魔法のマッチングアプリで玉の輿を狙う私を、口の悪い幼馴染が全力で妨害してくる。
「よっしゃあああーッ!! 宮廷魔法使い様とマッチングしたー!!」
薬草店の薄暗い作業場。
大きな鍋でスライムの粘液を煮詰めるという地味で臭い仕事をしていたリューリの歓喜の叫びが、部屋中に響き渡った。
今年で18歳。恋人いない歴=年齢。
彼女の右手には、今王都の若者たちの間で爆発的に流行している魔道具、恋人探し手鏡アプリ『マヂマッチ』が握りしめられている。
鏡の表面に浮かび上がっているのは、【第一宮廷魔法分隊・副隊長】という、眩しすぎるほどに輝かしい肩書きだ。
「やった、やったよ! これで毎日スライムの体液の臭いを嗅ぐだけの底辺生活からおさらばだわ! 夢の高級魔道具に囲まれた、完全自動化の快適専業主婦ライフが私を待ってるぅー!」
リューリが手鏡にすりすりと頬擦りをして感涙に咽んでいると、作業場の入り口から呆れたようなため息が聞こえた。
「お前なぁ……スライム液、焦げかけてるぞ。浮かれるのもいい加減にしろよ」
「あっ、やばっ」
慌てて火を止めるリューリ。入り口に寄りかかっていたのは、幼馴染のカイルだった。
昔から近所に住んでいる魔法具職人の見習いで、顔は悪くないのだが、とにかく口が悪い。今日もリューリの様子をからかいに来たらしい。
「またその怪しい魔鏡か。どれ」
カイルはズカズカと歩み寄ると、リューリの手元を横から覗き込んだ。
そして、画面に映るエリート魔法使いのプロフィールを見た瞬間、露骨に眉間に皺を寄せる。
「……おいおい、宮廷魔法使い? 年収高すぎだろ。絶対裏があるって」
「ないもん! ちゃんとメッセージも丁寧だったし!」
「お前みたいなガサツで色気もねェ女が、こんな完璧な男相手に猫被りきれるわけねーだろ。どうせ遊び目的だ。騙されて泣きを見る前にやめとけっての」
どこか焦ったような、不機嫌そうなカイルの言葉。
しかし、すっかり玉の輿の夢に浮かれているリューリの耳には届かない。
「うるさいカイル! 私の【光魔法(美肌加工)】と【空間歪曲魔法(小顔・デカ目加工)】を限界まで重ね掛けした最強プロフィールを舐めないでよね! 今度こそ絶対に専業主婦になるんだから!」
「……あっそ。せいぜいボロが出ないように頑張るんだな」
カイルはチッと小さく舌打ちをすると、足早に帰っていった。
あんな腐れ縁の言うことなど気にするものか。ついに明日、そのエリート魔法使い様と対面するのだ。リューリは気合いを入れて、とっておきのワンピースを引っ張り出した。
*
◆1人目:宮廷魔法使いのエリート(24歳)の場合
「初めまして、リューリさん。幻影画像で見るより、ずっと可愛らしい方ですね」
王都の一等地にある高級カフェ。目の前に座る彼は、仕立ての良いローブを着こなす、非の打ちどころがないエリートだった。
顔も良い。気遣いも完璧。何より、身につけている時計や装飾品から隠しきれない財力が漂っている。
(すごい! 服の生地からして超高級品! これなら夢の全自動魔道洗濯機だけじゃなくて、お掃除ゴーレムも買ってもらえるかも……! 週末は浮遊馬車で王都を優雅にお買い物して、夜は一流シェフのディナーを……!)
リューリの脳内では、すでに完璧で優雅なマダム生活の青写真が完成しつつあった。
「あ、ありがとうございますぅ。私なんて全然……今日はお会いできて本当に嬉しいです」
リューリが人生で最も高い声を出して上目遣いをした、その時だった。
「——んぐっ!?」
突然、エリート魔法使いが喉を押さえて白目を剥いた。
彼の飲んでいた高級なハーブティーのカップから、紫色の禍々しい煙が立ち上っている。
「えっ!? ど、どうしたんですか!?」
「こ、このお茶……誰かが、超激辛の『獄炎草』のエキスを……ッ! ぐあぁぁぁ胃が、胃が焼けるぅぅッ!」
エリート魔法使いは口から小さな火炎弾を吐き出しながら、「水! 水をくれぇぇ!」と叫んで店を飛び出して行ってしまった。
後に残されたのは、真っ白に燃え尽きたハーブティーの残骸と、幻と消えたお掃除ゴーレムの夢、そして呆然とするリューリだけだった。
*
◆2人目:白銀の騎士団員(22歳)の場合
数日後。気を取り直したリューリは、次にマッチングした爽やか系イケメン騎士と公園の噴水前で待ち合わせていた。
彼はリューリの手を優しく取り、熱を帯びた瞳で見つめてくる。
「君の瞳は、この噴水の水面より澄んでいて綺麗だ。……僕が一生、君の盾になって君を守りたい」
(公務員! 国家専属騎士という安定の極み! これで豪華な官舎暮らしが確定よ!)
良いムードだ。これはいける。
リューリがはにかんで見せ、彼がその肩を抱き寄せようとした——その瞬間。
——ベチャァッ!!
どこからともなく飛んできた『泥スライム』が、イケメン騎士の顔面にクリーンヒットした。
「ひぃぃぃぃぃッ!?」
騎士が、巨漢のオークに踏まれたような悲鳴を上げた。
「ど、泥! 泥は嫌だ! ばっちい! 菌が! 菌が僕の綺麗な顔にぃぃ!」
「き、騎士様?」
「ママーーーッ!! 助けてママーッ!! 僕のお顔が汚れちゃったよぉぉぉ!!」
彼は顔に泥をつけたまま、大泣きしながら馬よりも早く走り去ってしまった。
極度の潔癖症かつ、どうやら重度のマザコンだったらしい。
残されたリューリは、虚無の顔で噴水の水を眺めることしかできなかった。
*
◆3人目:猫人族の若き大商人(20歳)の場合
(次こそ……次こそは絶対に決める!)
夜の王都を見下ろす、超高級レストランのテラス席。
現れたのは、頭に艶やかな黒猫の耳を持ち、しなやかな身のこなしが美しい猫人族の青年だった。
若くして貿易商会を継いだ大富豪。仕草の一つ一つが洗練されており、夜景を背に微笑む姿はまるで絵画のようだ。
「リューリ。君のような素朴で美しい花に出会えたことは、僕の人生最大の幸運だよ」
「そんな、大袈裟です……っ」
彼の大きな手が、テーブルの上でリューリの手にそっと重なる。
「僕は、君に何も苦労させない。豪邸も、最新の魔道具も、星の数ほどのドレスも、全て君に贈ろう。……どうか、僕の妻になってくれないか?」
(きた……! ついにきたわ私の春! お金持ちで優しくてイケメンで猫耳! 完璧すぎる!)
「はい……っ! 私でよけ——」
——パリンッ。
リューリが返事をしようとしたその刹那。
テラスのすぐ下の階の茂みで、小さなガラス瓶が割れるような音がした。
直後、風に乗って、ふわりと『ある匂い』がテラスへと漂ってくる。
「……ん?」
青年の黒猫の耳が、ピクリと反応した。
彼の端正な顔つきが、突如として虚ろになる。スマートな瞳の瞳孔が、まん丸に大きく見開かれた。
「あ、あの……? どうかしましたか?」
「フニャァァァァァン……ッ!!」
「えっ」
青年は突如、椅子から崩れ落ちた。
そして四つん這いになり、テラスの柱に顔を猛烈な勢いで擦り付け始めたではないか。
「ちょっ、青年さん!? どうしたんですか!?」
「ゴロゴロゴロゴロ……ッ! たまんニャい! この匂い、最高級の『幻惑のマタタビ』だニャァァァ……ッ!!」
「マタタビ!?」
先ほどまでのスマートな富豪の面影は微塵もない。
彼は完全に理性を失い、床に寝転がってクネクネと身をよじらせながら、「ニャハァ〜ン」とだらしない声を上げ続けている。周囲の客たちがドン引きしてこちらを見ている。
「あ、あの、しっかりして……っ!」
「君も一緒に嗅ぐニャ! 飛ぶぞ!」
「飛ばないで!!」
結局、酩酊状態になってしまった彼を店員たちが総出でつまみ出す騒ぎになり、リューリは一人、目玉が飛び出るほど高額なディナーの伝票と共に取り残されることになった。
*
「なんなのよぉぉぉ! どうして私の出会いはいつもこうなのよぉぉぉ!!」
数日後。
リューリは行きつけの安酒場で、ジョッキをドンッと叩きつけてやけ酒を煽っていた。
「よお、リューリ。また男に逃げられたのか?」
隣の席にドカッと座ってきたのは、幼馴染のカイルだ。
リューリの荒れ狂う姿を見て、呆れたように、けれどどこかホッとしたような顔をしている。
「うるさいカイル! 私だって絶望してるのよ! 呪われてるんじゃないかってくらい、いいところで絶対に変なことが起きるんだから!」
「へえ。そりゃお前が日頃から『専業主婦になって楽したい』なんて邪なこと考えてるから、神様が天罰を下したんじゃねーの? ほら、奢ってやるから飲めよ」
カイルはニヤニヤと意地悪く笑いながら、店員にエールを追加注文し、自分の上着のポケットから財布を取り出そうとした。
——ポロリ。
その拍子に、カイルのポケットからいくつかの「小さなアイテム」が床に転がり落ちた。
リューリの視線が、床に落ちたそれらに釘付けになる。
「……カイル。それ、何?」
空になった『獄炎草のエキス』の小瓶。
泥スライムを捕獲するための『マジックポーチ』。
そして極め付けに、匂いを完全に密閉するためのケースに入った『幻惑のマタタビ(最高級品)』の枝。
「あ」
カイルの顔から、さぁーっと血の気が引いた。
リューリは震える手で、その証拠品たちを拾い上げる。
どれもこれも、魔法具職人見習いであるカイルのコネと薬液抽出の技術を悪用しなければ手に入らないような、厄介な代物ばかりだ。そして何より、これら三つのアイテムは、リューリの三回のデートを見事にぶち壊した原因とピタリ一致している。
「お前がァァァ!! お前が全部邪魔してたのかァァァァッ!!!」
「ち、ちげェよ! 誤解だリューリ!」
「誤解なわけあるか! 全部辻褄が合うわ! なんでこんなことしたのよ!!」
リューリが胸ぐらを掴んで激しく揺さぶると、カイルは顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「だ、だから! お前みたいな隙だらけで鈍臭い女が、どこの馬の骨とも知れねェ男に騙されないようにだな! 幼馴染としての親心で……ッ!」
「親心でマタタビ投げるかバカ!! 私の完全自動化専業主婦ライフを返せーーーッ!! 大体あんたのせいで、今日の晩御飯代カツカツなのよ!」
「……悪かったって! 今日の酒代も飯代も全部俺が払うから!」
必死に弁解するカイル。
リューリはふう、と息を吐き出し、ジロリと彼を睨みつけた。
「当然よ。……あーあ、せっかくの玉の輿のチャンスだったのに」
「……そんなアプリに頼らなくたって、そのうちいい奴現れるだろ。お前の、スライム臭い手でも笑わないような物好きがさ」
カイルがボソリと呟く。
リューリが驚いて顔を上げると、カイルは気まずそうにそっぽを向いていた。耳の先までほんのりと赤い。
その必死に照れ隠しをしている横顔を見て、リューリの胸の奥で、トクン、と小さな音が鳴った。
(あれ……カイルって、こんな顔するんだっけ)
今までただの鬱陶しい幼馴染としか思っていなかったのに。
自分のアプリを見て不機嫌になったのも、わざわざ三回も尾行して邪魔をしたという執念も、ただのからかいではなく——もっと別の理由があるのだとしたら。
急に顔が熱くなり、リューリは慌ててジョッキのエールをあおった。
「……明日」
「え?」
「明日、新しい魔道具のパーツ買いに行くついでに、お前が前から行きたがってた王都のケーキ屋、連れてってやるから。……それで機嫌直せ」
ぶっきらぼうな言い方だが、彼なりに必死に歩み寄ろうとしているのが伝わってくる。
リューリは少しだけ胸ぐらを掴む手を緩め、ふいっと顔を逸らした。
「……仕方ないわね。そこのケーキ、三つ奢るなら許してあげる」
「三個!? お前、絶対太るぞ」
「うるさい! 奢るって言ったんだから全額払いなさいよね!」
酒場にリューリの怒声と、カイルの文句が響き渡る。
リューリの夢見る『玉の輿の春』は遠のいてしまった。
けれど、この不器用で口は悪いが、誰よりも過保護な幼馴染が隣にいる限り——本当の春は、案外すぐ近くまで来ているのかもしれない。




