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ジョン=へイグ 前

 個人や少人数で対集団戦をする時において必要となって来る要素は、武芸やハッタリをかます度量以上に地形を上手く扱えるかどうかが勝利に大きく関わってくる。

 数とは力であり暴力だ。当然であり当たり前の話だが、人間の腕は二本しかなく、眼球は前にしかついてはいない。別段腕や眼球は増やそうと思えば頭のおかしい地下先生が増やしてくれるが、不自然という物は驚く程力にはなってくれない。

 ならば二本の腕と二つの眼球で、どうすれば生存する事が出来るのか。簡単だ、足を使えば良い。

 敵が此方を殺害するつもりで攻め寄せるなら、こちらにとっての勝利とはなんなのか。簡単だ、生き延びる事が勝利となる。

 ならばやる事は、見え張りたがる物語の主人公や経験値稼ぎが必要な人物が行うような殲滅戦を前提とした戦いではない。如何に障害物を利用し必要最低限の動きで難から逃げ切るかの退却戦だ。

 殺しを生業としているのなら、戦う時とい事の意味は敵と戦闘する事を言うのではない。確実に完璧に、此方が傷を負わずに労を減らし、敵を殺害する事を戦いとするべきだ。

 ならば今の状況はどうだ?敵は集団で騒げば騒ぐ程危険度が増す。更には餓鬼一人のオマケつきだ。

 ここは戦うべきではない、逃走するべきだ。最低限邪魔な奴だけ殺害して後ろ向きに最善の一手を常に打ち続ける事が大切だ。

 なに、別段難しい話ではない。失敗したら死ぬだけだ。

 『KWAAAA!』

 腹部に突き刺したハルベルトが熱を放出し、臓腑を内から焼きつくし血液を沸騰させる。

 いかにタフであるガグであっても、内臓器官を駄目にされたら即死はせずとも動けまい。

 「騒ぐなよ、お互い寿命を縮めるぞ」

 ハルベルトを引き抜いて、左から迫るダズの肘から割れた腕を切断。赤黒い血が噴出され頭にモロに振りかかるが気にしている余裕はない。

 ハルベルトの大斧部分で胴体を二つに切断し、上半身を穂先で貫く。上半身を刺したまま左に向けると、ナイフのような鋭い鉤爪が襲い来ていた。

 盾のようにダズの上半身を使い爪を受け止め、そのまま一回転して引き裂かれた死体をハルベルトを振り回した遠心力で引き抜き追撃を受ける前に死体をぶつけて体制を崩す。

 「昇ったか!?」

 返事がないので振り向く。少女は祭壇の上によじ登り終えており、此方をジッと観察でもするように瞬きせずに見つめていた。

 「昇ったなら昇ったと言え!」

 「のぼっ…た!」

 「上出来だ!」

 追撃が来る前に祭壇に駆け上り、少女を荷物のように抱えバジリスクの彫像のすぐ脇を疾走。

 後を追うダズが、祭壇の彫像を崩しながら集団で追撃して来た。遥か昔地下に人類がいたという、重要な証拠を次々破壊しながら追撃して来る。あの像とか、金に換算すれば結構な儲けになりそうなのにもったいない。

 祭壇の台は、この一室をグルリと覆い囲むように外壁と隣接するよう造られている。溢れ出て来るダズの群れの中を突き進むよりは祭壇の上を外壁沿いを走る方が良い。

 だが祭壇を昇り後ろから追撃して来るダズの群れを巻くのは難しい。奴等頭は空だが、身体能力で言えば完璧に人類の上位互換だ。

 卓越した筋力に、棒くらいなら握って振り回す事くらいなら出来る器用な手先。四足で走れば速度は人間以上で、毛深く分厚い体毛は一種の鎧のような物だ。

 そんな敵に人類が何故勝てるかと言えば、如何に道具を器用に使うかと、小賢しい戦闘が出来るかどうかの策略が練れるかどうかだ。

 「ベルトについている紐引っぱってくれ!」

 「……?」

 「紐!引っ張れその少し垂れ下がってる奴だ!」

 「ひっぱる?」

 駄目だ、話にならない。

 ハルベルトを前方の床に突き刺すように投擲し、自分で指摘した紐を引っぱり、それと同時に外れた皮の帯を捨てる。

 前方に大きく飛び少女を胸元に隠した瞬間、閃光と爆音。手瑠弾と閃光弾を纏めておみまいしてやった。

 手瑠弾の殺傷能力は爆風によるものと誤解されがちだがそれは違う。正確には、爆風で吹き飛んだ鉄欠片が跳ね飛び身体の中に深々と突き刺さる事により重傷を負わす造りだ。

 だがしかし、大柄なダズには十分な殺傷能力があるとは思えない為駄目押しの閃光手瑠弾。爆音と閃光、そして強烈な痛みは本能に生きる連中にとっては強烈な刺激となる筈だ。

 追撃して来たダズ共は、混乱した様子で傷を負った足や腹部を押さえている。目論見は上手くいった。

 前方に突き刺さるハルベルトを回収してから更に前進、後少し走れば出口に辿り着ける。

 だが、再度地震のような振動に歩幅が乱れた。舌打ちする間もなく、足場が砕け散り吹き飛ばされる。

 石畳の上を転がる。肩をおもいきりぶつけた為、打撲の痛みを感じるが今は無視して石畳の上を更に転がりその場から退避。

 砂と埃を、瓦礫を突き破り踏み込んで来たのは四足の巨大な筋肉の塊。牙城鎚のような牙を持った、猪に酷似したエネミー・ラバゴスだ。

 先程までいた場所が、体重三百キロはありそうな巨体が通り過ぎて行った。奴の突進を無抵抗に喰らえば人間等一撃で砕け散る。

 「新迷宮に浮き足だってたのは、人間だけじゃなかったようだな」

 どいつもこいつも、自らの縄張りを外れてこの場所に侵攻して来ている。これはまさか、主が移動を始めたのかもしれない。

 ダズだろうとラバゴスだろうと、積極的に生息域から移動する生物ではない。恒常的に移動しているのは蟻人くらいだ。

 ラバゴスがそもまま直進し、ダズの群れに突き刺さる。三体のダズが弾き飛ばされるが、途中で一体が手にした鍾乳石のような石の棒を叩きつけ足を止めた。

 止まったラバゴスを集団で囲い、鉤爪で切り裂き肉を食いちぎる。ラバゴスが絶命したと思ったら、幾つもの振動が断続的に響き壁が吹き飛び後続のラバゴスが突き進んで来た。

 こうも横並びにこられたら左右には逃げられない。ハルベルトを構え目の前に走り寄るラバゴスをに向ける。逃げられないのなら、この筋肉ダルマを迎え撃つしかない。

 ラバゴス討伐のセオリーは、矢じりに神経毒を塗ったり麻酔弾丸を大量に撃ちこんだ後、大盾で受け止め足を止めて集団で殴るといったものだ。

 戦争で用いられたこの戦槍斧ハルベルト。ただ振り回し熱で焼く為だけの武器ではない。

 ロードランの飛竜騎士が機械槍を扱うように、このハルベルトも機関部と言える部分が存在する。

 柄の部分に開いた穴があり、ポーチから弾薬に似た特製の薬筒を装填。石突きを地面に叩いた瞬間、槌の部分が二つに割れ噴出口が現れる。

 戦争時代、如何に個人で強力な火力を保持し運用出来るかが研究されていた。

 グレネードを遠距離に飛ばす銃器や、薬で洗脳強化した捕虜に巨大兵器を持たせ壊れるまで酷使する方法まで様々な事が試され検証され続けたのだ。

 その答えの一つが、この槌がついたハルベルト。正式名称は、『牙狼部隊正式採用機械槍斧R=2ハルベルト』という長ったらしい名前がついている。

 「身体が追いつくかねぇ」

 突撃して来るラバゴス眺め、握り手の近くにセットされた引き金を引く。

 噴出口からジェット噴流のような推進剤が排出され、遠心力に加え腕が引き千切れそうな痛みが両腕を襲う。

 「グ…オオオオオオ!」

 勢いに任せ横振りにラバゴスの頭部に斧を突き立て、頭部を破壊しつつ横に吹き飛ばす。壁が吹き飛んだ時程ではないが、凄まじい衝撃と共にラバゴスが転倒する。

 腹を見せたラバゴスの腹部に、すかさずハルベルトを突き刺して中を焼いていく。たまにこいつ等は、脳を破壊されても突き進んで来る事があるから侮れない。

 「イッ…ツウ。

 筋肉が壊れたか?二十代の頃は、一日三回はいけたんだがなぁ」

 筋繊維がズタズタに千切れたのか、両腕は悲鳴を発するような激痛を発し至る所で内出血を誘発していた。地上にさえ戻れば処置は簡単なので今は気にしても仕方ない。

 他のラバゴス達は、ダズの群れに突撃しておりひとまずは難は逃れた。自らの安全がまず分かってから少女を探す自分の心配をする自分に苦笑いをしながら周囲を見渡した。

 「ウォ!?なんだそこにいたのか」

 少女は張りつくようにすぐ真後ろにいた。まったく気づかなかった、ピタリと張り付いていたというのか?

 「ケ…ガ?」

 「ひとまずは大丈夫だ。逃げるぞ…っ!」

 少女が無事で気が抜けたか、それともセルシィの援護と警戒が当たり前の毎日になってしまい気を抜いてしまったか。

 慌ててすぐ近くのダズを見て慌ててハルベルトを防御するよう構えたが、鉤爪に弾き飛ばされ吹き飛ばされてしまった。

 額に熱が走り、血液がつたう。油断してしまったか、情けない。

 気づけば俺は、ダズとラバゴスの生存争いの場の中央に弾き飛ばされていた。

 両足はまだ無事なので立てる。立てるのだが…出口が遠ざかりすっかり取り囲まれてしまった。

 まずった、やっぱり慣れない事なんてするんじゃなかったか?端末のメールボタンを押して救援信号をセルシィに送る。乱戦を利用した上でセルシィの増援が来ればまだ逃げる機会も生まれるかもしれない。

 「ここからは賭けだな、失敗したら『屍漁り、地下で屍になる』か。

 まあ、ロクな人生じゃなかったし、死後の世界も怨霊も女神の審判も信じちゃいないが、遺体を食われるのは少し嫌だな」

 ため息。傍らの少女を見る。言葉を話せない全裸の少女は、異国から来た奴隷であるのか。

 奴隷なら普段絶対助けはしないが、『初めて見つけた地下迷宮の生存者』という事情が俺の判断を誤らせたか。それとも手を伸ばす少女が、嫌な記憶と重なってしまい、危険を顧みないなんちゃって熱血漢になってしまった事が危機を呼び寄せたか。

 慣れない事はするもんじゃないし、年はとるもんじゃないな。こんな判断能力では戦場でとっくに死んていた筈なのに。

 「まあでもちょいとくらい悪あがきはしておこうかねぇ」

 両足が動くなら蹴りくらいは出来るだろう。全力とは言えないが一応ハルベルトは振れる。

 「敵を斬り倒しつつ出口に走りこむ。ついて来れるか?」

 「ついて来い?ていて…行く?」

 「疑問形かよ。まあ別に良いがな」

 さて、最後にもう一足掻きいこう。

 そう考えた瞬間、なにやら胸糞悪くなるような粘着質な水音が耳元で響いた気がした。

 まさか…と嫌な予感が脳裏を高速でよぎる。

 足音にしずく。ゆっくりと上を向くと、青色の粘体が粘り気のある蠢き方をしながらテラテラと輝いていた。

 「ジョン」

 口に出した瞬間、粘液が吊り天井となり頭上に降り注いで来た。


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