聞いていません
私が前世の記憶を取り戻したのはミランダ様とお会いした瞬間だった。
我が伯爵家の寄親であるミランダ様のお父様に年齢が同じだから仲良くして欲しいと紹介されたのが御年8歳のミランダ様。
金髪縦ロールの美少女がはにかむような笑みを浮かべて、私を見つめている。
悪役令嬢!!
前世美容師をしていた私の愛読書『恋は落ちるのではなく勝ち取るもの』通称『恋勝』の悪役令嬢ミランダにそっくり!!
一気に押し寄せてくる前世の記憶に圧倒されながら、私は何とかその場に踏みとどまった。
ここで倒れたらマズイ。
変に目をつけられて没落は避けたい。
頭はズキズキ痛むが我慢して笑みを浮かべる。
「顔色がお悪いですわ。体調の悪いときは無理してはいけません。きっとお父様が無理を言ったのでしょう。こちらに横になって」
何と私の顔色の悪さを読みとり、あれこれと世話をやいてくださる。あれよあれよと言う間に私はソファーへ横たえられた。
「誰か、水とお医者様を」
ミランダ様は私の手を握り、真剣な眼差しで私を気遣ってくださる。
「大丈夫ですよ。もうすぐお医者様がいらっしゃいますからね」
優しい言葉に私は思わずほろりと涙が溢れた。
「……ミランダ様」
「はい。どうされましたか?」
こんな優しい人が悪役令嬢?
将来断罪されるかも?
そんなの……そんなの絶対に許せない!!
「私と……私とお友達になってください!!」
そう叫んだ次の瞬間、私の意識はブラックアウトした。
そんな衝撃的な出会いをしてから、はやいものでもう8年。
私はミランダ様の親友として同じ学園に通っていた。
その間、ミランダ様が悪役令嬢になるかもしれないであろうフラグは全て断ち切った。
と言っても、根っから素直で優しい性格のミランダ様。フラグというフラグはほとんど無く(念の為ミランダ様が悪役令嬢になるきっかけとなるお母様が亡くなられるかもしれない流行り風邪のみ対処しました。お母様は今も元気でご存命。美魔女)この年を迎えました。
今日はいよいよヒロインが転入してくる日。
高等部2年の始業式から3日目である。
流行り風邪で母が死にそうになっているのを見たヒロインは聖属性魔法に目覚め、母の命を、そして人々の命を救う。それが評判となり教会に聖女として召し抱えられ、学園に通うことになる……だったはず。
さぁ、来い!ヒロイン!!
いつでも迎え撃つわよ!!
何しろこちらには慈愛の乙女ミランダ様がいるのだから。
そう、ミランダ様はやはりミランダ様だった。
身分に関係なく、困っている方がいればさりげなく手助けし、あの麗しい微笑みで皆の心を鷲掴みにする。学力も高く、運動は……苦手とされているが、一生懸命取り組まれている姿を見て、皆がこっそり癒されている。そんなミランダ様が学園でつけられたあだ名が慈愛の乙女。唯一、縦ロールだけはミランダ様付の侍女の断固たる反対にあい、直せなかったけれど本の中のミランダ様とは別人のようなミランダ様に成長されていた。
「セシル。そんなところで止まっては皆様の通行の妨げになりますよ」
私が立ち止まってヒロインを待ち受けていると、困った表情を浮かべたミランダ様が声をかけてくる。
「ミランダ様、今日は決戦の日です。聖女のヒロインが編入してくるはず……」
「聖女?それは5年前に流行り病の特効薬を見つけた貴……」
「やぁ、ミランダ嬢、セシル嬢おはよう。こんな通りの真ん中で立ち止まってどうしたんだい?」
金髪碧眼。どこか色気を感じる整った顔立ち。身長も高く、剣技にも優れ、程よく筋肉のついた体つき。学力テストはもちろん毎回首席。文武に優れ王者の風格さえも漂わせる攻略対象筆頭、ジュリアン皇太子殿下が声をかけてくる。
「ごきげんよう、ジュリアン様」
ミランダ様のお辞儀に合わせて、慌てて私も頭を下げる。
「何度も言うけれど、学園では身分は誰もが無いものとするはず。堅苦しい挨拶は必要無いよ」
ジュリアン様は苦笑してミランダ様と私に頭をあげるよう言われた。
「そうは言われましても……難しいですわ」
ミランダ様は潤んだ瞳で皇太子殿下を見上げる。
「ミランダ、相変わらず猫を被っているのか」
皇太子殿下の横から声がかかった。
むっ。この声……この失礼な態度は……
「キリアン!猫を被っているってどういう意味ですか?」
いつもはお優しいミランダ様が唯一声を荒げる相手、私と同じくミランダ様の幼なじみで一応攻略対象の公爵家嫡男キリアンである。燃えるような赤髪がトレードマークの将来の騎士団長候補でもある。
「そのまんまだよ。本来のお前はもっとやかましいだろ」
「何ですって!私がいつうるさくしたんですの!!」
「おっ!言ってもいいのか?あれは……」
「やっぱり無し、無しです。言うのはやめて!」
キリアンがからかって、それにミランダ様が言い返すいつもの光景が繰り広げられている。
「2人は相変わらずだね。……セシル嬢、それよりヒロインって何?」
ギクッ。
どうやら皇太子殿下は私の言葉を聞いていたらしい。この世界にヒロインなんて言葉はないはず。
「あの……どなたかにヒロインである聖女様が編入してくると伺ったんです」
よし!何とか誤魔化せた。
誰かに聞いたかも説!!ナイス私!!
「そうか……それはおかしいな。聖女は編入して来るはずはないんだが……」
皇太子殿下は思案しつつ、言葉を発した。
「そうなんですか?」
もしかして、イレギュラーな私が原作改変してしまった?
でも、ヒロインには申し訳ないけれど、ミランダ様の未来が妨げられないのならそれに越したことはない。
「ああ、だからこんな道の真ん中に立っていないで、早く教室に行こう。キリアンもそこまでだ」
ミランダ様とキリアンも皇太子殿下の一声で静かになる。
「じゃあ、また後で」
皇太子殿下が踵を返すと慌ててキリアンが後を追う。
ミランダ様はその姿を切なそうに見つめていた。
「……ミランダ様、一緒に行けばよろしかったのに」
「誘われてもいないのに、そんなことはできませんわ。私たちも行きましょう」
ミランダ様に促されて私も教室へと向かった。
教室で仲良しの友人2人と合流する。
「ミランダ様、セシル、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ミランダ様、セシルはいつものですか?」
「ええ、こうなると長いから……とりあえず1時間目の移動教室に行く準備をいたしましょう」
皆が準備に取りかかる間私は思案にふけっていた。
ミランダ様にあんな表情させるなんて……。
早くミランダ様の魅力に気付いてもらわないと……。
魅力……そうだ!私にはあれがあるじゃない。
私は一人ほくそ笑んだ。
「セシル!!セシル!!次の授業に行くわよ!」
ミランダ様に声をかけられ、はっと現実に戻る。
見ると3人は既に教室を出かかっていた。
慌てて準備すると、3人のもとへ急ぐ。
「置いて行かないでください」
ミランダ様!放課後を楽しみにしていてください!!
放課後になり、皆でいつものテラスでお茶を飲んでいる中、思いきって私は作戦を伝えることにした。
「イメージチェンジ?」
「はい」
そうイメチェン。
いつも縦ロールのミランダ様が別の髪型をされたらきっと皇太子殿下もときめくに違いない。
ミランダ様は元が美少女なので、どんな髪型でも似合いそう。
縦ロールはどちらかと幼く見えるから、できたら少し大人っぽいものが良いかな。
「イメージチェンジですか……私にはあまり想像できませんが……」
ミランダ様はどちらかというと及び腰である。
「イメージチェンジ良いんじゃないですか」
「私もそう思います。セシルの学力と手先の器用さは皆が認めることですし」
そう。転生チートなのか、今世は勉強には全く困らなかった。そして前世と同じく手先の器用さにも自身がある。
「……皆様がそうおっしゃるんでしたら……お願いしてみようかしら……」
よし!ミランダ様がうんと頷いてくださった。
この機会逃すべからず!!
前世美容師だった、私の腕の見せどころ!!
ミランダ様の髪をほどいて梳かすと、シニヨン風にまとめる。
「まぁ、これが私?」
ミランダ様に鏡で確認してもらうが、声のトーンが一段階高いので満足していただけている様子である。
「ミランダ様!!いつも以上にステキです」
「本当!!セシルにこんな特技があるなんて」
周りの反応も上々!
よし!!我ながらなかなか良いんじゃない?
ちらりと見えるうなじがなんとも色っぽい。
いつもの縦ロールもゴージャスだけど、シニヨンはどことなく子どもから大人になりかけのミランダ様の魅力をあますところなく感じられる。
よしよし!これなら皇太子殿下もイチコロね!!
私は含み笑いを誤魔化しつつ、ミランダ様を演習場に誘う。
「せっかくなんで、演習場に行きませんか?」
「……でも、恥ずかしいわ」
うつむき気味に恥じらうミランダ様……。
いける!!いけます!!
「良いんじゃないですか」
「ええ、せっくなので皆様に見せてさしあげましょう」
2人も援護射撃してくれる。
「……じゃあ、行こうかしら」
「はい!」
私は満面の笑みで頷いた。
演習場はいつものように大勢の人で賑わっていた。男子は剣技の研究に女子のお目当てはもちろんあの2人である。
その人達の視線が一斉にこちらに集まる。
「……あれってミランダ様!?」
「髪型が違うけれどいつもにも増してすてき」
「……ちょっと、色っぽいな」
「可愛い……」
よしよしよし。好感触。
これなら皇太子殿下の反応も期待できますよ!!
いつものように皆が席を開けてくださるので定位置の最前列へと足を進める。
これもミランダ様の人徳のたまもの。
「あら、今は皇太子様とキリアン様が打ち合いをされていますね」
ナイスタイミング!!
ミランダ様も皇太子殿下の一挙一動を食い入るように見つめている。
唐突にキリアン様が打ち合いを止めた。
殿下に何か囁かれると2人揃ってこちらに向かって歩いて来る。
あら?もしかしてミランダ様に気付いて?
なかなか気が利くじゃない。
お2人は柵を軽々と飛び越えると、一目散にこちらにやって来た。
いよいよですね!ミランダ様ファイト——!!!
「やぁ、ミランダ嬢。その髪型どうしたの?とても似合ってるよ」
皇太子殿下がさらりと髪型を褒める。
「……ありがとうございます」
それに赤くなってうつむき加減で答えるミランダ様。
いい!いい雰囲気!!
行け!皇太子!!
「……でも、心配性の彼が気にしてるから後はゆっくり2人で話し合ってね」
えっ?
何?心配性の彼?どういうこと?
「……他の男どもには見せたく無い。ミランダ今日はすぐに帰るぞ」
ミランダ様の顔をじっと見つめながらキリアンが呟く。
「何を言ってるんですか。今日はこの後お友達の皆様とスイーツを食べに……」
「……帰るぞ」
キリアンはミランダ様の手を掴み、馬車の方へと歩き出した。
「もう!!皆様申し訳ありません。スイーツはまた後日……」
ミランダ様も慌てて言葉を残されるが、赤い顔でキリアン様に腕を掴まれたまま歩いて行く。
あれ?
「……なんでキリアン?」
私の頭の中で?がたくさん浮かぶ。
今のお二人の姿何だかかなり親密そうじゃなかった?
「……やっぱり、セシル。気付いてなかったのね」
「えっ?」
「あれだけ分かりやすかったのに……セシル以外は皆気付いていましたわよ」
「ええええ——!!!」
そっち!!
ミランダ様、皇太子狙いじゃないの?
「……嘘」
いや、金髪縦ロールと言えば悪役令嬢。悪役令嬢と言えば皇太子でしょう!!
まさかの公爵家嫡男。幼なじみ枠、将来の騎士団長候補が本命なんて!!
私が愕然としていると、横から声がかかる。
「これであの天の邪鬼も覚悟を決めるかな。……そう言えばセシル嬢、あの髪型は君が?」
「……はい。シニヨン風にまとめてみました」
「上手だね。もしやどこかで美容師やってたの?」
「……はい。渋谷で」
「……僕はね常々同郷の人と結婚したいと思ってたんだ。価値観が合うって大切だと思わないかい?」
「……はい」
私は呆然としたまま、何を聞かれているかも分からずに思いついたままの言葉を口にしていた。
「そうか!!良かった。これもきっと何かの縁だ。よろしく頼む。袖振り合うも多生の縁てね」
「……はい……はい?」
今、皇太子殿下は何て言った?
「別に袖はふれてないけれど、これもきっと何かの導きだろう。同郷同士よろしく頼む」
「……あの……殿下?」
なんか話が見えないけれど……。
「末永く仲良く生きていこうと言う話だよ。心配しなくても、生涯君一人しか愛さないと誓うよ。ハーレムなんかに興味は無いからね。身分差も伯爵家なら十分だし、学力も高いから皇太子妃教育も楽勝だろう。何よりヒロインに成り代わって聖女になったんだから誰も反対しないさ。さっそくお父上に婚約の申し込みを送るから明日からは一緒に登校しよう」
えっ?えっ?
何?
何の話?
「……自分のことも分かって無かったのね」
「セシルはうっかりだから」
「……セシルのことばかり気にされてるから、周りからは一目瞭然だったのに」
友人2人が私を見てため息をつく。
「僕のことはジュリと呼んでくれ、セシル」
皇太子が満面の笑みで私を見つめる。
何?
私が聖女に成りかわり?
婚約者の申し込み?
そんなの……私……
「聞いていません!!」




