第9話 拒絶の正体
剣性暴走区域から戻って三日。
カナタ・シグレは、呼び出しを受けていた。
場所は、剣保管庫の奥。
普段、剣士が立ち入ることは許されない。
「ここに来るのは初めてか」
ギンセイが歩きながら言う。
「はい」
「当然だ。ここは“剣が拒む者”のための場所だ」
言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
保管庫の中は、静まり返っている。
剣が何十本も並んでいるはずなのに、
いつもの圧がない。
「……静かですね」
「沈黙している」
ギンセイは一振りの剣の前で足を止めた。
「剣は、人を選ぶ。だが稀に――人を拒む」
剣の柄に、封印具が巻かれている。
「剣性拒絶反応。触れれば暴走するか、完全に沈黙する」
カナタは、嫌な予感がした。
「剣に嫌われる理由って……」
「分かっていない」
即答だった。
「だが共通点はある。彼らは“剣を信じていなかった”」
胸が、僅かに痛んだ。
信じていない。
それは否定か、恐怖か。
「君は、剣をどう思っている」
問いかけ。
すぐに答えられなかった。
剣は、力だ。
秩序だ。
だが同時に、誰かを選び、誰かを切り捨てる。
「……信用は、してません」
絞り出すように言った。
ギンセイは、少しだけ目を細めた。
「やはりな」
次に示された剣は、ひび割れていた。
8話で沈静化した剣だ。
「剣性は止まった。だが剣そのものは壊れ始めている」
「俺のせい、ですか」
「直接ではない」
だが否定もしない。
「君が剣の“支配”を拒んだ結果だ」
その言葉が、深く刺さる。
剣を止めることは、
剣の在り方を否定することなのか。
「剣士とは、剣に選ばれ、従う存在だ」
ギンセイの声は淡々としている。
「だが君は、剣を選ばず、剣も君を選ばない」
沈黙が落ちた。
剣を拒む者。
剣に拒まれる者。
どちらも、この世界では異端だ。
「教官」
カナタは、問いを投げた。
「剣が、間違っている可能性は?」
一瞬、空気が止まる。
ギンセイは、ゆっくりと首を振った。
「剣が間違うなら、この世界はもう成立していない」
それが答えだった。
保管庫を出ると、外の空気が重く感じられた。
剣士たちが訓練している。
剣に応え、剣に応えられることを誇っている。
その輪の外で、カナタは立ち尽くす。
剣を信じない者。
剣に従わない者。
それが、自分の正体なのだとしたら。
遠くで、ミオがこちらを見ていた。
だが、近づいてはこない。
理解できない存在に、
手を伸ばす勇気はない。
カナタは、自分の剣を握った。
剣は、沈黙したままだ。
拒絶しているのは、剣か。
それとも、この世界か。
その境界が、少しずつ崩れ始めていた。




