ガイア編 第05話 「笑顔の裏側」
コンサートツアーの移動車両は揺れている。
「蒼真、お前俺が見込んだ通り、使えるやつだな。」
大神は柔らかな笑顔を蒼真に向けた…つもりだった。
「マネージャー、キモっ」
アイが割り込んできた。
「煩い…でもそこがアイの魅力だ。」
大神の表情は硬い。それは、ある意味仕方のないことなのだ。
MITEKISSのマネージャー、大神ロウには葛藤が有る。
現状アルガウスの侵攻の為、コンサート会場を確保する事が以前より容易になっているのだ。そして、アルガウスの攻撃の来ない会場を大神は選ぶことが出来るのだ。
かつてMUTEKISSが何であるか全く理解し得なかった。
「アンタ、ヒトミちゃんとマナミちゃんの半推しだな。」
地下施設の入口でかつて、そう問われた。当時はなんの事だかわからなかった。
赤と青のラインの入った服。それぞれの色がヒトミ、マナミのイメージカラーであることはファンにとっては明確なのだ。
ごく小規模な作戦情報伝達集会。統率、連携の取れない下等種族は作戦行動の伝達を集会で行うと言う前提知識は持たされていた。
情報収集用生体端末「OG3型01番」それが現在の大神ロウとなった存在だった。
表情筋そのものが殆ど機能しない。今は、随分とマシになった筈なのだが。
蒼真とアイの照れたような顔に大神は救われる。
ーーー
ガイア連邦軍ユーロ特別研究所
「紫条さん、コイツ、いつ動かせるんですか?オレ、待ち遠しいです」
人懐っこい紅明の顔に紫条工一も救われている。
紅明というこの少年は、未だ行方不明と聞いている蒼真のクラスメイトだ。そして、現在の対アルガウス戦においては、エースパイロットでもある。対アルガウス用有人AD…ATは、既にロールアウトし兵士たちの訓練に使われ始めている。紅明が今、座っている機体はその先行型AT-0「ゼロトルーパー」あるいは「レイキ」と呼ばれている。
「これは実戦用ではないよ。兵装もつけては居ないよ。」
嘘である。レイキは既に量産の始まったATよりも高性能であり、専用の武装も開発されている。戦場に送れば間違いなく戦果を上げるはずなのだ。だが、これを動かせるのは紅明だけなのだ。紫条工一が紅明にこの機体を託さないのは、戦場において紅明は後方に居てほしいという「親心」に他ならない。いつまで紅明と軍を欺けるのか。それはわからない。
「ちぇっ」
年相応の紅明の反応に工一の表情は緩む。
紅明と「双月」の反応係数はすでにロボレス並となっており、おそらく紅明も自覚は有るだろう。だが、AT部隊との連携シミュレーションでは、実質ATを紅明の指揮下で布陣することで、戦果を出し、結果双月の突出を必要としない。紫条工一はそれでいいと考えている。
他にも懸念材料はある。レイキに搭載されている回路とプログラム。紅明と双月のリンクデータの分析結果からコンピュータが自動生成したそれらをそのまま搭載している。インプットとアウトプットの意味はわかる。ただ、その経路が全く把握できていない。統計処理のノイズから生まれたような不可解なシステム。再現性も無い。その解析も一向にすすまない。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
今日のカフェオレは少し苦い。
ーーー
野外ステージの後方には星輝王。胡座をかく巨人の手には手斧ではなく、「マグロ丼フェア」と「ドンドン亭」の幟。朱色の機体と金色の差し色も相まって、販促用の巨大風船のようである。偽装らしい偽投を施していないのに、普通に舞台セットとして軍の検問を通過した。蒼真は軍上層部に自分の過去が秘匿されているのではないかと推測していた。
敵の正体も広くは知らされていないのかも。ならば人類側のチェックは甘くて当然だろう。
「あれ、これ動かせるんだ。蒼真」
マナミとヒトミがリハーサルのステージから星輝王を見上げていた。
赤系の衣装のヒトミと青系の衣装のマナミの姿にSロイドとNロイドに重ねてしまった蒼真は思わず目をそむけた。
その先にあったのは、アイが差し入れの丼を人目を気にしながら口に掻き込んでいる姿が見えた。蒼真は本番前なのに大丈夫なのかと心配になる。蒼真は出撃前は軍の携帯食すら喉を通らなかったのに。
「いま、降りますね」
慎重に星輝王の装甲を伝い、蒼真もステージに降りた。
「MUTEKISS 宇宙統一ドンドン大作戦ツアー in C-city」
こんなツアー名で良いのかな。横断幕を見て蒼真は首を傾げた。
本番まであと1時間。もうすぐ観客の会場入が始まる。臨時スタッフも足りないので蒼真は受付へと走った。
ーーー
腹が痛い。笑い過ぎである。遊撃部隊の借り上げたホテルの一室で紅明は不覚にも笑い転げていた。
3ヶ月前のコンサートの映像である。このアイドルのツアーに同行するとアルガウスの攻撃に絶対合わないという都市伝説がまたたく間に広がり、縁起物としてその録画データが紅明の元に届けられた。紅明は遊撃部隊が敵と遭遇できなければ意味がないだろうと鼻で笑ったが、なんとなく見た内容に己を失ってしまった。
なんであんな場所に星輝王が、蒼真がいるんだ。紅明は敗北を認めた。笑わせられたという意味で。水を飲み、漸く息が落ち着く。
「このままでは、まずいな。」
支給の粉末レモネードを水に溶かす。
一気に飲み干すと、紅明はベッドに横になる。
遊撃部隊はいつ出動命令がかかってもおかしくない。休める時に休む。
だが、枕に頭をうずめても繰り返しそれは襲ってくる敵だった。
ーーー
ツアーの間の少ない休日、マナミはマネージャーと共にいた。
「大神さん、追跡開始しますよ。」
マナミはヒトミ、アイ、蒼真の3人に気づかれないように大神と尾行を開始した。
マナミはユニットの中では芝居やドラマにキャスティングされる機会が比較的…ある。端役ばかりだが、演技派の自負もある。今はちょっとした探偵気分だ。
ビルの影に隠れ、3人の動向を見張る。目的は調査済みだ。ちらりと大神に目配せをする。大神は無理に表情を作ろうとしなければクールな美形に見える。裏方だけでなくモデルや役者もいけるんじゃないかとも考えてみるが、表情が致命的だ。
「マナミ、あのホテルに入っていくぞ」
大神の囁き。
「確か、軍の遊撃部隊が借り上げてるんじゃ…ってことは?」
蒼真の同級生は実戦部隊にいるということになる。おかしい。明らかにおかしい。
蒼真が年齢を偽っているのか、軍が何だかの理由で規定以下の少年を実戦部隊に入れていることになる。…でもホテルのバイトの線もあるか。
「ここまでだな。流石に中には入れんぞ」
「大丈夫よ。ヒトミのカバンに盗聴器仕込んどいたから」
マナミはウィンクをしてみせる。
大神の顔は引きつったままだ。
ーーー
「久しぶりだな…蒼真」
「紅明くん。君の方から連絡くれるなんて、どういう事?」
ここは、握手か拳ゴチンじゃないかな。とヒトミは思う。
「ちょっとな、忠告をしようと思ってな。ちょっと耳かせ」
紅明と呼ばれた赤毛の少年が蒼真の耳元で何かを呟いたが、ヒトミは聞き取れない。
「ツアーの動画から僕の映り込みを全部消せば良いんだね」
「オレの要件はそれだけだが、この2人は?」
紅明の視線が、ヒトミとアイに向けられた。
「私たちはMUTEKISSの…」
アイは、言いかけたが紅明に被せられてしまった。
「アンタが、ネギトロンのアイちゃんで、そっちがポジトロンのヒトミだよな」
それでもアイはメゲない。だが次の言葉を言おうとした時、今度はヒトミに被せられる
「はい。ここに入りやすいように慰問の名目で入れてもらいました。」
アイは頬をフグのようにぷっくりと膨れさせた。
やっとのことで発言できたアイの質問に紅明はMUTEKISSのなかでは、マナミちゃんが好きだとか。この場に居ない人の名前を言って無難に逃れたのかもしれないとも思ったが、今度はなぜかヒトミちゃんとスパーリングを始めてしまった。
アイは、蒼真の腕に顔を擦り寄せることにした。半分仕方なく。ちょっとだけ好きだし。
ーーー
MUTEKISSの3人と蒼真、大神は宿舎へ戻った。
蒼真は頬を腫らしてしまった。白熱したスパーリングで紅明がヒトミの顔面を狙うところに割り込んだのだ。
申し訳なさそうな顔でヒトミは覗き込み、アイは笑って馬鹿にする。
紅明の言っていたこと。蒼真は敵前逃亡の脱走兵であるということ。銃殺刑となってもおかしくない。これからは素顔をさらさないように気をつけなければならない。
もっとも、紅明も含め少年を戦地に送る事は公にできない軍の体裁も有るが、ニュースでは紅明は18ということになっているようだ。
「そういえば、大神さんと蒼真ってどこで知り合ったの?」
マナミの問いかけに大神は答える。
「あ、前の仕事…バイトの時な。ただ座ってるだけの仕事…な、蒼真」
蒼真は、作り笑顔で頷く。
大神さんにもなにか秘密がある。
笑顔の頬がまだ、痛む。




