第7話 剣を振らない剣士
訓練場に、いつもより視線が多かった。
剣を振らない剣士。
評価不能。
その噂は、思ったより早く広がっていたらしい。
「……あいつだろ」
「剣を抜かないって」
「剣士なのに?」
囁きは、剣がぶつかる音よりも耳に残る。
カナタ・シグレは、訓練場の端で立っていた。
剣は腰にある。だが、抜かない。
抜いても、何も起きない。
それを、もう皆が知っている。
「訓練に参加しないのか」
声をかけてきたのは、別班の剣士だった。
敵意はない。ただ、純粋な疑問。
「参加してる」
短く答える。
「剣を振らずに?」
「……必要があれば」
相手は困ったように眉を寄せた。
「それ、訓練になるのか」
返す言葉は、見つからなかった。
剣士にとって訓練とは、
剣を振り、剣に応え、剣に選ばれることだ。
その輪の外にいる自分は、
何をしていても異物でしかない。
少し離れた場所で、レン・クガが模擬戦をしていた。
剣筋は正確で、迷いがない。
観客が集まるのも当然だった。
「さすがだな」
「剣が応えてる」
称賛の声。
剣士として、正しい姿。
ミオ・アヤセも、その輪の中にいた。
真剣な表情で、レンの動きを見ている。
カナタは、視線を落とした。
自分は、あそこには立てない。
「なあ」
今度は、少し強い口調だった。
「剣を振らないなら、訓練場を使うな」
年上の剣士が言う。
「危険だ。剣性が乱れる」
理屈は、分かる。
剣に反応しない存在は、剣士たちにとって不安材料だ。
「分かった」
それ以上、言い返さなかった。
訓練場を離れ、廊下に出る。
静かだ。剣の音が、遠い。
ここなら、誰も気にしない。
カナタは、壁に背を預け、目を閉じた。
剣を振らない。
剣に従わない。
剣に選ばれない。
それでも、あの時――
暴走しかけた剣が、確かに止まった。
「……剣士じゃないなら、何なんだ」
答えは出ない。
だが、訓練場に戻る気にもなれなかった。
廊下の奥で、整備士が剣を運んでいくのが見えた。
保管用の箱に、注意書きが貼られている。
――剣性不安定・要観察。
その文字に、胸がざわつく。
剣が壊れる前触れ。
そして、誰かが壊れる前触れ。
カナタは、無意識に自分の剣に手を伸ばし、止めた。
振らない。
まだ、振れない。
剣を振らない剣士は、
どこにも居場所がない。
だが、その居場所のなさこそが、
剣の外に立っている証なのかもしれなかった。




