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不都合 食事

 食。

 リスムという地で一番多くの選択肢があり、玉石混合ではあるが世界で一番世界中の料理店が揃っていると言っても間違いではないだろう。

 超高級な料亭から、屋台で気軽に買い食いが出来るような庶民の料理まで様々な食の集大成と言えるのがここリスムの食事文化だ。

 中には怪しげな創作料理という名の危険料理や、毒料理専門店に、蟲やなにかの動物の脳みそに地下の異種を無理矢理料理したゲテモノ専門店もあるが概ねは美味い料理屋が集まっていると言っても過言ではない。

 世界中の代表料理と食べ比べされる環境である為、下手な物を出してしまえば故郷の料理の評判を物凄い勢いで下げてしまう事になりかねないのだ。

 さてさて、日も暮れ始めようといった時間帯、アタシこそセルシィ=アズ=ドラゴニクスの腹の音は絶好調で鳴り響いている。

 別段美食家ではないのだが、アタシはこの腹が減るという生理現象をとても好ましく思っている。

 アタシの食欲という概念は、ある一時期完全にアタシの中から撤退をし硬い殻の中にでも引き籠ってしまったのだ。

 当たり前だ、アタシは昔自分の友人を知らぬとはいえ口にして呑み込んだのだ。美味しい美味しいと涙を流しながら。

 環境のせいだとか、知らなかったとか、周りのせいにするつもりはない。真実は真実だ、アタシは親友の肉を食べた。以上、終了。

 再び食欲を取り戻すきっかけとなったのは、吐きだしそうにする胃を殴りつけながら肉を食べれるきっかけを作ったのは、他ではない、ランザ先輩のお蔭だ。

 あの人の隣で戦うと決めたのだ、なにも食えずに再開できずに死ぬなど冗談じゃない。

 それに、食べるという行為と腹がすくという生理現象はあの収容所での過去と決別できたという証拠でもあると考えている。

 過去なんぞに食われてたまるか、アタシを喰って良いのは一人だけだ。

 「あ…あはははははははは!違うッス違うッスよ!うはははははははは!そういう意味じゃないッスよ!」

 ディーネが不思議そうに見上げて来た。突然奇声をあげた亜人の女に周りの通行人も変質者か異常者を見るような冷たい視線を向けている。

 アタシは誰に対して弁解しているのだ、心の中で思った事を周囲の人間が聞いている訳ないじゃないか。

 「うう…しくったッス」

 手を握っていたディーネがこちらを見上げなにか言おうと必死に口を動かしている。残念ながら壊れたラジオのように、なにを言おうとしているのか分からないが。

 「すいませんッス、ディーネ。

 急に変な声出して怖かったッスか?」

 通じているかどうかは分からないが、ひとまずディーネに謝罪をすませどこによろうか考えておこう。

 華風、洋風、海地風、凪風、西大陸風、北欧風、魅力的な臭いを店先から放ち客を迎え入れようと各店舗威勢よく客寄せをし味を競いあっている。

 風俗街のような爛れた営業風景ではなく、我が国こそが一番の美食と互いに競い合うこの光景は、負や欲で満たされるこのリスムにおいて一種の清涼剤だ。

 さて、せっかくここまで来たのだし、少し懐かしい味でも食べて行くかな?好物かどうかと言われたら普通ではあるが、ここリスムに来て初めて先輩に奢ってもらった料理がある。

 極東の島国から伝わった伝統料理である、生の魚を食べれなくても抵抗なく口に運ぶことが出来る稲荷寿司とかいう奴だ。

 豆腐の一種であるという揚げの中に酢っぱいご飯を詰め込んだもので、近頃このリスムで支店を各階層に幾つか出しているくらいには人気が出てきている。

 なにやら第一店舗創立に一悶着あったらしく、そこに旧事務所時代の先輩達が一枚噛んだらしく、その縁でよろしくやっているらしい。

 そういえば、あの気に喰わない女が勝手に食べて行ったのも、あの稲荷寿司だったかな。

 稲荷鮨屋、九天稲荷。今日の夕食はあそこにしよう。

 あそこなら手軽に食べられるし持ち帰りもしやすく、なにやら野外席もある為客の回転も早くすぐに席にもつける。

 この娘が苦手な物だとしたら申し訳ないが、そんな我儘は基本的に聞かない事にしよう。

 しかし、さてさて、やれやれ、食事処といのは何時からこんな騒がしいものになってしまったのか?目の前の光景はやや気分が悪く、食事をするには少し環境が悪すぎる。

 遠巻きに見る他の通行人や脅える店内の客。狐耳の店員に詰め寄るのは山刀のような幅の広い刃物を持つ大柄な男と、いかにもお昇りさんと言えるようなどっか民族衣装のように布が無駄に余るぶかぶかな服を着た女だ。

 「ざっけんな!そんな馬鹿みたいにデカイ異物が入ってる訳ないだろ!適当ないちゃもんつけるのはやめてもらおうか?他の客に迷惑だろうが!」

 「ああん?極東のクソ田舎の獣共は人間様が鼠を喰わない事を知らないのか?出てきたのがライスだと思ったらマウスが出てきたなんてなんの笑話だ?」

 「おもしろくないわよ」

 「そうか?まあ良い。腹が壊れたから早急に出すもん出せ!でないとこの店…」

 男の言葉が止まる。こめかみに当たるなにやら鉄の筒のような物の感触を感じたからだろう。

 「本店では稲荷寿司以外にもメニュー増やしたッスか?鴨鍋とかいろいろ増えてるッスねぇ。ひとまず、稲荷セット二人前お願いするッスよ。

 あ、店の椅子踏み台にしてしまって申し訳ないッス」

 ふむ、誰もが固まって動けなくなってしまった。アタシに時間停止系な新たな能力でも開花したのだろうか?だとしたら嬉しいが、生憎後ろに立つ幽波紋は見えないようだ。

 そして時は動き出す、なんちて。

 「お…おいおい嬢ちゃん。いきなり頭にハンドガンはやりすぎじゃないか?」

 男が両手を上げながらなにやら呟いている。やりすぎなのかどうかはこいつが決める訳ではないのに、偉そうに基準を決めるなんて図々しい奴だな。

 「んー…確かにこめかみに銃口押し当てる為に土足で椅子の上に上がったのはやりすぎかもしれないッスねぇ。まあそこは謝ったのでよしとしてくださいッス。

 でもやりすぎと言えばそちらさんも、ちょいと鼠混入は現実感が薄くないッスか?リスムは初めてッスか?ここではちょっとですぎた行為をすれば簡単に死ぬッスよー」

 「お前はやりすぎじゃないんかい!」

 「ほら、アタシはリスム在住ッスから。

 それにアンタ、あのままここの連中が否定を続けるようならその腰の得物振りまわる気じゃなかったッスか?そちらの方がやりすぎじゃないかと思うッスけどねぇ」

 店内の空気が緊迫している。誰か警備部隊か警察隊にはボチボチ連絡したかな?ここは観光客の多い階層なんだし、サボり気味な連中もテキパキと仕事をこなしに来るだろう。

 「ほ…ほらお嬢ちゃん?アタシ達も悪かったよ。謝るからその男に突きつけてる物騒な物降ろしてくれないかい?その馬鹿つれてすぐ引き下がるからさ」

 「セルシィさん!その…店中で流血沙汰は…」

 女から下がるという言質を聞き、店員も暴力沙汰は勘弁なのかそろそろ矛を降ろしてほしいようだ。まあ気持ちは分からんでもない、こんな光景何時までも続けていたら店の評判も悪くなるしね。

 「しかしながら、鼠を入れられたと宣言しながらこんなサラリと退却するッスか。なあ良いッスけど」

 銃口を放して椅子から飛び降りた瞬間、男の剛腕二本がアタシの首に掴みかかろうと伸びて来た。

 大人しく引いておけば良いものを、何故こんな無駄な事をしようとするのだろうか?アタシには分からない。

 首に手がかかる直前、男の体が横なぎに吹き飛ばされ開きっぱなしの扉からギャラリーが除く大通りに弾き飛ばされる。

 人間が幾ら鍛えようが、どんな巨体だろうが、ドラゴニクスの尾に比べれば力も速さも今一つだ。アイツの胴体に加減した尾を一撃、それだけでこの騒ぎである。

 「詐欺まがいの恐喝はやめとくべきッスね、特にこの都市では。これでもソフトな対応なんスよ?アタシとしてはね」

 立ち尽くす女性にも一言告げる。驚き硬直していたようだが、逃げるように店から出ていき男に駆け寄っていった。

 男はひっくりかえって呻いていたが、女が近くまで逃げて来たのを見て慌てて立ち上がった。そして往来はばからず腰の山刀を引き抜きこちらに向ける。

 山刀の表面はギザギザとした小さな刃物がついており、抜刀した瞬間その刃がゆっくりと起動し高速回転を始めた。そしてズボンについたホルスターから小銃を取り出しこちらに向ける。

 「野郎このクソ餓鬼!ぶっ殺してやる!」

 プライドを傷つけられた怒りだろうか?この目は血走り頭に血が昇ってしまったのか歯ぎしりしながらこちらを睨みつけている。

 筋肉の力み具合から考えて、この男はすぐにでもこちらに向け突っ込んで来そうだ。警備部隊が何時来るかも分からないのにその程度の状況判断も出来なくなったか。

 「ディーネ、店内にいてくださいッス。

 そんでそこの威勢の良い狐の人、ディーネにだけでも稲荷寿司お願いするッス」

 「み、店前で流血沙汰は!」

 「向こうに言ってくださいッス」

 店の扉を閉め、ディーネを中に戻す。さたさて先程警備部隊の事を心配したアタシではあるが、場合によってはアタシが警備部隊にしょっぴかれそうだ。

 男の眼前に立ち前に歩く、間合いを詰めつつ少しだけお喋りしてみようか。

 「ぶっ殺すッスか。その言葉、アンタは今まで何回口にしてそのうちの何人殺せたッスか?」

 「ああ!?全員に決まってるだろ!全員この歯刃刀と鉛玉の餌食にしてやったのよ!」

 「そうッスか。ならなんで後ろ下がってるッスか?」

 「ああ?なに言って…」

 男の後頭部が正面の店の看板に激突する。結構思い切りぶつかったのか細めの竜の看板が凹んでしまった。

 「殺気を感じたとか、よく漫画とかアニメで言うッスよね。でも殺気って感じるのは間違いだと思うッスよアタシは。 

 殺気というのは見るものッス。殺気なんて普通に生活していれば感じる事のない意味不明なものッスし、戦場にいたって殺気を感じたなんて特殊能力があれば狙撃で長距離暗殺や奇襲なんてものの見事に役に立たないッス。

 殺気てのは、目の前の人物が自分を殺そうとしているかどうか、それを理解して初めて感じるもんなんなんだと考えてるッスよ。

 アンタは本当に人を殺した事あるッスか?アタシにはどうにもそうは思えないッスけどね。意地を張って自己申告の殺意で殺しに来るなら殺しますけどどうッスか?こっちは稲荷寿司食べたいだけだから、逃げるならなんにもしませんッスけど」

 目の前の男に対する危機感はまるで感じない。内輪で格ゲー最強な奴が初めてのゲーセンに繰り出して、フルボッコにされ逆切れしているかのようなお粗末な威圧感しか感じない。

 今話したアタシなりの殺気という解釈は、別段誰に対して話した訳でも認められた訳でもない持論ではあるが、相手が自分を殺そうとしているという感覚は実際相手の殺す気という意思を理解して初めて感じるものだと思うのだ。

 突発的とか判断力低下で相手を殺そうとする意志は殺気ではなく、単なる衝動だ。漫画の世界みたいに相手を視界に捕えていないのに殺気等感じられるようになるならスナイパーやアサシンは商売あがったりであろう。

 目の前の男から感じる気配は殺気というより、勢い任せというか殺す意思を感じたとしてもそれは衝動殺人の類であろう。

 身のこなしを観察しても、特に修羅場を潜ったり訓練をしてのし上がった等という気配はあまり感じられない。

 平和な田舎から出てきた、おのぼりさんだ。

 「なにしてる!そこの奴等!」

 青い制服、手には観光客に威圧感を与えないようデザインされた丸めのデザインの制圧型軽量マシンガン。リスム警備隊のおせましだ。

 後ろを向くと稲荷の連中が電話片手にこちらを見ていた。まあ自分の店の前で流血沙汰手前となれば、そりゃ慌てるか。

 「ほら、なけなしのプライド引っ込めて逃げた方が良いッスよ。リスムの警備隊は、観光地警備という事で流石に甘くはないッスから。

 なんの後ろ盾のないチンピラなんぞ、あっという間に制圧されるッス。連度は高いッスからね連中」

 今の言葉の意味を分からない馬鹿でも、単純に数の違いで負ける事は分かるであろう。それにどう見てもこの場の悪役は向こうの方だ、通報通りに警備隊が動けば制圧されるのは自分たちである。

 「……チッ!」

 「あっ待ちな!」

 男と女が逃げていく、捨て台詞を残していかない辺りまだ見込みはあるだろうか?まあどうでも良いが。

 ホルスターに銃をしまい大きく欠伸。逃げた対象を追い警備隊の連中が駆けて行った。

 「探索士か?貴様。先程の男とどういう関係がある?」

 「別に、ちょっとマナーを注意したらこんなになっただけッスよ」

 「ふん。地下を這いつくばる蛆虫は厄介しかおこさないからな。その話は、どこからどこまで信じれば良いのやら」

 「その地下を這いつくばる蛆虫に生活の基盤固められている警備隊の方がおっしゃると、説得力あるッスね。

 ほら、税金分働いてくださいよ、納税者の安全とリスムの治安を護るのがアンタ達の仕事ッスよね」

 アタシに話しかけている、ガイぜル髭の警備隊員がピクリと眉を動かした。仕掛けて来るかと思ったが、ここは流石に人目があると判断したのか唇を噛みながら視線を外す。

 「良い気になるなよ蛆虫共。貴様のようなどこの誰とも知らぬ馬の骨が、もし犯罪前歴が確定したり治安を乱せば有無を言わず射殺してくれる」

 「銃器で勝負なら願ったり叶ったりッスよ。

 アドバイスッスけど、アタシを狩りにくるなら生命保険と遺書の支度をしておいた方が利口ッスね」

 「口が減らぬ小娘め」

 「どもども」

 残っていた警備隊員が去ると、流石に少し周りの視線が痛くなって来たのを感じる。すぐに回れ右して店の中に避難、飯を食いに来ただけなのに何故こうなった。

 「助けてくれてありがたいがよ、ちょいと血なまぐさい展開は勘弁してもらいたいね旦那の助手さん」

 先程男に怒鳴りつけ、わざわざ警備部隊に通報していた狐族の店員が話しかけて来た。感謝半分迷惑半分というか、複雑な表情をしている。

 「そりゃすいませんッス。反省してますもうしません申し訳ありませんでしたーーーーーーーッス。

 それより、ディーネと一緒で稲荷二人前……てあれ?」

 店内を見る。カウンター席、厨房、テーブル席、どこを見てもディーネの陰と形がない。

 「アタシの連れの女の子、知らないッスか?」

 「そりゃさっきまでそこに…てアレ?」

 店内の誰もが首を傾げる。外の騒ぎに気をとられたのか、誰もが女の子一人消えたのに気がつかなかっただと?

 「玄関からは出てないよな」「席の方に来た奴はいねぇぞ?」「事務室から裏に出れるが誰も来てないな」「実はディーネとは、貴方が生み出した架空の存在であるのでは?」「おい最後の奴、真面目に探さなきゃぶち殺すッスよ」

 誰もが外に注意を向けている中、彼女はスルリと消えて無くなった?あああああああヤバイヤバイヤバイ、先輩にどう説明すりゃ良いのだ。

 「トイレはどうだ?いたか?」

 厨房の一人が声をかけ、カウンター対応が駆けていく。そして女子トイレの扉を開け、なにやら首を傾げていた。

 「どうしたッスか?いたッスか?」

 「いえ、いませんが…なんだこりゃ」

 「ちょいと退くッスよ」

 いぶかしげな店員を退け、中を除く。中は洋風トイレ(凪の料理店であろうと洋風である、凪式トイレは外国人には敷居が高すぎるからだ)が一つと手洗い場が設置してあるだけの狭い空間である。

 そこは水でも逆流したかのようにグショグショに濡れており、床下どころか便座の上や鉄格子がはまった窓の溝や隙間まで濡れていた。

 「……こりゃ…アクシデント発生ッスかねぇ」

 端末を取り出し短縮番号を呼び出し。

 ひとまず、早急に先輩に連絡する必要があるだろう。

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