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屍漁り

 屍漁り…俺たちの職業がそう呼ばれ、忌避されるのも無理はないだろう。

 お題目として、行方不明者の捜索として派遣されたりしているが、やっていることは死体を利用したビジネスだ。

 そう割り切り、仕事をこなしていき感情が鈍磨したのは何時頃からなのだろうか。

 移動用のゴンドラ中で、依頼人に渡された写真を再度確認する。

 国が編成した正式な資源探索班、通称『犬』と呼ばれるグループは全員で八人。内訳は、男性六人と女性二人。

 北欧系一人、砂塵の民が三人、華北系二人と残るは西方のグレハリア大皇国から派遣された調査員といったところだろう。

 「参ったもんだな…」

 生存者がいるという事を既に頭から排除している時点で、我ながらよく往来ある街道で看板を出せているものだと自嘲したくなった。

 『ランザ=ランテ迷宮捜索事務所』も屍捜索所に変えた方が良いかもしれない。

 先代がどういう意図で立ち上げた探索事務所かは知らないが、この事務所で戦い六年と少し、迷宮での行方不明者の生存確認がとれた試しがない。

 まあ、依頼人も先刻承知といったところか。最初から遺品である地下資源データの回収が目当ての依頼としか考えていないようだったが。

 「生きてるッスかねー…。先輩はどう思います?」

 ゴンドラの後部座席から乗り出してきた頭に裏拳を叩き込む。

 『あがっ!!』とういう悲鳴をあげて声の主はひっくり返った。

 「そんなこと気にする暇があるなら、迷宮の構造を頭に叩き込め。それが無理なら外科手術で無理矢理マップを脳髄にねじ込むぞ」

 「ひでーこと言うよなぁ先輩も」

 左手でくすんだ赤色の髪に覆われた頭を撫でながら、有鱗目特有の細い瞳をさらに細め彼女は抗議した。

 まだ幼さの残る白い顔立ちは、両頬を鱗で覆った人外のものだ。

 尻から生える緑の尾が『今の行いに断固抗議する』とでも主張したげに激しく左右に揺れている。

 よく言えば共同経営者、悪く言えば事務所唯一の俺以外の職員。セルシィ=アズ=ドラゴニクスだ。

 ドラゴニクスなんていかにもな家名だが、なんのことはない、どこにでもいる爬虫類系の異種族の一つで特に特筆すべきことはない。

 セルシィは不承不承といった様子で、地下迷宮の現在判明している地図に目を落とすが、耳をかき難しい顔をしながらすぐにゴンドラの背後に景色に目を向けた。

 背後に見えるのは、歪な摩天楼。多重階層都市、リスムの悪意に満ちた壮大な都市が佇んでいた。


 □ □ □


 神楽暦二十三年七月二十四日。

 今から二百五十年近く昔、この土地の首都が崩壊し消え去ったのは歴史の教科書にも載る程巨大な事件だ。

 しかし、歴史の内容として触れられる内容として消失したエルリード王国はおなざりであり、後の経済と技術の急成長がメインとして語られている。

 西と東の大国、グレハリアとオールラントはその穴の内部で希少鉱石であるイェローリル鉱石の鉱脈を発見した。

 当時『貴族でさえ持つのが難しい』と語られるミスリル銀の武具より硬く、粘り強く、光に照らせば虹色に輝く鉱石は、神話にしか登場しないような伝説と呼んでさし支えない物だった。

 この鉱石を使い、剣ないし装飾品を制作すれば城一つ以上の価値があるとされ、時の権力者は大金を積み世界中探し回らせたと言われている。

 そんな鉱石の鉱脈が見つかったとなれば、グレハリアもオールラントも『我が国こそが穴の所有国』と張り合うのも必然だ。

 当時は西と東の民族、ウイグルとカルータの代理戦争に任せていたがそうは言っていられなくなってしまったのだ。

 子供の喧嘩に親がでしゃばるように、両国は軍を編成しエルリード王国跡地を蹂躙し対峙した。

 『例え親の葬式で裸踊りをして失禁してでも手に入れる』

 『例え民草一人一人の前で性癖暴露してでも奪い取る』

 とまで、両国の指導者に言わさせる程の魅力を持ったと言われている。

 だが小競り合いは出来ても大軍を動かせない理由があった。

 その理由とやらを形容するならば、『目の上のタンコブがいた』『信仰の押し売り反対』『押し付けがましい善意、断固反対』といったところだろうか。

 北部一帯を制圧し、信仰と女神の加護を武器に大陸一の勢力として君臨するオルテランド聖教国が存在していたからだ。

 前時代的な信仰一辺倒の政策をしている為、確かに文化レベルはグレハリア大皇国のほうが高い。軍事力にしてもやはりオールラントの方が長けている。

 だがしかし、信仰とはかくも人を変えてしまうのか。

 オルテランド聖教国の僧兵は、死後の極楽や天国を盲信し自死をも厭わぬ猛攻をかけてくる。まるでこの世は地獄であり、死んでからが第一歩と言わんばかりにだ。

 文化と防御に長けたグレハリア、個人の武術と水準の高い装備を開発するオールラント以外の国を、その圧倒的な信仰心からなる軍事力で粉砕しつくしたか属国におとしてしまった。

 さあそんな『バカバカしい、付き合ってられん』と言うしかない国の目の前で、両国が領土を争う大軍事をおこしてみたとする。

 かの国は舌を舐めずりながら、熱狂的宣教軍『レコンキスタ』を両国に向け発動するだろう。

 その恐ろしさは、過去の対戦で学んだ両国は充分に理解していた。

 本音としては、早く穴…メトリテポトワールを手に入れ国を発展させ軍事を増強したい。だが小競り合いが続く限り開発は遅れ兵と時間が無駄散る。

 そこで、両国にいた当時の穏健派と言える一派の協力により委任統治された自治州を産み出そうという話が浮上した。

 自らの息を吹き込んだ参謀を代表者とし、自治州に見せかけた属国にしてしまおうという案である。

 名目ではあくまで自治州であり、両国が勝つ負けるの面子に拘る心配も無くなる。

 後は、赤子の手を捻るように政治で自治州民に掘らせた美味しい希少鉱石という蜜を啜れば良い。

 それが、リスム自治州の最初の姿であり、後の多重階層都市リスムの産声であった。


 □ □ □


 そして二百五十年後、現代のリスム自治州は当時とは比べ物にならない程発展する。

 鋼歐暦四年四月二十五日の午前十時二分。ランザ=ランテは階層都市リスム第六階層にいた。

 白髪に僅かに青色を垂らして混ぜたような、そんな淡い水色の髪の毛を後ろに縛りつつ人混みの中を歩く。

 中層の市民居住区における最下層の第六市民生活層は、何時もと変わらぬ雑多な雰囲気に包まれていた。

 通りの両脇には、露店が並び遅い朝食をとろうとする客を捕まえようと食欲をわかせる良い香を漂わせている。務め人は、足速に通りを歩き通信端末に向けて何かを怒鳴っていた。

 今すれ違った一団は、一攫千金を目指し地下迷宮に足を踏み入れようとしている命知らず達であろう。隊長格であろう重装備の犬人コボルトの後ろには、槍を担いだ耳の長い森妖族の女性と体躯の大きい重火器を肩にかけるハイランダーの男性、最後尾には筒を担ぐ小人族が続いている。

 この街道だけで、いったい幾つの種族がいるのだろうか想像もつかない。

 それは、このリスムという自治州の雑多さを物語っていた。

 「ランザの旦那!どもども!」

 若い声の方向、人混みの向こうに目を向ける。

 黄金の尻尾と耳を生やした、狐色の少年が両手を力の限り伸ばしながら手を振っていた。

 「新店舗、オープンか?野狐」

 近づいてみると、そこは雑居ビルの一階、貸出店舗で店を開く馴染みの顔が見れた。

 「旦那のご助力のお蔭でさぁ!朝食どうです?安くしますよ?」

 「いや、少しばかり寝坊したし今は急いで事務所に…」

 体よく断ろうしたら、両手を何者かに巻きつかれるように掴まれた。

 野狐ノ弧我、彼の使役する二束歩行の狐と呼べる客寄せ狐にガッツリと捕まってしまったようだ。

 細い狐目を更に細く顰め、彼はクスクスと嬉しそうに笑った。やや頭を抱えたくなったが、ここは大人しく指を三本立てておく。

 「はい!旦那が稲荷三つお買い上げ!」

 手をパンパン叩いて奥に声をかけると、筒に入りそうなくらいスルリと細く毛の無い狐が紙箱の中に稲荷寿司を詰めていた。

 極東の国、凪の伝統料理だという稲荷寿司の専門店『九天稲荷』狐支店。

 人種の坩堝たるリスムでは、東西問わず様々な料理が入って来ては消えていく。それ故か外食産業の競争率が激しく当たれば大金外せば借金という、料理人にとって天国と地獄の世界である。

 彼ら弧我一派も、この食の戦国時代であるリスムに一旗上げに来た新興勢力だ。

 この乱世を制すには、まずはこの住宅層の最下層である、第六層で人気を掴まなければならない。

 まあ、上手く立ち回ってほしいものだ。

 「そういえば旦那、今朝はなんだか荒れてますね」

 「ほう?俺が?」

 言われて気づいた。別段、個人的には特に変わった事は無いと思っていたが。

 「いえ、旦那じゃなくて街がです。そもそも旦那、低血圧の貴方が朝遅刻気味なのも覇気のない表情なのも何時もの事じゃないですか」

 「客にいう言葉じゃないよ」

 低血圧は、高血圧と違い一般的に基準は決まっていない。しかし収縮期血圧80mmHgを下回ると頭痛や眩暈、不眠に朝起きの不良、皮膚の冷え等血圧不足でおこる様々な症状をおこしてしまう。

 覇気がないと言われた理由は、目をギラつかせる新参者をよく見る第六層で、腐った魚のような目をしていたからだろうか。

 まあそれはともかく、街が荒れているという言葉にはやや興味が惹かれる。ならず者も多数いるこの街が荒れているのは基本設定と言っても良いが、ここに暮らす者ならその程度で荒れているとは言わない。

 今朝から今にかけて、なにか面白い出来事でもあったのか。

 別にわざわざ首を突っ込む気もないが、逆に面倒を避ける為に少し情報を集めておきたいところだ。

 「なにか気になる事が?」

 カウンターに硬貨を並べ、野狐の尻尾に向け一枚チップを親指で弾く。尻尾で丸めるように受け取った野狐は、シシシと笑いうやうやしく頭を下げた。

 「駆け出しの迷宮探索者が、殺気をたてながら何人も下層移動用のゴンドラ乗り場に向かっています。新鉱脈、或いは坑道でも発見されたのかもしれません」

 それは確かに、ニュースとしてはデカイ分類に入るだろう。

 そもそもこのリスムという街は、鉱脈を見つけ採掘する為に造られた街だ。

 二百五十年前にイェローリル鉱石の鉱脈が発見されたのを皮切りに、ここリスムでは毎年のように希少鉱石や新素材が見つかった。

 見つかる場所は、セメトリテポトワールで発見された迷路のような洞窟。後にリスム大迷宮と呼ばれる蜘蛛の巣のような地下迷宮の中でだ。

 迷宮は生き物のように、落石や敵対種により毎月のように内部の構造が変化する。半年前に通用した地図が今では尻を拭く紙にしかならないというのはよくある話だ。

 そして迷宮には、貴族漂流譚であるような冒険活劇のように、地上の動物や昆虫とはまた違う新種の生物が無数に存在していた。彼らは一部例外を除き、地上のあらゆる生物に対し敵対的でここでは敵対種…エネミーと呼ばれている。

 だが、それでも迷宮は二百五十年が過ぎた今でも未だに宝の山であり、一攫千金を夢見た者や、時の迷宮走破者に憧れた若者、人生に生き詰まった者が訪れる探索者の街になっていった。

 そして人が訪れれば金が動く。当時の商人はここで儲け、今は各国の代表的な企業が多く進出する経済都市にまで発展している。

 もともとエルリード王国は、貿易による仲介地点として国政を担う資金を稼いでいたので、豊かな二大国に挟まれた位置的な利点も発展の一助けになっていた。

 なにより、毎年のように発見される新素材に迷宮に挑み成功した勇者の富と名声。リスム自治州が大きくなるのに時間はかからなかったといえる。

 「旦那の仕事も、今頃事務所に大量に回っているんじゃないんですか?」

 さて、この場合俺は素直に喜べば良いのか、眉をひそめれば良いのか。

 まあ、狐という種族は基本的には意地が悪いのがデフォルトだ。今のはちょいとした挨拶のような嫌がらせと受けとっておこう。

 傍から聞けば、種類は違うが同じ商売人が相手の利益を祝福するかのような台詞だが、内の事務所の現状を知るこいつから言われれば苦笑いしか出てこない。

 「お前、客商売に向いてないかもな」

 「狐にとっちゃ誉め言葉…と言いたいところですがねぇ」

 やはり、分かって言っていたようだ。

 苦みの強苦笑いを見せてやりながら、稲荷寿司を包んだ箱を持ち上げその場を後にする。

 「毎度どうもー!」

 野狐から話を聞けた事を簡易的にでも確認する為、上着の内ポケットから通信端末を取り出す。

 液晶を起動させ、通信をオンラインにして地図士ギルドのサーバーにアクセルした。

 地図士ギルドとは、変化を重ねる地下迷宮を少しでも解析する為に自治州が運営する大規模ギルドだ。迷宮探索者の中でも、延々と変化を記録を続ける迷宮を記録する地図士と呼ばれる連中を中心に活動をしている。

 エネミーの討伐依頼の仲介や、迷宮探索用基本装備も格安で販売している為地図士以外の連中も利用する一大組織…いや、二大組織と言うべきか。

 所詮リスム自治州は二国の思惑により設立された組織でしかない、西のグレハリア国と東のオールラント国の息が吹きかかった組織として地図士ギルドは二つ存在しているのだ。

 西側の迷宮入り口を、クーランテ地図士ギルド。東側の迷宮入り口をレッデルハイン地図士組合が管理していた。

 この二つの組合は、互いが互いを牽制しているといっても良い。

 このリスムは、大なり小なりそういう多くのわだかまりが存在している。街の設立がわだかまりからの妥協点と言えるのでそこは致し方ない欠陥なのだろう。

 話が逸れたが、地図士ギルドに端末で登録していると迷宮の最新情報がいつでも閲覧可能になるのだ。

 賞金首となっているエネミー、不足気味な特産物を高値で買い取るといった情報、最新版の地下迷宮のマップ等々。

 早速なにか変化があったであろうポジションを検索してみる。

 昨夜見た情報と比べると、落石により通行不可になった場所が三か所、エネミーの暴動や開発により通行可能になった場所が五か所と、一晩で随分様変わりしていた。

 「崩落により、新通路発見か…」

 そして一番最新の情報では、通路の岩盤消失で更なる地下階層に進む道が発見された事を記していた。

 確実に、新参の迷宮探索者が気を逸らせているのはこの情報であろう。

 手つかずの空間とは、新素材の発見やある程度広いスペースを見つける事が出来るチャンスと言えるのだ。

 新素材が有用と判断されれば、ギルドから多額の礼金が出され遊んで暮らすには困らない程度の生活が約束される。スペースの広い土地は、その階層を探索するうえで拠点として開発されるので下手な素材や鉱石より何倍もの利益を獲得できる。

 新種のエネミーを見つけて狩れば、賞賛や名声だって手に入るのだ。

 得た金銭の使い道は、怠惰に豪遊生活かそれとも起業の足かけとし人脈や商才を駆使して不動の億万長者への道を切り開くのか。更なる名声を求め、再度迷宮に潜っていっても良い。

 このリスムでは、その全ての道が開かれている。

 東西南北、あらゆる土地から人が集まるこの地は料理のみならず世界の名産品も集まると言っても良い。

 階層都市リスムの、第一~三階層は観光と買い物の層だと思ってもらっても良い程だ。

 この地でとれた素材を加工した名産品や、世界から揃えられた食事や工芸品の数々、第三層にて開催される闘技場に、風俗とギャンブルを楽しめる夜の歓楽街。

 リスムは探索者の街だけでなく、観光の地としても栄えている。

 そんなリスムの一等地とも呼べる第二階層や第一階層に家を置いたり起業が出来れば、周りからも一目おかれ今後を約束されているようなものだ。

 そして、各国の貴族が忍びで訪れる、この階層都市リスムの裏の顔。

 第七階層は、公には出来ないある物品を売買している。

 近代化が進み、昔のようにおおっぴらには出来なくなっても、この手の欲望は未だに消える気配を見せないと言えば良いのか。

 経済崩壊した国の人間や、希少な少数民族に人外の者、それらを奴隷として売買し、金さえあるなら地上では禁忌とされる肉欲すら味わえると言われる裏風俗に奴隷売買所があるのだ。

 国際法に触れてしまう精神高揚剤も販売しているし、人間や異種の死体を加工して人形として売買する店まである。

 金が全てのこの世界、せっかく迷宮探索で莫大な成果をあげたのにその全てを第七階層で流してしまった奴も珍しくない。

 そんなリスムは、まさに娯楽と退廃、富と名声が手に入る都市といった所だろう。そんなリスムのありようが、良いか悪いのか等俺には分からないし考えたくもない。

 殺気立つ程やる気のある連中と何度かすれ違いながら、目的地である事務所にたどり着く。


 『ランザ=ランテ迷宮探索事務所』


 やや斜めに傾いた看板を見てから、俺はゆっくりと扉を開いた。


 □ □ □


 迷宮第八十二番坑道。

 普段は暗闇と静寂に包まれる坑道が、今は大量に火薬を破裂させているような爆音に包まれている。

 「撃て撃て撃て!敵を近づかせるな!」

 隊長の号令で、ロクに狙いを付けず私は手にした機械式クロスボウの引き金を引いた。

 突き刺さった相手は、迷宮の悪意。リスム地下迷宮にならどこにでも湧くエネミー、アントの一体だ。

二足歩行の蟻人は、迷宮で命を落とした探索者の雑多な装備を手に向かって来る人類の敵対種だ。

 数が多い分遭遇することもよくあり、駆け出しの探索者の最初の敵として立ちはだかる事の多いエネミーである。

 「爆発します!距離をとってください!」

 「キマズ!アンジェリカ!敵から離れろ!」

 前衛で敵を食い止める、大盾士と双槍士の二人が後ろに引く。

 追撃しようと前に出る蟻人に、銃火士の放つ鉛の弾幕が足止めをした。バタバタと倒れていく仲間を踏みつけ、無機質な瞳の蟻人は装備を打ち鳴らしながら踏み越えて来る。

 仲間の死をなんとも思っていない。死を恐れない行進は聖教国の僧兵を思い出すが、こちらは本当に何も感じずただだだ突き進むんでくる恐怖があった。

 こいつらは、いったい何を考えここまでして人類の敵対をしてくるのか。まるで、自らと他人の死のみを求めて前進してくるようだ。

 皮袋から爆弾起爆用のスイッチを取り出す。ボウガンを扱う弩弓士は、弓射士のような早さで射る事は出きず、かといって銃火士のように弾幕を張る能力も無い。

 だが、対集団戦において二つの職業には負けない破壊力を発揮することができる。

 「よーい…点火!」

 先程の矢に付加された爆薬が破裂、その刹那矢そのものが爆炎と金属片の塊になり大爆発をおこす。

 中世期、一メートルサイズのちょっとした筒のようなサイズのボウガンであるアーバレストやクレスクレインといったものでも、分厚い鎧を貫通し致命傷を与える威力があった。

 この今のボウガンは、折り畳み式であり長さは巨大なものでは二メートルを超す機械式破壊兵器とかしている。

 矢の材質はレチレリウム鋼、安価で大量に発掘され、軽く爆発物に弱いリスムの新しい素材だ。

 ボウガンの矢に爆薬をつけて発射すれば、爆発と同時に巨大な矢事態が砕け散り金属片となり爆散する。

 爆炎だけでは致命傷とはなりえないので、殺傷力を増す工夫をこらした爆弾矢だ。手瑠弾と同じ原理で開発された兵器であり、装填に時間がかかる事を除けば対集団戦では理想的な兵器と言える。

 倒れた敵を下敷きにして進軍した蟻人は、真下からの爆発に対応出来ずバラバラに吹き飛んだ。

 「好機だ!キマズとアンジェリカ、ブラフォードは突撃!ステシアとカッツブルケも遠慮するな!汚いゴミ虫共に人類の力を見せてやれ!」

 威勢の良い掛け声と共に、前衛の猛者達が突撃する。

 大盾士のキズマが突撃し、隊列の崩れが蟻人に向け対戦車砲用とまで言われた巨大な盾をぶちかましながら突き進む。

 その脇を護るよう、アンジェリカが双槍を、ブラフォードが片刃蛮刀を振り回しながら突撃していった。

 倒し損ねた頑強な敵は、カッツブルケの採掘用ハンマーになぎ倒されステシアの重火器で沈黙させられていく。

 私も後に続き、小回りの効く乱戦用の刃のついたボウガンを片手敵を狙撃していった。

 不意の遭遇戦から十分後だろうか、隊長の手甲が最後の蟻人を貫き殺す。

 全員肩で息をしていたが、互いが互いの顔を見合わせ無事を確認し思わず皆顔を笑顔に綻ばせた。

 「よっしゃあああああああ!ざまぁみやがれ糞蟻どもが!」

 若いキマズが雄叫びを上げ、盾を振り上げ高々と勝利宣言を挙げた。

 アンジェリカとブラフォードはなんでもないといった様子でいるが、口角が少し上がっているのを私は見逃さない。

 中年のカッツブルケは炊煙を取り出し、隊長は何回も生存者の名前を呼び全員の無事を喜んでいる。

 「はあああああ」

 私はというと、情けないことにヘナヘナとその場に座りこんでしまった。

 地下探索者の一団、レーテルト団に参加し初の実戦に挑んだがなにも考えられなくなってしまった。

 よく、『竜騎士の思考六割』と言われているがその気持ちが分かったような気分だ。

 ただただ、反復した陣形訓練の通りに行動をこなし、呼吸すら忘れていた。

 「どう?初めての実戦は」

 突撃銃を肩に担ぎ、私とアンジェリカ先輩以外の唯一の女性であるステシアが肩を叩き話かけてきた。

 「あ…いや、皆さん凄いです。隊長の声に素早く反応するし、臨機応変に陣形や立ち位置を変えながら蟻人を食い止める技術は訓練だけじゃ補えないやりかたですよね」

 一方私はといえば、敵に先制攻撃を与える牽制射撃に出遅れ、爆弾矢の装填だって訓練より時間がかかりすぎていた。

 爆弾矢は確かに強力であるが、敵の攻撃や不慮の事故により暴発してしまう可能性がある為普段はパーツを分解している。

 対集団戦いやカテゴリーB以上の巨大生物相手の戦いで、前衛が時間を稼いでいる間素早く組み立て撃ちこむ事が私の役目だ。

 だがしかし、もたつくどころか少しばかり漏らしそうになってさえいた。

 「初めてでそこまで見れていれば上等よ。それに、あたしなんてアンタの援護なんて間に合わないと思ってたんだから」

 トンッと肩に軽く手を置かれた。

 「初陣にしては上出来だ。それに、慣れればもう少し早くなれる。だだし、焦りすぎて味方に誤射するなよ?」

 隊長が笑いながら良い、少なくとも最悪のお荷物ではないことを語ってくれた。

 周りの仲間達も、それぞれ思い思いに声をかけてくる。

 「盾の後ろにいりゃ、安全くらいは保障してやる。だから頼んだぜ?」

 「前衛でも後衛でも、目を瞑るのは自殺行為だ。最初から最後まで目をひん剥いてられたなら、お前さんは大したもんだよ」

 「これからも、仲間の動きをよく見ておけ。後ろ弾になりそうになったら撃つ前に殺す」

 「敵に対して有効な矢がある。座学もよく磨いておけよ」

 「は…はい!」

 様々な声をうけ、私は心の底から力が漲るのを感じた。

 チームワークとバランスの良い、若手のチームの中ではグングンと実力をあげるこのチームにいれる事を私は心の底から誇りに思う。

 彼等や彼女等と共に行動すれば、何れ迷宮の主と言える六種の怪物や、かの有名な探索者の王のみが踏み込んだ地下第六層のイレク=ヴァド迷宮に辿り着けるかもしれない。

 そんな希望といえば良いか、英雄の一人として名を馳せるような子供の夢物語のような明るい未来が脳裏に想像出来た。

 駆け出しの若者にありがちな、安易で有り触れた想像であり妄想だが、彼女にとってはそれこそ唯一無二の絶対的な最終到達地点で自らを重ね合わせるべき姿なのだ。

 迷宮に挑み、死にはせづとも牙を抜かれた人間は数多くいる。

 その多くは逃げたか、探索者としての道を捨てながらも迷宮からの利益の搾りかすを啜り、第六階層辺りで詰まらない人生を送る敗者のような生活を送っている。

 私は、そうはならない。栄光を掴みとる。

 「で、例の崩落跡はここからどこだ?」

 盾についた蟻人の体液を拭いながら、キズマは顔を上げる。

 「今は第二十八番坑道だ。八十メートル直進して左折すれば、本来なら第二十九番坑道に続いている筈だ」

 隊長が、端末を弄りつつ応える。私はハッとして自らの端末を取り出そうとしたがもう手遅れだった。

 普通なら、端末を起動させ迷宮内部の情報を逐一伝えるのは新米の役割だからだ。それは新人に頭の中に迷宮の情報を叩き込ませると同時に、一番役に立たない人物でも出来る仕事とも言えた。

 役に立たないは少し言い過ぎだと思うが、理にかなっているのでなにも言えないちょっとしたジレンマだ。

 後ろから軽く拳が叩き込まれる。私の次にこの団の入団が遅いブラフォードの拳だった。

 「役目忘れんな」

 「地図と聞かれたら、二秒で出せですか?」

 少し反抗的な態度で返事をしてしまった。初めての勝利の余韻を壊されたのだ、文句の一つでも言ってやりたい。

 だが、彼でさえこの団で二年近く私より戦い生き延びている先輩だ。話を良く聞き、背中を見て学ぶ相手に今の態度は自分にとってマイナスすぎる。

 「すいません、次から気を付けます」

 考えてみれば今の勝利は、地下迷宮で一戦生き延びただけなのだ。

 生き延びて地上に帰り、そこで初めて余韻に浸るのが最善というやつだろう。

 「やたらエネミーとの遭遇が少ないね」

 双槍をしまいながら、アンジェリカが呟く。

 確かに素人である私としても、話に聞いているよりエネミーの遭遇が少ないと感じていた。

 「まるで主でも暴れた後みたいだ」

 「それはない、主が暴れたとしたら地図士ギルドや組合が真っ先に反応する。なにより死体がない、主の眷属がいない」

 キマズが首を振りながらその呟きに返事をした。

 地下迷宮の第一から第六階層に一体づつ、もしかしたらその下の階層にも存在すると噂される地下迷宮全ての食物連鎖の頂点に存在すると言われている主。

 一定期で住処を変え、その周辺には眷属と呼ばれるエネミーが存在している事以外ほぼ全てが謎に包まれている。

 先輩達は詳しいようだが、新米の私はまだ街に流れる酒場の噂やゴシップ程度の話しか知らない。

 迷宮の主を神と信仰する新興宗教もあるらしいが、基本的にそのような存在は探索者の街リスムでは迫害されるので細々と隠れながら活動しているらしい。

 「なんにしても、ここからが本番だ。この下はまだロクに地図士ギルドさえ介入していない未踏の領域だ」

 「へッ…良いじゃねえか。適当に地図描いてギルドに提出するだけで金が手に入る」

 最年長のカッツブルケが隊長の言葉に男臭い笑みを浮かべながら返事をした。

 「どうせなら、『俺たちで新鉱脈を発見する』くらい言ってくださいよ。そんなだから起業に失敗して借金作るんですよ」

 「ガハハハハ!ひよっこちゃんが痛い事言ってくれる!」

 笑いながら隊列を組み直し、前進する。

 富や名声の為、人生をやり直す為、殺し尽くす為、欲望を満たす為。

 件の崩落跡は、すぐそこまで迫っていた。

 

 今だから言える、私達はここに来るではなかった。


 すぐそこまで、なにかが迫る。


 すぐそこで、誰かが消える。


 助けて助けて助けて助けて。


 私は生きて、地上に戻る。


 じゃなきゃおかしい、こんな人生は嘘だ、最後に幸せな終わりを迎える為の布石に決まっている。


 そうでなければ…私はなんの…為に。


 □ □ □


 事務所の扉を開け、開散とした応接間に新鮮な空気をいれる。

 奥に所長机と、その手前には客を座らせる対面で話す為のソファーが二つ。

 真上の階から怪しげな呪詛のような言葉が聞こえるが、今は無視して机の上の固定端末の留守電再生ボタンを押す。

 野狐の予想とは反比例し、新坑道発見に沸き立つ今は零細事務所に用事は無いらしい。

 「ま…良いけどねぇ」

 留守番に残っていたのは、世界科学新興宗教という科学的なのか宗教的なのかよく分からない謎組織からの迷惑通話だった。

 聞かずに削除すると、トタトタと階段を下る音が聞こえる。

 「おいっす!」

 「……おいっす」

 やたらと朝からテンションの高いセルシィ=アズ=ドラゴニクス。今度から九時開店のこの店も十開店にしておくべきか、彼女も彼女で頭はボサボサだし寝間着姿のままだ。

 胸までしか隠せていないタンクトップに、ホットパンツをはいたままズルズルとシーツを引きずり応接間を横切っていった。

 洗面所の扉を開け、中に入ると勢いの良い水音が響いてくる。顔でも洗っているのだろう。

 「もう、お祈りは終わったのか?」

 「終わり終わり、必要とはいえ毎日面倒臭いッスからねー。神話に出てきそうな神様が、世界中にいる何億もの祈りをちゃんと聞いているのかも分からんしテケトーにすませますよテケトーに」

 彼女達、爬虫類系の一族はある神達を好むとも好まざるとも信仰している場合が多い。

 ボグルア、イノアイアと呼ばれる神話に出てくる蜥蜴の化け物だ。

 彼等の怒りを買えば、都市一つを一晩で滅ぼしその周辺を広大な毒沼に変え生命一つ残さないと言われている。

 誇張と妄想が多い神話記の物語で、都市どころか大陸ですら消してしまう荒ぶる怪物が多いが、蜥蜴の神というのは爬虫類系の亜人には馴染みが深いのか広く信仰を集めているらしい。

 どうやら彼等は全員この二つの神の系譜なのであって、絶対神でありまた祖先として信仰しているらしいのだ。

 聖教国が、真っ先に彼等彼女等を邪教の僕として粛清していったのも分かるというものだ。

 扉の向こうで蛇口を捻る音が聞こえる、続けて歯ブラシを始めたのか特徴的なブラシの音が響いてきた。

 さて、世間様は忙しくても忙しくない我が事務所。

 先週大口の取引を終えた後なので、今は財政的には潤っているのでわざわざ積極的になる必要もない。

 稲荷寿司の箱を置き、小さく欠伸をしてから廊下に向かう。廊下の壁には無造作に飾られる長柄武器、パルチザンやハルベルトといったものがかかっていた。

 ハルベルトを掴み、裏口から事務所を出る。

 過去この事務所が隆盛を誇っていた頃の名残か、裏庭は朽ち果てた訓練所の名残のようになっていた。

 運動場の中心の砂地にはオオバコ、ギョウギシバのような踏みつけに体制のある背の低い植物が生い茂り隅の方はチガヤやセイタカアワダチソウが射撃用の的周辺に逞しく根付いていた。

 仕事が無くとも、一日一回は素振りくらいしておくものだ。昔は血反吐を吐く訓練をよくやったものだが今はそのような元気は基本的に失せている。

 手にもつハルベルトは、先端が斧と槍を合わせた形状をしているマルチウエポンだ。

 本来なら、刃の後ろに鉤爪をつけ敵をひっかける形状をしているが、このハルベルトは代わりに装甲や甲殻破壊用のハンマーがついている。

 重量五キロのハルベルトを片手に持ち、目を瞑る。

 本来人間は、自らの筋肉を20%から30%に抑えられている。身体の負荷を抑え筋肉の崩壊を防ぐ為に脳がリミッターをかけているからだ。

 だがこのリミッターを、訓練により擬似的に外す事が可能となった。筋力や動体視力を解放する事により、崩壊する身体を可能な限り緩和し筋肉の崩壊を防ぐ身体造りをするが近年の軍の主流訓練法だ。

 そうする事により、近年火器に押され廃れた近接戦用武器がまた日の目に浴び始める。

 火器では歯が立たないエネミーの対処や、軍団としても後衛の重火器や爆撃の援護を受けた前衛が刃で戦いあう光景も珍しくはない。

 人は訓練と処置により、弾丸を避ける視力と身体能力を手に入れたのだ。

 だが簡易に一定の威力と弾幕を生む火器もまだまだ戦場の主力であり、対前衛用や集団用に大型の経口を備えた当たれば一撃必殺である重火器として進化を遂げている。

 リミッターを外せば、5キロの武器等小枝のようなものだ。

 だが、基礎となる筋力を戦いにそった形で発展させれば更なる強化が望める。

 やはり基本は、どの時代になっても重要なのは繰り返しと基礎訓練なのである。

 下段から上段に斬り上げるように一振り、続けれ鉄槌を横から殴りぬけるように素振りをする。

 足腰の負担を最小限に抑えるよう意識を向けながらターン、振り向きながら飛来する陰にむけ槍のような切先を突き刺す……ん?

 緑の法衣と、中世期の伝染病患者を治療する時につけていたという鳥の嘴のようなマスク。

 両手に握るのは、斬る事を捨て突く事のみを追及した刺突用の暗殺ナイフスティレット。細い刀身は刃がついておらず、先端のみを尖鋭化させた小型ナイフだ。

 「……ふむ」

 今のところ、暗殺者に狙われるような案件には手を出してない筈だ。地下八階層にいる裏組織の連中にも、別段暗殺者に狙われるような怨みを買ってはいない。

 慎ましく穏やかに過ごしていたと思ったが、いったいなんの手違いだ?

 「気が付けば団体さんのおつきか。昼間から数で押すのはどうかと素人から見てもどうかと思うぞ?」

 隣のビルの屋上や、柵を越え法衣の一団が現れる。

 両手にはスティレットを手に持ち、全ての人物がマスクを顔につけ表情を隠していた。

 軽く顎を指でなぞる。剃り忘れていた顎髭を指先で感じ、やれやれとため息をついた。

 事務所に荒しい髭剃りを置いていたか、なんだかこの前使い捨てを使い切り捨ててしまったような気がする。

 仕方ない、気になるし早く終わらせよう。

 「せ…先輩」

 裏口から声聞こえた。見てみると、セルシィが法衣の男に背後から捕まり、首筋にスティレットを突きつけられている。

 「おー…なかなか可愛い表情できるもんだなお前も」

 「すいません。急にこいつらが押し入ってきて」

 「ああ、分かった分かった。気にすんな」

 話終えた直後、法衣の集団から一人が前に出る。他の連中と同じ統一性抜群の服装であるが、周囲の連中の雰囲気が少し固まった。

 おそらくこいつが、この集団の代表であろう。

 『武器を捨てろ』

 「奇抜な恰好に機械音声か、ちょっと訳の分からん原人映画をリスペクトしすぎじゃないか?アンタ等」

 『捨てろ』

 敢えて会話の機会を挟んでみたが、無味乾燥な奴だ。昼間に武器を握る相手に襲い掛かる等、暗殺にしては三流以下だがこういうところは確りとしているらしい。

 なんだか解せない連中だ。

 「捨てて良いんだな?」

 ゆっくりと、右腕から力を抜きハルベルトを下げる。左の肩を軽くすくめ、聞こえるように大げさにため息。

 「捨てちゃうぞ~」

 そう呟いた次の瞬間、ハルベルトを投擲。

 瞬間的にリミッターを外し、強化された筋肉と神経系情報伝達を刺激し加速する。神経系情報伝達は、ナトリウムイオンとカリウムイオンとの進行で伝達されるが、それを瞬間的に早め虚脱状態からの素早い投擲を可能にしたのだ。

 昔所属していた軍、今は亡き北の最果てに位置した狼の国の上級戦闘技術。伝達者が途絶えた今は滅びゆく戦闘体系だ。

 ハルベルトが、セルシィを抑えていた男の首を跳ね飛ばし、背後の壁に深々と突き刺さった。

 「先輩、アタシ長物嫌いなんスけど」

 「贅沢いうな。人生は我慢と挑戦の連続だぞ?」

 「現在進行形で挫折人生の先輩に言われると、ありがたみが違うッスねぇ」

 涙目が乾かない内に、ハルベルトの柄を掴み飛び出す。逃がすまいと四方から迫る敵を見て、尻尾を基点に身体ごとハルベルトを大回転した。

 地下の害獣の体液を啜る戦斧が、迫る法衣の腹部を切り裂き胴を二つに裂く。

 勢いを殺さずに投げつけられたハルベルトを掴み、此方も敵に向け姿勢を低くしながら前進。

 「間抜けな方法をとった、クソ間抜けなお前等だ。間抜けに死んでおけ」

 足のリミット瞬間的に外し、一脚の跳躍で間合いに潜り込む。

 ハルベルトを両手に持ち、一番近い敵の腰から心臓までを深く切り裂く。続けて前方の間抜けに槍を一刺し、心臓を貫きながらその背後にいた男にむけ突き進み勢いを殺さず喉元を抉った。

 ここからはもう、敵の得意な間合いには入らせない。四肢を獅子と化し、破壊力と機動力で敵を殲滅し尽くすのみだ。

 「へっへ~。おっさん等には捕まらないよん」

 セルシィは取り囲む法衣をあざ笑うかのように、尻尾で体重全てを支え空中で胡坐をかくように周囲を馬鹿にする。

 法衣の一人が手を挙げると、周囲の連中が一斉にスティレットを投擲する。

 ニヤリと笑い、尻尾をバネののうに折り曲げ次の瞬間一気に跳躍。2階の屋根まで跳ね上がると、窓ガラスを蹴破り事務所の中に滑り込む。

 各々、周囲の味方を見て頷き合うと事務所の内部に侵入しようと走り出した。

 先頭の一人が事務所に入ろうとした瞬間、轟音と同時に脳髄から胴体が炸裂するように弾け飛んだ。

 「にひひひひひ。土足は関心しませんなぁお客さん」

 いつの間にか戻ったか、屋根の上に悪魔の笑みを浮かべたセルシィが戻っていた。

 両手に持つのは、東の軍事国家オールラントにおける重火器の老舗中の老舗が『破壊力なら』と胸を張って送り出す化物ライフル。

 高機動で距離を詰める敵軍に対応する為時代が速射や連射機能に傾倒する中、敢えて真逆の道を選び一発の破壊力に全てを込めた銃火器ならぬ重火器。

 サイクロプスからの護身用と言われた、60経口もの巨大ライフルである『クルセイダー』だ。

 両腕の筋力を最大限制御に回し、尻尾を腕にに巻きつけようやく使用が可能になる馬鹿と冗談の詰め合わせみたいな銃である。

 個人携行火器で帝竜種を撃ち落とすという馬鹿…ロマン溢れるルスパルキスタ社社長の命令で製造された『作っちゃ…ダメなのかな?』銃の威力は、人間相手にはオーバーキルの代物だ。

 「にしても…痺れるねぇ。反動で尻もちつきそうになるし、もう少し体重いるかなぁ」

 爬虫類系の亜人は、例え身体が軽くても筋肉の束である尻尾がかなりの重量を持っている。だがしかし、それでもまだ反動に耐えられる程では無いそうだ。

 尻尾が二つほしいと、暇さえあれば愚痴る彼女に『蜥蜴の尻尾切り』の話をしたら烈火の如く怒り出すだろう。

 「馬鹿野郎、敷地内でそんな物騒な代物扱うな。お前のそれを人間に使えば、人を殺す道具じゃなくて人だった物を造る道具になっちまう」

 「たまには使ってあげないと、寂しくて銃の精霊が泣いちゃうのさ先輩。ギルゴア中佐やシリアルキラーじゃないけどね、そういう気持ちは持ち主としたは分かってあげないと」

 レバーを引いて、次の弾丸を薬室に込める。

 自動装填システム等、とうの昔に開発しているのだが『ボルトアクションじゃダメなのかな?』という社長の趣味全開な一言により採用されたという。

 確かに、ボルトアクションは手動で弾を込める為速射力は落ちるが、構造が単純な分アクシデントが起きにくい。

 自動式とボルトアクション、とちらを好むかは射手の趣味や適性といったところだろう。

 死骸からハルベルトを引き抜く。

 一方的な虐殺劇と、人をミンチに変える常識外れのライフルに周囲の法衣は腰を抜かしていた。

 かろうじて立っている敵も、殺意は消えうせ恐怖かけが伝わってくる。

 「敵さん、やっぱりプロって訳じゃないみたいだにぇね。どうするッスか?先輩」

 「男の奴隷は安いく買い叩かれるしカーレフの店に行っても、男は二束三文にしかならん。裏市場でも内臓は暴落してるし、装備に高く売れそうな物はないな」

 とんだ茶番だ。この程度の相手が、まさか第七階層の五大組織の暗殺者な訳がない。

 という訳で、殺しても問題はない。聞ける口は一つあれば良いだろう。

 「片づけるなら、好きにして良いぞ」

 「アイ・アイ・サーキャプテン!」

 ライフルを肩にかけ、腰からカステラ箱のような大きさの二丁の銃をとりだした。

 対人間相手を想定した、汎用サブマシンガン『イングラム45口径』タイプだ。

 「朝はお祈りして、顔洗って歯ブラシして、ほかほかの白米と塩魚に味噌汁!焼き海苔!卵に牛乳!先輩の小言聞きながら録画した深夜アニメを見て午後まで爆睡してから屋上の家庭菜園の世話!あとR18のムフフなゲーム!こんな詰まらない事でアタシの時間を裂いたアンタ等は……万死に値する」

 二丁の小火器から放たれる鉛玉が、雨霰と降り注ぐ。避ける気力さえ失い背後を向いて壊走する法衣達に死の雨が降り注いだ。

 「うしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!逃げるなら最初から来るなバーカ!アタシのお楽しみタイムを邪魔するな!」

 「一応勤務時間なんだがな…。と、お前は逃走禁止」

ハルベルトの鋭利な刺突部分を、先程機械音声で話していた敵の頭に投げて足を貫く。

 近くまでいき、柄を握り抜けないように力を加えながら見下ろした。

 「ガムか飴持ってない?禁煙してると口寂しくてな」

 フレンドリーに話しかけれみたが、悲しい事に返事はなかった。コミニケーション能力は、糞のように嫌いな相手でも一応は意思疎通をする為に必要な能力だというのに。

 面接で糞気に入らない面接官の質問を、黙って受け流していたら合格出来る訳がないのだ。

 「コミ二ケーションってのは、現代社会では割と重要なポジションをしめていてな。それを駆使して、上辺だけでも上手く取り繕えば、ちょいとくらい学力や産まれにハンデがあっても順風に進むもんだ。

 ま、自分の声色までも取り繕うのはやりすぎだがな。ストレスと戦う現代社会、取り繕いすぎも身体を壊す原因になるぞ?こんな風に」

 ハルベルトを引き抜き、両足を切断する。切断と同時に、武器に仕込んだ熱化機能を機動させ両足の傷口を塞いでしまえば少なくとも失血死はしない。

 「お?」

 人を斬った手応えを感じない。強いて言うなら、なにか紐のような物を纏めて千切ったかのような感触だ。

 「おいおい、こりゃなんの冗談だ?」

 人に似た皮膚の真下から露出したのは、カラフルな多数の配線と金属の骨組み。およそ血と血液とは無縁な、無機質な神経系と骨格が露わになっていた。

 「機人が人間に反乱か?マザーコンピュウターが自我でも芽生えたか?」

 伝染病の防止マスクを剥ぐと、そこには人の顔が無く剥き出しのカメラと配線が敷き詰められていた。

 なら他の連中はどうだと辺りを見ると、周囲は血と脳漿の飛び散る地獄絵図となっていた。

 普通に人間だったっぽいが、セルシィが後片付けをちゃんとしてくれるのか不安になる。

 オーバーキルが大好きなアイツの事だ、一度趣味に走るとこちらから制御しない限りやりたいほうだいはよくある話である。

 「おい、誰か生かしてるか?」

 機人から情報を得るのは無理だ、鎚でカメラごと頭部パーツを潰すと未だ銃声が響く背後に声をかけた。

 「えー!?なんスか先輩!聞こえない!」

 「……いや、なんでもない」

 オーバーキル大好き娘は、心臓部を貫き倒れた敵の頭部に鉛弾を叩き込んでいた。

 第六層で銃声等さして珍しくもないのだが、これ以上やられると無に近い客足が完全に途絶えるような気がする。

 週休六日でも構わないのだが、それでも事務所として看板を立てている身としは最後の一日くらいはお客様に来てほしいものだ。

 客が来なくても、迷宮で廃品回収(人間でも武器でも)でもすれば纏まった金が手に入るのだが、なんだかそれもそれでやや虚しい気がする。 

 そんなのだから、屍漁りとか言われるのだろう。まあまともな依頼でも、やることはあまり変わらない気がするが。

 「ハイハイ、ストップストップ。弾薬を浪費するな、給料からさっぴくぞ」

 「給料なんて、殆ど事務所の冷蔵庫に食材突っ込んでの現物支給じゃないッスか。てか先輩、『地下牢の飛竜士2・雷鳴轟く時』が欲しいので買ってくださいッス」

 「……給料日になったらな」

 雇用形態でそのうち訴えられそうな気がするが、適度に欲しがっている物を握らせれば頭が軽いセルシィは大丈夫だろう。

 給料変わりに据え置き型TVゲームを買ってやったら、『アタシの貞操と引き換えッスか!?』と言われたくらい頭が軽い。違うと言っても、夜中半裸で寝床で待ってたくらい頭が軽い(無論尻を蹴飛ばして追い出した)。

 セルシィの喜び順位は、万物を購入出来る金銭より今自分が欲しい物の方に軍配が上がる謎基準だ。

 この事務所に来る前まで、どう一般生活を過ごしていたのか割と謎である。

 まあ、どうしても気になるという程ではないが。

 「さて、どうしたもんかな」

 この悲惨な訓練所の様相は、セルシィに任すより清掃業者を呼んだ方が良いかもしれない。

 資源の再利用とか言って連中、片端から持ち帰るだろう。

 機人の方は裏に回すか、型番を調べ製造企業を特定して金を巻き上げるか。

 やや面倒だが、それと同時に今回の襲撃の裏を調べなければいけない。リスムで暮らす以上、軽く見られたり舐められたりすれば死に直結する。

 攻撃を受けたなら、相応の罰で報復する必要があるのだ。

 練度の低さから、軍隊崩れや裏組織ではない筈だ。イカレタ法衣から想像するによく分からない新興宗教の連中か?

 近場にある、まだ原型を留めていた死体に近づきマスクを剥がす。

 マスクの裏側の青年は、恐怖に顔を引きつらせ目玉をひん剥きながら死んでいた。そして、口が極太の糸で縫い合わされている。

 「断末魔さえ上げられず死んでいった理由がこれか」

 「死すら他人任せの豚共の、汚い悲鳴は聞きたくないからね」

 突如真横から聞こえた声に、セルシィはその場から飛びのき二丁サブマシンガンを構える。

 聞いたことのある気配と、心臓を舐められるかのような独特の粘着質を感じる声。はてさて、この事件の首謀者さんとは何年なの振りだろうか。

 「なんで見た目が変わらないんだ?三十路後半」

 「三十路なのはお互い様じゃないか、無気力系おっさん」

 夜色のロングヘアー、人を小馬鹿にした目つき、安物の黒スーツに黒い手袋。

 「「久しぶり、まだくたばってなかったか」」

 はもった…この女とははもりたくなかったな。


 □ □ □


 溶ける溶ける溶ける脳が脳が脳が喰われる喰われる喰われるああああああああああああああAAあああああああああああ死ぬ助けて人生身体ががががあががががががががががgggggggggggggggg悲惨悲惨悲惨混ざる溶ける吸収養分死ぬ死ぬ死ぬ名前はクレスタ誰だ誰だ誰だやめろやめろやめろrrrrrrrrrrrrrrrrRRRRAAAAAAAAAAAAAAAA喰われる人生が記憶が言語が身体があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……あ


 □ □ □

 

 帰っほしい客がいる時、何をすればさり気無く追い出す事が出来るのか。

 玄関先に箒を逆さに立てるという、呪術的な方法なら聞いた事はあるので実はセルシィに頼んでこっそりと実行している。

 買ってから半年近く埃を被っている箒も、今頃使われて満足しているだろう。

 まあ、それくらいで帰ったら箒という存在が精神に働きかけたという恐ろしい効果が実証さえる訳だが。そして、帰る素振りも見せないこの女の様子からして考えるだけ無駄なのだが。

 そして今、こいつは帰れと暗に伝える為提出したぶふ漬けを豪快に目の前で胃袋に押し流している。

 「御馳走様。まさかご飯まで出してくれるとは感激だよ」

 それだけかと思ったら、いつの間にか稲荷寿司の箱が空になっていた。

 『うわっ…なんなのこいつ』とでも言いたげにセルシィも顔が引きつっている。

 「ルーデラント戦線以来か、普通に死んだと思っていたがな」

 「死んでも良かったけどね、君が生きていると聞いて蘇えってきたところさ。可愛い部下が、戦争障害を発症していないか心配になったのさ」

 ドヤ顔を晒しながら、両手を指導者のように広げ鼻息を荒くする。

 「良い上官だろう?さあ、ボクを褒め称えて誉め千切れ」

 「発症していたとしたら、アンタの仕業だ三十路後半。あとその年齢で、ボクとか黒だけの服装とか恥ずかしくないのか?」

 そのうえ、故国が滅びている以上上官もクソもないだろう。PTSDを患っていても知ったこっちゃないだろうに。

 「いっその事、PTSDでヒステリー患者と同じ行動をしていれば良かったか?お互いに不愉快な面を見ずにすんだ筈だ」

 「嫌われたものだねぇ…」

 相手は薄笑いを浮かべている、俺も薄笑いを浮かべているのだろう。

 嫌っていようが、認めなくてはならない。今のランザ=ランテの性格の半分はこの女に調教、改造され製造された物のなれの果てであり残骸だ。

 個人的に、もう半分をこの女の毒に侵蝕されなかった事を誉めてやりたいくらいだ。

 「先輩とどんな関係なんスか?アンタ」

 「おや、気になるかな?」

 「そりゃあもう、一月放置されてシナシナになった風船のような先輩が、誰かを蛇蝎の如く嫌ってるのは初めてみましたし」

 どういう意味だそりゃ。普段からそんな目で見られていたのか?

 俺が何かを言う前に、彼女が口を開く。

 蛇のような舌先が、唇を軽く濡らしてから声を発した。

 「セルシィ=アズ=ドラゴニクス。

 年齢19歳、産まれの守護星は水瓶で誕生日は二月七日。種族は有鱗目系の亜人で信仰対象は形のみボグルア、イノアイアを崇めている。

 身長は162㎝、尻尾を除いた体重にスリーサイズは…伏せておいたほうが良いかな?

 鋼歐暦二年七月一日に、ランザ=ランテ迷宮探索事務所に就職。

 戦闘スタイルは主に銃火器を多用する華銃士で、余裕があればオーバーキル気味に敵を殺す悪癖あり。脳を完全に破壊した後目玉を潰し気分が良ければ内臓もダメにしておく。

 趣味は多種多様、アニメ鑑賞と家庭菜園が最近特にのめりこんでいる。

 好物は塩鮭と白米、苦手な物はチーズとコーンビーフ」

 「な…な…な…」

 「交友関係、ランザ=ランテを先輩と呼び…」

 「わーぎゃーがー!な…なんなんスかこのアマ!ストーカーかなんかスか!?」

刺激が強すぎたか…初対面にここまで念密にパーソナルデータを調べられた事はないのだろう。セルシィは今にも銃を引き抜こうとしている様子で、わなわなと震えている。

 落ち着くように諭してやりたいが、なにかの間違いでこいつが死体になったら良いなと思うのでとめないでおこう。

 なに、本当に殺せたら家具と壁紙の新調くらい受け持ってやろう。

 「騒がしい子は嫌いじゃないけど、もう少し落ち着いてくれないかな。なんというか、もう少し建設的になってほしいものだねぇ。ボクみたいに」

 「いやいやいや!なにが建設的ッスか!というかその容姿でランザ先輩より年上とかどういう事なんスか!?エイリアンとかミュータントな森妖族じゃあるまいし…危険生物として脳天ぶち抜きますよ!」

 感情に従うセルシィは、蛇のように対象に絡みつく相手に相性が悪い。

 狡猾な蛇は、相手を誘導し罠にかけ、食い殺す。猪突なセルシィは蛇の良い餌になってしまう。

 しょうがないから、助け舟でもだしてみるか。泥船で悪いが、粘着質な沼を泳ぐよりはマシだ。

 「シャッド=メル」

 言葉を出した瞬間、彼女は面白いといった様子で口角をあげる。なにを言っても、飄々とし小馬鹿にした笑みを浮かべるこいつが唯一気にする言葉…渾名だ。

 「ふふふ…未だにその名前を出してくるかい。

 私としては、どうせあげてくれるなら可愛らしくヌトセ=カアンブルとでも呼んでくれないかな?」

 「ぬかせ、気味が悪い。人の脳を喰らい、自らの意思を植え付け、長い触手で他者を操る。違いといえば、お前さんは卵から増殖しないことくらいだな」

 「まったく、初対面のお嬢ちゃんの前で言いたい放題だね。セルシィちゃんの好感度が下がる音が耳に響いてくるようだよ」

 「アタシは最初からアンタの評価は最底辺だよ!」

 正直神話の化物と会話をしていた方が気が楽だ。早く、要件というか目的を聞いてお引き取り願おう。

 「それで、なんの用事だ?素人暗殺集団の、ごっこ遊びを眺めに来た訳じゃないだろ。

 機人まで持ち出して、何をやりたがっている?」

 口を塞がれたあの連中は、俺に対して明確な殺意があった。

 他人を心理的に追い詰め扇動し、自らの兵隊にする。この女の得意技の一つの為あんまり驚きはしない。

 大方借金苦や社会競争に負けた者達を集め、俺を標的にしなにか見返りを提示したのだろう。

 死すら他人任せの豚共か…どんな背景か容易に想像つくというものだ。

 視界を制限し、口を塞ぎ、その状態で攻撃を仕掛けさせる方法等はあまり想像がつかないが。

 「襲撃は謝るよ。

 一応、ボクは依頼人として来ていてね。君とその相棒が、今他者に対してどれくらい人でなしなのか見せてもらったのさ」

 ソファーに深く腰をかけ、シャッド=メルは額に軽く手のひらを当てる。

 そして随分と長い溜息を吐いた後、正面から俺を眺めまるで埃を被った調度品でも眺めるような呆れた視線を向けた。

 「ランザ=ランテ…君は覇気が無くなってしまったんだね。

身辺調査をしたり、君の戦い振りやデータを見たよ。まるで死骸みたいに干からびてしまったんだねぇ。

 何一つ成す事出来ず、戦場から迷い出た君を見てボクは戦争以外になにか意義を見出したのかと思った。

 だけど君は、生者ではなく亡者として戦場から出たようだ。

 その、残りの人生をただ浪費するように生きている様に、今のボクは残念でならないよ」

 「なっ!?」

 セルシィがその一言に、喰いかかる瞳で身を乗り出した。

 くってかかるように睨み付け、自分のことのように反応している。

 何故そんな風に反応しているかは分からないが、此方としたもなにか反論を…いや、反論出来る素材がないか。

 「その通りだ、だがそれがどうした」

 「先輩なに言ってんスか!?幾ら先輩が萎れた大根のような生活スタイルでもそれを他人に言われてただ黙っているなんて先輩らしく…ふご!」

 喧しいセルシィに裏拳をぶつける。こいつは本当は俺のことを酷く格下にみているのかもしれない。

 さて、余計な口が塞がったところで目の前の女に集中するか。

 「今も昔も、俺は屍漁りだ。ミイラ取りがミイラになったくらいよくある話だろうよ。

 人としての俺は、アンタに半分殺されてもう半分は故郷で死んだ。

 屍に構うな、依頼も受けるつもりはない」

 「屍が人になれると言ったら?」

 「なに?」

 そう言い、懐から名刺を取り出しテーブルに置く。小さな名刺には、証明写真と自らの所属する会社と役職名が記されていた。

 「レーテルバイン社、資源調査主任『ネイ=リリネウム』か。いったい幾つめの名前だ?」

 レーテルバイン社とは、ここリスムで大きな根を張っている巨大軍事企業だ。近遠問わず汎用性を重視した武器を製造しており、万能をコンセプトとしている。

 しかし最近は専門性を重視した内容の武装も開発しており、先月発表 された『水圧銃ウンディーネ』は水さえあれば高圧力で圧縮された弾丸を無限に放てるという際物まで販売されていた。

 貴重な水を地下探索中に使う訳にはいかず、探索者からの評判はイマイチであるが。

 「それは内緒にしておこうか。それより、今後ボクの事はネイと呼びたまえ。

ああ…昔みたいに親しみを込めて、囁いてくれても良いよ?マ二ィとね」

 「くたばれ」

 「少しは声に憎悪というか、力が戻ってくれているようで嬉しいよ」

 鞄を肩にかけ、ネイは出口に向け歩き出す。セルシィが今にも手に握る拳銃を放ちそうな敵意を持っているがどこ吹く風といった様子だ。

 「依頼は受けない」

 「自由にすれば良いさ。ここで骨になるまで屍のままでもボクは構わない…残念だけどね。

 だけど君は、その依頼を受けなければならない。君の停滞した人生に、区切りをつける良いチャンスさ。

 決心がついたら、名刺の裏の番号に電話したまえ。君の損にはならない筈さ」

 扉が開き、歪んだ音をたてながら閉じる。セルシィがわざわざ台所から塩を持ち出し玄関まで飛び出していった。

 「二度と来んなバーカ!」

 ズキズキと、頭が痛む。煩わしい痛みを誤魔化すように、名刺を手に取り裏を見た。

 「おいおい…」

 性格が悪い。これを何故奴は交渉の席で言わなかった。

 今すぐ後を追いかけて、首を絞めながら要求するべきだろうか?

 いや、現実的に無理だ。あの女は恐らくそこまで考えて盤石の態勢で交渉カードを護っているだろう。

 「性悪が」

 疲れたように首を振る。奴の長い触手が、いまの一連の会話で俺の首筋に巻きついているような薄ら寒さを感じた。


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