」
「そこッスか!?そこなんスか!?良いじゃないッスか相棒でぇええ!共同経営者なんて殆ど相棒じゃないッスか!」
「おら行くぞ、まだ追われてることを忘れるな」
「ちょま!待ってくださいッス!」
走りながら、物思いにふける。
セルシィはああ言うが、相棒という言葉にはどこか引っ掛かりを感じた。
セルシィの思考は、実のところよく分かる。
自分を導いてくれる存在が、自分を認めてくれた時の喜びと、頼りにされる場面がくれば是が非でもそう名乗りたくものだ。
なにがあったかは知らないが、セルシィは俺のことを導いてくれた存在として認識しているようである。
そしてそれは、まるでかつて三度目の最悪を体験した自分の現身のようだ。
このリスムで、この魔都で。
セルシィを認めてはいるが、相棒とは名乗らせたくはなかった。
この先、なにがおきても引っかかりがおきないように。