第5話 壊れなかった理由
旧採掘区での任務は、成功として処理された。
少なくとも、報告書の上では。
剣の暴走は未然に防がれ、負傷者も出なかった。
数字だけを見れば、理想的な結果だ。
だが、報告の場の空気は重かった。
「今回の件だが――」
教官が言葉を切り、資料に目を落とす。
「剣性不安定化の原因は不明。剣の沈静化についても、再現性が確認できない」
それから、俺を一瞥した。
「よって評価は保留とする」
誰も驚かなかった。
それが、余計に胸に刺さる。
ざわつくことも、抗議が出ることもない。
ただ、当然の処理として流される。
会議が終わり、廊下に出ると、数人の剣士が小声で話しているのが聞こえた。
「偶然だろ」
「剣がたまたま静まっただけだ」
「再現できないなら意味がない」
振り返らなかった。
振り返る必要がないことを、もう知っている。
訓練場では、いつも通り剣を振る音が響いていた。
剣に選ばれた者たちの、正しい鍛錬。
俺は、端の方で立ち止まったまま動けずにいた。
剣を抜いても、何も起きない。
反応しない。拒絶もしない。ただ、沈黙している。
――なぜ、あの時は壊れなかった?
剣に触れた瞬間、確かに感じた。
暴走していた剣の“意思”が、ほどけていく感覚。
だが、それは俺の力だったのか。
それとも、剣がそうしただけなのか。
「考えすぎだ」
声をかけてきたのは、レンだった。
「任務は成功した。それでいいだろ」
剣に選ばれ続けてきた者の、まっすぐな目。
嘘はない。だからこそ、言葉が重い。
「剣に従えば、結果は出る」
「……剣が、間違ってることもあるかもしれない」
一瞬、空気が止まった。
「剣が?」
彼は、少しだけ眉をひそめた。
「剣は選ぶ。間違わない。そう教えられてきた」
それが常識だ。
剣士制度の根幹。
俺は、それ以上何も言えなかった。
その日の夜、保管庫で一振りの剣が破損したという報告が入った。
原因不明。使用者なし。
剣は、内側からひび割れていたらしい。
現場に居合わせた整備士が言った。
「……まるで、耐えきれなかったみたいだ」
剣が壊れることは、滅多にない。
名剣ともなれば、なおさらだ。
その話を聞いたとき、嫌な予感がした。
俺が触れた剣は、壊れなかった。
沈黙しただけだった。
――なぜだ?
答えは出ない。
だが、一つだけ確かなことがある。
剣を止めたからといって、
それが“正しい”とは限らない。
剣は壊れなかった。
代わりに、何か別のものが、静かに歪み始めている。
その歪みが、
いつか誰かを壊すかもしれないという予感だけが、
胸の奥に残っていた。




