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18 その鳥の勇敢さと逸話を、永和の信じた女神とともに

「《ダークアロー》!」




 その呪文と共に手から放たれた黒い矢は、回避が間に合わなかったファイアドラゴンの口の端を切り裂き、小さく鮮血を吹き出させた。




『ガアアアア!』




 明らかに、自らの身体についた俺の攻撃魔法の爪痕に激昂しているな。


 その恐るべき竜のダメージを受ける姿を見て、身体の中から湧き上がる喜悦、身体の血液が沸き上がる興奮に包まれた。




 ——俺にも、攻撃魔法が使えた。




 しかも、ドラゴンに怪我を負わせられるほどの、正攻法では覚えられない属性の攻撃魔法だ。




「……ほんとに、聖者と魔卿、同時運用してる……」




 洞窟の陰から、シビラが呟く。


 いや、お前がやったんだって。ちゃんと自分で自分の力を信じろ。


 話を聞いた限り、俺が例外だったから気持ちが分からないわけじゃないけどな。




「シビラ、隠れてろ! 仕留めてくる!」




「ッ! 分かった! 死ぬんじゃないわよ!」




「ここまで来て死ねるかよ!」




 そう、ようやく俺の第一歩が始まったんだ。


 長い長い下積みと、奈落の底に落ちるかのような絶望の果てに。


 ようやく掴んだ今日が、本当の俺の始まりなんだ。




 こんな……ドラゴンに。


 ドラゴンごときに、止められてたまるかよ!




 俺はウィンドバリアを二重に張り直すと、空いた左手を前に出す。




(《ダークアロー》)




 俺は無詠唱で幾度となく魔法を撃ち出しながら、ファイアドラゴンの周りを回るように走り抜ける。こういうでかいヤツを倒すには、何より後ろを取るに限る。


 ドラゴンも後ろに対しては攻撃できないと理解すると立ち上がり、素早くこちらを追いかけるように脚を動かしながら、俺目がけて口から火を噴こうとしていた。




 その攻撃のタイミングで、むしろ俺は止まって攻撃を受ける。




「《ダークジャベリン》。……よし、効かないな」




 俺はドラゴンの口の中に叩き付けるように、高威力の闇魔法を叩き込んだ。


 同時にドラゴンは口から鮮血を撒きながらも、こちらに向かって炎の息を吹き付ける。


 所謂『肉を切らせて骨を断つ』という相打ち覚悟の攻撃……のようにも見えるが、違う。




 ヤツの炎はもちろん、俺の二重ウィンドバリアに防がれている。


 防げるのは弓矢程度と聞いていたこの魔法は、竜の攻撃すら防いでいるのだ。


 同時詠唱……二重詠唱といったところか。無詠唱にこんな有効な使い方があったとはな。




 先ほどと同じように、ドラゴンの後ろに回るように魔法を撃ち込む戦略で相手の体力を削っていく。


 火の息による攻撃は自動的に防ぎ、ドラゴンの脚による直接攻撃が来そうになると、大幅に距離を取って回避する。……距離が近いほど後ろを取りやすいのが、また悩ましいものだな。


 まあ、いずれこういった大物相手の立ち回りも慣れてくるだろう。




 少しでもかすり傷を負ったのなら、《エクストラヒール》で回復。


 ファイアドラゴンの肌に向かって、《ダークジャベリン》を連発。




 しばらくその攻防を繰り返していると、しびれを切らしたファイアドラゴンが、不安定な姿勢から不意打ちで攻撃を繰り出してきた。




『グガアアアア!』




「いッ——!」




 俺は、ファイアドラゴンの捨て身気味の体当たりを受けて吹き飛び、壁に強打された。


 こちらも相手の頭部に魔法を叩き込めたから、痛み分けというところか。




「永和!」




 しかし俺は、ただでさえ衝撃を緩和しているウィンドバリア二重がけに、攻撃を受けた瞬間の無詠唱エクストラヒール、そして壁にぶつかった瞬間の無詠唱エクストラヒールだ。


 攻撃の手段を持てた途端に、自分の回復魔法と無尽蔵魔力が、これほどまでに有利に働くとは思わなかった。




「問題ない!」




 今の俺なら、長期戦にさえ持ち込めば、どんな敵にだって負ける気はしない。




「おい赤トカゲ、術士相手にその程度か? 俺は即死以外では絶対に倒せんぞ」




『グアアアアアッ!』




 こちらの言葉が分からずとも挑発のニュアンスは伝わるのか、煽られて直線的な攻撃をするファイアドラゴンに、再び魔法を叩き付ける。


 攻撃が当たったとしても、吹き飛ばされて地面を転がる時には、既に回復魔法を使っている。


 だから、どんなに攻撃されても、俺は何事もなかったかのように立ち上がる。




 ファイアドラゴンが、一瞬怯んだように見えた。


 どうした、最上位種。もう攻撃手段はないのか?


 お前が何をしてきても、俺は無傷となって立ち上がり続けるぞ。




 ——そんな攻防を繰り返すうちに、いつの間にかファイアドラゴンは全身から血を流しながら動きを鈍くさせていた。その血が自らの炎で乾いてまだら模様になっている。


 このままいけそうではあるが……まだ、決定打には欠けるな。








 俺は、シビラの方を見た。




 ……シビラは、宵闇の女神。


 女神が授けた闇魔法の能力は、確かに凄まじいものだった。




 だが、俺がシビラから本当の意味で得たものは、そういう要素ではない。




 冒険者として会話を重ねたシビラの考えは、本当に感銘を受けた。


 どんな時でも一番良い結果を出すように、柔軟で洗練されている。


 俺があいつから得ることが出来た最大の力が、そういう考え方だ。


 きっと闇魔法を覚えなくても、俺は俺として頑張れていただろう。




 確かに俺は、今日こそが俺の、始まりの日だと思った。


 だが、それは闇魔法を覚えてから、ではない。


 宵闇の女神のシビラによって、始まったのではない。


 ソロ冒険者のシビラによって、始まったと意識できたのだ。


 ずっと剣を握ってきた俺の幼少期を、シビラは肯定してくれた。




 あの瞬間から、俺は始まった——




 ——だから、俺の右手には、こ・れ・がある!




「《エンチャント・ダーク》!」




(《エンチャント・ダーク》!)




 恐らくこいつは、このまま長期戦で俺が仕留めに来ると思っていたのだろう。


 ファイアドラゴンは、俺が接近戦で決めに来ると一瞬のうちに判断できなかったようだ。


 更にその怪我の蓄積も重なって、僅かに反応が遅れた。




「これで……終わりだッ!」




 俺は竜の首目がけて飛び上がり、手に持っていた剣を両手持ちで思いっきり振りかぶった。


 黒い魔力を纏った剣は竜の首を易々と切断し、魔力の刃はそれだけでは足らないとでも言うように天井に一直線の跡をつけた。




 そして……当然のことながら、俺の身体は飛びかかった竜の首から吹き出す血によって、全身血まみれになった。




「うわきったね、全身浴びてしまったな。クリーンって魔法は俺にはないんだっけか。《ヒール》……違うな、《キュア》。ああキュアが汚れ落とし兼用か」




 汚れた身体は、キュアの魔法で綺麗になった。自分の手や剣にかぶった血の色が、すぐに落ちていく。


 しかし何故か、ローブはその色を吸ったまま、乾いてしまった。


 頭の中に鳴り響くレベルアップの声を聞きながら、俺は一張羅の急激なイメージチェンジっぷりに、軽く溜息をついた。




 ……しかし、勝てた。


 俺が、ドラゴンに勝ったのだ。




 回復魔法しか使えなかった、田舎村出身の俺が、ドラゴンスレイヤーになった……。


 実感としては、喜びよりも、安堵の方が強い。




 いろいろ理屈は考えたが……その全てがシビラから得た力だと今なら言い切れる。


 本当に、感謝だな。








 そして、無事にファイアドラゴンの討伐を確認したシビラが、安全になったこちらに歩いてくる。




「……トンビって鳥がいるのよ」




「また藪から棒になんだ」




 俺の闇魔法によるファイアドラゴン討伐に、一体どんな声をかけるかと思いきや、この斜め上具合である。


 ほんとシビラって、話を始めるのがいつも唐突なんだよ。


 今度はどんな宗教勧誘なんだ、バードウォッチング教か?




「その鳥は大きくて、勇敢なのよね」




「いやトンビぐらい知ってるぞ、何なんだよ」




 シビラは俺のローブを手に取り、その感触を何度も確認する。




「……どうした? 色は落ちないぞ」




「洗浄魔法クリーンを兼ねたキュアの効果がなかったということは、これは汚れと認識されていないのよ。熱に強いサラマンダーの血は染め物にも使われるから、グランドサラマンダーとも呼ばれるファイアドラゴンの血は、それ以上の高価な染料なのよね」




 鳥の話をしていたと思ったら、この唐突トーク女神、今度は服飾の話を始めたぞ……?


 そろそろどこかに話を着地させてほしい。




「元々性能のいいローブに、魔力付与みたいな付加価値がついたようなもの。つまり、今のあなたの服は、それで完成形なの」




 見れば、ファイアドラゴンの血で汚れたローブは赤から茶色っぽい黒になり、さらさらとしていた。


 金色とのコントラストが映えるため、元々こんな色だった気さえするほど。




「はいはい、汚れじゃないありがたーい物だってのは分かった。で、トンビは結局なんなんだ」




「永和を見てると、その鳥を思い出したの」




 ますますわからん……。


 そんな俺の疑問を見透かしたように、シビラは言葉を続ける。




「……かつて、その鳥を愛したとある国では、金色のトンビが勝利をもたらした、なんて逸話もあったのよ」




 血の汚れが綺麗に落ちて染まらなかった、金の装飾を撫でる。


 そしてシビラは俺と目を合わせると、くすりと笑って背中を向け、数歩歩く。


 黒く艶のある羽が、ゆらりと揺れて燦めいた。




「とても美しい、精霊竜の血が乾いた深い色。女神に勝利をもたらした、金色のトンビ」




 シビラは振り返り、黒い羽の間から顔を覗かせる。




「あの国の人たちなら、永和のローブをこう言うわ——」




 そして、人差し指を立てながら片目を瞑った。




「——黒鳶くろとび色ってね」

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