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アース編 第03話「パワーゲーム」

アース統合軍極東司令部とうごうぐんきょくとうしれいぶのNOAに対する要求は、統合政府の辞令と明らかに矛盾していた。空母ムサシと星輝王せいきおうの引き渡し。それは、NOAの管轄権を否定するに等しい。


「ったく、軍隊ってのは何考えてんだか」


いつからそこに居たのだろうか。リョウが、通信士の背後で腕を組み、忌々しげに呟いた。元海軍将校(もと-かいぐん-しょうこう)の荒潮猛(あらしお-たける)が、鋭い視線をリョウに向けた。その眼差しには、どこか恥じらいの色が混じっている。


戦後、アース統合連邦とうごうれんぽうが設立された。連邦政府れんぽうせいふの下、復興と発展のため、NOAのような組織が各分野で活躍している。

アース統合軍は、地上5大国を含む7大国の軍隊より拠出された戦力を統合した組織だ。

新たなる脅威の出現に際し、戦力は軍が管轄すべきであるというのが軍部の主張である。

特に、初戦に関与できなかった「東方連合」と、統合軍軍事力の約三分の一を拠出する「極北議会きょくほくぎかい」の2大国の意向が、「極東司令部」の要求に繋がったと考えるのが自然だった。


「博士、いえ、司令。返答は?」


通信士が、深海しんかい博士に促した。


「『バカめ』、と返答したいところですが、ここは一旦、要求に応じましょう。」


深海博士は、冷静な声で答えた。


「しかし、それでは…」


荒潮猛が、反論しようと口を開く。しかし、深海博士が再びその言葉を遮った。


「同時に統合政府側から事態収束の要請をします。今は人類同士で争っている時ではないのです。申し訳ないが猛君、碧羅さん。あなた方には少しの間、窮屈な思いをしてもらうことになります」


碧羅とタケルは、統合軍軍人に連れられ、空母ムサシの司令区画へと歩みを進める。艦内通路には、統合軍の兵士が立ち、二人を監視するように視線を送る。


「荒潮艦長、こんなことになって申し訳ありません」


下級士官がタケルに話しかけた。彼なりに、タケルの置かれた状況を憂えているのだろう。面識のない軍人たちに、我が家とも言えるムサシを支配されている状況。タケルが不満を持たないはずはなかった。


碧羅に向けられる視線は、奇異なものに対するものだった。15歳で成人として扱われる社会であっても、戦闘艦の中の少女の姿は特異でしかなかった。


軍人たちに混じって、見たことのある顔が碧羅の視線を止めさせた。傭兵のようなこともしていると聞いていたが、なぜここにいるのか。違和感がある。不破流市フワリュウイチである。


「海鮮パフェの人?」


碧羅は、不破流市を真っ直ぐに見つめて問い返した。不破流市は、ニヤリと口角を上げた。その目は、碧羅の質問を楽しむかのように細められる。


「俺は海鮮パフェじゃなくて不破流市だけどな。君もNOAの人か?」


不破流市は、面白そうに碧羅を見つめた。


「そんな感じです。不破さんはどうして」


碧羅が問いかけると、不破流市は少しだけ得意げな顔をした。


「自分は作戦行動中であります。『志願した新米軍人』って『設定』な」


ムサシや星輝王への興味が、今の不破流市フワリュウイチの行動原理になっているらしい。不破流市は対立関係にある軍部側の人間として動いている。心を許すことは危険だ。


不破流市はそそくさと走って行ってしまった。


星輝王を「かっこいい」と評した彼の言葉に、碧羅へきらの顔には笑みが浮かんでいた。不破流市は、碧羅と星輝王の関係を知らない。


-----


ムサシ格納庫。そこには星輝王せいきおうがあった。顔見知りということで、調査の担当になったのが不破流市だ。


「えっと、記憶喪失の君は星輝王に引き寄せられて水棲人すいせいじんと戦ったでOKか?」


不破流市の言葉を聞くまで、碧羅は自分が記憶喪失であることに気が付かなかった。自身のプロフィールを他人から聞かされ、納得するという妙な状況である。両親の顔や育った街すら思い出せないことが不自然なのは理解できるのだが。


「星輝王が君にしか反応しないこと、君自身も星輝王が何なのか把握できていないことはわかった。どちらにせよ、今の状況なら対水棲人すいせいじんの戦力として重要だってことだ」


碧羅と星輝王の関係をこの地球で正確に理解できる者など存在し得ないのだ。それは今の碧羅も例外ではない。


碧羅はアイスクリームが食べたくなった。


艦内のスピーカーから突然、深海博士の声が響き渡った。


「統合軍兵士のみなさん、聞いてください。今回の作戦は統合政府とうごうせいふの方針に反するものであり、軍事クーデターとして政府の見解が発表されました。皆さんの立場もありますので、今後の行動については各自で判断してください。繰り返します。各自で判断してください」



艦内は混乱を極めた。個人用端末で事実を調べる者、上官に指示を仰ごうとする者、作戦行動の継続を指示する者。銃声らしき音も聞こえる。


ニヤリと不破フワリュウイチが笑った。


「いいね。碧羅ちゃん、とりあえず星輝王せいきおうで外に出ろよ。俺が止めに行く役な」


碧羅へきらは不破が何を考えているか分からないまま、星輝王の胸へと向かった。


ムサシ格納庫から赤き巨人が飛行甲板に上がる。少し遅れてADアドバンストドールが別のハッチから姿を表す。


外は既に混戦が始まっていた。統合軍所属のAD(機動歩兵)同士による格闘戦。戦闘車両同士の衝突、生身の兵士たちの銃撃戦。空では航空戦力が入り乱れ、M.I.K.E.の陸戦装備、空戦装備が激しくぶつかり合っていた。


衝撃が碧羅へきら星輝王せいきおうを揺らす。薄い金色、あるいは黄味がかった白銀のADアドバンストドールの奇襲の一撃を食らった。速い。星輝王が体勢を立て直す間もなく、ターンしたADは背後に迫る。甲板に伏し、二撃目をそらす。

立ち上がる星輝王を、ADが手招きした。


「かかってこいって事?馬鹿にして…」


碧羅は槍を構え、ADへと駆ける。連撃はADを退かせるも、ヒットには至らない。すれ違い際に星輝王の頭部をポンと叩く。


「強い強い。いいね。」


不破はこの戦いを楽しんでいた。自慢の愛機には相当負担をかけている。余裕ぶっているだけだ。並のADなら最初の一撃で終わらせる自信があった。

不破流市は、ムサシおよび未確認機体の接収作戦の噂を聞き、いても経ってもいられなくなった。外宇宙の旅から戻った宇宙船ムサシ、そして神秘の巨人。どうしても見たい。強さを知りたい。新米軍人を眠らせて、統合軍に潜り込んだのはそのためだ。


「あ、ちょっと、そこは…」


果敢に責め立てる神秘の巨女は、流市とそのADをたじろがせ始めていた。もう少し楽しんでいたいが、まだ余力を残しておかなければ次のステージには進めない。そろそろ鐘崎如慈の『作戦』も始まる筈だ。

大砲の音が幾つも鳴り響いた。混戦の中、戦士たちは僅かに意識を奪われた。戦局が新たな動きを見せるのか、それとも終局へむかうスタートの銃声か。

夕暮れの海の上空に大輪の花が咲き始めた。

それは、花火である。海上に大漁旗を掲げた武装調査船「シーホーク」。そこから打ち上げられる花火。

通信機、そして拡声器から声が鳴り響く。


「私は、NOA司令、深海龍。この戦闘に意味はない。しかし、諸君らの闘争心に敬意を評し、ここに宣言する。あの大漁旗を手にしたもがこの戦場の勝利者である。」


シーホークの甲板でリョウと鐘崎は作戦の一段回目の完成に胸をなでおろした。

碧羅は海へと向かった。空を飛ぶ航空機、陸上を走る戦闘車両、AD、歩兵。様々な種類の兵器が、一斉に武装調査船シーホークを目指して動き出す。


星輝王は、波打ち際を越え、海中へと潜った。水中移動性能は極めて高い。巨大な体躯が、まるで水と一体になるように、滑らかに水の中を進む。他のADが波打ち際で足を取られ、もがくのを横目に、星輝王は抵抗なく沖へと向かう。


不破のADが、再び碧羅の前に現れた。その動きは常軌を逸していた。碧羅の目には、残像を残して迫るように見えた。不破は、シーホークの旗を狙っているようだった。互いに相手の動きを読み合い、高速で海中をすり抜ける。そして、不意に星輝王が水面へ躍り出た。しかし、星輝王は突如、方向を変えた。


海面に浮かぶ破片。そこに取り残された兵士が見えた。碧羅に迷いはなかった。星輝王は、その大きな手を伸ばし、兵士を優しく掬い上げる。そのまま、近くにいたADの機体へとそっと置いた。


不破は、その光景を横目で捉えた。旗を奪う絶好の機会に見えた。だが、彼は追撃しなかった。ニヤリと口角を上げるのが見えた。「面白いな」。そう言っているようだった。碧羅は、不破の動きが結果的に自分の進路を助けていると純粋に認識していた。


海中では、複数のADが固まって動いていた。一方が競合する航空機を海中に引きずり込み、もう一方が旗を目指す。陸戦兵器は、陸から砲撃を加えていた。兵士たちは、小型ボートで海を渡ろうと必死にパドルを漕いでいた。


星輝王は再び海に潜った。水中でも、その性能は他のADを圧倒する。沈んだ戦闘車両からパイロットを救助し、海上へと運んだ。


不破のADは、旗を目指し、再び加速した。しかし、その時、碧羅は再び動きを止めた。シーホークの近くに小さな救命ボートが転覆し、数人の兵士が海に投げ出されていた。星輝王は迷わず、その兵士たちを助け上げた。兵士たちは星輝王の手でシーホーク甲板へと運ばれる。


その直後、不破のADの機体が、突然、大きく傾いだ。バランスを崩し、海面に激しく叩きつけられる。煙を上げ、みるみるうちに沈んでいった。碧羅は、水面に投げ出された不破の姿を見た。彼は身動きが取れないようだった。


兵士たちを甲板に上げ終えた時、碧羅は迷わず不破の元へ向かった。星輝王は、沈んでいく不破のADの近くで、不破を優しく掬い上げた。不破は意識を失っているようだった。碧羅は不破をシーホーク甲板へと運ぶ。


碧羅の目の前には、シーホークの甲板に掲げられた、あの大きな旗があった。他の誰も、まだここまで到達していないようだった。


「勝っちゃった。」


NOA本部「方舟」のゲート前で、大漁旗を高々と掲げる星輝王。

ゲーム参加者からは不満の声も聞こえる。当然だ。陸戦兵器での参加。歩兵としての参加。航空機でどうやって旗を掴むのか。銃を向けあった相手と協力して旗に向かう者、部隊を率いて勝利を目指すもの。不公平なのは明らかなのだが、もうそこに敵の存在は無かった。


NOA本部 医務室。


「…あー、参った。まさかこんな結末とはね。」


不破はかすれた声で言った。碧羅は、彼に近づいた。


「…アンタ、やりやがったな。」


不破は、にやりと笑った。口元に血が滲んでいたが、その目に光が戻っていた。


「まさか、俺より先に旗に到達するとは。それも、人助けして。まさか、俺まで助けてくれるとはね。礼は言っておくよ。命拾いした。あんたのおかげだ。」


不破は、ゆっくりと体を起こそうとする。しかし、激しい痛みに顔を歪めた。


「まだ、動かない方が…」


碧羅は、思わず声を出した。


「いてて、だな。しかし、面白い。あんた、面白いよ。」


不破は、まだ笑っている。その目は、どこか満足げだった。


「…俺のAD、沈んじまった。無理させ過ぎたな。『さらば友よ』なんちゃって。」


不破は、自嘲するように笑った。


「人助けに夢中になるとはな。…だが、それもまた、最高のエンディングだ。」


彼の視線が、高々と掲げられた大漁旗を捉えた。そして、碧羅を見上げた。


「…あんた、本当に何者なんだ?…いや、知ってるか。碧羅、だろ?」


「…はい。」


「俺は不破流市フワ・リュウイチ。覚えておいて損はないぞ。」


不破は、再び笑った。その笑みは、さっきよりもずっと、力強かった。


忘れられない程の人。だが碧羅は、いつまで覚えていることができるのか。思い出の喪失の意味。恐怖を感じ始めていた。


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