第3話 天才と、選ばれない剣士
訓練場に、剣の音が響いていた。
「次。三人同時でいけ」
教官の指示に、どよめきが走る。
前に立つのは、名門剣士の家に生まれた天才レン・クガ――俺のライバルだった。
剣が抜かれる。
それだけで、空気が変わる。
剣性が、喜んでいる。
彼の剣は、振るわれる前から力を与えていた。
「……やっぱり、すごい」
隣で、ミオ・アヤセが小さく呟いた。
隠そうともしていない、純粋な憧れ。
分かっていた。
彼女が見るのは、いつも彼の背中だ。
模擬戦は、一瞬だった。
三人がかりでも、届かない。
剣が舞うたび、歓声が上がる。
「さすがだな」
「剣に選ばれた本物だ」
彼は少し照れたように笑い、剣を収めた。
その姿を、彼女はまぶしそうに見つめている。
俺は、視線を落とした。
比べる意味なんて、ない。
分かっているのに――胸の奥が、勝手に疼く。
「次。……お前だ」
教官に呼ばれ、前に出る。
投げ渡されたのは、例の訓練剣。
握った瞬間、剣が震えた。
――拒絶。
でも、前よりも弱い。
俺は力を込めなかった。
使おうともしない。
ただ、「そこにある」と認識する。
震えが、静まる。
「……始め」
相手は一人。
それでも、簡単じゃない。
剣は力を貸してくれない。
振るたびに、微かな抵抗が走る。
だから――避ける。
受け流す。
最小限の動きで、刃を当てる。
「そこまで」
勝敗は、俺の勝ちだった。
拍手は起きない。
「剣が死んでるな」
「それで戦えるのが逆に気持ち悪い」
そんな声が聞こえる。
彼が、こちらに歩み寄ってきた。
「不思議だな」
悪意はない。
本心からの言葉だ。
「剣に選ばれないのに、剣が壊れない」
正論だった。
俺は、何も言えなかった。
代わりに、彼女が口を開く。
「でも……すごいと思うよ」
一瞬だけ、期待してしまった。
「普通なら、拒絶されて終わりなのに」
続く言葉で、その期待は消える。
「……選ばれてないのは、変わらないけど」
胸の奥で、何かが静かに折れた。
彼女は悪くない。
慰めているだけだ。
分かっている。
分かっているのに――
「そうだな」
俺は笑って答えた。
選ばれた者が正しい。
剣士とは、そういうものだ。
訓練が終わり、人が散っていく。
俺は一人、剣を見下ろした。
この剣は、俺を選ばない。
力も、くれない。
それでも――
拒みはしない。
「……なあ」
小さく呟く。
「お前も、ここじゃ浮いてるよな」
当然、返事はない。
それでも剣は、黙ってそこにあった。
選ばれない。
認められない。
それでも、ここに立っている。
その事実だけが、
胸の奥で、静かに熱を帯びていた。




