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ガイア編 第02話 「紅と蒼と赤と青~ロールプレイヤーズ」

軍の尋問を終えた翌日、紅明と蒼真は軍の施設にいた。旧市民会館を改造した臨時施設は、簡素なベッドと最低限の備品が並ぶ。両親を失った紅明に拒否権はない。軍に身を置くしかない、それが現実だった。


広大なロボレス訓練施設に連れてこられた。格納庫には双月と星輝王が並ぶ 。周囲を軍の技術者たちが囲み、興味深そうに分析している。


「これより、機体テストを開始します」


女性軍人の声が響く。紅明は内心で舌打ちした。技術者たちは、機体の真の力を理解できていない。単なるレスラーロボの延長線上で扱おうとしている。「玩具扱いしやがって」と苛立ちが募る。だが、その苛立ちが、体の奥底で微かな高揚へと変わっていくのを紅明は感じていた。


最初のテストは、簡易的な機動試験だった。ダミーの剣に見立てた金属パイプを2本、双月の手に持たせる。訓練フィールドには、無数の風船が配置されている。ターゲットの風船を次々と割っていくタイム測定。紅明は、双月を高速で、破壊的に動かす。風船は、割れるのではなく、次々と破裂していく。荒々しい動きだが、的確だった。風船が弾けるたびに、心臓の鼓動が速まる。もっと、もっと速く。全身に電流が走るような感覚。


次に、蒼真の操縦する星輝王が同様の試験を行った。星輝王は、優雅だった。無駄のない動きで、風船を「貫く」ように処理していく。その動きは洗練されていて、まるで舞っているかのようだ。


最後に、この施設に配備されているレスラーロボが試験に臨んだ。軍の操縦者が操る機体は、紅明の双月に遠く及ばない。当然の結果だ。


テスト結果がモニターに表示された。紅明の双月が、星輝王のタイムを上回る。


「動きが正確なだけでは勝てない」


紅明は内心で蒼真を嘲った。正確さだけでは、力にはなりえない。目の前のスコアが、それを証明している。勝利の感覚が、紅明の心を狂気的な高揚で満たした。彼の意識の中にあるのは、蒼真を上回ったという事実だけだった。


「続けて模擬戦を行う」


広大な模擬戦フィールドを紅明は見渡した。アルガウス侵攻で破壊された瓦礫や構造物が、無造作に散らばっている。実践的な環境を再現した空間が、紅明の闘争心を煽った。隣には、蒼真の「星輝王」が静かに立つ。その横には、武骨なレスラーロボが二体控える。紅明のチームも同様だ。憧れのロボレスラーたちとの共闘に、紅明は胸を高鳴らせた。

「準備はいいか?」

軍関係者の声が響く。両チームはそれぞれの定位置についた。

模擬戦闘が開始する。紅明の「双月」が、稲妻のような速さで蒼真チームのレスラーロボ「マッスルハリケーン」に突進。その動きは流麗で、見る者を惹きつける。双月が繰り出す精密な一撃が、「マッスルハリケーン」を捉えた。

「マッスルハリケーン」が一撃を受け吹き飛ばされる。紅明はあまりに脆いレスラーロボに失望感を覚える。ロボレスラー達への憧れが薄らいでいく。力を示したい、こんなものでは足りない。双月は、次の獲物へと向かう。視線が星輝王を捉える。

双月の圧倒的な機動性に高揚感を覚える。機体が紅明の体の一部のように意のままに動く感覚が心地よい。風と一体になった感覚を得、「星輝王」は「双月」の間合いに入る。

双月の剣撃を「星輝王」が手斧で受ける。だが双月はもう一本の剣を持つ。

「蒼真、甘い」

左手に持つ剣が「星輝王」の腰部に当たる。「星輝王」の体制を崩せない。

「硬い」

「双月」の攻撃は「星輝王」を圧倒している。しかし、致命打には至らない。

「星輝王」は、双月の猛攻を受け止めつづけていた。

堅牢な装甲が、双月の剣撃を弾く。紅明は蒼真に勝てる確信を持っている。課題は硬い「星輝王」をどう料理するかだ。闘いの中、紅明は思考を楽しんでいる。

「なっ、」

不意に紅明を衝撃が襲った。もう一体のレスラーロボ「アイアンナックル」が背後から飛び蹴りを浴びせていたのだ。「星輝王」に意識を集中しすぎだ。トロいくせに蒼真は思わぬ一手を打ってくる。体育の時間のバスケットボールの時と同じだった。

更に、「アイアンナックル」の攻撃が双月を襲う。

「遅いぞ。」

双月は「アイアンナックル」の攻撃を最小限の動きで捌く。「マッスルハリケーン」を翻弄する。紅明は苛立ちを覚えた。「ギガンティックタイガー」と「ジェットストリーム」は何をやっているのだと。

双月のスピードについてこられていない。ようやく紅明チームのレスラーロボ「ギガンティックタイガー」と「ジェットストリーム」が、蒼真の「星輝王」に詰め寄るが、蒼真の的確な回避とカウンターで決定打を与えさせない。

蒼真チームの「マッスルハリケーン」が、星輝王を援護しようと双月の背後から迫る。だが、双月は振り返りもせず、片手でその巨体をいなし、軽く弾き飛ばした。

双月が二本の直剣を構え、星輝王の腕部を正確に捉える。駆動音が止まる。星輝王の腕が、だらりと垂れ下がった。双月の勝利を告げるブザーが鳴り響く。

軍関係者がフィールドに駆けつけ、紅明を称賛した。だが、紅明の心には、勝利の喜びは薄かった。憧れの存在であるはずのレスラーロボたちの動きは、あまりにも鈍かった。まるで、双月の動きを阻害する足枷のように感じられた。紅明は、双月を見上げた。その白銀の機体から放たれる圧倒的な力に、紅明は満足感を覚える。同時に、この力を誰よりも使いこなしたいという、新たな欲求が湧き上がっていた。


地球は、長く続いた平和の恩恵を享受していた 。百余年もの間、大規模な戦争は起こらず、世界は「ガイア連合」という統一政府のもと、平穏な日々を送っていた 。旧来の国家は形骸化し、州という緩やかな単位に再編された 。交通網は発達し、通信技術も飛躍的に進歩した 。人々は自由に交流し、国境という概念は薄れていった 。

軍隊は形骸化し、その役割は訓練とシミュレーションが主となる 。平時には、警察や防災機関の別働隊としての地位に甘んじていた 。軍人たちは「筋トレとゲームをしてお金をもらう人々」と揶揄されることさえあった 。それほどまでに、この星は平和に満ちていた。

しかし、その平和は脆くも崩れ去った。突如として現れた敵勢力=アルガウスの侵攻は、地球に住む人々の日常を根底から覆した。空襲警報が鳴り響き、爆炎が都市を飲み込む。これまで当たり前だった平和は、一瞬にして過去のものとなった。人々は、未曾有の脅威に直面し、その無力さを痛感させられることになる。

軍の尋問を終え、紅明と蒼真は会議室にいた。長机を挟んで、女性軍人が座っている。

「敵勢力を『アルガウス』と正式に呼称します」

女性軍人の声が響く。彼女は、モニターに映し出された世界地図を指し示した。赤いインクで塗りつぶされた領域が、瞬く間に増えていく。アルガウスの侵攻状況。地球の通常兵器では歯が立たない現実。そして、双月と星輝王セイキオウが、現状で唯一対抗しうる存在だという説明が続く。今後の訓練と作戦方針。紅明の耳には、その詳細な説明は届かない。

ただ、敵の「圧倒的な力」に興味を抱いた。それを打ち破る自身の力を試したい。欲求が強く胸の内で渦巻く。

世界の危機という重い状況は、紅明にとって、まるで「面白いゲーム」のような感覚に過ぎない。

隣に座る蒼真が、世界の危機におののいている。

「だからお前は弱いんだ」

紅明は内心で嘲笑った。蒼真は、母の安否と父の捜索を条件に軍への協力を申し出ていた。紅明は、蒼真がこの状況を「父が見つかるまで、大人たちがこの事態を収拾するまでの繋ぎ」と割り切ろうとしていることを察した。

「家族か……くだらねえ」

それに、所詮は半端な期間限定の奴だ、と紅明は蒼真を蔑んだ。

会議室での説明後、軍の技術者たちが操縦用スーツを持ってきた。

「AI調整機器を装着します」

言われるがままに、紅明はスーツを身につける。体にぴったりとフィットする素材。頭部には、ヘルメットが装着される。

「こんなものが、俺の動きを測れるとでも? 所詮、子供騙しの玩具だ」

紅明は、自分を子供扱いされていると強く反発心を抱く。しかし、同時に「それでも、この力を証明してやるか」という挑戦的な態度で装着を受け入れた。

「このAI調整機器は、『陰陽侍オンミョウジ』とパイロットのリンクを解析し、その特性を解明するためのものです」

軍の技術者が説明する。陰陽侍の解析データを用いて、レスラーロボの戦闘能力を少しでも引き上げたい、という軍の意図が示唆された。

これは操縦を補助するものではないこと。

それは自分の能力を測る物。それは、味方の動きを少しでも「まともに」するためのものなだと。紅明の瞳は、まだ輝いていた。



初めての戦いから、重い一月が過ぎた。蒼真そうまはあれから三度、戦場を経験していた。

慣れる事など、永遠に来ない。そう思えた。もうすぐ、父の行方が分かる。そうなれば、慣れる必要など無い。戦いは、無くなる。


蒼真は訓練とデータ解析を終え、ベッドに横たわった。個室が与えられていた。最前線で戦う者の特権だという。


早く父親に会いたい。家に帰りたい。それが蒼真の総てだった。


キャリアトラックから、「星輝王せいきおう」が立ち上がる。隣に「双月そうげつ」が続く。レスラーロボたちもそれに続いた。街の至る所で、既にアルガウスの侵攻は始まっていた。


赤黒いSロイド、青黒いNロイドがビルを、電車を、車を、公園を、そして人を襲う。


双月が先陣を切った。


蒼真の「星輝王」も「双月」に追従する。紅明こうめいは速く、強い。しかしどこか危なっかしい。自らの危険をかえりみないように見える。絶対の自信なのか、蒼真には分からない。「双月」の速さについていけるのは現状、「星輝王」しか無い。


「双月」の背後にSロイドが迫る。「星輝王」は側面に駆け、双月への攻撃軸をずらす。そのままSロイドのマニュピュレーターを掴み、遠心力を込めた。後方へ走らせる。その先には、屈強なレスラーロボたちが待ち構えている。


レスラーロボがSロイドにラリアットを食らわせた。Sロイドは転倒する。10階建てのビル屋上から飛び上がった別のレスラーロボが、膝落としで追撃した。


――


軍会議室の重苦しい空気が、室内に満ちていた。テーブルを囲む将官たちの表情は、一様に厳しい。中央に置かれたモニターには、戦況を示すグラフが映し出されている。


「ロボレスラーたちの状況は?」


一人の将官が問いかけた。その声には、焦りの色がにじむ。


「現状、有効な戦力であることは間違いありません」


担当者が答えた。


「しかし……」


担当者は言葉を区切る。将官たちの視線が、担当者に集中した。


「なんだ?」


議長が促した。


「相手の攻撃を自ら食らいにいく節があるのです」


担当者の報告に、会議室がざわめいた。


「プロレスをしてしまっている、ということか」


誰かが呟く。まさか、戦場でそのような行動を取るとは。


「ロボ側のAIの学習パターンか、それともレスラーの……」


議長が推測を述べた。


「恐らく両方かと」


担当者は断言した。


被災者ファンのいる地域での活躍が顕著なことからも、その傾向は明らかです」


彼らは、まるで観客を意識しているようだった。戦場を舞台にした、命がけのショー。だが、それは勝利のためなのか。将官たちの間に、困惑が広がった。


――


レスラーロボは兵器ではない。ロボレスリングで真剣なショーをする戦士。その中でこそ、最も存在感を発揮する。人型の戦闘兵器などフィクション上のもので、滑稽こっけいでしかないはずだった。つい先日までは。


単機でアルガウスのヒューマノイド型マシン、SロイドやNロイドに対抗し得るのは「陰陽侍おんみょうじ」しかいない。数体のアルガウスに対し、「陰陽侍」ならば一体で軽く倒せる破壊力とスピードを持つ。まさに戦場のエースストライカーだ。しかし、エースだけで勝利できるほど甘くはない。無限とも感じられるアルガウスの数を前に、ロボレスラーたちの活躍に期待しなければならない。


「星輝王」の手斧がNロイドの首を飛ばした。


「遅いぞ蒼真、何を遊んでる」


前方から紅明の声が聞こえた。蒼真は苦笑する。紅明が突出しすぎなのだ。しかし、それが味方の士気を向上させている事も否定しきれない。その速さが、被害を最小限に抑えていることも。


Sロイド、Nロイドの出所を叩かねば、戦いは終わらない。


既視感。ここは先日まで、蒼真と紅明たちの学び舎だった場所だ。まだ無事のようだが、先生たちの姿も見える。戦火の中でも学習ができるよう、生徒たちのための資料を作り続けていたのだろう。職務を、役割をまっとうしようとする大人たちの姿が、そこにあった。


レスラーロボの叫び声が響く中、学び舎の真上、厚い雲を突き破って巨大な影が現れた。U字型を描く漆黒の母艦。それは、まるで空に浮かぶ凶悪な牙のようだった。鈍い金属光沢を放ち、無数の砲門を校舎へと向ける。

刹那、母艦の砲門が一斉に火を噴いた。閃光が走り、轟音が空気を引き裂く。学び舎は直撃を受け、激しい爆炎に包まれた。コンクリートが砕け散り、ガラスが粉々に飛び散る。校舎の壁が剥がれ落ち、屋根が大きく傾いだ。学び舎は、見る見るうちに瓦礫の山と化していく。かつて生徒たちの声が響いた場所は、もう存在しない。


土煙が舞い上がり、瓦礫が降り注ぐ。その中で、教えを守り続けた先生たちが、崩れゆく壁の向こうに消えようとしているのが。彼らが懸命に資料を守ろうとした姿、生徒のために尽くした日々が、脳裏にフラッシュバックする。


「馬鹿な奴らが」


紅明の冷酷な声が、蒼真の耳元で響いた。その言葉は、心臓を直接掴み、握り潰すかのようだった。視界が歪み、手足は鉛のように重い。蒼真は絶望そのものになった。


「なんだ、あれは!」


最前線でSロイドの群れをなぎ倒していたレスラーロボの一体が、信じられないものを見たかのように叫んだ。その視線の先、崩壊する学び舎の傍らに立つ「星輝王」の全身が、突如として淡い光に包まれた。それは、これまでの光とは異なる、より強く、より純粋な輝き。次の瞬間、「星輝王」の足元から、眩い光の粒子が噴き出した。空中に薄く広がり、まるでそこに透明な足場が形成されたかのようだった。


「な……っ!?」


「双月」の中で、紅明は絶句した。「星輝王」は重力にあらがうかのように、天へと跳ね上がる。その跳躍は、これまでのどのような機動とも異なる、物理法則を無視したかのような軌跡を描いた。一歩、また一歩。「星輝王」の足が、虚空に光の残像を刻みながら、ありえない速度で宙を駆け上がっていく。それは、紅明の知る「星輝王」の能力の範疇をはるかに超えていた。


蒼真は、いつもの通学路を歩いていた。放課後。部活動もなく、今日はまっすぐ帰るつもりだった。しかし、ふと、帰り道にあるコンビニで、新作のアイスでも買って帰ろうか、という考えが浮かんだ。信号が青に変わり、横断歩道を渡る。アスファルトの乾いた匂い、夕暮れの空の淡いグラデーション、遠くから聞こえる車の走行音。全てが、当たり前の日常の音だった。もうすぐ、あの角を曲がれば、煌々(こうこう)と光るコンビニの明かりが見えるはずだ。頭の中には、冷たいチョコアイスの味が、鮮やかに描かれていた。だが、次に視界に入ったのは、見慣れた自宅の玄関だった。なぜ? いつ? 途中の景色は、まるで抜け落ちたかのようだ。寄ろうと思っていたコンビニも、手のアイスも、いつの間にか存在しない。ただ、鍵穴を探す自分の手が、そこに存在していた。


「星輝王」は空を駆け上がり、敵母艦の真上に肉薄する。刹那、「星輝王」の手に握られた巨大な斧が、青白い光を帯びた。振り下ろされた斧は、敵母艦の装甲を容易く切り裂き、轟音ごうおんと共に爆煙を上げた。母艦の一部が、まるで内側から爆発したかのように弾け飛んだ。


確かに自身でやった実感はある。そこまで届けばと、朧気おぼろげに考えていたのかもしれない。


蒼真の認識にあるのは、前提と結果だけだった。

日常が帰ってきたとしても、もう知っている先生はいない。



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