頭の痛い話 1
『こんなものが戦いか!?こんなものが聖戦であって良いものか!?お前たちはなんという愚かな行為をしているのか分かっているのか!?我らの女神は貴様等を確実に地獄に落とすぞ!?』
水筒を開いて、赤く生臭い液体をハルベルトの刃に垂らす。既に人の血で赤く染まったこの武器は更にオーグラレイアの血で染まり深紅の斧槍と化した。
『異教徒共め!邪神の僕め!恥を知れ!』
死を恐れない聖教国の僧兵達は、死後の魂の安楽と楽園の生活を信じているからこそ勇猛果敢に襲かかってくるのだ。北欧の勇敢な戦士が死後ヴァルハラに行けるのと信じているのと同じ理屈といえるだろう。
なら逆を言えば、彼等が恐れてしまうのは死後魂とやらが地獄とやらに落ちてしまうことだろう。だからこそ考えた、どうすれば奴等の士気を挫く事が出来るのか。
思い当たった方法は一つ、彼等にとって禁忌となるオーグラレイアの血液を刃に塗りたくり、銃弾にコーティングした兵装を積極的に部隊に取り入れてみたのだ。
オーグラレイアは、世界各国で食肉として飼育している草食の家畜であるが、連中は何故かこの存在を禁忌と語り、体内に取り入れてしまえばその者は穢れ二度と天国に行く事は無いと言われている。
この兵装の効果は十分にあった。開戦前に生きたオーグラレイアの首を跳ね飛ばし、樽に血を集め刃を漬け込む作業を見せつけたのだ。
あんな武器で殺されれば、神の国から悪魔の地獄に落とされると連中は萎縮してしまい、最終的には蜘蛛の子を散らすように敗走していった。
捕えた敵軍指揮官を拷問して情報を吐かせようと思ったが、上層部の意見ではそいつから搾り取れる情報等たかが知れているという話らしい。とうやら別の戦場で大物取りがあったらしいのだ。
せっかくこの方法を考案したのが俺なのだから、その大物とやらも俺が捕えて殺したかった。
『そうかい』
別段どこに落ちようが構いはしない。地獄や天国等という証拠も確証もない世界も別段興味はない。ただ連中に一泡吹かせてやりたい、それだけだ。
『この間、狼娘相手に腰振っていたテーテス大司教さんもそんな事言ってたな。あんた等の宗教では、獣人は邪悪であるが獣人を強姦するのは無罪なのかい?地獄に落ちないの?』
『テーテス大司教がそんな事する筈がない!あのお方は立派に女神の為に尽くしておらした!汚らわしい悪魔の使い等にそのような事をする筈がなかろう!?』
『ああ、そうなの』
ハルベルトの尖端を右足の腿に突き刺した。苦痛による叫びというよりオーグラレイアの血を体内に入りこんでしまった事に対しての叫び声に思える。
『人類が神の創造物で他は悪魔の地上侵略の為の似非人類か。そうは言ってもなぁ…アンタ等が目の敵にしているあれ…ドラゴニクスの一族だって祖先は神様らしいんだぜ?
もうちょい相互理解というか…他人の価値観の共感のようなひろーい心があっても良いんじゃないかなぁと俺は思うね。あれ、普段とっつき難いけど森妖族とか一度デレたら凄いぞ?エロフとかいう言葉あるけどあれ、逆に俺の方が腹上死するかと思ったくらいだ』
『アアアアアア!私の血が血が血が血が!汚されるううううう!』
『あれ、お話してくれないのかな?取り敢えず喚くなよ煩いから』
ハルベルトを引き抜き、再度穂先を血で濡らし直しピタピタ頬に押し付ける。うって代わり弱気になった表情を確認して、コミニケーションを再開してみた。
『同じ人間だって、土地が変われば食う物も変わるんだ。サケの卵とか赤くてプチプチしてて気持ち悪いけどよ、極東の人間は喜んで食うんだぜ?
だからさぁ、種族もちがえば考え方も違うんだ。そこに自分の考えばかり押し付けるのもどうかと思うんだけと。
俺はそういう学校行ってたから特にそう思うんだ、なんとかお互いを尊重するような形は作れないものですかねぇ』
『む…む……』
『む?はいはいはーい意見は大きな声で言わないといけないって学校で習わなかったかな?』
『無理だ…女神こそが…絶体神…それ…以外は…偽物である悪魔だ』
俺の中で分からなかった答えが一つ理解出来た。
何故、こいつ等はいともたやすくえげつない行為を行う事が出来たのか。それは宗教論といった価値観の違いからなる考えの相違だと事らしい。
そしてこいつ等は純粋に女神を信じているが、上層部の神官共の大多数か一部かは、女神の信仰より民族粛清により得られる蜜の味を覚えてしまい何度も遠征を繰り返しているのだろう。
まったくもって、救い難い。
『あんた等の持つ聖なる本ってのは、最初の人類は楽園にすんでいたってお話だったよな。だけど知恵の木の実とやらを食ったお蔭で楽園から追放された。
ようは女神様とやらは、人間っつーイチヂク葉しかつけてないような馬鹿で可愛いぺットが欲しかっただけなんだろ?それで知恵を手に入れ手が付けられなくなったからぺットを捨てた。
責任感皆無な連中がやる「心無いぺットの放棄」となにが違うんだ?俺には皆目見当つかんよ』
ハルベルトを左足の腿に突き刺す。苦しめ苦しめ、馬鹿な価値観を通した事に対しての裁きだ。
『「神は箱舟に一部の人間と動物の番のみを乗せ、他は全て押し流した。人類が初めて体験した差別である」なんてゲーテニクスっつーとっつぁんが書物で語ってたけどこれはどう思うよ』
ハルベルトを引き抜き、死なない程度の傷がつくように胸元を切り裂く。叫び声が喧しい。
『貢物の量にはケチつけて大災害おこす癖に、学問や数字や娯楽なんてまるで興味持たないのも問題だよなー。そんなんじゃ人類発展しませんて正直。
あれ?もしもし?聞いてる?聞いてるかなー?』
もう一度突き刺す、引き抜いて別の場所を突き刺す、反応が薄くて詰まらない。もうちょいお話してみたいのだが。突き刺す突き刺す突き刺す。
『お前等の神様は幸せとかぶち壊すのも好きな訳?無邪気な子供も殺したり拷問したり強姦したりも大好きな訳?
俺の日常ぶち壊すのも大好きなの?誕生日だったのよ娘の。俺の誕生日の時不慣れながら頑張ってビーフシチュー煮込んでくれた娘のさ。
誕生日プレゼントにあれ買ってやったんだ、大きな熊のぬいぐるみ、我ながらベタだよなぁ。
でもそのプレゼント娘に見せる事出来なかったよ、梁の下敷きになって死んじまったんだよあの娘はよぉ!
妻ぶち殺したのもお前等だよな!?首絞めながら犯すのはそんなに面白かったか!?ああはいはい異種族は悪魔の子孫で呪われてたんでしたねぇ……お前らの司祭様その呪われた異種相手に腰振ってたっつの!
おいおいおいおい返事しろよしてくださいよ頼むからさぁ!なんで何故どうして女神様は俺の幸せ壊したんだ!?千人隊長クラスならそれくらい知っててもおかしくないだろうがなあなあなあなあなあなあなあなあなあ!
ざっけんな黙んなよ!それくらいで俺が満足する筈ないじゃあないですか!教えてくださいお願いします教えて教えろよコラ「もう死んでるよ」』
誰かが俺の手を掴む。
止められて気づけば、彼は穴まみれとなり絶望していた。まったく気づかなかった。
『あー…ごめんなぁ。喉元貫かれて喋れる訳ないかぁ』
ハルベルトを引き抜き頭を下げた。後片付けが大変だこりゃあ。
『んで…誰?』
振り向くと立っていたのは、黒い軍服を着た女。彼女は張り付いたようなニヤケ面をしており腕には牙狼の牙の主力攻撃部隊の一つ「牙狼の戦斧」の印章をつけていた。
『今の名前はエミネム=ランポート。口が悪い同僚はシャッド=メルなんて呼んでいるけどねぇ』
『牙狼の戦斧の隊長さんが、何故ここに?』
その言葉に彼女は一度背中を見せながら歩き、数歩歩いたところで振り向いて両腕を大きく広げた。おうぎょうで演技臭い仕草だ。
『今回の君のえげつない作戦と、討ち取った敵兵の数が素晴らしい。是非その才能を、僕の部隊で生かしてみないかい?後悔はさせないよ』
しばらく話を聞いて、俺は首を左右に振る。別段どこだろうが聖教国とは戦えるのだし、わざわざご大層な部隊に配属する必要はない。
義勇軍のような今の部隊で、好き勝手暴れて殺した方が正直楽だ。
『別に今回の戦績は、作戦で敵が脅えただけです。俺はこの間まで普通の家具職人だったんですよ?まあ建築業にも少し手を伸ばしていましたがね。
そんな俺が戦斧の一員になるなんて恐れ多い、辞退させてもらいますよ』
『これはまだ極秘なのかけれどもね…今度ボクの部隊が、敵主要都市を急襲するとしても君は話を断るかな?』
『……なに?』
主要都市急襲、連中の日常を破壊してやるのにこれ以上の機会はない。
口ぶりから考えるに最精鋭の電撃作戦なのだろう、俺達みたいな端義勇軍が参戦できると思えない。
『勿論君はボクの部隊で鍛えてもらう、まだまだ実力不足だからね。
でも君は、将来牙狼の戦斧の中核となる逸材になるとボクは睨んでいる。そして君は強くなり、最愛の存在を殺した相手に対しての復讐も容易となる。
どうだい?ボクの元に来ないかい?盛大に歓迎しようじゃあないか』
差し出された右手を、俺は……
□ □ □
休眠状態から脳が覚醒した。何度か見た事がある天井が確認できる。
指を折り曲げる。右手の親指から小指まで、取り敢えず正常だ。
白いシーツのべッドから起き上がり身体を確認、両腕に医療用の符が張られてある以外は正常である。
うす暗い部屋に差し込まれる光は桃色とオレンジ色のネオンで輝く看板んの明かりだ。
看板を見てみると『誇り高い騎士達を、貴方が調教して見えませんか?30分…』……やめた、イメージクラブ等興味は無いし騎士という言葉も見たくない。
ここから先はずーっと似たような看板が連なる売春宿が続いているのだろう。リスム第六階層の、おおよそ一般的な値段の売春街道だ。
窓から通路を見下ろしてりると、雑多な人混みの中に耳と翼がフサフサの羽のような翼人種の女性を見つけた。反聖教国勢力である牙狼の牙が壊滅した後、故郷を民族粛清されてしまったウイグルの女性だ。
そういえば最近翼人種を集めた風俗店が出来たと風の噂で聞いていたが、生き延びた上で行き場の無い彼女達を集めた店なのかもしれない。
ややボンヤリとした頭で外を見つめる。
俺の頭は、随分と懐かしい悪夢を見せてくれるものだ。
窓から目を反らし室内を見る。扉の向こうから廊下を歩く二人の男女の足音が聞こえたからだ。
「患者がべッドから降りるなっての、馬鹿タレが」
よれた白衣に二日酔いしていそうな顔の気分の悪そうな顔の男と、その反対でシャンとした看護服に身を包んだ清楚で真面目な黒髪の女性。
第六層の半分闇医者気味なジャーク=オズウェルトと、その助手のヒナ=ラスだ。
「腕はなんとか動くか?正直筋繊維がズタズタだったぞ」
「取り敢えずは動く、痛みも無い」
「そいつぁ良かった。患者が無事なら俺も安心して眠れるって奴だ」
ジャークはこんなナリをしているが、元従軍医であり国連医療団体『境の無い白衣』に所属していた経験豊富の医者だ。
なんでもその前はどこかの大病院に勤めており、病院ぐるみの不正を暴いたとかなんとか、なかなか医療ドラマチックな事をして飛ばされてしまったらしいと聞いた事がある。
嘘か本当かは分からないが、取り敢えず腕があるならそれで良い。この職業を続ける限り腕が飛んだり足が斬れたり等、日常茶飯事な状況になりえる可能性だってあるのだから。
「もうこいつは剥いで良いか?」
「出来るなら今夜まで張っておけ。
しかし…それにしておもお前さん…おい!椅子!」
なにかを言いかけてから彼が声を張り上げた瞬間、傍らにいた女性が物凄い勢いで四つん這いになり床に這いつくばった。
さも当然のようにその上に腰を降ろし、一服とばかりに胸ポケットから取り出した安煙草口に加え火をつけた。
腕は良い、患者の身を案じる、若い頃に燃えていた正義感。そんな+要素を全て吹き飛ばすような、少しばかり引いてしまう行動だ。
よくよく見てみると、看護師の首にはなにか黒い輪っかがついている。深くは考えないようにしておこう。
「んん?まあそんな目で見るなよ。
この椅子は良い椅子だぞ?どこにでも自律的について来て、ひと声かければすぐさま椅子に早変わり。おまけに患者の容体を見る特殊オプションつきだ、羨ましかろう?」
「その…なんというかまあ、患者の前では無類に優しいのに患者でなくなると変態趣味が出てくるのは、なにかの病気なのか?」
「さあ、どうだろうなぁ?俺にとっちゃ人間椅子文学組合を破門された、自らの家具に欲情した最低の変体野郎の方が病気だと思うがね。
生殖活動というのは人間に向けなれば非生産的だ、あの馬鹿は家具を孕まさせるつもりなのか?なあ?」
「おっしゃる通りでございます」
「毎日手入れして語りかけ、腰を降ろし愛を語らいあう。
これこそが、家具との崇高で偉大な接し方であり素晴らしい共存関係だと思わんかな?
おっと、人間家具に惚れても良いが俺の家具には座らせないぞ?お前さんのとこのドラゴニクスちゃん、彼女なら喜んで家具になってくれるんじゃないかなぁ」
軽く頭を抱えたくなる。
取り敢えずべッドの近くの椅子にかけてあった上着を回収して羽織、この異様な病室から出る事にしよう。
「何時もの口座に振り込むから、後で請求書を送っといてくれ」
「まあ待て待て、あの子は口ではいろいろ言いながらお前さんに組み伏せられたがっている節があるぞ?あんな子は稀なんだからもう少し真剣に、今後の調教を考えた方が」
「失礼する」
なんだか頭が痛くなって来たので病室を退去する。正直話についていけない自分がいるのだ。
まあ、人それぞれの価値観という事で、取り敢えず否定するつもりはないが肯定が出来るとはどうにも思えない。聖教国も否定はしないが肯定しないという態度をとれれば、民族弾圧戦争等起きなかっただろう。
「いや…真面目な話だがいったいなにがあったんだ?ああいや調教の件も真面目な話だが」
「さあな、俺にも分からんよ」
ジャークの問いに適当に返事をしながら部屋を出ていく。端末を取り出し日付を確認すると、丸一日寝込んでいた事になるようだ。
とにもかくにも。消耗してしまったという訳か。メタスと刃を打ち合わせた瞬間頭から身体までとにかく全ての器官がグラグラと揺れ身体から力を吸い取られたような感触を覚えている。
そういえばあの常識外れ、たかが剣の一振りで、何故か大抵の武器を無効化してしまうジョンのゲルに被害を与えていた。
物理的攻撃が効く相手であるなら、日頃から地下に潜りエネミーと激闘を続ける探索士があんなに殺される訳がないのだが。
やはり主にはなにか特別な秘密があるのだろうか?
あのメタスに、取り巻きの眷属が付き従っていなかった理由もよう分からない。
もしかしたら、ジョン=へイグが眷属だったのではと考えてはみたが、メタスはなんの躊躇なく第三勢力といった形でジョンにもこちらにも攻撃を仕掛けてきた。
それに最後には、ゲルが一斉にメタスに襲いかかっていた。まるで足止めでもするかのように。
情報が足りない、いったいあの時地下でいったいどんな事がおこっていたのだろうか。
端末の端にメッセージが入っていた。大抵はセルシィからのどうでも良い連絡であったが、地図士ギルドからの一文を発見。
内容は、俺が拾った少女の情報は地図士ギルドには登録無しという事であった。
地下にいる以上は、追い詰められた馬鹿な犯罪者か地図士ギルドの探索者だと思っていたのだが違うのか?
登録していないモグリという可能性もあるが、日に日に構造が変化していく地下迷宮の情報を受ける事が出来ない事は致命的だ。
まさか夢遊病か迷子か偶々タウロスに迷い込むなんて話も眉唾ものだし、丸腰で運動能力が低くて生き延びていたというのも納得はつかない。
登録番号から、セルシィの電話番号を探る。見つけて通話ボタンを押した。
『目覚めたッスか!?先輩!』
ワンコールで出たセルシィの大声に、思わず端末を耳から離す。なんて声量だ。
「声量を落とせ馬鹿。俺は問題ない、あの娘はどうだ?」
『良かったッスよ~。ん?ああ、あの娘ッスか?扱い兼ねたんでアニメ見せてたらジーッと見てますよ』
確かによくよく聞いていると、端末の向こうからそれらしき声が聞こえてきた。
『プランD、所謂ピンチですね』
『てめーの任務だろうが!前に出ろや前に!』
『離脱だ!離脱する!無理だぜこんなの!』
『アサルトキャノン』
『光が逆流する!?ウワアアアアアアアアアア!』
なんというか、賑やかなアニメだ。
「妙なもの見せてないだろうな」
『アタシが持ってる中では、当り障りの無い物を』
「集中しているようならそのまま見せ続けておけ。まだ事務所には帰らないからよく見張っておけよ」
端末の電源を切りつつ病院から出る。
目の前の鮮やかな光を放つ売春街から、客引きが声をかけて来るが取り敢えずスルー。
商売女との酷薄な関係は、牙狼の牙から離れた後の放浪期間に何度となく世話になった。
金で一時期だけ買える関係というのは、逆説的に癒しになることもある。
なにをすれば良いか分からず、なにもする気がなかったあの時期、あの世界は俺にとっては一種の慰めだったのかもしれない。
まあ、昔の事を考えていても仕方がない。今は取り敢えず考えを捨てて第五層を目指す事にしよう。
進む場所はリスム第二警察西側警察署だ。