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31 そして永和の気づいていない俺の芯を、大切に考えてくれる有り難さ

 シビラの提案により、睡眠を長めにして疲れを完全に取る方向となった。




「さすがにまだ早いのではないか?」




「こーゆーの、油断してっと綻び大きいわよ。自分だけは絶対大丈夫と思ってる人が一番普段通りの力を出せなくなるの。ほら、自分は絶対騙されないって言ってる人を、詐欺師が一番のカモだと判断するのと一緒」




 反論しようと思った瞬間に畳みかけられて、街の方でヴィンスが真っ先に魔法剣のパチモノ掴まされそうになってジャネットが止めたのを思い出した。


 あー、確かに言えてるわ。


 自分が大丈夫だと思い込んでる人ほど危ないってわけか。




 ……じゃあ皆が頼りにしたジャネットは、あれだけ頭が良くて自分は騙されないと思ってな・い・タイプなんだろうか。十分有り得るな、あのジャネットなら。


 案外ジャネットは、自分で自分のことを頭がいいとか思ってないのかもしれないな。




 俺はふと、賢者の攻撃魔法を撃ちながら不満そうな顔をしていた姿を思い出す。


 向上心が強いのか、自己評価が低いのかわからないが、当時ヒールだけで事足りた中層では、俺から見たら嫌味でしかなかったよな。


 攻撃魔法があの街でもトップクラスで、なお回復魔法を使えるようになった女。


 術士としてのストイックさでは、まだ背中を見ているような気がする。


 そんな性格含め、本当に心の底から羨ましかった。




 ……昔のことを考えるのは、やめよう。


 頭が覚醒してしまう。




 俺は自分の身体がベッドに沈む感覚に意識を向けて、ゆっくり眠りに落ちた。








 翌朝、起きたのはまだ空が薄暗い頃。




「……宵闇と、似た色だな」




 次に来るのが、夜か朝かの違い。


 こういう静かな時間ときらびやかさのない色は落ち着くな。




「宵闇の女神、か」




 その女のことを思い出しながら、俺は久々に朝の軽い鍛錬を始めた。




 新しく手に入れた、幅広の剣を構える。


 刀身は銀色に輝いており、どこか青白い光を放っているようにも感じられる。


 竜の牙ってこんなのだったか?




 少し疑問に思いながらも、両手に構えて剣を振る。


 見た目の鈍重さと比べて、殆ど重さを感じさせない。


 あまり使い慣れる感触ではないが、それにしても凄いな。




「ミスリルコート? 悪くなさそうね」




「シビラ?」




「頑張るじゃない。おはよう、永和」




「ああ、おはよう」




 後ろから声がかかり、シビラが簡素な服で出てきた。


 上も下も完全に真っ黒の、だぼだぼとした長袖長ズボンである。完全に、寝間着そのままだ。


 こんなファッションでも美人だと似合って見えるんだから、美人というヤツは本当にそれだけでいろいろと有利だ。




「……ん? あらら? 朝からアタシの美しさに見とれてた?」




「お前以外だと指差して笑ってたなってぐらい壊滅的なファッションで、こんなに堂々と外に出てこられる辺り『美人は得だな』と思っていた」




「……いちおー顔は評価してくれてるみたいだけど、もうちょっと素直に褒めてもいいのよ……?」




 頬をひくひくさせながら、シビラは近くに来て剣を見た。




「そういえば、この剣のことをミスリルコートって言ってたよな?」




「ええ。魔法銀ミスリルは知ってのとおり、強化や付与魔法が良く通る高価な金属よ。竜の牙の持つ魔力にミスリルを塗った上で形にしている。見た目以上にすんごい高級品よ」




「……タダでもらったように感じたが……」




「素材全部うっぱらったんだから、差し引きで有り余るに決まってるでしょ」




 それもそうか。そもそもあの素材がなければこれが作れないということを念頭に置いてなかったな。


 あのファイアドラゴンの素材、俺の鎧にも大胆に削り落としてかなり贅沢に使っていた。


 それでもまだかなり作れるだけの巨体だったはず。


 ……今頃街では、結構な騒ぎになっているんじゃないだろうか。




「とりあえず、武器の確認は終わった。そろそろ朝食にしよう」




「ええ。といっても今日からしばらくはお役御免かしらね」




「今日は……ああ、そうか」




 すぐにそのことに思い当たり、俺はシビラとともに食堂へと足を運んだ。








「永和ちゃん、おはよう!」




 そこには昨日の切なそうな表情を振り切った、すっかり普段通りに戻った皆のシスターの明るい顔。




「ああ、おはようフレデリカ」




 フレデリカは料理好きとして俺達の間では有名だった。


 少ない食材でもお腹いっぱい食べられるように工夫したり、多少余裕が出てきたら香草ハーブを自分で栽培したりして料理に加えている。


 今日も庭で育てたローズマリーを肉に使いながら、王都で買ったであろう桃色の岩塩と黒胡椒をしっかり使う。




「はーい、できあがりっ! シビラちゃん、子供達呼んでくれる?」




「まかせて、フレっち!」




 ……俺の聞き間違いじゃないよな?


 なんだか俺の知らない間に、女子組がおっそろしく距離詰まってるんだが……。




「はーい、ほらほら坊主どもがっつくんじゃないわよ、肉は逃げないわ」




 子供を引き連れて、シビラが帰ってくる。


 ジェマ婆さんも、ずっと起きていたようだ。


 婆さんは俺の顔を見て身体を軽くばしばしと叩く。




「ん、見た感じ悪くなさそうさね。しっかり休んだ」




「ああ、連日潜るとしてもこれだけ休んでいるんだ、それに聖者としての魔法もあるから、簡単に疲労したりはしないさ」




「カッカッ、凄いこった! 本当にあの永和がすっかり頼もしくなっちまったね、それじゃ皆、フレデリカお姉さんに感謝すんだよ」




 そう言いながら子供達の頭を撫でながら、皆で食卓につく。


 頼もしく、か。先週の俺に言ってもとても信じないだろうな。




 ……しかし俺からしてみたら、このフレデリカ特製のジャンボステーキを朝から軽々と平らげる婆さんの方が遙かに凄いって感じがするが……。


 やれやれ、この婆さんがくたばるのは後百年はかかりそうだな?


 まったく……これなら孤児院もしばらくは安泰だな。








 食事を終えた俺とシビラは、すぐに着替えて出発の準備を整える。




「永和ちゃん」




 と、そこでフレデリカが声をかけてきた。




「何だ?」




「呼んでみただけ」




 なんだそれは……。


 俺が首を傾げている最中も、何故か嬉しそうに笑うフレデリカ。しかしすぐに真剣な目に変わると……俺の身体を両腕で抱いた。


 鎧を着ているから感触は分からないが、密着しているのが分かる。


 フレデリカの桃色の髪が、目の端で揺れた。




「必ず、生きて帰ってきてね」




「……ああ、もちろんだ。俺は魔力無尽蔵の【聖者】、即死以外では死なないからな。今日はこの鎧もあるし、昨日より安全だろう」




 フレデリカが一歩離れて、俺の目を見る。




「……ん、わかった。信じる」




「そうだ。できれば俺のいない間は子供達を連れて離れていてくれないか?」




「何か理由があるんだね? うん、分かったよ」




 それを最後に、「いってらっしゃい」と一言告げて孤児院の中へと戻っていった。




 それにしても、何だか大げさな反応だった気がするが……それだけ心配されているってことか。


 まあ、闇魔法が使えることを話しているわけじゃないものな。今の俺は、あくまで強い武具を持った回復術士にしか見えないだろう。


 さすがに育ての親代わりだといっても、太陽の女神教のシスターに宵闇の女神の存在を堂々と披露するほど無神経ではない。


 話せば、フレデリカ自身も危険に晒される可能性があるからな。




 ちなみに当の女神は「幼馴染みちゃんがライバルかと思いきや、あんなお色気お姉ちゃんがいたなんて、思わぬ伏兵ね……」と意味不明なことを言っているので無視。








 探索は、当然のことながら順調に進んだ。


 昨日より装備がいいのだ、最早黒ゴブリンが何体出てきても、負ける気はしない。しないが……それでも油断だけはしないよう、ウィンドバリアを重ねがけしている。




「装備ってさ」




 ふとシビラが声をかけてくる。




「ちょっとずつ、順調に一段ずつランクアップするのもいいけど、一番高いヤツを買って一気に最強! ってのはやっぱり気持ちいいわよね」




「同感だな。こんなにいいものがいきなり手に入るってのは、確かにあの戦いの成果であるとは分かっていても、凄まじいものがあるな……」




 シビラの視点で見て『一気に最強』ってことは、やはりこの鎧が相当いいものであるのだろう。


 それに、一気に最強で気持ちよくなるというのは分かる。


 中層で役に立たなかった俺が、闇魔法を覚えて最下層の竜に勝った瞬間の気持ちよさは半端ではなかった。


 そういうところ、こいつの感覚は俺と合うなと思っている。




 俺は自分の武器や防具に慣れるように、手に馴染む感触を確かめながら、第二層も順調に攻略していった。


 敵の足が遅い第二層は、ある意味第一層よりも攻略しやすい場所なので、無詠唱で片っ端から鎧を片付けていく。




「そういえば、フレデリカはなんで昨日、あんなに俺を見てたんだろうな」




「あ、ひょっとしてわからない〜?」




「……シビラには分かるのか?」




「当然」




 何故フレデリカと昨日初めて顔を合わせたばかりのシビラにだけ分かるんだ……こういうのも頭脳とか女の勘なのか?


 癪なので、黙って顎で説明を促す。




「永和って幼馴染みのヴィンスと比べて、胸のおっきい女の子、見ないように気をつけるんだって〜?」




「——ッ!? どこで聞いた!?」




「昨日永和が寝た後に、女子三人で。あ、ジェマのおばあちゃんももちろん女子よ、女の子はいくつになっても女子なの」




 こ、こいつ……っ!


 俺が早く寝ることに理由つけて、実際それは有効な判断だと思ってたが……本命は俺が寝た後に俺の話をフレデリカから聞くためだ!


 それを昨日のほんの少しのやり取りで思いついて、即実行したってわけか……。


 やれやれ、マジでこいつの狡さにいちいち腹立てる自分自身に呆れるぐらい、頭脳面で裏を掻くことは考えるだけ無駄だ。


 ……あの二人、変なこと話してないだろうな……?




「ああいや、からかうわけじゃなくてさ。そんな『永和ちゃん』がスレてしまってつっけんどんになったけど、そんなあんたが『女を遠慮なく見る永和』じゃなくて『つっけんどんなのに視線を向けないよう頑張る永和』だったことを安心したのよ」




「……あ、それでか……」




 わざと揺らしていたのは分かっていたが、その意図するところは冗談でからかってるわけじゃなかったんだな。




「後はまあ、アタシと言い合ってたのを見て笑ったでしょ。塞ぎ込んでなかったから、そっちでも安心したんでしょうね。……ほんっと、いいお姉さんじゃない」




 そうか。俺が最早自分ではどれぐらい変わったか分からないぐらい、以前と別人になってしまったことを、フレデリカは心配したのか。


 それでも芯の部分が変わっていないことを、確認したかった。




「愛されてるわね」




「はぁ……まったくだな」




 親の顔は知らないが、俺は本当に、いい環境で育った。


 シビラにも、やはり感謝……するしかないよな、癪ではあっても。


 どこまでも用意周到で、気が回る時はとことん気が回る相棒だ。




 多分、今の俺を見て戦い方を心配したのだろう。


 捨て身で戦うんじゃないかと勘違いさせるほどに。


 本当に……そんなことも指摘されるまで分からなかったんだから、自分の鈍感さが嫌になる。




 お陰様で、尚更——死ぬわけにはいかないな。




「話も終わった。次へ行くぞ」




「オッケー! もう二度目は余裕よ!」




 そして俺達は、気合いを入れ直してあの騎馬リビングアーマーのところへと向かっていく。


 もちろん二度目は、余裕の完封であった。

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