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狐と地下情勢

 拝啓誰かさん、居候が一人増えました。


 □ □ □


 少し考えてみなくても、どんな厄がおきても、仕事というのは避けて通れるものではない。

 ディーネの笑顔発言から一時間、応接室で一人ソファーで項垂れていた。

 予定通りなら後数分で客が来るのだが、それまでになんとか頭を切り替える必要がある。

 今日の予定は、我が事務所ではまともな分類に入る危険の少ない良い仕事なのだ。なるべく笑顔で、なるべくソフトに対応していきたい。

 先程の続きを頭に思い浮かべる。

 ここで隠れると言い出したディーネには、まずは多くは望まない事にして『ここで暮らすならここの冷蔵庫の中の食べ物を食べなきゃダメ』と教える事にした。

 冷蔵庫の中に限定した理由は、冷蔵庫に詰め込まれない限りは俺もセルシィも対象になる事はない。言う事聞いてくれるかどうかはディーネが此方をどれだけの存在と見ているかによるが。

 まずは、世間ずれしているであろう彼女の躾と教育をしていかなければならない。基本的には、彼女の癇癪がおこらないようご褒美を前提とした与えて伸ばし誉めて伸ばす教育を考えている。

 てっとり早く思いつくご褒美といえば食糧、つまりは甘味や氷菓子等嗜好品であるがいかんせんそれを食べられるかどうかから試さなければならない。

 人間代わりの食糧を試してみるという面をかんがみても、決して無駄ではない筈だ。

 かくして、俺がディーネに食料の話をし興味を持たせている間にセルシィには様々な甘味やパン、インスタントライスに肉や魚等買いにいかせ、その後退で今は俺がディーネから離れセルシィに好物の調査をさせている。

 さて裏の方は昨日一日近くにいたセルシィに任せるとして、取り敢えず平穏無事をアピールする為に予定通り仕事はいれている。

 少し普段と違ければ、元隊長様がにやにやしながら『両手に華とは君も隅におけないねぇ。華々しい戦友の手助けができるよう、ボクもう応援させてもらうよ』とか言いながら首を突っ込んで来るに違いない。

 自意識過剰で考えすぎかもしれないが、やはりあの女がこんな面白そうなイベント手放しで放っておくとは思えないからだ。死体愛好家の変体もしかり。

 「旦那ー!出前でっす!」

 「出前?セルシィが頼んだか」

 玄関に顔を出すと、客の先に馴染みの顔が見えた。九天稲荷の支店長の野狐だ。

 「出前始めたのか?」

 「ええまあ、試験的に近しいお客様の間のみ試していてまだ大々的に行ってませんがね。

 それじゃお会計……てどうしたんですか、やたらと疲れた顔して」

 「少しばかり心臓に悪い体験をしていてな。半分くらいならこの気持ちを分けても良いぞ」

 「そ…そうですか。まあとにかく毎度ありがとーでさぁ!」

 手早く支払いをすませ、大きく頭を下げ景気よく挨拶をする。元気よく揺れる尻尾と形の良いピコピコ動く耳はその道の趣向の人には大人気なうえ大多数に向けても悪い気はさせない。

 耳と尻尾を大きくアピールする挨拶は、客足増加の為味以外のところでも細かくサービスをかけているのだろう。前はこんな耳も尻尾もアクロバットに動いていなかった。

 「……でも、マジで大丈夫ですかランザの旦那。なんだか昨日も昨日でセルシィ嬢の慌てぶりも仲間から聞きましたし…。

 らしくなく、また厄介にでも顔突き入れたんじゃないかと心配ですよ」

 「地下探索士なんざ、厄に顔突きこむ業務の代表格じゃねえか。まあ心配するな、面倒ごとまではなんとか昇華させないつもりだからよ」

 「ランザさんには、成り行きとはいえ初めてここに来た時のゴタゴタから助けてもらった恩がありますからね。

 困ることがあったら、総店長も何時でも相談に来いと言ってますよ」

 「ああ、その時が来たらな」

 「それじゃこれで…ああ、少し小耳に挟んだ話ですが」

 出て行こうとした矢先に振り返り、野狐は声を抑えながら近づいて来た。耳を貸せということなのだろうか?

 「大きな声では言えませんがね、第七階層を牛耳る地下組織。第八層の下っ端がなんだか最近騒がしく動いてるさしいですよ。

 三台組織の傘下かどこのチンピラか知りませんがね」

 このリスムは地下七層がすべてだが、陰で第七層を牛耳る裏社会は便宜的に第八層と言われている。

 それぞれのトップは、何食わぬ顔して第一層の社長席に座っていたり地下迷宮内に部屋をつくり本拠地にしている曲者ぞろいだ。

 俺が地下に来る前に二大組織と言われていた猟王会とロっツ党が血で血を争う戦争を繰り返していたらしいが、両組織の疲弊に合わせ急激に頭角を現したレダイン同盟という新興組織が出てきてしまう。

 古参組織は当然納得がいかなかったものの、疲弊した現状ではその新参を叩く力はなかった。

 更に七つの準大手とも言える新興組織まで現れ、レダイン同盟が上手く七つの組織を盾として立ち回ることで現在は平穏がたもたれていると言われている。

 そんな連中のどこの組織かは知らないが、なにか騒いでいるというのが本当ならなにか内部で醜聞でもあったのか。

 小規模な喧嘩ならともかく、協議制でもっている地下組織では昔のように血で血を洗うような抗争は却下されているのだが。

 「ありがとう、気にしてみるよ」

 「いえ、お役にたてなのなら…あの~」

 今度こそ立ち去ると思ったら、野狐はちょっと話し辛そうな顔をして立ち止まる。

 しきりに視線が泳ぎ、なにやら落ち着きのない様子だ。

 「どした?」

 「いえあの…セルシィさんどうしてるんですか?昨日は見慣れない子供連れていたみたいですし、よほど慌てていたっていう話で。

 あれって……まあまさかとは思いますが彼女の…」

 なにやら言いかけて、小さくため息を吐く。

 「子供さんかなにかで?」

 「隠し子とでも?」

 「うっ…まあ」

 頭を抱えながら彼は素直に頷いた。これはまあ、気づかなかったかったがなんとまあ、そういうことなのだろうか?

 「それを知ってどうするんだ?」

 「え!?いやまあああああどうもしませんけどねあはあはははは」

 若い狐め、蜥蜴に恋でもしたのか?あの娘は難しいうえ怖いぞ。

 そしてあの年齢で隠し子という話は、別段驚く事ではない。セルシィは戦場上がりであり、地獄の具現であるあそこは国際法という基準はあってないようなものだ。

 そして、最悪の収容所生活。

 セルシィも、敵兵やどこぞのお偉いさんに幼少期の頃から種をつけられていたとしてもおかしくはないのだ。

 そんな事をしていたりされていた連中を少なくはない数俺は見て来たし、妙齢の敵女神官兵捕虜相手に俺もそれをやったことがある。

 戒律で堕ろすことを禁じている事を知っていた為、嫌がらせに犯した。戦線が激化した為後にも先にも一度だけだが、クソ野郎の烙印には最適な行為だ。

 戦場での性欲解消と、妻を犯され殺された復讐と、なにもかもをごちゃまぜにして八つ当たりをした。後に彼女は堕胎しない代わりに生まれたばかりの子供を殺し自殺したらしい。

 俺はそれを聞いて、なにも感じなかった。だが自覚はした。

 その話を聞いて、復讐の為とはいえ罪悪感も抱かない自分はどうなっているのかと……少しだけ考えた。考えただけだったが。

 それはさておき野狐はリスムでは数少ない、大まかにでもセルシィの経歴を知る数少ない一人だ。

 そういう過去があったとしても、なんらおかしくなければ不自然ではない環境なのだ。

 「お前さん、もしあれがセルシィの子供だとしたらどうするんだ?セルシィをちゃんと愛せるか?」

 「え!?いやいや愛せるかってなんでそこまで話がおおおおきくなってててててて」

 顔を赤くしながら両手を大きく振る彼を見て、なんだか少しだけ俺は嬉しくなった。それと同時に、少し胸の内がまたなにか抜け落ちている実感を感じた。

 彼のように、誰かに夢中になることはもう二度とありえないだろう。少し羨ましいのかもしれない…自業自得ではあるが。

 「あれは、ちょいと預かってる子だ、セルシィの子じゃないよ」

 「あ……そうですか旦那。なんかすいません取り乱して」

 頭を軽く撫でてやる。もしかしたら、セルシィに必要なのはこういう奴なのかもしれない。その恋心がどこまで本気なのかは知らないが。

 「それじゃあこれで失礼しまっす!旦那もまたご贔屓に!」

 今度こそ振り向き、出て行こうとした瞬間彼はどこかの島国の娯楽書の如く顔を二つの弾力に弾き飛ばされ跳ね返されることとなる。

 現れた人影は、少し困った表情を見せた後、後頭部を玄関にぶつけもだえる野狐に手を伸ばし声をかけた。

 「自分が迷惑をかけたようだ、立てるか?狐人よ」

 蜂蜜色の肌白金の長髪に黄金石の瞳、高身長で白を基調とした民族異装。

 「時間より早く来てしまったが、まさかこのような事態になってしまうとは面目ない」

 野狐を立たせ前を向く。剣を突きつけたような鋭い瞳は愚直なまでにまっすぐこちらに伸びていた。

 「自分はクルナ=ハルベート。ランザ=ランテ殿にリスムの案内を依頼した者である。以後お見知りおきを」


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