ガイア編 第03話「届かぬ距離」
蒼真の証言が、最も真実に近いのかもしれない。 分析官が、眉間に深い皺を刻み、うなる。 星輝王が空中艦を撃破した前後の記録。機器の異常や改ざんの余地はない。前提と結果だけが、あまりに不自然に直結している。コマ落ちした動画のように。
他者の証言は更に思考の迷走を極めさせた。
・空を駆け上がった。
・翼で飛んだ。
・空中を泳いだ。
証言はバラバラだ。 人は不可解な事象に対し、納得できる理由を無意識に補完する。
「事実の 欠落」。これが、導き出された結論だった。 マクロの世界で、量子論的思考を強いる機体。陰陽侍とは、何なのか。
「蒼真、お前何をした!」
男と男、全力でぶつかり合ってこそ分かり合えるというものだ。 蒼真はいつも違う。いつも力を隠している。テストの成績も常に上位にいるが、決して最上位には行かない。優秀だが目立たない。まるでそのポジションを狙っているかのように。味方としては心強いかもしれないが、競い合う相手としてはどうにも不気味で、苛立ちを覚える。 紅明の足下に蒼真が倒れた。 許せなかった。自分ではなく蒼真に新たな力が宿る事が。理屈ではない。 蒼真を殴った右手が痛い。星輝王は強いが、蒼真は一撃で沈んだ。
両親は紅明にとって良い両親だとは言い難い。大きな事ばかり言うくせに、仕事では何の成果も出さず、愛想笑いと言い訳ばかり。家では些細な事で怒鳴る。母親も体裁ばかり気にし、紅明の気持ちなど考えもしていなかっただろう。 屑だと考えなければ紅明はやりきれなかった。親戚の目を気にしての家族旅行の帰り、2人は死んだ。紅明だけが生き残った。 反面教師としての価値があればそれでいい。紅明は亡き両親を切り捨てた。 紅明の苛立ちは終わらない。
紅明に殴られた。 頬が痺れてる。避けられると思っていた。拳の軌道は見えていた。自分の体が、筋肉の収縮が遅すぎる。星輝王の過剰な反応が速い事に慣れすぎていたのだろう。 薄れゆく意識。父、紫条工一の声が蘇る。町民運動会の、あの時だ。
「違うんだ、蒼真。本当の俺は、あと三メートル先にいる……20年後にならないとお前にはわからんか。」
単なる運動不足の言い訳だと思っていた。 まさかこんな形で父の言葉の意味が分かるとは蒼真は思いもしなかった。
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「紅明君が蒼真君を殴ったと。」
星輝王の見せた不可解な動き。二人の確執。武装解除。そして、軍上層部の思惑。 それが、今後の二人の道を分かつことになる。 積極的な戦いをし、データ解析にも協力的な紅明は遊撃部隊に。 味方との連携、防衛に真価を発揮する蒼真は重要拠点の防衛部隊に配属された。 その辞令を二人が受けたのは、懲罰房の中だった。 ガイア連合大西洋戦略分析室。
「紅明、動きが良くなってますね。」
「二人を別にしたのは正解だったかもしれんな。星輝王のサポートがなくなった事で、ロボレスラーとの連携を意識している。」
大スクリーンが中東エネルギープラント周辺エリアへとマップが切り替わる。
「蒼真の方はどうだ?」
「確実さは以前同様です、防衛戦力としてこれほど頼れる存在は無いですね。しかし…例の現象はあれ以来観測されません。何がトリガーとなるのか、それが分かれば…」
「蒼真については確かに戦力としても重要だが、それより…」
「紫条工一氏の動機…ですか」
「彼らの心情を考えると胸は痛むが、今は陰陽侍や敵性技術の分析、それに対抗兵器の開発を急がねばならない。」
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「なんで僕はこんな窮屈な思いをしてるんだろう。なんで戦ってるんだろう。」
蒼真の思いに答えてくれる者は居ない。ただ、蒼真の日常にあるのは任務。そして強くたくましい、優しいロボレスラー達のねぎらいの言葉だけだった。
「この戦争に勝ったら、親父さんと試合観に来い。特等席だ。」
そんな日が早く来ると良い。父はどこにいるのか。 紫条工一の所在は捜索中との軍の担当官の返答は蒼真に冷たく響く。死んでいるのならそれも仕方ないのかもしれない。多くの人の死を見た。守り切れなかった。 誰かの大切な人だった筈なのに。 アルガウスの発生させる磁力波は衛星通信を含む通信網を分断し、世界各国のリアルタイム連携を阻害している。100年も前に敷設された海底光ファイバー網の復旧も進みつつあるということだが、それでも混乱の解消には程遠い。 水筒のスポーツドリンクは蒼真の喉の渇きだけを潤した。
紫条工一は家族の事を思い出していた。
妻、美空とは大学のコンパで知り合った。同じ日系ということもあり直ぐ打ち解けた。最初のインパクトが
「『えー』さんで良いの。アルファベットのAさんかしら?」
漢字で「工一」と書いたが。それを美空はカタカナ「エー(えー)」として読んでしまった。 日系が来るということで、工一と同じゼミ生もカタカナでプロフィールカードを書いたからかもしれない。
しばらく経って工一は美空の「彼氏A」と言うことになってた。 工一も美空を「ミク」と呼んだ。美空も「ミク」と読めるが、実は美空の旧姓、御蔵にちなんだものだ。 蒼真の「蒼」は美空の「空」からのイメージから、「真」は「本当の名前」と言う意味で二人で考えた。 2人とも紫条工一にとっては掛け替えのない家族だ。
第二種軍籍ライセンス。戦争なんてもう起こる筈が無い。単純に就職に有利な資格として取得していたつもりだったが、ここにきてそれが紫条工一の自由を奪う結果となっていた。
工一のライセンスは兵士ではなく技官としての物。戦場へ駆り出される心配は無いのだが、現状、家族との面会すらままならない。 工一の帰宅予定だったあの日から息子、蒼真は空港で行方不明である。どこかで生きていると信じたい。
先日より、ユーロ研究所の所長を命じられた。息子の安否で気が気でない筈なのに未知の技術体系に触れる喜びが研究者としての工一の探究心を刺激する。不謹慎な思いが罪悪感を呼び覚ます。いや、きっと軍が探し出してくれる。自分のできることに専念するだけだ。
「レスラーロボは高度なAIを搭載しています。自律稼働できるのに、なぜロボレスラーが乗る必要があるんですか?」
年下の技官が、怪訝そうに首を傾げた。 紫条工一は、ディスプレイに一片の詩を表示させる。
「まずはこれを見てくれ」
「なんですか、これ。随分と気味の悪い感じがしますね」
画面には、不穏な言葉が並んでいた。
” 時間をかけ、浸透し、漏れ出していく。
熱く澄んでいた私は、黒くなる。立ち込める幻惑の香り。
少しずつ、少しずつ、落ちて、 やがていっぱいになった。
白い器に入れられる。器なしでは私の形は保てない。
甘い誘惑。そして、 わずかにとろみを帯びた白。混ざっていく。
私は、変えられた。 そしてオレになる。
目覚めの時。苦みを帯び、飲み込まれていく。 オレは消えた。僅かな痕跡を残して。”
「不気味な詩ですね。」
技官が顔をしかめる。
「そう思うか」
工一は静かに問い返す。 デスクには家族の笑顔が収まった写真立て。 冷めた中身を一口。 カフェインが喉を焼く。
「確かに、どこか物悲しい。だが、俺には気味が悪いとは思えない。何故だと思う?」
工一の顔に、微かな笑みが浮かぶ。 答えを急かさない。 困惑を見守った。 ディスプレイを凝視する技官。その額に、微かな汗が滲む。
「……分かりません」
工一は空になった紙コップを置いた。
「これは、カフェオレの詩だよ」
「……はっ」
技官が声を漏らし、大きく膝を打った。 乾いた音が室内に響く。 険しい表情が霧散する。代わりに、深い納得が顔を支配した。
「なるほど……! 『熱く澄んでいた私』はコーヒーだ。豆から抽出され、『黒くなる』。芳醇な『幻惑の香り』……」
技官は詩の続きをなぞる。
「『白い器』はカップ。『わずかにとろみを帯びた白』はミルク。混ざり合って『オレになる』……これはカフェオレそのものです!」
呪文が、日常の風景に書き換わる。 認識の変容。 技官は、定義一つで世界が変わる衝撃に、言葉を失っていた。
「……一酸化二水素」
技官がぼそりと呟く。
「認知のフィルタとは、そういうものだ。正体を知れば、もう不気味さは感じられないはずだ」
工一は満足げに頷いた。
「事象を物語として認知するために、人間はレスラーロボに乗るんだよ」
デスクの端。 引き出しの奥に眠る古いバッジに、一瞬だけ視線を落とする。
「レスラーロボのAIは、その個人の挙動を学習し続けた分身だ。ある意味では、搭乗者自身の意志の結晶と言ってもいい」
工一の眼差しが、わずかに和らぐ。
「だが、それはあくまで過去の自分の最適解だ。その場に満ちる熱狂、客の叫び……。今、この瞬間の空気を汲み取って、積み上げられた自分自身のデータを書き換える。それがロボレスラーの役割だ」
指先で、空のコップの縁をなぞる。
「衝撃の痛み、死のリスク……。生身の人間がその代償を引き受け、鉄の塊をねじ伏せて『今』の答えを出す。その『痛み』があって初めて、ただの衝突がシミュレーションを超えた『ショー』へと昇華されるんだ」
工一の声が、静かに響く。
「客が買っているのは、固定された記録じゃない。人間が、過去の自分さえ超えて物語を紡ぐ瞬間だ。その『体温』があって初めて、鉄の塊は意味を持つんだよ」
数週間後、開発室の空気は、あの日とは別の物質に置き換わっていた。
ディスプレイに映し出されているのは、カフェオレの詩ではない。
—アルガウス。磁力を操り平和だった世界を一夜にして混沌へと変えた謎の侵略者。その限られた情報。 遠隔操作の通常兵器は、磁気嵐を呼ぶアルガウスの前に完全に無効化された。紫条工一のアストロノーツ支援のためのロボティクス技術は、惑星探査用有人拡張宇宙服ADを兵器に転用するために必要不可欠なものとなる。 同一技術系譜から派生したエンターメント用機体――レスラーロボは、高度にカスタマイズされたAIを搭載し、搭乗者の個人データを一年以上学習している。そのため、AIの判断は搭乗者の操作と高度に一致する。しかし微細なズレが残り、それがショーのライブ感を生む。忘れてはいけない。レスラーロボに搭乗者が存在するのは、ショーの観客体験を最大化するためであり、物語や痛み、恐怖もすべて観客のための演出にすぎない。搭乗者はその装置として、観客の前で鉄の塊を動かすのである。
戦闘用有人ADも、開発当初は原則有人機として設計されていた。しかしAIの自律性を強化していくうちに、論理的にはパイロットの存在は必須ではなくなった。AI単独でも戦闘は可能である。しかし、無人機と有人機の試験比較では、総合戦果に、誤差では説明しきれない差が確認された。 現在の開発方針では、パイロットの操作はAIの判断と必ずしも一致しない。理論は不明ながらAI単独運用と比較して、統計的に戦果が向上することが確認されているのだ。 技官は眉をひそめる。
「でも、操作はできるのでは?」
「そう、操作は可能だ。しかし、重要なのは操縦ではなく有人状態での稼働だ。理論的には不要でも、データ上は有人機の方が確実に成果を上げる──まるで量子系の観測者効果のようにね」
工一は淡い笑みを浮かべ、空になった紙コップの縁に指を置く。
「結局のところ、有人ADに人が乗る理由はここにある。AI単独でも戦闘は可能だが、有人状態で稼働させることで機体パフォーマンスが統計的に向上する。それが有人である意味だ」
室内に静かな沈黙が落ちる。遠くで、アルガウスの脅威が迫る中、技官はその言葉の意味を、少しずつ噛み締めていた。 技官はその説明にうなずきつつも、眉をひそめる。
「しかし、理論的にはパイロットはAIの判断を補う必要すらないわけですよね。傍観者でしかないはずの存在が、どうしてこの差を生むのでしょうか」
工一は少し考え、静かに答えた。
「そこはまだ完全に解明されていない。データは確かに有人状態の方が良い結果を示す。しかし、なぜパイロットが座るだけでその差が出るのかは、量子系の観測者効果のようなものかもしれないし、心理的な影響かもしれない。理論的には傍観者でも、統計上は確実に差が生まれている。」
技官は静かにディスプレイを見つめる。無人状態模擬戦データと有人状態のデータが並ぶ。数字上の差は僅かだが、誤差では説明できない。論理的には傍観者に過ぎない存在が、世界の仕組みに影響を及ぼしている──その事実が、科学者としての好奇心を刺激した。 …有人状態で稼働させることで機体パフォーマンスが統計的に向上する。
技官は眉をひそめる。
「やはりパイロットは理論的にはただの傍観者です。彼らは納得しているのですか?」
工一はディスプレイに手を伸ばす。
「説明より、体感させる方が早い」
画面にはADの操作UIが表示され、アラートウインドウとともに2つのボタンが並ぶ。 ――「OK」 「承認」 工一は技官に指示する。
「どちらかを押して進めてみなさい。」
技官は連続して「OK」と「承認」を押しながら操作を続ける。指先の手応えは確かだ。AIの判断はすでに決まっているかのように見えるが、押さなかった未来の結果は体感できない。操作している感覚だけが、擬似的な主体感として残る。 統計上、この有人状態によって結果が5%向上する。その5%が人類の命運を左右するかもしれない。 指先でボタンを押すたびに、操作の手応えと現実の危険が交錯する。押さなかった選択の結果は体感として存在せず、その影響も分からない。技官は次第に、この体験が有人状態の意味に結びついていることを、少しずつ実感し始める。 工一は淡く微笑む。
技官は静かにディスプレイを見つめる。指先に宿る微かな重さは、理論を越えた実感として心に刻まれていった。
このプロジェクトに配置された重圧。逃げることもできない。
「承認」と「OK」。若き技官はその選択に迫られた。
デスクの隅。家族の写真立ては、今は伏せられている。 工一は、未完成の有人ADの仕様書を見つめた。
数週間前、アルガウスの兵器Sロイドおよび、出所のはっきりしない超兵器「陰陽侍」の解析に立ち会ったのが始まりだった。
アルガウスのSロイド。モノポールに磁力回路か。
これを現状解析するのは困難だ。 SF作家でも呼んでくるほうが遥かに研究が深化するかもしれない。
それよりも、これが有人機であった事が重要だった。 複数のサンプル、搭乗者とみられる存在。搭乗席と見られる場所にはインターフェイスも何もない。物理的接点も見当たらない。ただ座っているだけ。 そして、地球人類との差異を探す方が困難な存在。唯一気づけるのが表情筋が著しく少ない。
意志疎通でも出来れば何か解析できたしれないが、彼らは機体から引き離した時点で死ぬ…詳細は不明だが工一は生体部品的な存在と仮定することにした。
そして「陰陽侍」。
超音波、X線、そのほか透視画素が示すものは…
奈良の大仏と変わらんよ。
なんて動いてるのかさっぱりだ。
分析主任もお手上げのようだ。そう、何もわからないのだ。
自由の女神が動き出しても、もう驚けない。
同じ未知の存在でも、敵であるアルガウスの技術の方が数段マシなのは皮肉としか言いようがない。しかしながら、こちらには搭乗者の証言と、バイタルスキャン等から、性能評価だけはできる。
軍事施設研究所の無機質な空間に、解析機器の電子音が響く。中央には、厳重に固定された「双月」が鎮座していた。 その白銀の機体は、鈍い光を放っている。 紫条工一は、モニターに映し出される数値を険しい表情で見つめていた。 数名の技官が、その周囲で作業を進める。皆、緊張した面持ちだった。
「主任、この数値を見てください」
技官の一人が、声を上げた。モニターを指さす。
「『双月』は人間の反射行動以上の反応を示しています」
工一の目が、一層鋭くなった。
「それは、実質『陰陽侍』が自律して動いているということか?」
「実質、パイロットは傍観者であるということになります」
技官は、冷静に答えた。工一は、腕を組み沈黙する。
「しかし紅明の証言では……」
紅明は、「双月」を唯一動かせる少年だ。彼は自身の操縦で戦果を上げていると主張していた。 その言葉と、この解析結果の乖離に、工一は困惑した。 機体は、紅明の意思を超えて動いていたのか。もしそうなら、紅明は、何を思い、あの戦場を駆け抜けていたのだろう。
工一は紅明の得意げに語る姿を思い出し、そこに息子、蒼真の姿を見ていた。
もう、何杯目のカフェオレだろうか。 「陰陽侍」の圧倒的な性能が有効だとしても息子と変わらないような少年を戦場に送り、また、根拠の分からない結果のみからの類推で傍観者を「操縦席」に座らせる有人ADシステムの開発。
研究室の紫条工一の前の選択肢もまた、「OK」と「承認」しかない。




