ガイア編 第04話「嘘月(うそつき)たちのステージ」
紅明には、星輝王が何をしているのか、蒼真が戦場でどう動くかが、手に取るように分かる。いや、意識すらしていない。星輝王の存在、支援を前提にした戦いが出来てしまっていた。
(駄目だ。オレは蒼真をアテにしている…蒼真に使われている…のか?)
時が止まっているようだった。
激しい戦場のはずだが、二人の周囲は戦いから切り取られ、戦場の時間が二人の周囲で限りなく遅くなる。互いに背中合わせで立つ2体の「陰陽侍」。
星輝王の巨大な斧を振り下ろし、一体のNロイドの装甲を粉砕した。砕けた装甲の隙間から露わになった、人間が収まるようなコクピットの空間。そこにいたのは、細いケーブルに繋がれた、青いスーツのパイロット。ヘルメットが割れ、血に塗れた顔と、虚空を睨む目が、一瞬、蒼真と視線を合わせたように見えた。
「う、嘘だ……」
蒼真の震える声が、星輝王の胸に響いた。手足が、急に冷たくなったように感じる。ヒト殺しをしていた。蒼真は、深く冷たく、沈んでいった。
敵はヒトだった。今まできっとも殺してきた。無意識に。
薄々気が付いていたのかもしれない。目を背けていただけかもしれない。
「ケッ。蒼真。今更かよ。」
ーー
「紅明くん、僕たちは…」
絞りだすように、救いを求めるように星輝王の目が双月に向けられた。
「殺さなければ殺される。そんなもんだ。…ガラじゃないが言ってやる。オレたちは殺すことで多くの人を生かしてるんだ。誇りを持てないなら、お前が死ね。」
紅明の苛立ちが双月を震えさせる。
「お前は軍を離れろ。」
「軍には口留めされているが、工一さんは、軍で兵器開発をしている。お前の捜索をエサにな。」
紅明は、告げていた。乱暴な物言い
こんな汚い大人にお前は付き合う必要は無い。やられたふりをして身を隠してろ。戦争はオレが終わらす。と
星輝王の動きが止まる。父さんが生きているという証言に目の前の光景が一気に色彩を失った。蒼真は戦う意味を失った。父が健在なら蒼真が軍で戦う交換条件は無効だ。
蒼真は敵の個体が単なるマシンでない事を知ってしまった。紅明の言葉にもう甘えられないのではないか。責任が…何の?
「オレに任せろ!蒼真、おまえ、いっぺん死ねや!」
オレの前から消えろ!目障りだ。と紅明の声が聞こえたような気がした。
消えてもいい。ここから消えたい。今すぐに。
蒼真は泣いていた。
「こちら遊撃部隊ゼロ、紅明。敵機前期撃破を確認。補足。コードネーム星輝王ロスト。
ミッションを終了する。以上。」
—
「彼」は古い小話を思い出す。
善兵衛は、どんなことにも動じない男だった。
畑が嵐で駄目になっても、家が半分焼けても、黙って片づけるだけだった。
村人は言った。
「善兵衛は、石でできているんだ」
ある日、善兵衛の古い友人・源吉が訪ねてきた。 源吉は酒も飲まず、ただ黙って囲炉裏の前に座っていた。
「どうした」
善兵衛がそう聞くと、源吉はぽつりぽつりと話し始めた。 息子を亡くしたこと。
声をかける言葉が見つからず、ただ家に帰れずにいること。
善兵衛は何も言わなかった。
ただ、源吉の話を最後まで聞いていた。
そのうち、善兵衛の胸が、ぎゅっと締めつけられた。
源吉の悲しみが、まるで自分のもののように重くのしかかった。
「……つらかったな」
その一言といっしょに、涙が落ちた。
善兵衛は、自分が泣いていることに気づいて、驚いた。
噂が立った。
「善兵衛が泣いた」そして「全米が泣いた。」
悲しみに泣いてる。
他人事と捉えるから泣けるんだ。
そうかも知れない。
だが、それは己を客観視してるからかもしれない。
ヒーローは泣かない。観客はヒーローを観て泣くんだよ。
泣いた時点で役を降りてる。
もういい。休め。
「彼」=ダイゴは、ヒーローの項目にある蒼真の名に重ねて横線を引いた。
誰だよ、このキャスティングしたのは。まったく…
—
蒼真のいない世界を望んだ紅明に「双月」が応えたのか、蒼真の願いが「星輝王」を動かしたのか。「星輝王」を背に敵機を一網打尽にした紅明の視界には蒼真の影は既になかったのである。
紅明は軍人に説明できる言葉を持っていなかった。
薄暗いモニタールーム。青白い光が人の顔を下から照らしている。。その中央、一人の中年男がタブレットを操作していた。軍部技官だ。眉間に深い皺が刻まれる。
「紅明の戦術、戦略は、戦いを通じて飛躍的に成長しています。」
独り言のように呟く。データが並ぶ画面を凝視した。
「シミュレーターでしか戦いを知らなかった専業軍人とは、やはり違います。」
彼の言葉には、わずかながら感嘆の色が滲む。実戦経験の重みを改めて感じる。机には、飲みかけのコーヒー。湯気はとうに消えていた。
「『双月』の反応係数が下がって来ているのも事実。」
表情が曇る。喜色から一転、憂いの色が差した。
「今となっては、並みのロボレスラーと大差無い程まで下がっています。数値は伝えておりませんが、彼自身も気がついていると考えられます。」
タブレットを置いた。静かに腕を組む。思考に沈んだ。
「慣れれば慣れるほど弱くなるのか。」
理解を超えた現象。頭を抱えたくなる。眉間の皺がさらに深くなる。
「あれら『陰陽侍』は我々の考えるような『兵器』では無いのかも知れない。」
絞り出すような声だった。結論が出ない。深い迷路に迷い込んだような感覚に囚われていた。
—
大神ロウは困惑していた。
マジかよ。と。数か月前、大神は星輝王の内部へ、目の前の少年…蒼真を押し込んだ。
「何もしなくていい、一番安全だからそこに居ろ」と。
まさかの、寸分たがわぬ形でそこに在る星輝王と蒼真。
起きてはいるのだろうが反応を見せない少年を助手席に乗せ、荷台にクレーンで星輝王を格納する。大神が愛して止まないアイドルMUTEKISS用の移動舞台を兼ねたトレーラートラック。とりあえずこの巨人は舞台装置だと言い逃れをするつもりである。
ーーー
蒼真はここ数か月の出来事がリアルな夢だったのではないかと思うようになっていた。
それなら説明が付く。ずっと眠ってて、目が覚めただけ。リアルなのは外の音が聞こえていただけだったんだと。
持たされたハンディカメラで舞台を撮影し終え、控室で映像を編集している。大神が映り込んでる映像。それを除けば最高なのに。ツールを使って映像から大神の姿を消す。出来上がった映像は会場へ来た観客へのPVとして配られる予定だ。ふと手が止まった。大神を消すときの既視感。
「いいねぇ、3人にも見てもらおうぜ!」
大神さんだ。
「なんだよ、幽霊でも見るような顔して」
大神の笑顔がどこか引きつっているようにも見えた。
蒼真が戦場を去ってから、ひと月。大神という男と他3名と旅をしながら暮らしていた。アイドルユニットMUTEKISSのコンサートツアー。蒼真が合流するまでほぼ4人でやってきたというのだから、大神という人物のマネジメント能力の高さがうかがい知れる。
ロボレスリングの興行が、ロボレスラー達の戦線投入により不可能になり、試合予定の会場に穴が空いたのを埋めるべく、映画の上映や、美術展、アーティストのコンサート等が開催される。いわゆる地下アイドルであったMUTEKISSもその余波により陽の目を見ることになった。外敵の脅威に晒される世相であったとしても、人々の心の空虚と会場のスケジュールの穴を埋める何かは常に必要とされるのだ。
ーーー
「蒼真、凄いね。完璧じゃん」
ヒトミは振り付けの練習をしていた。初めは蒼真に見てもらっていたが、蒼真の細かい助言につい言ってしまったのだ。
「じゃあ、アンタがやってみなよ」
と。
ヒトミが数週間苦労して、まだ自信が持てない動きだったのに対して、蒼真はものの30分ほどで理想の動きをしてみせたのだ。
少しばかり嫉妬はしてしまったけれど、ヒトミとしては良い手本であることは間違いなかった。重心の移動のさせ方、柔らかな止め等、色々質問できた。これで、自分の動きが武道の型のようだと笑われないで済むと思っていた。
「そこまでにしとけや。ヒトミ。動きの粗さはキミの個性であり、最大の魅力だ。蒼真を真似る必要はない」
いつの間に来たのか、マネージャー大神の声がヒトミを止めた。
大神は目を閉じ、左上を向いてしばらくすると蒼真をみる。
「逆だ。蒼真。お前のほうがヒトミに合わせろ、ヒトミだけじゃなく、マナミとアイの動きもトレースできるようにしてみろよ」
ーーー
客席のざわめきが、一瞬で困惑を孕んだ熱狂へと変わった。
「……え?」
最前列でペンライトを振っていた男が、思わず腰を浮かせた。
今、ステージの後方、照明の届かない暗がりへとステップを踏みながら下がっていった軍服姿のヒトミ。彼女は、そこに「居る」。インカムに手を添え、鋭く顎を引く彼女特有の動き。少し硬い、武道の型のようなそのシルエットが、影の中で途切れることなく踊り続けている。
観客の目は、その姿を捉えたまま離さない。
だが、その影が、ふっと一歩前へ踏み出し、再びセンターの照明の下へ躍り出た瞬間、会場にどよめきが走った。
「おい、いつ着替えたんだ……?」
驚嘆の声があちこちで上がる。 スポットライトに照らされたのは、すでにオレンジ色のどんぶりチェーンのユニフォーム姿に変わった「ヒトミ」だ。
彼女がステージから消えた瞬間など一度もなかった。 ついさっきまで軍服で踊っていた彼女が、暗がりに足を踏み入れ、再び光の中に現れる。その間、彼女の「動き」は一瞬たりとも止まらず、リズムも、歩幅も、独特の癖も、すべてが地続きのままそこに存在していた。
暗がりの中で踊り続けていたはずの人影が、光を浴びたときには、別の衣装を纏った姿に塗り替わっている。
「魔法だ……今の、絶対に魔法だろ!」
男は自分の目を疑った。 暗がりの中、一連の動きが途切れることなく続いていたはずなのに、光の下に出てきたときには、いつの間にか姿が変わっている。
「8番、17番、C3、スタンバイ!」
インカム越しのセリフが響くたび、同じことが繰り返される。 マナミも、アイも、暗がりに一歩踏み込み、再び光を浴びたときには、もう別の衣装に塗り替えられている。踊りの足を止めることも、袖に引っ込むこともなく、ただそこに居続けながら、いつの間にか姿が変わっている。
曲が終わった瞬間、会場は怒号に近い歓声に包まれた。 拍手と歓声は、華やかに衣装を変えた3人のアイドルだけに向けられている。
ーーー
マグロトロミクス
(作詞:大神ロー歌:MUTEKISS)
ヒトミ「ポジトロンは陽電子!」
マナミ「エレクトロンは電子、ビビっと!」
アイ「ネギトロンは… おいしいの!」
[Aメロ]
ポジトロンは陽の気持ち
エレクトロンは陰でツンツン
出会えば一瞬 スパークして
跡形もなく 消えてしまうの
[Bメロ]
それでもね あなたとなら
エネルギー 無限大!
トロけるネギトロのように
恋は 回転してる
[サビ]
マグロトロミクス! 胸が踊る
恋と物理が交差する
大盛りご飯で かきこむ想い
あなたに届け!
マグロトロミクス! トロけちゃうよ
世界の果てまで 君と行こう
陽と陰が惹かれあう そんな運命なら
もう一度 ビビッと来て!
ーーーメロディは流れる。
舞台のステップの音が響く舞台下で、蒼真は、ただ微笑んでいた。
—
これでいい。紅明は自分が笑みを浮かべていることに気づいていなかった。紫条工一は玩具に過ぎないレスラーロボをお払い箱にし、本物の戦士と武器を鍛え上げている。その戦士の雛形が紅明と双月なのだ。実戦の合間に行われる次代の戦士=有人ADを用いた模擬戦。紅明の描くイメージの戦いが、シミュレーションを支配する。
紅明の手足となり、動く。ADのサポートAIは、紅明の実戦データを元に作られている。




