不都合 食事 捕食 そして厄介
「先輩」
「あん?」
「どうしたもんッスかねぇ」
「そうだな」
目の前の存在を見ながら二人は武器を向けながら考える。長距離射程で破壊力のあるクルセイダーと、高熱で相手を時に焼き切りながら破壊するハルベルトが凄く心もとなく感じる。
「自分クルセイダーで一発このゲルにぶちこんで更に鉛玉叩き込んだんスけど、怨まれたッスかね」
「さてな、危ない物投げつけたし、ばっちり顔を見られただろうから俺の方が恨まれたかもしれん。さてどうしよう」
まさかこいつに、事務所まで回り込まれていたなんて誰が想像するだろうか?目の前の軟体生物は、ユラユラと水色の身体を揺らしまるで待っていたと言わんばかりに近づいて来る。
いかん、ワリと本気で死にそうだ。
さて、ちょっと走馬灯でも思い浮かべるか。
□ □ □
リスム第四階層は現在厳戒令にしかれている。警備部隊長と生存者約一名、そして俺とセルシィの証言から未確認の異種がこのリスムの街に入り込んでしまったという話のせいだ。
早速警察機関が対特殊生物対策機動隊の編成を終え、更にはリスムが異種に対して報酬金をかけた。
討伐対象は水生型地下第三種危険生物、通称としては地下の噂の怪物と似た性質という理由とセルシィが発言した名前が正式に採用されてしまったのか『ジョン=へイグ』と呼ばれるようになってしまっている。
地下で遭遇した個体と似ているという話で、まるで尋問のようにかたっぱしから知っている事を証言として提出させられた。
まあ最も、俺もセルシィも地下で拾ったディーネの事は一言も喋らなかったが。
そういえば警察といえば、メーテルと飲む話が完全に消滅してしまった。まあ向こうさんには、今検問や情報を駆使して行方不明扱いの子供を捜索してもらっているので、忙しくなり酒の席も出られないだろうが。
そもそも俺があの場に訪れたのだって、元はと言えばディーネの捜索の為だ。情報屋曰く、あの周辺に向かう人影で彼女らしい存在があったという話なので駆け付けただけである。
あんな化け物が彷徨う区域であれ以上の捜索等出来はしない、情報提供の動向がてら退避したのでディーネの安否は不明である。
だがまあ、ある予感というか情報証拠というか、俺の中にはある考えが脳裏をグルグルと回転していた。
馬鹿げた話と首を振りたいが、馬鹿げた話だらけである地下迷宮では決して有り得ないとは言い難くなってしまうある考えだ。だから、調書の席で俺は一言たりともその可能性を語っていない。
聴取が全て終り、ようやく取調室なんて重苦しい部屋から抜け出せたのは既に十一時になろうかという時間だった。
廊下で目の前を通る青服が舌打ちをして通り過ぎていく。警察組織に俺達野良犬が嫌われているのは分かるが、厄病神が厄介事を運んで来たと思われているのであそうか。
いちいち相手にもしてられない。泥水のような味のコーヒーが味覚器官に張り付いていて気分が悪いので休憩室に向かう。目的は自販機だ。
簡易の長椅子と赤と白の数台の販売機、そして喫煙スペース。偶に警察ドラマでこんなセットを見た事があるが案外そのままなんだな。
唯一ドラマとの違いは、肩と頭を落としガタガタと震えている若い男がいることだろうか。
俺とセルシィ、隊長さんを除き唯一生還した自警団員。名前はメトロ…メトロ=デルシアと言ったか。
正直言ってあまり関わり合いになりたくはない、こちとらまだやる事はある。傷心の相手に対して何を語りかけてやれば良いのかも分からない。
自販機のラインナップは、大手メーカーの当り障りのないラインナップとなっていた。コークは好きでも嫌いでもないが、イガイガした品の無い苦さの残留物が口の中に残っていると異様に飲みたくなる。
小銭を投入して商品のボタンを押す。出てきた缶を取り出し口から拾い上げ蓋を開ける。
プシュ、という炭酸特有の音が響いた瞬間、メトロは物凄い勢いで顔をこちらに向けた。半泣き半笑いという、複雑な表情で号泣した跡が頬に残っている。
「なんだ?物欲しそうにするなよ警備隊」
「あ…えと……クソッ」
彼はバツが悪そうに目を反らした。こちらとしても話しかけるべき事は特にないのでそれ以上は積極的には関わらない。だが、向こうはどうやら違うようだ。
「迷宮探索士……何時もあんな化け物相手にしているのか?」
「場合による。再就職にはお勧めは出来ない職場だが?」
「知っているよ。俺だって昔の自分ならともかく、今は絶対にお断りだ。昔の仲間は皆地下で死んだ、一日目でだよ」
食い詰め者、行き詰まりの者、後が無い者。リスムの活力である使い捨ての燃料達、代え効く代用品。
アズやランドルフの逸話に惹かれ、火に突っ込む蛾のように命を毎年何人も散らしていく。
「そんな所長く生き抜く為には、ランザはどう考えて戦っているんだ?目の前で仲間が死んでいく中、どうやって動けば死なないんだ?どうやれば非情になれるんだ?」
投げやりに彼は聞いてきた。地下で仲間を失う経験が無い俺には、分からない問いだ。地下で仲間を失った事は無い、精々それっぽい相手を後ろから殺したくらいだ。
なら地下ではなく地上ではどうだ?あの戦争の経験からこの男に教えてやれる教訓はあるか?
多分恐らく、答えは無しだ。湯水のように命が消える場では、誰も彼もが自らの生存に精一杯で考える余裕がない。
この男は、俺が地下で長く生き延びているというだけで、過去仲間を失う或いは見殺しや囮にして生き延びたと考えているのだろうか?
まあ自らの仲間を初日に失い、せっかく就職した自警団でも地下から出てきた異種に壊滅させられてしまえばそう考えてしまいかねないのだろうか。
「腰抜かしてても、都合良く助けが来る筈が無いからだ。感情が死に繋がるなら感情は無い方が良いんじゃないか?無理なら、仲間を作らず武器を捨てて田舎に帰った方が得策だ」
「流石迷宮探索士、頭がおかしいか冷血漢しかいやがらねえ」
舌打ちをして、床におもいきりかかとを叩きつける。吐き出すようにひりだした言葉は、憎悪と後悔が積りに積もっていた。
「俺が仲間もなにも見捨てて生き延びた冷血漢だったとして、お前はそれがそんなに嬉しいか?自分より下を見て安楽しているだけなら、俺をダシににするなよ。腹壊すぞ」
「その言い回しも気に食わねえよ。この世界の事、なんでも分かってございって顔しやがって。
上から目線で説教して俺より上にでも立った気分か?野良犬風情がよ」
「とちらかと言えば、お前さんとは関わりたくなかったというのが正解の気分かね。自分より下だと思う人物に口答えされてイラついてるのか?腰が抜けた半人前が。
例え戦いの世界じゃなくても、お前は成功せんよ。中世の商人は、騙された時は素直に認めて自分の血肉にするもんだ。
だが今日のこの八つ当たりで、なにかお前さんの血肉になったか?なったと感じていたならそれは気のせいだが、ならなかったと感じていたのなら出所不明の優越感ばかり頭に積るならばタダの素直じゃないクソ餓鬼だ。反省しておけ」
それ以外何かを言うつもりはないし、これ以上言葉を飾る事にも意味は無い。
このリスムでは、どこから湧いてくるのやら大なり小なり地下の異種が暴れる事も珍しくはないのだ。
それが嫌ならこのリスムから出るか、這い上がり上層に暮らすしかないだろう。
あとはもう当人が、この街から出て行くか行かないか、行かないならどう生きていく方法を得るのかになる。
今回の戦いを今後の教訓にするか、それとももう戦いから離れるかの判断材料にするかも彼次第だ。他人の人生に干渉する奴はいるが、良い方向に導く存在は一握りであるのだから。
この場に残る事に意味は無い、表の方でセルシィを待つ事にしよう。
「アンタはどうなんだ!随分と俺を下に見たようだがよ!」
缶をぶらさげ立ち去ろうとした瞬間背中に声がかかった。
メトロが立ち上がり、憔悴した顔で此方を睨み付けている。その顔は、侮蔑と反感が入り混じる表情だ。
「化け物が出る地下しか行き場がない!ドブ浚いしか出来る事のない奴が俺に意見するなよ!
結局早いか遅いかだ、どうせ死ぬ人間が偉そうにするんじゃない!お前も俺と同じ癖に偉そうにすんなよ!どうせどっちだって顧みられない消耗品じゃないか!」
「そうだな、消耗品だよ」
「っ!?」
肯定されるとは考えていないのか、メトロは押し黙る。
現迷宮探索士と、旧迷宮探索士。格下と見下した相手に助けられ、更に言撃された自分を慰める為の言葉はサラリと肯定されてしまったのは、想定外なのだろう。
「お前さんは夢を持ち迷宮探索士になり、掃いて捨てるその他に収まったのが気にくわず、攻撃的なだけだ。
俺は少なくとも、迷宮探索士よりかはマシな職業のお前さんに攻撃しただけにすぎない。
お前の思考は俺だけじゃなく、世間を苦しんでいる大多数の人間と同じだよ。ただ順応の仕方と立ち位置が違うだけだ。
一流企業のすぐ近くの精神病院は大繁盛、職にあぶれた中高年は自殺して、就職難の若者は低取得で満足するしかなく、集団から疎外された人間は自らの殻の中に逃げるしかない。
誰もがアイツよりマシだと自分を慰め、安心し、社会に順応するしかない。不満をぶつけるか、反らすしかない。そして自分を特別或いはマシだと分類し現実から逃避するしかない。
お利口ぶったところで、押し付けられた価値観に順応するしかないのさ。その為に皆攻撃的だよ、俺もションベンちびりそうだったガキをからかう事でストレス解消しているだけにすぎない。
俺もお前も、どちらも同じクソ野郎さ」
それだけの事だ、だからなんだ。
最後の一言は、意味もなく呑み込みその場を離れる。馬鹿馬鹿しい、こんな話をしてなにになるという。
待合室の受付に声をかけ、預けていた武器の回収手続きに入る。無表情の女性は事務的に受付を続け、奥に書類を運んで行った。
「先輩、先輩も済んだッスか」
「頬に米粒」
「飯食いそびれた言ったら、かつ丼出てきたッス。賄賂の件とかの関係あってかつ丼って廃止になったんじゃなかったッスかね」
「まあ、伝統って奴は形を変えて生き延びるという奴だろうよ」
一言二言話して、手続きが通り武装預り所に案内された。機械槍斧ハルベルトと、嫌な予感を感じ急きょセルシィにとりに行かせたクルセイダーとサブマシンガンを返却してもらう。
「法令通り、ちゃんとケースにしまってください」
「はいはい、此方も街角ごとに職務質問は嫌だからな」
ハルベルトとクルセイダーは、個人所得火器凶器法としては違反上等のものになってしまっている。許可は潜り抜けてはいるものの、むき出しで歩けば本当に事情の知らないおまわりさんが街角ごとに絡んでくるだろう。
「黒のねーさんには話していかないんスか?」
黒のねーさん、ダークエルフのメーテルの事だ。男所帯の元に入り込んで来たセルシィを心配していろいろ世話を焼いているので、セルシィからはそこそこ慕われている。
まあもっとも、その他のよく出会う存在か変体ばかりなのでそれもあっての事だろうが。
武器を持ち外に出た頃には、既に深夜帯になっていた。時刻は零時を超えており、売春宿が盛り上がりつつある時間帯である。
「メーテルには、ディーネの捜索願いを担当してもらっているからな。
本当はあの子について、プライベートでちょいと相談に乗ってもらいたかったんだが事態が事態だ、仕方ないよ」
「そうスか。…だけど先輩、ディーネは」
「言わないよう打ち合わせしただろう?言ってないだろうな」
「……ス」
セルシィはどこか難しい顔で小さく頷いた。つき、ぱなしだった米粒を拭い小さくため息をつく。
「腹減ったな」
「先輩かつ丼でなかったんスか?」
「かつ丼どころか、またぞろ探索士の馬鹿がやらかしたんだと、余計な追求がせまりすぎてて回避するのに苦労したよ。
ほんと、警察と探索士、或いは警察と軍部は異常ななくらい仲が悪いからな」
警察署前のゴンドラに乗り込み、一度食事が出来るバートン区域に向かった。
バートン区域は観光地や商業地でもない、所謂べットタウンと言うべき区域である。
ここでは軽食を出す小さなカフェや、庶民の味として人気の、味付たされた肉とご飯と野菜をクレープ生地で巻いたメッシオと呼ばれるリスム発祥料理が食べられる。
まあメッシオはリスムのどこでも食べられるのだが、元祖の料理店はここであり、それがバートン区域に人が集まる理由でもある。
ここに寄った理由は、警察署前から直通で事務所周囲の乗り場に帰れないせいでもあるが、偶にはメッシオでも摘まんで行くかと考えたせいでもある。
やや寂れが看板であるが、こんな夜でも人口の多いリスムでは客入りも良い為明かりがついていた。
持ち帰り用に、ごく普通のナチュラルなメッシオを二つと、クリームと果物を巻いたデザートを一つ購入する。後者はセルシィの注文だ。
「いやあ、地下探索士がこんな夜中にこんな所に現れるとはね。なにかスクープでもあったかい?」
かけられた声に、セルシィは振り向いて苦虫でも噛み潰した顔をした。
「出たな、マスゴメディア。略してマスゴミ」
「蛇蝎のごとく嫌われているね、分からんでもないが。彼と同じものをくれないかな?」
四十にもなろうかというこの男は、言動はさておき肉体は鍛え上げている。犬や猫やイベント特集のリポートや取材はさておき、地下や紛争地帯も渡り歩く事が出来るよう頑強なカラダに鍛えたのだろう。
「自分は忘れないッスよ、タテラク大虐殺を如何にも亜人側が問題あるようにした偏向記事を書き報道した前例を。あれのせいで、亜人は今でも一部で嫌われ者ッス。本当ならこの場で縊り殺しても良いくらいッスよ」
「怖いね、だがお客様のニーズにそった結果があの記事だ。客商売としては、ああせざるおえない」
「読者が、亜人が邪魔者になる記事を望んでいると?」
残念ながらセルシィの考えは間違いだ。メディアにとってのお客様とは視聴者や購読者等では決してない。
「マスコミのお客様は、広告料を出してくれるスポンサー様さ。要するに、亜人の縄張りを美味しく利用したい企業や外国の資金源こそがお客様なんでね」
男の語る話の問題は、亜人のみの問題であるとは言えない。ここリスムは外国籍の企業が多く、当然そのスポンサーはグレハリア系とオールラント系が多くなる。
企業が出すプロパガンダは、実体の無いゾンビブームを流行に運ばせることや二国に対する国民心情の緩和、政権の擁護または反対、某国との親善ばかりの都合の良い話ばかりを放送しマイナスイメージの言葉は流さない。
リスムとは搾取される国であり、湧き上がる不平不満を上手く回避する為に公共電波やメディヤは体よく利用されているのだ。
そしてこの問題、リスムだけの問題という訳ではないのだ。もはやマスコミは、国民の味方などではない。
「たいした手際だったな。住居を追われそうな亜人の抗議活動のちょいと過激だったシーンを脚色と編集を駆使して盛り込めば、国民感情はどう動くのか良く理解している」
「それがマスメディアのお仕事だからな。ランザ=ランテ君」
レトリー=ドリッグ。リスム最大の放送局メルレインのジャーナリストだ。
「政治批判と風潮流ししか出来ないクソ野郎が良くも言うッスね」
敵対意識のあるセルシィは唾を吐きながら胸糞悪そうな顔をする。タテラク大虐殺とはセルシィは直接関係は無いが、故郷を聖教国に追われた身としては他人の事件のように思えないのだろう。
「で、レトリーさんがなんの御用で?地下探索士の事等お前さんが欲しがる情報にはならんだろう」
「連れないこと言うね。牙狼の牙に所属していた時の君はもう少し友好的だった気がするが?」
「さあ?なんにしろ今は、家の職員の手前あまり仲良くできるそぶりは見せられないものでね。見世物になるのも好きじゃない」
「ちょっとした情報交換のつもりだったんだがねぇ?ゆっくり話す気もないかい?」
「アンタと話をしたいのはむしろこいつだ。ただし話をするなら、人目につく場所を精々選んでおくことだな」
俺とレトリーの関係は、現在はあのクソ女を除けばかなり長い付き合いになる。あの宗教国家をこいつがどう面白おかしく報道したのかは知らないが、戦場の真ん中随伴してカメラを向ける姿勢のみは評価が出来た。
性格的にはあまり好きではなかったが。
「……ふぅ。分かった、まずはお嬢ちゃんとのお話から済まそうじゃないか」
「なにがお嬢ちゃんだ、気安く呼ぶな。ぶち殺すッスよ人間」
野外席に二人が座る。攻撃的なセルシィと飄々としているレトリーでは場数が違うが果たしてどうなるか。
「まずは諸々の疑問から入る前に、マスメディアというものについて語ろう。
マスコミというものは中世の宗教組織に似ている。当時の宗教というものは、信仰の対象となる聖なる書の唯一の翻訳権利を持ちそれを元に市民の心の安寧と平穏を、そして規律を導いていた。
神こそ絶対と、宗教を盲信する者達を扇動するのは容易い、まるで羊飼いの操る羊のようにな。
そんな宗教の宣伝効果は使いようにより時の皇帝を追い落とす事すら可能だ。
何故可能か?それは民衆の精神を支配していたからだ。それと同じ事をマスコミは行使している。報道に間違いは無いと盲信する市民を扇動する事は、容易い事なのさ。
なにせ俺達は嘘は言わない、都合が良い物は大げさに語り、悪い物は語らないだけだ。
ある首相が、公の場で文字のスペルを一度間違えた事件があった。たった一度の間違いだが、何度も何度も間違いを誇張し吹聴し宣伝すれば、国民は民主制で自ら選んだ首相に疑問と不安を持つ訳さ。
マイクを突き付けられ、一度の些細なミスを何度も放送され、まさに現代の公開処刑だ。
それが現状のマスコミだ、少なくともこの国のな。怒り当然、誇張も謙遜もない事実でもある。
現代ではネットという情報収集方があるが、それにしたってユーザーが自分の好みの情報のみ鵜呑みにし、好まない情報をデマだと語る。こんな調子じゃバランスは最悪だし、まだまだメディアの仕事は無くならないね」
「それが、虐殺の隠ぺいと亜人の差別に繋がる偏った放送になんの言い訳になるッスか?」
「話の本番はこれからだ。本格的に話し込む前に、コーヒーでも飲もうかな?」
レトリーが立ち上がり、店内に消え数分後紙の杯を三つ持ち戻って来た。
自分の杯を二口のみ、喉を湿らせ彼は続ける。
「件の虐殺は、グレハリアの南部地方の話だったな。大国は常に資源を求めており、その資源はグレハリアの少数民族である亜人の住まう土地…ガルーダの土地で見つかった。
開発を好まないガルーダは、グレハリアの要請を蹴るが、グレハリアもこの大陸の一~二を争う大国だ。はいそうですかと引き下がれない。
最初の世論としては、グレハリアの強行姿勢に世論は反対していたが、結果としては戦争となり蟻を潰すようガルーダの土地は奪われた。
それで、グレハリアは非難を受けたか?答えはノー、何故だ?」
「リスムのマスコミ、またはグレハリアの工作員が各国になにか小細工したからッスよ。アンタ等お得意のね」
セルシィがコーヒーにミルクを大量投入しながら答える。もらい物は素直にもらうらしい。
小細工というそれは、当時リスムのニュースで流れていた。ガルーダの民族が国の外交官を襲い強行的に排除しようとした映像が流れたのだ。
過去の事件でガルーダの亜人と会話した事があるが、あれは先にグレハリア側が仕掛けて来たと宣言し自ら襲った話は否定している。
敗戦側の弁とも言えるが、この程度の工作はグレハリアには容易く、聖教国だって多用する手であり、信ぴょう性は充分にある。
「そう、現地の記事をそのまま公開してみろ。少数民族制圧は他国に反感を買い反グレハリアの姿勢は強くなる。
オールラントとグレハリアの支援を受けるリスムで、その感情が渦巻くのはグレハリアもまずいが、リスム市民としても非常にまずい。
どこぞの少数民族の犠牲に一々真意に放送していたら、此方もあちらも非常にまずい。なら、まずくしない方法をとるしかんない。
ガルーダという暴力好きの亜人は駆逐され、私も貴方も日々の変化がない平穏無事な生活が送れる。それだけだ、世も事も無し、少数が泥をかぶるだけですんでストーリーは終了。そういうシナリオを作らなければならないのさ」
余計な国民感情をあおらない為、戦争に付き物の残酷差を誇張し放送を流す。そうする事で平和は維持される。正しい事なのか間違いなのかは簡単に判断は出来ないだろう。グレハリアの怒りを買えば、問題なのはリスムだからだ。
「だからって、そんな虐殺を肯定するなんて!」
「肯定はしていないよ、マスメディアは誇張か演出するばかりさ。今回の件はガルーダの暴走を誇張してそれを抑える正義を撮り、大々的にお客様の欲しがる映像を垂れ流しただけだお嬢ちゃん」
セルシィの肩がワナワナと震えていた。これ以上は喋らせない方が良いかもしれな。キレて暴走しては困る。
「ご講釈ありがとうよ。それで、用事というのは?」
肩を掴み、落ち着かせる。話を割り込んだのはもうこの話題を継続させない為だ。
「地下の新区域についてだな。お前さん、行って来たのだろう?」
「ほう?何故そう思う?」
「友人は多いものでな、グレハリア系列にもオールラント系列にもな」
レトリーが立ち上がり、肩に手を置いた。そしてゴンドラ乗り場に向け歩き出す。
「次の機会に聞かせてくれよ?小遣い稼ぎにはもって来いの良いニュースだからな。お前さんの行き付けのバーで話そうか」
バーという事は、当然のことながらセルシィは連れて来るなという事だろう。
ゴンドラが到着し、メトロレー広場行きに彼を運んで行く。
見えなくなったタイミングで、紙袋からメッシオを取り出し咀嚼する。
「帰るぞ、セルシィ」
「……ッス」
リスムに生活するセルシィは、グレハリアを怒らせたらどんな混乱が巻き起こるが容易に想像できてしまう。
反論にブレーキをかけたその考えに、自分の生活の平穏と重ね理解してしまった事に自己嫌悪を感じるのか、顔は苦痛にゆがんでいた。
□ □ □
いろいろな事があった。そんな一日の締めくくりは、布団にもぐり寝るだけだった。
だがまあ、なんだ、こうなる事をどこか予想していなかった訳でもない。俺は自分が考えていた、最悪の想像を確かめる為口を動かす。
「お帰り」
スライムが反応するよう緩慢に蠢いた。大丈夫、敵意はない。
「今夜はもう遅い。そんなデカイ図体じゃ場所をとるから姿を変えて眠ってくれ…ディーネ」
スライムが縮み、人型に変わる。
体積を増やし、そして減らしたのか、そこにはセルシィと同じくらいまで成長した水色の透き通る色合いの髪の毛と瞳を持つ少女が立っていた。
「は~…い」
そしてコテンと、その場に倒れ寝息を立てる。
俺とセルシィは、お互い顔を見合わせさぞ苦い顔をしていた事だろう。
殺人鬼ジョン=へイグ。彼ならぬ彼女は、現在我が事務所の一階でスヤスヤと眠りについていた。