第8話 剣性暴走区域
剣性暴走区域への立ち入り命令が出たのは、早朝だった。
集合場所に集められたのは、選抜された数名の剣士だけ。
その中に、カナタ・シグレの名前があった。
「……本気か?」
小さな声が聞こえる。
「評価不能だろ」
「剣を振らない剣士だぞ」
疑念は当然だった。
剣性暴走区域は、剣が最も不安定になる場所だ。
剣に選ばれた者ですら、制御を誤れば命を落とす。
ギンセイが前に出る。
「今回の目的は制圧ではない。調査と封鎖だ」
視線が、カナタに向く。
「剣性の沈静化が確認できる可能性がある。――彼を同行させる」
空気が、一段重くなった。
「理由は?」
誰かが問いかける。
「必要だからだ」
それだけだった。
区域に足を踏み入れた瞬間、剣士たちの剣が反応した。
微かな振動。
嫌な予感を含んだ、ざわめき。
「……近い」
レン・クガが低く呟く。
名剣に選ばれた剣士の感覚だ。
全員が、剣の異常を察知している。
次の瞬間だった。
一人の剣士の剣が、勝手に跳ね上がった。
「っ、抑えろ!」
剣士は必死に制御しようとする。
だが剣は応えない。
刃が震え、地面を抉る。
「離れろ!」
正しい判断だ。
暴走した剣に近づくのは危険。
だが、このままでは周囲を巻き込む。
誰もが一瞬、躊躇した。
「……俺が行く」
カナタが前に出た。
「待て!」
制止の声。
聞かなかった。
剣に触れる。
あの感覚が、再び走る。
剣の意思が、絡まった糸のようにほどけていく。
剣は、沈黙した。
地面に突き刺さったまま、動かなくなる。
しばし、誰も動けなかった。
「……沈静化、確認」
ギンセイが短く告げる。
成功だ。
間違いなく、結果は出た。
だが――
「戻るぞ」
撤退命令が出る。
誰も、カナタに礼を言わなかった。
賞賛も、安堵もない。
必要だった。
それだけだ。
帰路、レンが隣を歩いた。
「……助かった」
小さな声。
「だが」
言葉が続かない。
ミオは、少し離れた位置からこちらを見ていた。
視線には、戸惑いが混じっている。
剣性暴走区域を抜けると、剣の震えは収まった。
秩序が戻る。
剣士たちは安堵する。
いつもの世界だ。
カナタだけが、違和感を抱えたままだった。
剣は止められる。
だが、止めた先に居場所はない。
必要とされても、認められない。
それが、この世界の答えだった。
剣性暴走区域の奥で、
沈黙した剣が、静かにひび割れていたことを、
この時、誰も知らなかった。




