第4話 初任務の条件
初任務だと告げられた瞬間、訓練場にいた剣士候補たちの空気がわずかにざわめいた。
期待と不安が入り混じる、あの独特の音だ。
俺の名前が呼ばれたのは、最後だった。
「……以上だ。対象は郊外の旧採掘区。剣性の不安定化が確認されている」
教官の声が淡々と続く。
「今回の任務は調査が主だ。戦闘は想定していない。――ただし」
そこで一度、視線がこちらに向いた。
「お前には条件がある」
胸の奥が、嫌な音を立てた。
「剣を使うな」
静まり返る訓練場。
一瞬、意味が理解できなかった。
「……確認します。俺は、剣士として参加するんですよね」
「肩書きはな」
教官は即答した。
「だが、お前の剣は選ばれていない。制御できない要素を持ち込むわけにはいかない」
周囲から視線が突き刺さる。
同情、侮蔑、無関心。いつものことだ。
「つまり……」
誰かが小声で言った。
「足手まといってことか」
否定する声は、なかった。
任務の編成表には、俺の名前だけが浮いていた。
補助要員。
剣を抜かない剣士。
そんな前例は、聞いたことがない。
出発前、レンが声をかけてきた。
「危険だと思ったら下がれ」
剣に選ばれた者らしい、余裕のある口調。
悪意はない。それが一番、厄介だった。
「任務は成功させる。剣に従えばいい」
その言葉に、うまく返事ができなかった。
旧採掘区は、剣士の立ち入りが制限された場所だった。
かつて名剣が多く眠ると噂された土地。
そして、剣性が歪み始めた最初の区域。
空気が重い。
剣士たちの剣が、わずかに震えているのが分かる。
まるで、何かに呼ばれているように。
「……気味が悪いな」
誰かが呟いた、その直後だった。
一振りの剣が、持ち主の意思を無視して跳ね上がった。
「伏せろ!」
叫び声。
剣は地面に突き刺さり、激しく脈打つ。
剣士たちは距離を取った。
正しい判断だ。暴走しかけた剣に近づくのは、自殺行為に等しい。
――なのに。
俺は、一歩前に出ていた。
「やめろ!」
誰かが叫んだ気がする。
だが、剣は俺を拒まなかった。
触れた瞬間、あの感覚が走る。
剣の意思が、静かにほどけていく。
剣は、沈黙した。
その場にいた全員が、言葉を失った。
「……剣を、使っていない」
誰かが、そう呟いた。
任務は中断された。
剣士たちは無事だった。
だが、空気は重くなったままだった。
帰路で、教官が俺に言った。
「今回の件は報告する。評価は……保留だ」
それは、褒め言葉ではない。
剣を使わずに剣を止めた。
それが何を意味するのか、誰も分かっていない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
俺は、剣士として“正しく”なかった。
それでも――
あの剣が静まった瞬間、確かに感じた。
剣に選ばれなかった理由は、
まだ、終わっていない。




