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『頑張ってきたのに』

作者: ミオ
掲載日:2026/08/07

彼女は、いつも思っていた。


――どうして、私ばっかり。


子どもの頃、

欲しいものを買ってもらえなければ、

うちの親はケチだから。



友達と喧嘩をすれば、

あの子が嫉妬したから。


先生に叱られれば、

先生が私を嫌っているから。


約束を忘れても、

遅刻しても、

誰かを傷つけても、


そこには必ず、

自分以外の理由があった。


彼女の人生に、


「自分のせい」

という言葉が入り込む余地はなかった。


だから、大人になっても同じだった。


恋人と別れた。


「男を見る目がなかった」


仕事を辞めた。


「会社がブラックだった」


友人が離れていった。


「みんな薄情だった」


結婚しても、


夫が自分の思い通りに動いてくれない。


家事をしてくれない。


話を聞いてくれない。


欲しいものを買ってくれない。


自分をもっと大切にしてくれない。


彼女は夫に言った。


「普通の旦那さんなら、これくらいしてくれるよ」


夫が疲れていると言えば、


「私だって疲れてる」


夫が不機嫌になれば、


「あなたは器が小さい」


夫が距離を取れば、


「冷たい人」


夫婦仲が悪くなれば、


「結婚してからあなたが変わった」


彼女は一度も、


「私の接し方にも原因があるのかもしれない」


とは考えない。


考えたら負けだとでも、思っていたのかもしれない。


自分に原因があると認めた瞬間、

今まで誰かのせいにし続けてきた自分の人生が、全て崩れてしまう。


やがて夫は家に帰る時間が減った。


彼女は言った。


「浮気するような男だったなんて、見る目がなかった」


夫が離婚を口にした。


「こんなに頑張ってきた私を捨てるなんて、ひどい人」


そして、離婚した。


彼女は泣いた。


「私は何も悪くないのに」


その言葉だけは、最後まで変わらなかった。



離婚後、彼女に新しい恋人ができた。


今度こそ幸せになれる。


そう思った。


最初は優しかった恋人も、少しずつ彼女から距離を取るようになった。


彼女は言った。


「また男運が悪かった」


恋人が去った。


「結局、男はみんな自分勝手」


友人が減った。


「最近の人間関係って薄っぺらい」


子どもが大人になり、自分の人生を歩み始めた。


頻繁には連絡をくれなくなった。


「親を大切にしない子に育った」


孫が生まれても、娘は彼女にあまり頼らなかった。


「私を信用してないのよ」


そして、歳を取った。



ある日、彼女はふと気づいた。


電話帳を開いてみる。


昔の友人。


昔の恋人。


元夫。


親戚。


子ども。


名前はたくさん並んでいる。


けれど、今すぐ電話をかけて、


「ちょっと話を聞いて」


と言える相手は、一人もいなかった。


どうして私は、一人なんだろう。


そして、いつものように答えを探した。


みんなが忙しいから。


みんなが冷たいから。


みんなが自分勝手だから。


時代が変わったから。


そうやって原因を外へ、外へと探していった。


けれど、その日だけは、

ほんの一瞬、


頭の片隅に、別の考えが浮かんだ。


――もしかしたら。


――私にも、何かあったのかな。


彼女はそこで考えるのをやめた。


「……いや、そんなはずない」


そして、テレビをつけた。


画面の中では、家族が笑っていた。


彼女は小さく呟いた。


「ちゃんとやってきたのに…」


誰も答えなかった。


それでも彼女は、自分の人生が間違っていたとは思わない。


悪いのは、いつだって誰かだ。


夫が悪かった。


恋人が悪かった。


友人が悪かった。


子どもが悪かった。


時代が悪かった。


運が悪かった。


そして彼女は、一生気づかない。


自分の人生を変えられるものは、

ずっと自分の手の中にあったことに。


「思い通りにならない人生」

だったのではない。


思い通りにならない、

その度に、


「なぜそうなったのか?」


を、自分以外に探し続けた。


だから最後の日まで、


彼女は、誰かの何かの被害者だった。


その人生を作り上げていったのは、


それを選択し続けたのは、


自分だということさえ、


気づかないまま。

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