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欲しがり妹ですので、図々しくてもよろしいですよね?

作者: 福嶋莉佳
掲載日:2026/03/24

アーバン家のリディアは欲しがりだ――そんな噂が、社交界ではまことしやかに囁かれていた。


「姉君の持ち物を欲しがって、ついには奪ってしまうのだとか」

「まあ……なんてはしたない」

「今夜いらっしゃるのでしょう? わたくし達も、うっかり褒めないよう気をつけませんと」


その妹が、今夜初めて夜会に姿を見せる。


囁きの中心で、アメリアは慎ましく微笑んでいた。

薄青のドレスに、胸元には月光石をあしらった繊細な首飾り。


その隣には、婚約者であるアルフレッドが立っていた。


「今夜、妹君がいらっしゃるのでしたね」


貴婦人の一人に声をかけられ、アメリアは困ったように目を伏せた。


「ええ……。あの子ももう年頃ですもの。仲良くしてくれたらと願っているのですが」

「お優しいのですね。ですが……妹君は、少しおねだりがお好きだと伺いましたが」


アメリアはかすかに笑った。


「ええ。わたくしのドレスも、宝石も……褒めてくれるのは嬉しいのですけれど、そのうち『欲しい』と言い出してしまって」

「まあ……」

「今ではもう慣れましたわ。あの子が望むなら、なるべく譲るようにしておりますの」


周囲の令嬢たちが、なんとも言えない顔で頷く。


アルフレッドは横で黙って聞いていた。

返事はしない。ただ、金色の瞳を静かに細めている。


「アルフレッド様も、きっと呆れていらっしゃるでしょう?」

「……どうでしょう」


曖昧な返答に、アメリアはほんの少しだけまつげを伏せた。

だが、すぐに場の空気を壊さぬ微笑みを作り直す。


「今夜は、どうか穏やかに済めばよいのですが」


そのとき、広間の入り口で名が読み上げられた。


「アーバン伯爵家令嬢、リディア・アーバン様」


広間が、わずかにざわめく。


視線が一斉に集まった。


現れたのは、淡い生成りに銀糸の刺繍を散らしたドレスの少女だった。


上等な品だ。

だが、肩も、胸元も、どこか微妙に合っていなかった。


少女――リディアは、無数の視線を浴びながらも足を止めなかった。

怯えた様子もなく、ただ静かに、真っ直ぐ歩いてくる。


「……あれが?」

「欲しがりの妹?」

「思っていたより……」


誰かが言いかけて、口をつぐむ。


リディアはやがてアメリアたちの前で足を止めた。

姉を見る。次に、その隣のアルフレッドを見る。


「改めてご挨拶いたします、アルフレッド様。姉がいつもお世話になっております」

「こちらこそ。妹君にお会いするのは久しぶりですね」

「ええ。本日はご挨拶できて光栄です」

「リディア、失礼のないようになさい」


アメリアが柔らかく言う。


その直後、リディアはアメリアに向き直り、にこりと微笑んだ。


「お姉様。婚約者をわたくしに下さいませ」


広間の空気が、凍った。


アメリアは目を見開いた。

次の瞬間には悲しげな表情を浮かべかけたが、それより先にアルフレッドが口を開く。


「なるほど。妹君は、姉君のものを欲しがる方だと伺っていました」

「はい」

「まさか姉上の婚約者までお望みになるとは」

「ええ……アルフレッド様、あの子ったら、また……」


アメリアが眉を寄せる。


アルフレッドは、首を傾けた。


「姉君はたいそうお優しい方だ。妹君は、今回も譲っていただけるとお考えなのですか」

「はい」

「でしたら――姉君。今宵も妹君の願いをお聞き届けになるのですか?」

「えっ……」


周囲がざわつく。


「まさか……」

「い、いや、でも……いつも譲っておられたなら……?」

「優しい姉君なのでしょう……?」


ひそひそ声が渦を巻く。


アメリアの頬が引きつった。


リディアがさらに一歩踏み込む。


「よろしいでしょう、優しいお姉様?」

「ふざけないで!」


鋭い声が、広間に響き渡った。


アメリアは肩を震わせ、リディアを睨みつけていた。


「あんたなんかに釣り合うわけないでしょう!」

「お姉様」

「身の程を知りなさい! 今まで大人しくしていたくせに、どうして今さら――」


そこでアメリアははっとした。


だが、もう遅い。


「……今まで、大人しくしていた?」


誰かが小さく繰り返した。


リディアは姉を見つめたまま、ふっと笑った。


「ええ。その通りですわ」


静かな声だった。

だが、その場の誰にもはっきり届いた。


「欲しいなんて、一度も申し上げたことはありません」

「な、にを……」

「お姉様がいらないと仰ったものを、わたくしに下さるのです。ドレスも、宝石も」

「黙れ!」

「そしてわたくしが、お礼を申し上げるでしょう?」


リディアはゆっくりと言葉を重ねた。


「すると次の日には、『妹が欲しがったから譲ってやった』という話に変わっているのです」


ざわ、と場が揺れた。


「では、今までの噂は……」

「まさか……」


アメリアの顔がみるみる青ざめる。


「そのドレスだってそうです」


リディアは自分の袖口をつまんだ。


「わたくしは、自分のために仕立てたドレスが欲しかったのです」

「リディア……!」

「けれどお姉様が、『よくお似合いになるでしょう?』と仰るから頂きました」


何か言い返そうとしたアメリアの唇が震える。

だが、言葉にはならなかった。


代わりに彼女は扇で顔を覆い、そのまま踵を返した。


「お姉様!」


リディアが呼ぶ。

だがアメリアは人垣を押しのけるようにして広間を去っていった。


あとに残ったのは、重たい沈黙だった。


それを破ったのは、アルフレッドだった。


「少し、お話をしてもよろしいですか」


リディアは小さく息をつき、頷いた。


「はい」



二人は広間の隅、露台へ続く回廊へ移った。


しばし沈黙が落ちる。

先に口を開いたのは、アルフレッドだった。


「薄々、違和感は覚えていました。それでも半信半疑でした」

「……そうでしたの?」

「姉君は、妹に譲っていると嘆くわりに、いつも新しい上等な品を身につけておられた。

……あなたは、その隣で礼を言うばかりだった」


リディアはかすかに首を横に振る。


「仕方のないことです。一度広まった噂を、疑う方などおりませんもの」

「いいえ。それではいけなかった」


アルフレッドは真っ直ぐに彼女を見た。


「あなたは、ずっとああして耐えてこられたのでしょう」


リディアは驚いたように目を瞬き、目を伏せた。


「少し遠慮していたのかもしれません」

「……義理の姉君ですから?」

「ええ」


リディアは小さく笑った。


「この夜会で、お姉様の本心を知りたかったのです」

「本心?」

「本当に、わたくしのためを思って下さっていたのか。それとも――ただ、わたくしを欲深い妹にしたかったのか」


夜気が、二人の間を抜けていく。


「それに」


そこでリディアは、ようやくアルフレッドを見た。


「あなたのことは、本当に譲ってほしいと思ったのです」


アルフレッドは目を見開き、それからふっと息を吐いた。


「それを聞けて、安心しました」

「安心?」

「ええ。あれが単なる意趣返しではなく、あなたの本心だと分かりましたから」


リディアは少しだけ頬を染める。


「……お嫌でした?」

「まさか。むしろ、光栄です」


二人の間に沈黙が落ちる。

広間のざわめきが遠く聞こえるなか、アルフレッドは穏やかに続けた。


「今夜の件で、婚約については父上とも改めて話をいたします」

「よろしいのですか」

「よくはありません。遅すぎた」


彼は自嘲気味に笑う。


「ですが、遅れた分だけ、今度は誤らないようにしたい」

「……」

「もう、誰かの言葉だけであなたを判断したりはしません」


リディアはしばらく黙っていた。

やがて、ほんの少しだけ肩の力を抜いて微笑む。


「それなら……次は、わたくしに似合うものを選んでくださいませ」


アルフレッドも笑った。


「承知しました。まずは、肩の合うドレスから」


その返答に、リディアは今夜初めて声を立てて笑った。

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